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“キミ”が見るキミ。  作者: アンキモタロウ
オープニング
13/16

そして、生きる

『ハーイみんな元気ぃー? 六時ですよー』ハンドからメガネウサギの声が聞こえる。『あれ? 返事がないなぁ。もう一度、みんな元気ぃー?』

 頭が痛い。うるさい。ハンドを叩き割りたくなる衝動に駆られる。


『おっとダメだよ。これは君たちの命みたいなものだよ。意図的に壊したりしたら罰として死んでもらうからね』

 俺の考えを見抜いたような言葉。それでも壊そうか、と一瞬考えたが、とくん、という“俺”の鳴らした心臓の音を聞き、その考えをそっと取り消す。


『えっとね、言い忘れてたけどこれから六時間ごとにこうやってみんなに定期報告するからね。聞き忘れのないように心の準備をしといてねー。聞く聞かないはもちろん君たちの自由だけど、もし早くゲームをクリアしたいんだったら。聞いといた方がいいと思うなあ、僕は』

「…………」


『それじゃあ最初は途中経過発表ぅー。開始六時間以内に早くも死んじゃった人を発表するよー。あ、これから発表するのはあくまで死体の名前ね、その中に入っていた精神の名前は教えないよー』

「…………っ」


『んじゃあ出席番号順に発表。ジャカジャカジャカジャカジャーン。男子一番、明智光くん。男子十一番、樋口一くん。そして女子七番、徳光春日ちゃんでーす。よって参加者三十三人中残りは三十人でーす!!』


 俺はその言葉に、もうすっかり冷たくなってしまった夏目の手を握る。

 夏目は俺たちのスタート地点、保健室のベッドに目を閉じて寝ている。夏目の着ている学ランも、夏目を背負った“夏目”のセーラー服も“俺”の血でべっとりと染まっている。


「……夏目、もう三人なのかな。まだ三人なのかな。分からない、分からない……」俺はぎゅっと手に力を込める。「けど、俺は、やっぱり、冷たい奴なのかな。お前以外の命なんてどうでもいいみたいだ」俺はもうすっかり枯れてしまった“夏目”の声で夏目に言う。「だから夏目、今は俺のためにお前の涙を流させてくれ、お願いだ」

 俺の目から涙が溢れて落ちる。


※※※


「樋口が……噓だろ」

「樋口くん……、明智くんに、春日ちゃんも……」

 羽柴と市田はハンドを覗きながら震えた。羽柴にとって、樋口一はルームメイトであり、そして一番の親友であった。

「………………」

 そして絶句。

 死なんてものは、自分たちにとって、もっとずっとそれこそ半世紀は向こう側にある話だと思っていた。

 しかし、

 しかしどうやら、

 それは自分たちの思っているよりも、近くで、牙をむき迫っているのだと感じた。

 二人は、毛布に包まりながらただ恐ろしさに震えつづける。


※※※


「思ったより少なかったのか?」

 源頼香【北条政義】は自分の姿をした不良に向かって言った。

「あぁ?」

「この可愛げのないウサギが三人と言った途端に“わたし”の顔をそんなに歪ませて、何やら考え事でもしている風に見えたからな。思ったよりも死んだ人数が少なかったのかと思ってな」

「バーカ、逆だ」

「逆?」

「もうドンパチやってる馬鹿がいやがるのに驚いたのさ」

「ほう、やりたがりのお前が言うのか」

 ハッ、とそれを聞いて北条【源】は鼻で笑う。

「俺はな、勝つべくして勝つのさ。それまではしっかりと準備するさ」

「……そうか」

 源【北条】は半ば馬鹿にした風に頷いてみせた。


※※※


「太陽が昇ったわ」岡田笹【柳生光義】は剣道場の窓から遠くを見つめた。

 その手には一本の刀が。竹光ではなく、真剣。

 少しばかり抜いて見せてそれが太陽に反射するのを確かめて、鯉口につける。

「そろそろ、動き出すわね。みんな」


※※※


 松尾宗房【檀手花菜】は目を閉じている。そして考えている。

「……“樋口”が死んだか」

 分かっている。まだ樋口は死んでいない。

 死んだのは“樋口”だ。

 それでも。

「…………」

 “檀手”の目から、小さく、涙が零れた。


※※※


 “自分”の泣き声。それを忌々しげに見て、言う。

 武者小路と志賀。

「黙れ」

「…………あんた、樋口が死んだのよ。友達だったじゃない、あんたたち」

「死んだのは樋口じゃない。あいつの身体だ。あいつが徳光とペアだった、ということがない限りあいつ自身はまだ死んでいない」

「……血も涙もないのね」

「血はあるさ。だから俺も死ぬさ。他のやつが死んだことで心を動かされているようじゃ、生き残れない。血の通った正真正銘の人間なら、な」

「…………」

「まあ、今は黙っていろ。まだこのウサギの話は終わっていない」志賀【武者小路】はハンドを叩く。「今はこいつの話をしっかりと聞いて。俺たちが生き残ることだけを、考えろ」


