愛
ひゃはははははははははははははははははぁぁぁぁぁぁ!!!!
響く笑い声。
抑えても抑えきれないこの喜び。
嬉しい、うれしい、ウレシイ。
うれしぃぃぃぃいぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいぃぃぃ!!!!
感じないはずなのに、銃弾が、あいつの身体に食い込む感触がこの手に、確かに感じられた。
「あのオンナぁぁぁぁ」
思い出す。
あの人と一緒にいた憎むべき“女”。
「殺してやったわぁぁ」
ひゃははははははははは。
私は違う。思う。
あいつとは違う。思う。
私は。思う。
「私こそが、本当に、心から、誰より、何よりも、世界中で一番、“樋口くん”を愛しているのよぉぉぉぉ!!」
愛。
※※※
志賀暗夜【武者小路実】は身構えた。
「……笑い声」
懐からナイフを取り出しいつでもそれを振れるように握る。様になったポーズ。傍から見れば今風の女子高生が真剣な目をしてナイフを構えているという危ない光景。だが本人はいたって真面目だ。なぜならこれは命と身体を賭けたデスゲームなのだから。
早く、もっと強い武器を手に入れないと。
志賀【武者小路】は焦っていた。
今、この瞬間にも拳銃を持った敵が襲い掛かってくるかもしれない。例えばこの気味の悪い笑い声を上げている奴。誰だかは知らない。この声を出している身体も、その中にいてそれを動かしている心も。
もし、その時、このナイフ一本じゃ、自分自身と“自分”を守ることが出来ない。
早く、早く何とかしないと。
と、
ちゃりん、と後ろで金属音が響く。
志賀【武者小路】の反応は早かった。
瞬時に振り返りナイフを突き出す。
「わ、ごめん!!!!」男の声。
志賀【武者小路】の瞳に映ったのは“自分”の姿だった。音の正体は彼女が護身のためにもつ鎖。いざとなればそれを振り回して相手との距離をとる。
「…………出てくるなと言ったはずだ」
「だって」武者小路【志賀】は言う。「変な男の笑い声が聞えるし」
「だからこそだ。女には危険だ」
「そういうあなたは今、女の子なのに?」
「……屁理屈だ」一瞬言葉につまる。
「屁理屈じゃないでしょ。あなたがそんな態度だから言わせてもらいますけど、それは私の身体なのよ。傷つけられたくないの」
「そっくりそのまま返そう。俺に任せておけば、お前も俺も傷つかない。ただ少し“この手”が血に汚れるだけだ」
「…………」
「分かったなら部屋に戻ってそして寝ろ。明日、明るくなったら探索だ。夜、電気は点けられん」
武者小路【志賀】は少し口の中で言葉を噛んで、そして吐く。
「殺るの?」簡潔に言う。
「もちろん」シュッとナイフを振ってみせる。「俺が生きるためだ」
そういう力強い“自分”の姿をみて武者小路【志賀】は胸に言いようのない不安を抱え、彼の言葉通り空き教室に帰った。
そこを守るのは強い覚悟を持った“少女”。
※※※
「…………くん、羽柴くん、羽柴くん」
ハッと目を覚ます。
いつの間にか寝てしまっていた。
自分の姿をした市田と一つの毛布に包まったところまでは覚えている。十一月。夜の闇は悲しくなるくらいに冷えきっている。だから毛布一つで体温を保つ目的で身を寄せ合い温め合った。それだけで別に下心(姿は自分のものだが一応相手はあの市田)があったわけではない。それになにより市田を守ると決めたのに、彼女より先に寝るつもりなんて毛頭なかったのだ、と羽柴【市田】は言い訳のように一人思う。
「ごめん、織ちゃん、寝てた」うとうと、といった感じに言う羽柴【市田】は傍から見れば寝ぼけた美少女の姿で非常に愛らしい。
「ううん、大丈夫。それより見てこれ」
市田【羽柴】はハンドを羽柴【市田】に見せる。
そこには数々の文字と数字が表示されていた。
「何これ」
「ハンド触っていたらね、見つけたの。“ショップ”って書いてあったんだけど」
「ショップ……」
言われて気付いた。
ショップ、という名前の通り、それは確かに何かのメニューのように見えた。
「えっと。定食:五ポイント。各種弾丸:十ポイント。防弾チョッキ:三十ポイント。マシンガン:百ポイント……」
頭のよくない羽柴にも、そこに書いてあるものがこのゲームを有利にしてくれるアイテムなのだと、容易に想像がついた。
「ポイントってなんだろうね」
「うん、それに……」羽柴【市田】は思った。「やっぱりこういう武器を持たなきゃいけないんだ」
「……うん」
「俺は……」言う。「俺はいざって時に拳銃の引き金が引けるか分からない」
「……うん」
「けど」言う。「けど、それでも、もしかしたら、頼りないかもしれないけど、俺は、織ちゃんのこと絶対守るから」
「……うん」
「だから今は、寝て」
「……うん」
「俺が、必ず、守るから」
「…………」
夜は更ける。
※※※
「交代の時間よ」岡田笹【柳生光良】は木刀を自分の姿をした柳生【岡田】に投げ渡す。
「……ああ、」柳生【岡田】はそれを受け取り、起き上がる。
時刻は四時半。ゲームが始まってから二人は一時間半ごとに見張りを交代して朝を迎える作戦を立てた。場所は学園の南西部、剣道場内部。そこでの篭城だ。
「変わったことは?」
「特にない。武器になりそうなものを探したけど、何にも見つからなかった」
「そうか、まあ、他のやつらも朝になるまでは仕掛けてこないだろう」
「あたしもそう思う」
「ああ、」
岡田【柳生】は道場の壁に背をつけ目を閉じる。「ねえ」
「何だ」
「あんたとあたしって、中学に上がってから一回も打ち合ってないよね」
「……ああ、」
「あなたとあたしってどっちが強いのかな」
「……さあ」
「やってみる?」
それを聞いた瞬間、キッ、と柳生【岡田】の目が鋭さを増す。
「やめておこう」
「そうね」岡田【柳生】は目を閉じながら。「第一、今はあなたが不利だわ」
「……何故だ?」
「あなたが今、女だからよ」
「……お前」
何かを言いかけた柳生【岡田】の声を遮り、岡田【柳生】は言う。
「さ、行きなさい。次、あたしの番が来る頃には日が昇るわ。そしたら本当のゲームの開始よ」
「…………」
「生き残りを賭けた、ね」
柳生【岡田】は目を瞑る“自分”の姿を後ろに、道場の戸を閉める。戸がレールを滑る音が寂しく道場に響いた。
※※※
松尾宗房【檀手花菜】はもうかなり傾いた月を窓から見上げる。
自分の姿をした檀手はすやすやと寝息を立てて眠っている。
「月……、夜が明けたらもう一度この月を見ることはできるのかな」一人呟く。
怖さはもうとうに通り越している。今はただ不思議だ。
「僕はここにいる。たとえ姿は違っても」自分に言い聞かせる
“自分”の髪の毛を癖で撫でる。
「…………」
その柔らかさに一瞬驚く松尾、すぐに手を離す。
自分は、そう、自分だ。




