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Chapter 1 : エーテル・ミュージアム (1)

「ご不便をおかけして申し訳ございません、勇者『リン』様。異次元ゲートのクラウドシステムに予期せぬボトルネックが発生したため、元の世界への転送が2時間ほど遅延いたします」


その言葉を聞いた瞬間、私の頭に浮かんだのは「あの馬鹿女神、いったい何を抜かしてやがるんだ?」という疑問だけだった。


「あんたたち、電卓で次元門ゲートを動かしてんの? 私は世界を救って、魔王だってぶっ殺したんだよ。出前のお使いじゃないんだからさ」


私は目にかかった黒髪を払いのけた。


「で、その2時間、私に鳥でも撃って暇を潰せってわけ?」


2時間前なら、その時間にも価値はあっただろう。アイテムを山ほど手に入れたり、レベル上げに励んだりできたはずだ。


けど、今さらその時間で何をしろっていうのよ?


白いローブに身を包み、魅力的な肢体を強調しながら、鼻につくほど豊かな胸元に手を添えた女神が私に言った。


「それでしたら……神界より、次元を越えた歴史の集積地『エーテル・ミュージアム』へご招待いたします。最高位のVIPとして、無料でお楽しみいただけますわ」


「ちっとも興味ないわね」


「では、どうぞ勇者様、鳥でも撃ってお待ちくださいませ」


「あんた、私を煽ってんの?」


そう感じたから、思わず女神に対して不作法な口を聞いてしまった。けど、誰だってあんな風に言われたら煽られてると思うはずだ。


……私は転送ポイントの脇にそびえ立つ巨大な門に目をやった。神界の背景である星々の中に建つそれは、まるで世界最高峰の美術館のようだった。


ふん……結局、座って蚊を叩いているよりは、あんな博物館でも歩き回って時間を潰すほうがマシだと思ったから、私はそこへ行くことにした。


さっきのムカつく女神については。


「消えちゃったわね。……あとでエクスキャリバーで神界ごとぶっ飛ばしてやろうかしら」


エントランスを抜けると、中央の博物館へと続く豪華な回廊が現れた。 博物館の入り口まで辿り着くと、そこには建物の素材に引けを取らない豪華な木製のドアがあった。 だが、私がドアノブを握ると、そこには鍵がかかっていた。


「最高位VIPが聞いて呆れるわね」


私は腰の鞘から剣を抜き放ち、上段に構えてスキルを発動しようとした。


「スラッシュ!!!」


剣先がドアノブに届こうとしたその瞬間、オークションのスタッフがはめるような手袋をした掌が、あっさりと私の剣を受け止めた。 私の攻撃が、完全に止められたのだ。


「いつの間に……気配もなかったのに」


彼は目の下にクマがあり、白髪で、燃えるような赤い瞳をした青年だった。服装は整った黒いスーツ。 青年は言った。


「館内でのスキルの使用は一切禁じられております」


「まだ中に入ってもいないじゃない」


「このエリアも博物館の一部でございます」


青年は事もなげにドアを開け、中へと先導した。


「で……あんた、ここのスタッフ?」


彼の後について中に入りながら尋ねた。


「オーナーです」


「ずいぶんと儲かってなさそうね」


博物館の内部は静まり返り、ひんやりとしていて、人気がなかった。コレクションの一つひとつが浮遊する台座の上に置かれており、この部屋だけでも数十点はありそうだった。 青年は無表情のまま答えた。


