私と、一緒に
え、と声が漏れる。それが俺の声だったのか、それとも夏目の声なのか、それは分からない。分かるのは、俺の手を握っていた、夏目の手から力が抜け、そして離れた、その事実。
とさり、とあまりにも軽い音で驚いた。“俺”の倒れる音。
俺は呆然と、ただその姿を眺める。何も言わずに、何も言えずに。
「え……」口から漏れる“夏目”の声。
夏目の胸から“俺”の血がどくどくと流れて。
地面に赤い糊が広がる。どんどん、見る見る内に。
「…………なつめ……?」
一体、この一瞬の間に、何が起きたのか分からない。
音。あの音は。銃? ピストル? 何?
ダレ? 誰が? どこから? 何で? ナンデ?
「………………」
え?
ぱくぱく、と動く夏目の口。
「……ごめんね」
俺はその傍らに座り込む。スカートが血に濡れる。
「何を言ってんだよ、夏目。俺、よく、分かんないよ」
「……私、死んじゃうみたい」
その声は、驚くほど、小さかった。
「…………はじめの、この身体と、一緒に。私、ごめんね、死んじゃうみたいなんだ……」
「……な、」
「ホントに、ゴメンね、はじめ」
“俺”が優しげに笑う。
と、同時に。
ピュイン、と鋭い音が耳元で響いた。それが拳銃の弾で、夏目を討ち抜いたものと同じなことは、すぐに、分かった。
再び、拳銃の弾が“夏目”の右耳を掠めた。
「逃げて」夏目が言う。
その声だけは、先ほどのものより、ずっと、ずっと大きかった。
「……嫌だ」
「お願い」強く言う。「“私”と一緒に生きて」
ぶわり、と“夏目”の目から涙が溢れて、倒れたままの“俺”の傷口へと落ちる。自分の中の何かが壊れてしまったかのように、俺の涙が“夏目”の瞳から馬鹿になって落ちる。
「ゴメン、はじめの身体を私にちょうだい」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおうぅ!!!!
口から漏れた俺の叫び声。
俺は無意識のうちに鞄から拳銃を取り出し、弾の飛んできた方向に向かって引き金を引いた。
想像していたよりもはるかに強い衝撃が右腕を襲う。“夏目”の右腕が激しく震えた。
痛い。
それは痛みだった。
銃を撃つこの身体を、銃を撃つこの心を、痛みが襲う。
それでも何度も闇雲に撃って。
撃って、撃って、撃って。
シリンダーの弾が無くなるまで撃ち続けた。
かちゃり、とハンマーが空の弾倉を叩く。
「はあ……、はあ、」と息を吐き、辺りを見回す。
もう人の気配はない。いや、最初から人の気配など感じられなかったのだ。俺の放った弾丸が誰かに当たった感じも全くしなかった。そう、きっと、逃げられた。
「夏目!!」
俺は拳銃を放り出し夏目の肩を抱いた。その肩は小さく震えていた。
「死なないでくれ!! 俺、まだ言ってない」
「………………何を……?」
「夏目が、好き、って言ってくれた、あの言葉への返事、まだ俺はしてないよ」
「…………」
「好きだ。愛してる。大好きだ!!」
「…………うん……」
夏目の身体から力が抜けていく。
「…………んね」
「ゴメン」
「…………ごめんね」
「ゴメン」
繰り返す。繰り返す。
夏目から、“俺”の身体から、生きていることの証明である、あたたかさが失われていく。
嫌だ、嫌だ。
「生きて、はじめ」
「…………ぁぁ、」
「“私”と一緒に生きて」
「ああ」
俺は強く、出来る限界の力で頷いた。
「生きる。“つくよ”と一緒に生きる」
すると夏目は俺の目から流れる涙をその手で拭き、そっと囁いた。
「ありがと」
そうして、夏目月夜と、“俺”は死んだ。




