◆三話◆ 【side*知裕】
「あたし、トモとだったら付き合えるなぁー」
へーそうかい。
俺、平岡知裕は、教室で相方を待っていた。
そこに図々しく話しかけてきたのがこの女だ。
別に女はキライじゃないけど、この手の女はどうも苦手だ。
だいたい、許可無く人の名前を呼ぶな。
「俺はお断りだけどね。つか、トモって呼ぶな」
女は、「ひどい」だの、何だの呟きながら教室から出て行った。
階段を駆け下りていく女の、耳障りなスラップ音が遠くなり、入れ替わりに廊下を踏むのんびりした足音が近づいてくる。
人待たせてんだからもうちょっと急ぎなさいよ。
思いながらも、俺はこいつを叱れない。こいつにはそんな空気があるのだ。
何をしててもこいつ相手だとなんとなく本気になれない。
「わりトモー。遅れたぁー。……ったくさあ、川島話なげえの」
へらへらと笑いながら教室に入ってきたのは、朝倉柚樹。
紅茶色の髪で細身、小さな顔に収まった瞳も髪と同じ色でくっきり二重。
俺とは反対のアイドルみたいな甘い顔。
そのへんの女子じゃあ相手にならないんじゃないかと思う。の割に女にはモテているらしい。一年の頃からこいつが食った女は数えきれない。
「わかったから、行くぞ」
「おー。でさあ、今日駅前のさあ……」
「いや、帰る前に、掃除だろ」
「は? なんで?」
……こいつは。
「お前が日直サボってばっかだから、教頭に居残り掃除しろって言われたろ。
木下が見張ってるってさっき言いにきたぞ」
「えー……それもサボる……」
「ユヅ……お前な、それじゃまた反省文追加されて同じだ。いいから行って来い
俺は図書室で待ってるから」
しょうがないな……と柚樹が言う。
「トモが手伝うならやってもいい」
「はあ?」
とんでもないことを言い出すな。
「なんで俺がお前と居残って、このクソさみぃなか掃除しなきゃならな……」
「いいのか? トモー」
にやっと不敵に笑うと続ける。
「俺が反省文とか書くことになったら、またお前こうやって教室で俺待たなきゃいけないんだぞ」
別に、俺は柚樹と一緒じゃないと帰れないわけじゃないんだけど。とは、言わないが、こいつはそこに思考が至っていないんだ。
そういうところが、憎めないんだけど。
「はいはい、そうだな。それは困る。王子が俺と帰れないのは寂しいって言うならしょうがな
い」
聞くなり、柚樹は俺の椅子を蹴り飛ばし「きっしょい」ひどいことを言い放ち、さっさと行ってしまう。
しかしまあ、やるといったからと言って、こいつが真面目に掃除をするはずもなく。
「ほんと、寒いな」
さっきから何度もおなじことばを独り言ちている。
その度に慰めるこっちの身にもなって欲しいものだ。
「ま、落ち着けって。そのうち終わるだろ」
苛立っているのか、いくつか俺に向かって悪態を吐いてから、
「どうでもいいんだけどさ。俺こないだウイイレの新しいの買ったの。トモんちでやらして?」
「ああ、そうしろ」
こいつが部屋に来たがって、俺は断ったことがない。
こいつが自分の家にプレステ3がないのに、そのソフトを買うのはそのせいだ。
どっちみち、俺は学校からひと駅のところんアパートを借りているし、他に、連れ込みたい女がいるわけじゃないからこいつがいくらうちに来ようと問題ない。
そんなわけで、二年になってつるみだしてからこいつがうちに入り浸りことは少なくない。
一緒にいて疲れない奴だし、思ったことはなんでも言ってくる。口が悪いのが少々難といえば難だが、それは今に始まったことじゃないのでこの際どうでもいい。
「――はあっ」
やけに艶のある声を出すなこのボケ。
別に俺が過敏なわけではない。こいつはフェロモン過多なのだ。
女寄せにしてるのは結構だが、それに引っかかるのに男もいるとなると、こっちも気が気でない。
俺はそんなモノ差別好きも毛頭ないが、それとこれとは話が別だ……
そもそもなんでおれがこんなコトにまで気を回さねきゃならないんだ。
「……もういいんじゃない?」
などと考えていると。案の定一時間もしないうちに音を上げた。
早く例のゲームがしたいんだろう。
「待ってて、先生に確認してくる」
「うん」
しかし、木下は堅かった。
「だめよ。教頭先生に怒られるのはあたしなんだから……
あたしだってこのクソ寒い中こんなとこで見張りなんて嫌よ。全く……」
「まあさーそこはそう言わず……」
しぶといなーと思いながらも口説いていたのだが、いつの間にそばに来たのか柚樹が横から割ってきた。
「せーんせ、俺ちゃんと頑張ったじゃん」
四十分な。
案の定木下は言った。
「ダメよ、教頭先生に言われたでしょ」
しかし教師の意思ってのも案外脆いもので、俺が合いの手をいれつつ、柚樹といくつかやりとりを交わしただけで折れてくれた。
そういえば、最近柚樹の機嫌があまりよくない。
理由は分かっている。
合コンの誘いが増えたのだ。
柚樹は酒を飲まない。いや、正確には飲めないのだ。
本人は嫌いなだけと言い張っているが、以前カラオケで、俺のカクテルを一口飲んだだけで真っ
青になっていたことがある。
酒も飲まず、最近は女にも飽きてきたようだから、週末の集まりが煩わしいんだろうと思う。
俺も、判らなくはない。
ただ、俺達の場合、女寄せに使われることが多いから、代金が奢りなのだ。
俺としては、せっかくのただ酒のチャンスを逃したくないわけで……
ふと、こいつは何故面倒なだけの集まりに参加するんだろうと目をやると、ちょうど視線が絡まる。
「なに、見惚れた?」
「んなわけあるか、タコ」
ひどい言われようだな。と思いながら、柚樹が当然のようにおいて行ったかばんをつかみ後を追う俺も、だいぶどうかしてるんじゃないだろうか。
ヘタレ平岡は王子にベタぼれなご様子。
ちなみに最初に出てきた女子の名前は水田麻李。
候補は岡恵里。
フルネームにしたときの読み方にこだわってみました←わかり辛いw