◆十一話◆ 【side*柚樹】
「……ごめん、トモ。なんか俺、迷惑かけてばっかりだ」
再び枕に顔を埋めぶつぶつ呟くと、知裕には聞こえたようで、それにしては歯切れの悪い返事が返ってきた。
「や……まあ、俺も悪かったと思ってるよ。ちょっと本音が聞いてみたいなーと思ってさ……」
「……? 何言ってんの? トモがなんで? 俺の本音って?」
知裕の言っていることがわからない。
俺のせいで停学になって、俺が押しかけて、勝手に寝こけた俺に、何故知裕が謝るのだろうか。それに俺の本音ってなんだ?
不思議に思い顔を上げると、罰の悪そうな顔をした知裕と目があった。
不意に俺から目をそらすとこう続ける。
「さっき、お前にだした炭酸な、アレ、酒」
「は?」
「お前って、酔ったときしか自分の本当の気持ち、話さないだろ。だから、いい機会だと思って」
「酔ったとき……って、俺こないだのカラオケの時なんか言ったの?」
酒を飲まされたことも――俺に築かなかった事も――不本意だが、それ以上に知裕の言う俺の本音が気になった。
俺自身、いまいち把握しきれない俺の本音を聞いたというのだろうか。
「だから、その辺りの真意を今日聞けたらなーって思ったんだけど、ユズすげえうとうとしてるし……また途中で寝られてもたまったもんじゃないと思って……」
「なあ、俺はなんて言った?」
その時の記憶が俺に抱けないというのも気分が悪いし、もしも……もしも知裕に告白なんてしていたらと思うと、気が気じゃなかった。
今まで何人かわからないほどの女と付き合ってきて自分に男を好きになる自分と言うのも信じられない。
「ねえ、俺そのときなんて言ってたの?」
もう一度聞くと、知裕はさらに気まずそうな顔になって俺に背を向けた。
「俺の事が好きだって……酔ってたからだろうし、気にすることじゃあないけど……アレは、ちょっとしんどい」
眠る前、確かに俺は知裕とキスをした。
唇を重ねるだけのものだったが、嫌悪感もなく、むしろ思いの外柔らかい唇の感触に身をゆだねそうになった。酔って言ったことといい、感じたことといい。少なくとも心の深いところで知裕を思う気持ちが或ことは確かなのだと思う。
それでも何も伝えることができないのは、怖いからだ。
伝えてしまって、これまでの関係がなくなってしますのが怖い。
友達として、知裕のそばにいる時間は暖かくて心地よかった。なにもかもあずけてしまえる安心感があった。
それが、今はどうだろう。
お互いを恋愛の対象としてみることで生まれる不安定な感情に、俺は耐えられなくなっている。
――早く、終わらせてしまいたい。
俺は、始まってもいない恋に、本気でそう思った。
きづくと、涙が頬を伝っていた。
「キスして」
非道いな、と思った。
こんなお願いは、残酷すぎた。
俺は、知裕を諦めるためにキスをねだる。
「酷いお願いだな」
案の定知裕は言った。
そう言っても、俺が何を考えているかわかってても、知裕はそうするんだろうなと思って、こんな時だというのに、俺は微笑んでしまった。
仰向けに寝転んだ俺の頭の横に知裕が肘を付く、体をかがめるようにして知裕が俺の唇に自分のそれを重ねた。
かすかな重みを伴って唇から伝わる知裕の体温は心地よすぎて「嫌?」そう聞いた知裕に思わず首を横に降ってしまった。
一瞬面食らった顔をした知裕はしかし、俺のまぶたに唇を落としてキスを再開した。
「トモ……」
今度は、今までのそれとは全然違うものだった。
下唇を食むようにして、かすかに開いた唇の合間に下を滑り込ませてくる。驚いて逃げる俺の舌をあやすように引っ張り出されてお互いのそれが絡み合う。
突然のことにパニックを起こした俺は、息をするのも忘れて身を任せるしかなかった。
そこに生まれたかすかな愉悦は、果たしてなんだろうか。
「……ん、はあっ……」
やっと開放された口はただ空気を求めて荒い呼吸を繰り返した。
「柚樹……」
名前を呼ばれ、ぼやけた視界から知裕を見上げれば目尻に滲んだ涙をそっと拭われる。
いくらかはっきりした目で表情を伺えば、サイドランプに照らされ歪んだ知裕の顔が目に入る。
知裕が俺のせいで悲しそうな顔をしたのは、初めてではない。
この間俺が学校で押し倒されたときにも悔しそうな顔をしていた。その中には確かに悲しみの色もあったのだ。
でも、こんな諦めるみたいな顔を見たのは初めてだ。
こいつは、俺のために俺を諦めて、それでこんな顔をしてるのか。
「ご、め……ごめん……ごめんなさい……っ」
俺が謝ると、知裕はもう何も言わずに俺を抱き起こして力いっぱい締め付けてきた。
そんな知裕を、俺はたしかに愛しいと思った。
「なんで謝るの」
聞かれても、一度溢れ出した涙はもう止まらなかった。
知「……」
黒「^p^」
もうちょっとだったのにね。知裕^^←