◆七話◆ 【side*知裕】
バレンタイン前々日。
俺と柚樹は森本の主催するコンパに参加するべく歩いて都内のカラオケに向かっていた。
日も暮れたこの時間、店やビルがライトアップされて、街は人で溢れていた。
カラオケの駐車場には、もう俺達以外の参加者が集まっていて、受毛付を済まして部屋に入る。
L字型のソファが壁に沿って連なるその部屋で、俺は柚樹の隣を陣取った。俺と柚樹を挟むようにして女が両側に座る。
男女交互に座ると丁度注文していた飲み物や、食い物が運ばれてきた。
俺は頼んでおいたカクテルを飲みながらボーッと周囲の盛り上がる様子を眺めつつ、左側に座る女を適当にあしらっていたが、柚樹はというと、となりの女と楽しげに話していた。
自然と酒に口をつけるペースが上がる。
ふと、グラスを見ると、さっき追加したばかりの筈が空になっていた。
「おい、誰か俺の分飲んだろ……」
はあ、しらねーよ。とか、自分で飲んだんだろ。と言われ、まあそうかもなと思った矢先、隣で柚樹が席を立った。
「トモ……俺ちょっと、トイレ」
「おう、場所わかるか」
「……ん」
人に酔ったんだろうか。もともとこういうの好きじゃないしな。
しかし、柚樹が帰ってきたとき、俺は自分の考えの甘さを思い知らされる。
「あのさあーお前、俺の事好き?」
隣から聞こえてきた舌っ足らずな柚樹の声に驚いて目をやると、こいつは自分の隣の女にキスをしていた。
「……おいっ! ユヅ?!」
「……へ?」
間抜けな声を発しながらこちらを振り返りざま、柚樹は自分の手にしていたグラスを落とした。
音を立てて自分のズボンの上にこぼれた液体をポケッと見つめたまま動かない。
「ユヅ??」
「制服が……」
あたりには、柚樹の零したドリンクの匂いが広がっていた。
「……ユヅ、これ。俺のチューハイじゃん」
「でも、おいしかったよ?」
よ?じゃねえよ!!アルコールの匂いくらい判んだろ!内心怒鳴りたいのを我慢する。柚樹の奥に座る女は頬を染めて柚樹を見つめている。
「ちっ、胸糞悪い……」
つぶやいて、盛り上がっていた森本に声をかける。
「あー、こいつダメんなったから。俺連れて帰るわ」
「ひゅー嫁さん大事になー」
もうすでに出来上がっていた。
通りまでいわゆるお姫様だっこで柚樹を運ぶ。
身長差を考えても、俺と柚樹では少々辛いものがあると思ったが、見た目よりも更に軽いこいつを抱えるのに苦労はなかった。なにより、おぶっていると吐きそうだと言うのだから、通り中の視線を集めることになったって、それはしょうがないことだ。
そこでタクシーを拾い、アパートの住所を告げる。
精算を済ませ、アパートの階段を登り切ったところで、隣人のおばさんに出くわす。
まだ、8時過ぎだから、コンビニにでも行くんだろう。
「あら、仲がいいのねえ。お友達?」
「はい。ちょっと気分が悪いみたいで……」
酒を飲んでキス魔になったので連行しましたとは言えない。
「トモォ・・・? へあ着いた?」
ますます舌が回らなくなってきたな。車に乗って酒が回ったのか。
おばさんには適当に挨拶をして部屋に上がる。
ベッドに寝せても良かったのだが、話がしたいので嫌がるのをテーブルに着かせる。
「おいユヅ、なんであんな事した?女の子困ってたろ」
嘘だ。女は喜んでたじゃないか。
困ったのも嫌だったのも俺自身だ。
「んーなんかさぁ、トモだと思って間違えたんだよねぇー」
口調がいつもと違うな。
ん?ちょっと待て、そんなことよりも……
「……は?」
「だからあ、トモが、あっちむいてたから。」
「ホントは俺にしようとした??」
「そうだって言ってるだろー」
酒が入っているので心もとないが、これは、チャンスってやつか?!
いや、落ち着け俺、あとになって冗談でしたとか。立ち直れん。
「……一つ、聞いてもいいか?」
「ん?」
可愛く首を傾げる仕草にクラっときた。
他の野郎がこんなコトしようものなら、うむを言わさずシカトかましてやるが柚樹相手だとそうはいかない。
「ユヅの好きな人って誰?」
「好きな人?」
目元を染め、潤んだ瞳で聞き返してくる。
酒を飲んでるせいだ。そう自分を制し、なんとか聞きなをす。
「そう、好きな人」
「好きな人かー……トモォ?」
「なに?」
「だあからぁー、トモ」
「……」
「俺の好きな人は、トモだよ」
「なんで」
情けなく、声がかすれた。
「だってさあ、触りたいしーキスして欲しいしーあったかいもんなあーお前。ふふっ」
トモォー好きー。そう言って首に腕を回してくる。
柚樹の飲んだオレンジカシスの香りが鼻孔をかすめた。
つばを飲み込み、開かれた唇を見ながら俺は聞いた。
「じゃあ、キスしていい?」
「ダメ」
帰ってきたのは、取り付く島もない返事だ。
「だって、トモは俺のこと好きじゃないだろ?」
「は? なんでそうなる?」
ここ数日、俺は自分でも若干引くほどこいつに構い倒していたから、そう言われて正直戸惑った。
「俺は……」
朝倉が俯いて言葉を紡ぐ。
「……」
「…………」
「……ユヅ?」
「…………」
……マジかよ。
俺が顔を伺ったとき、すでにこいつの長い睫毛は伏せられ、寝息を立てていた。
取り敢えず、俺は中途半端に盛り上がった気分を持て余しながら忍耐を総動員し柚樹を自分のパジャマに着替えさせるはめになった。
半開きにされた唇や、しっとり汗ばんだ首筋にめを奪われる。
サイズがあっていなくて肩がずれる。
くそう。襲ったろうか……
思ってもできない俺だった。
――ただ、魔が差したのだ。
ツンデレっていうか、【ツン+酒=健気受け】みたいなことになってきましたね。
平岡可哀想・・・まあ、彼は次回のがひどい扱いを受けることになりますが。
頑張っていただきたい・・・ヘタレ平岡はこれから先話が進むに連れてどんどんヘタレていきますので。(笑)
朝倉「トモォ、俺子供できたー」
パリーンッ(平岡が持っていたグラスを割る)
朝倉「・・・き、今日ってエイプリルフールじゃん…?(汗)」
平岡「・・・・・・・・・・。」
人の気持のわからない子柚樹。