襲来①
アレク兄様の側近を辞する際、国王であるお伯父様と宰相であるお義父様とお話をされたそうです。
「第二王子妃殿下には申し訳ない事をしてしまった」と反省を示し、現実へ戻った事を喜んでくれたそうです。
エド兄様の立太子公式発表まで、後二週間という頃でした。
「若奥様」
執務室のドアをノックし返事をすると入ってきたのは私の専属執事をしているセバスチャンでした。
「どうしたの?セバスチャン」
「今、門番から連絡があり第一王子殿下がいらしたそうです。おまけにお仲間様も…」
セバスチャンの眼鏡の奥にある瞳が鋭く光った気がします。
「あら、ついにいらっしゃったのね。思ったより遅かったのね。いいわ、通すように伝えて」
いくら第一王子のアレク兄様であろうと、ここは王弟であるシュトラール侯爵邸です。
門番達が主の許可なく門を通す事はありません。
あ、グレン様にも一応連絡しておかないといけませんね。
しかし、アレク兄様は先触れという文化を忘れたのでしょうか?
今日は来客の予定がなかったので人前に出る服装ではありません。
準備に時間がかかりますが…まぁ、彼らの自業自得なので待たされたという文句は受け付けません。
「アイリス!遅いぞ!もう一時間も待たされたぞ!」
準備を終え応接室に入ると、アレク兄様がいきなり怒鳴りつけてきました。
側にはピンク色の女性と騎士服の男性一人と仕立てのいい服を身に着けた男性が一人…フェアリー男爵令嬢とその仲間の内二人ですね。
私は愚かなアレク兄様を見て、にっこり笑いました。
「あら、申し訳ありませんわ。何分、本日は来客の予定がございませんでしたの。アレク兄様は先触れという物をご存知なかったのですね?他家に訪問する際には先触れを出しませんと、お相手が準備できませんので、今後はご留意くださいませね」
ソファーへ座り、お気に入りの扇子を広げて一気に言ってやりました。
本来、王族を相手に許可なく座るのは不敬ですが、今回は無視です。
私も王位継承権を持つ準王族の立場です。
フェアリー男爵令嬢やお仲間二人は私が現れた時点で立ち上がり、礼を尽くさなければならないのに、それがありませんでした。
そんな無礼者を連れて来た人に礼を尽くす程、私は甘くありません。
アレク兄様は私がどういう性格か思い出したのでしょう。
少し顔色が悪くなりましたが、お仲間たちは私の態度に驚きを隠せておりません。
王子相手に言い返す人を見た事がなかったのでしょう。
ですが、これで終わりだと思っているのであれば…痛い目に合いますよ?
「それで、本日はどういった要件ですの?当主である父は今、領地におりますので、ご用向きは私が伺いますわ」
「あ、あぁ、実は「グレンを開放して!!」」
王族のアレク兄様が話しているのに遮るとは…
ピンク色の髪にピンクブラウンの瞳、素朴で?庇護欲を誘う外見…なるほど、これがフェアリー男爵令嬢ですか。
庇護欲を誘うというのは瞳をうるうるさせながら胸の前で両手を組んでいる、この様子を指すのでしょうか?
しかし、この方のドレス…ピンクの生地にフリルやらリボンやらが盛りだくさんで幼子が着るならまだしも、二十代半ばの女性が着るものではありません。
せっかくの高級な生地も泣いています。
メイクもナチュラル過ぎて色々と年齢を隠せていませんし…
「アレク兄様、随分と囀る小鳥をお連れになりましたのね?」
扇子を広げ、目元より下を隠します。
目元は笑っているように見えるでしょうが、私の台詞や声色で不快に思っている事はアレク兄様には伝わったでしょう。
焦りながらフェアリー男爵令嬢を落ち着かせようとしています。
当の本人とお仲間二人は侮辱されたと怒りの表情です。無駄骨ですわね。
「グレン様を開放して、でしたか?小鳥さんはいくら昔馴染みであろうと、人様の旦那様の名を呼んではならないという常識をご存知ないのね…気を付けた方がよろしくてよ?これで一つ賢くなられましたわね」
扇子をパチン!と鳴らしながら閉じ、にっこり笑いながら教えてあげます。
「なっ!!」
「貴様!無礼だぞ!」
フェアリー男爵令嬢が顔を真っ赤にして言葉を失っていると、後ろに立っていた騎士もどきが怒鳴り腰にある剣に手をかけました。
それを見た瞬間、セバスチャンが彼の後ろに回り喉元にナイフを突きつけます。
一応、部屋の中にも護衛騎士はおりますが、こういう咄嗟の動きは暗器を扱うセバスチャンには敵いません。
「無礼?どちらが無礼なのかしら?貴方、確か伯爵家の方よね?次期侯爵であり準王族の私に対して剣に手をかけるなど…死にたいのかしら?」
笑顔を消し、淡々と言うと自分の立場を思い出したのでしょうか?
顔を真っ青にしています。あ、それは他の三人もですね。
「あ、アイリス…すまない!決して、君を傷付けようとしたわけでは…」
「では、どういうおつもりでしたの?アレク兄様が連れて来た無礼者が私に敵意を向けましたのよ?躾が足りていないのではなくて?」
アレク兄様は完全に怯えて声も出せないようです。
子どもの頃から単純……素直なアレク兄様はこうやって論破されるので、いつからか登城すると私から逃げ回る様になりました。
何故、忘れてしまったのでしょう?
私はアレク兄様の顔色を伺って、フェアリー男爵令嬢や愉快なお仲間たちに阿るタイプではありませんよ?