「利益は求めておりませんので」


「資本主義を全否定するようなセリフね。ところで、あんたが案内してくれるわけ?」


青年はそれを聞くと、胸に手を当てて深く腰を折った。


「私は『学芸員キュレーター4号』。皆様の……」


「キュレーターって何よ?」


「……」


「私、まだ17歳なんだけど!? 博物館なんて行ったことないわよ!」


私は、まるで私を馬鹿だと言わんばかりの(あるいは元からそういう目つきなのかもしれないが)視線を向ける青年に向かって叫んだ。


「私は……この場所にある『遺物デブリ』の物語を語る語り部として、お傍に仕える者でございます」


「あーね!」


「では……」


「フォー!」


「はい?」


不審そうな顔をする青年に、私は腕を組んで見せた。


「名前って大事でしょ。でも一番どうでもいい名前は、口が疲れるくらい長い名前よ。あんたは4号なんだから、名前はフォー! 決定!」


「……お好きにどうぞ」


フォーは興味なさそうに短く答えた。


「で、フォー。私に何を見せたいわけ?」


私は浮遊する台座の上のガラスケースの前で足を止めた。中にあるのは、乾いた泥にまみれた何の変哲もない鉄のブーツだった。 ただの鉄くずね。魔法の付与エンチャントすらされてない。 そう分析してから、私は口を開いた。


「中古品まで展示してんの?」私は眉をひそめた。「予算不足?」


「ずいぶんと多弁なお客様ですね」


「どうも」


フォーはいつもの無表情でため息をついた。


「こちらは『誓約の鉄靴ブーツ』でございます」


そして、確認を求めるように私を見た。 私は眉をひそめて返した。


「『誓約』の意味くらい知ってるわよ!」


たぶん、契約とか約束みたいな意味でしょ。 それを聞いたフォーはガラスケースの方を向いた。


「かつて、異世界エーデルの低級兵士が所有していたものです」


「私のいた異世界じゃないのね?」


「別世界でございます」


「あちこちにあるのね」


「左様でございます」


私がこれ以上口を挟まないと見ると、フォーは話を続けた。


「その兵士は、千年の雪原を越えて援軍の要請を届けねばなりませんでした。彼は神に祈りました。『目的地に着くまで、どうか私の足が止まりませんように』と。神はその慈悲により……この靴に力を与えました」


「いい話じゃない。お化け屋敷みたいな不気味なものばかりかと思ってたわ」


私は博物館を見渡した。豪華だが、どこか幽霊屋敷のような雰囲気が漂っている。


「で、どうなったの? その伝令は間に合ったわけ?」


「間に合いました」フォーは間を置いた。「ですが、その兵士は度重なる戦闘で酷く疲弊していました。極寒の気候もあり、彼は10キロ地点ですでに凍死していたのです」


「げぇ……」


「しかし……祈りは生きていました。このブーツは、魂の抜けた彼の遺体を強制的に歩かせ続けたのです。硬直した腱と骨を無理やり引き裂き、前へと進ませた。腐敗していく死体を引きずり、山を越え、3ヶ月後に王宮の門前に辿り着きました」


私は少し絶句し、ブーツを間近で覗き込んだ。


「つまり……死体として辿り着いたってこと?」


「はい。手から書状が抜き取られた瞬間、靴の稼働は止まり、彼の体はその場で骨の山となって崩れ落ちました」


フォーは薄く微笑んだ。


「感動的な忠誠心だと思いませんか?」


私は「ふんふん」と頷いた。 それから。


「んなわけあるか! ただの嫌がらせじゃない。どこのどいつよ、そんな慈悲を与える神様は?」


はぁ、ったく……ここは、ろくでもない物の博物館ね。 でも今の話を聞く限り、ここにあるのは全部異世界の物ってことよね。だとしたら……ここは単なる珍品集めじゃなくて。


誰かの暇つぶしのために用意された『失敗作のゴミ溜め』なんじゃないかしら。


「……」


フォーが、私の胸に輝く金色の勲章を見つめた。 それは、魔王を倒したことが王国に知れ渡った後に授与されたものだ。神界に由来し、勇者にふさわしい者に授けるよう王国に託された『勇者の勲章』。


「何よ?」


「当館には、お客様のその勲章に似た品がございます。……こちらへ」


そう言ってフォーは先導した。ガラスケースの中には、私の胸にあるものとよく似た金色の勲章があった。 似ているどころか、全く同じものだった。


私は眉をひそめた。


「これも別の異世界の遺物?」


「いえ……これは、お客様と同じ世界の出身でございます」


私はだんだんと不穏な気配を感じ始めた。この博物館には……単なる「異世界の展示品」以上の何かが隠されているような気がしてならなかった。

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