※※※


『おーい、まだ話は終わっていないよー。いいのー、最後まで聞かなくってー』

 俺は返事をしない。あいつだって俺に言ってるわけでもない。だから返さない。

『えっとね、それでね。まあこれも言ってなかったことだけどね。六時間ごとに面白いイベントが起きるんだよね。まあゲームの進行が停滞してつまらなくなるのを防ぐためにね』

 聞えない。聞かない。

『で、まず最初のイベントを発表しまーす』

 俺には、関係ない。

『はーい!! 「エドワード黒太子」発動ぅ』


※※※


 遠くから地鳴りが聞える。軽く揺れも感じる。

 それがパリスタ『エドワード黒太子』の発動した合図。

 起動場所は中央広場。一番近いのは……。


※※※


 徳光春日【松平元信】は校舎をきしきしと鳴かせる揺れに目を覚ました

「……死んで、なかった……」

 清原、紫ペアに襲われ、てっきり自分は死んだものだと思った。

「イタッ……」

 少しでも身体を動かすと右腹部に痛みを感じる。それがやはり自分は拳銃で撃たれたのだという現実を徳光に嫌でも知らせる。

 いっそ死んでしまえば良かった。

 自分がいままで十七年生きてきた身体は奴らに蜂の巣にされ、男の身体のまま痛みに苦しむのなら、むしろ死んだほうが楽なのではないだろうか。

 けど。

「……怖いよ。やっぱり死ぬのは……」

 死にたいという希望と、死への恐怖。矛盾した本心。

 誰だろう。徳光は考える。

 自分を助けて、死ぬはずだった私を生かしたのは、生かしてくれたのは、一体誰なんだろう。

「ありがた迷惑よ。ホント……」

 徳光は、ただ、その場で泣いた。


※※※


「“松川元信”が起きたみたいよ」

「そうか。あのまま衰弱死するようだったら仕方ないと思ったが、やはり生きたか」

「死んじゃった方が楽だったかもしれないのに」

「ああ、かもしれないな」

 上杉健と直江愛の二人は決してソレに対しての警戒を解かずに言う。直江【上杉】からは“ソレ”と“松川元信”を寝かせた小等部棟保健室の両方が見える。双眼鏡を今度はソレの方に向け直し直江は言う。

「ねえ、健。あれがウサギの言うヤツかな?」

「ああ、そうだろう『エドワード黒太子』か。確か英仏百年戦争の英雄の名前だったな」

「うん、イギリス側のね。長弓でフランス側を圧倒したっていう」

「ほう、だからか」上杉【直江】は納得したように頷いた。「道理で、どこからどう見てもあれがバリスタにしか見えんわけだ」

 エドワード黒太子は古代兵器の大型弓バリスタの形をしていた。しかし、それにしてはあまりにも機械然としていて現代兵器といっても通用しそうなオーラを保ってはいる。

「あれは俺たちを狙ってくるのか」

「ええ、確実に」

「そうか、なら」上杉はとん、と言う。「やるしかないな」

「壊しに行くの? リスクを犯して?」

「お前は反対か?」

 直江は笑いながら首を振る。

「ううん、健らしい」

「……そうか」

「うん」

 その言葉に普段は笑顔を見せない上杉健が直江愛の顔に笑顔を浮かべた。


※※※


『えーっと、エドワード黒太子は現在中央広場にいまーす。君たちを発見しだい攻撃するように設定されているから注意してね。校舎内に隠されてる武器でちゃーんと破壊できるようにはなってるから勇気ある人はチャレンジしてみたらいいと思うよ。黒太子を破壊できたらイベントクリアご褒美がありまーす。じゃん、じゃん挑戦してよね!!』

 至極簡単なことのようにウサギは言う。


『まあ予想に反してもう三人も死んじゃってるから、この調子で行けば、ツマラナクなる心配はないよね、きっと』

 うんうん、とウサギが繰り返す。


『んじゃあ、まあ、これ以上はもう特に言うこともないのでこれで中間報告をおわりまーす。みんな頑張って殺しあってね。バイバーイ!』

 プツン、とそこでハンドの画面からウサギは消えて、ようやく俺の周りに静寂が戻った。


 俺はもうとっくに枯れ切った涙の最後の一滴を拭い去って、ゆっくりと立ち上がる。

 夏目は寝たまま。きっと起きることはないだろう。夏目はもういないのだ。

 いや。

 違う。

 それはきっと違う。


 今からは。

 今からは俺が夏目月夜なんだ

 死んだのは。

 目の前に死んでいるのは。

 樋口一だ。

 夏目月夜はこのゲームに勝利し、そして。




 そして、生きる。

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