ゲーム開始
その時だった。下駄箱の前に着いた瞬間、間抜け、としか形容できないような音が俺たちの鞄から流れ出したのは。
パラリポロプロ。パラリポロプロ。
「何の音?」
きょろきょろと辺りを見回す夏目。
俺はごそごそと鞄を漁り音源を取り出す。
「あ、電源がついてる」
さきほどのスマートフォンかぶれだ。真っ黒だった画面は白く光っていて真ん中にはポップな文字が。
「ゲーム開始……?」
夏目もそれを取り出し、文字を読み上げた。
と、突然。
『ハーイ、みなさん。ごちゅうもーく!!』
びくりと身体を震わせた夏目が偽スマホを手放し、かたたん、と床に転がるそれ。
画面の真ん中に突如現れたのは眼鏡をかけたウサギのようなキャラクターだった。こういうのをアメコミ調というのだろうか、可愛らしさよりも芸術性を優先したような色彩。極彩色をふんだんに使ったデザイン。
メガネをかけたウサギのキャラクター。くくく、と笑っている。
『あ、ビックリした? ごめんね、でも0時からゲーム開始って決めてたからさ。僕ちんはそういうとこきっちり守ってくタイプだよ。よろしくー』
滔々と話し続けるそれ。
唐突な出来事に半ば呆然としつつ画面を眺める俺たち。
『で、時間がないからさっさとゲームの説明するよ。楽しく、愉快なゲームだよ。みんなゲームは大好きだよね、ね?』
ゲーム? 何の話だ? 思考が、まったくもって追いつかない。
『ではでは、しっかりとご清聴。今から峰森学園高等部二年三組の三十名にはあるゲームをしてもらいまーす。あ、残念だけど一人欠席者がいますので、実際は二十九名ですが、まあ、細かいことは言いっこなし、なし!!』
メガネウサギは残念そうに、しかし、高い声で笑う。
『そんでね、とっくのとうに気付いてると思うけど、君たちのクラスの男女、それぞれの心と身体を僕ちんが入れ替えてしまいましたぁ!! 仕組みはねえ、うーん、ナイショ』
語尾に、てへ、とでもつけそうな勢いで喋るメガネウサギ。
横を見ると、夏目も似非スマホを握り締め食い入るように見つめていた。
何だ? つまり俺たち以外のやつらも、俺たちと同じように身体が入れ替わってるのか?
てっきり、自分たちだけが巻き込まれた状況だと思っていた。他の奴らも俺たちと同じようにどこかで不安を抱いていたのだろうか。
『みんなの中には「自分の身体よりこっちのがいいもん」って言う人がいるかもしれないけどさあ、まあ普通の人なら生まれ育ってきた自分の、本来の身体の方がいいよねえ。ですから、このゲームは「自分の身体にもどろう」っていうのが最終的な目的なんだよね』
俺はとっさに“俺”に目をやる。同時に夏目も“夏目”に目をやるから“夏目”と“俺”の目がばっちりと合う。
『でね簡単に言うと、君たちがもう一度、お互いの心と身体を入れ替える方法は三つあるんだあ』
ピシッとメガネウサギの人差し指が立てられる。その時だけメガネウサギの手はまるで人間のもののようになる。
『一つ目、この学園内のどこかに指輪が六つ隠されていまーす。それを見つけて、入れ替わりたい人同士でそれを指にはめます。そしてお互いの指輪を、ちょこん、とくっつければ、その人たち同士で身体の入れ替わりが起こりまーす。つまり元の自分と入れ替わってる人と、それをやれば元の身体にもどれるってわけだね』
画面に指輪の画像が浮き上がる。
『これね、これ。とにかく元に戻りたい人はこれを二つ見つければいいわけ』
「夏目!!」
俺はそう叫び、夏目の手を引っ張る。いますぐにでもそれを見つけ出して、夏目を元の“この”身体に戻してやりたかった。
『おっと、数名こちらの話が終わってないのに動こうとした馬鹿がいるね』その声が俺の足を止める。『いいのかい、ルールを最後まで聞かなくて』
「樋口くん……」
不安そうに俺の目を見る夏目。
ああ、そうだ。俺は少し、いや大いに焦っている。
メガネウサギは指輪が六つと言った。ということは普通に考えて三組しか元に戻れない計算になる。これが焦らずにいられるか。
夏目は、そんな俺の焦りに気がついたのか、
「樋口くん、方法は三つって言ってたわ。そんなに焦んなくたって大丈夫、きっと」
夏目が、“俺”の手をぎゅっと握る。わずかな震えをそこから感じる。
『でね、二つ目はまあ簡単』メガネウサギは言った。『最後の二人になってくださーい』
「最後……の二人、」俺は無意識に呟いた。
最後、とはどういう意味だ。何の順番だ。何の一番後ろなんだ。
『まあこれはね三つ目の方法を聞かないとピンとこないかもね、んじゃ三つ目』
ウサギが、言った。
『自分以外の五人を』言った。『コロシテクダサーイ』
キンと張った夜闇が俺たちの身体の間をぐるぐると回り始め、足だとか、手だとか、とにかく身体の先から先までを一気に冷たくした。
「ねえ、樋口くん」最初に口を開いたのは夏目だった。「このウサギ、今、なんて言ったの」
俺は少しばかりの間を開けて、メガネウサギの言葉をそのまま復唱して見せた。
「コロシテクダサイ、だって」
意味も分からず呟いた。
『あれー。よく聞えなかったの? いい? 「自分以外の五人を殺したら好きな相手と入れ替わる権利がもらえまーす」分かった?』
今度ははっきりと意味まで理解できた。殺す、だ。
『殺し方は自由でーす。撲殺、刺殺、銃殺、絞殺、毒殺、圧殺、焼殺、抹殺。まあ色々あるけどなんでもいいよ。武器も自由。ナイフだとかピストルだとかはみなさんへのプレゼントってことであっちこっちに隠してあるから、これも指輪みたいに、校内のあっちこっちで探してくださーい』
淡々と、進んでいく話。理解が追いつかない。
『殺した数は他人に譲ることを可能ということにしまーす。つまり身体の入れ替わったペア同士なら二人で合計五人殺せばいいってことだよ。簡単でしょ?』
くすす、と機械みたいな笑い声。
『あ、それと、このゲームの間は、誰も学園島の外へは出られませーん。それにゲームの間は誰もこの学園島には入ってこれません。つまり助けは来ませーん。ただし、例外は二つ!! 一度でも入れ替わりを行った人!! それと、例の指輪を持っている人。その人たちだけはこの島から出て晴れて元の生活に戻れまーす!!』
俺も、夏目も、何も言わない、何も言えない。
『制限時間は四十八時間、つまり明後日の0時までだね。制限時間を過ぎて学校の敷地内にいる人は例外なく死んでもらいまーす。んじゃ、どうかみんな死なないで頑張ってね。あとこの“ハンド”はしっかり持っといてよ、何かあったらまたこれで知らせるからね、バイバーイ』
プツン、と一瞬スマホ改め“ハンド”の画面が暗くなり、それから色々な文字が浮き上がる。地図、だとか、電話、だとかいう文字が見えるけれど今は、それより。
「樋口くん……」
俺の、“夏目”の心臓がばくばくとなり始めた。