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善と悪

 一見、無防備に見える男女だが、決して誰も手は出せない。安易に手を出そうものなら一瞬にして絶命するだろう。

 歩く。廊下を。


「ハッ、とんだ馬鹿とペアになっちまったようだな」北条政義【源頼香】は悪態をつく。

「…………」一方の源は何の声を返しもしない。


 一つの理由は、北条に何と言われようとも自分は前に進むと決めたから。もう一つは単純に自分の声帯からでる金髪男の声を聞くのが生理的に嫌だからだ。

 源頼香は弓道部の部長だ。

 人望も、実力も、そして大和撫子風の容貌も、すべてを兼ね備えた、いわゆる才色兼備な少女だった。

 そんな彼女のもっとも嫌う人種。不良。クラスの、学園の、社会の、あらゆる場面の和を乱す存在を、和を尊ぶ彼女は決して許さない。


 だから、

 源頼香は北条政義が嫌いだ。


「言っておく」歩きながら源【北条】言う。

「あぁ?」

 自分の外見をしたものがそういったダラシナイ声を出していること事態が彼女を不愉快にさせた。

「私はお前が嫌いだ」

 北条の方は見ずに、たん、と言った。


「お、気が合うな」

「だから、私はいくらお前に私の身体が『奪われて』いるからといってお前と一緒に行動するのは断固として拒否する」

「ほう」

 北条【源】は面白いジョークを聞いたかのような顔をする。


「私は、逸早くゲームをクリアする。私一人の力でだ。それまでは不本意だがお前に私の身体を預けてやる」

「いいのかあ? 嫌いな男にそんなこと言って。この柔らかい脂肪の詰まった胸を揉みしだいたり、鏡の前で股を開いてみるかも知れねえぞ。もしかしたら、男の身体になって○○○の勃たせかたも分からない可愛い”女の子”を襲って楽しんじまうかもなあ」

 その言葉に源【北条】は最大限に侮辱を込めた瞳を向ける。それさえも心地よさそうに不良少年北条【源】。

「弄り回そうが、どこを見ようが、お前の好きにするがいい。それで貴様の虫けらのような心が満足するならな。ただし――」源頼香はそこだけははっきりと言った。「私にその身体を返すそのときまで傷だけはつけるんじゃないぞ」


「はっ、」北条は笑った。「っはっはっはっはっは!」大声で笑った。「おもしれぇ、いいぜ。あんたの身体を守るってことはいわば俺が傷つかなきゃいいってことだ。安心しな、俺は元からこれっぽちも死ぬ気はねえ。俺は傷つける側の人間だ。あんたの、今の俺の、この身体を傷つけたりは絶対しねえよ」


「……そうか」

「ああ」

「ならばここで散会だ」

「おい、源。お前本当にそんな馬鹿なことすんのか?」


 源は迷わず応える。


「ああ、まずは黒太子とやらをつぶしにいくさ」


※※※


 北条政義【源頼香】は源頼香の背をにやけながら見送る。

 小うるさいヤツがいなくなってせいせいした、と言うのはもちろんある。けれども何より、これで自分のしたいことができる。


「俺は、俺のやりたいようにやるさ」

 独り呟く。


 ポケットから煙草を取り出す。“あの女”らしい規則どおりの長さのスカートのポケットから。おそらく今まで一度もこの煙が、この女の肺を支配したようなことはなかっただろうな。そう思いながら、煙草を吸えば、処女雪に足跡をのこしたような感覚に背筋がぞくぞくとした。

 屋上で昼寝をしていた時、校庭にいたこの女のことを数度眺めてみたことがある。弓道部に所属しているという源頼香は、昼休み、よく体育館の裏で、暗い窓ガラスに自分の姿を映して、弓を射る恰好をしていた。


 北条の嫌いな人種だ。

 寄り合い、まるでそれこそが生きていることの証明だとでも言わんばかりに汗を流す。そういういわゆる青春のにおいのする部活動というものが、北条は嫌いだった。そして何より、そういうものに何の疑いも抱いていないような真っ直ぐな瞳で取り組む女が、嫌いだった。


 今の、この、この身体の持ち主のような人種。

 むんず、と“この胸”を掴んでみる。強い力で握りしめたそれは痛みを“彼”に伝える。しかし、それこそが心地いい。痛みこそが北条にとって何より重要だった。


 その腰には、“源”の格好には不釣合いなリボルバーポシェット。華奢な腕のその先には鉄パイプ。

 振ってみる。突いてみる。薙いでみる。


「ふっ……」自嘲気味な他嘲。

 いつもの、普段の要領では、どうしても出来ない。

「女ってのは、こんな弱い力で生きてんのか」

 笑う。


「なってみて初めて分かるもんだな、こりゃ」

 もう一度笑う。


 と、瞬間。


 何者かの気配を感じた。

 無意識に北条の腕が動く。

 ――ブンッ!

 鉄パイプが空を切る。

 ほんの少しのところで相手が避けた。

 その相手とは――。


※※※


「随分な挨拶だな」

 彼女が言った。いや、おそらく“女”ではないのだろう。相手も自分と同じこのゲームの参加者なのだから。


「お前は、誰だ。中身は誰だ?」

 北条【源】は相手に向かう。


 それを聞き彼女は、ふ、と笑った。

 “岡田笹”の姿をした誰か。


「それはこちらこそ訊きたい。お前こそ誰だ」

「……誰だと思う? 鉄パイプを握る源の図ってのもオカシなもんだろ?」

「ふむ」“岡田笹”は息を吐いた「源頼香の姿をしているが、おおよそ彼女のみせる強さを纏った『善』の空気がお前にはない」


 ははは、北条は口を開けて笑った。


「お前、何言ってんだ? 哲学者気取りやがって? 『善』? 源に『善』だって? はっはっは! じゃあ何か、俺は『悪』か? 芯の強いお姫様の身体を陵辱した大悪党か? ハッハッハッハッハッハッハ!」

 甲高い声を上げる北条を、“岡田笹”の身体をした男は哀れみを含んだような目で見つめる。その手は“岡田”の腰にさされている木刀に触れている。


「……お前、北条だな」

「ご名答!」

「その狂ったような笑い方で分かった。お前は、あの、北条政義だ」

「狂ったような?」

 嬉しそうに北条は顔を歪める。


「ああ……」

「ハッ! 最高のホメ言葉、どうもありがとうよ。柳生さん!!」

 北条は先を下ろしていた鉄パイプを瞬間に振り上げた。


「!?」

 柳生光良【岡田笹】は素早く反応し回避行動にでる。

 しゅん、とパイプが頬をカスる。

 とん、とん、と後ろに下がり柳生は頬を拭う。

 赤い血が、“岡田笹”の赤い血が、その白い肌を染めた。


「ほらほら、カノジョさんの頬に傷がつくぜ。避けなきゃいけねえよなぁ、コレは」

「どうして分かった。俺が柳生だと」

「お前さんの言い分と同じだよ。その偉そうな態度がいつも斜に構えているお前そのものだったからな」

「なるほど」

 柳生【岡田】は頷いて見せた。一つに縛られた髪が静かに揺れる。


 と、

 柳生は間合いを一歩、二歩で詰めた。

 あまりにも素早く、息を一つする間もないほどの早さだった。

 突き。

 木刀の先端が北条【源】の喉を狙う。

「……っ」

 無理やりに身体を捻る北条。

 普段とは違う身体に、慣れたようには動けないが、それでもなんとか攻撃を避けきる。

「……オモしれえ!!」

 北条は吼える。

 そして二人の、木刀と鉄パイプが重なる。

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