地に足をつける
屋敷で執務をしているとグレン様から手紙で連絡が届きました。
開けて読むと「今夜は遅くなる」と簡潔に書かれています。
…これはフェアリー男爵令嬢の所へ行きましたね。
結婚して四ヵ月程経ちますが、まぁ我慢した方でしょう。
むしろ、もっと早いかと思っていたのでグレン様を褒めてあげたいくらいです。
ただ、エド兄様の事を考えると…あまり良くないですね…
どうしたものでしょうか。
一人で夕食を食べ、湯を浴びた後、グレン様がいないなら自室で寝ようかしら?と考え、そのまま夫婦の寝室には向かわず自室のベッドに入り本を読み始めます。
しばらく経った頃に何やら階下が騒がしい事に気付きました。
何か、あったのでしょうか?と気になり、ガウンを羽織り廊下に出ようとドアのノブを握ろうとした瞬間、ものすごい勢いでドアが開き、目の前にはグレン様が息を切らしながら立っていました。
「グレン様?お帰りなさいませ。今日はお帰りが遅くなると……」
「聞いていたのですが、どうされましたか?」と言おうとしたのだけれど、何故か窒息しそうな程強く抱き締められてしまいました。
何か、様子がおかしいですね…
でも、その前に離して貰わないと本当に窒息します。
必死に腕や背中を叩きましたが、緩められる事はなく…グレン様の後ろから付いてきていた従僕の「若奥様が窒息されますよ」という言葉で助かりました。
とにかく、落ち着いて貰おうと湯を浴びにへ行って貰い家令に話を聞くと、御者いわく確かにフェアリー男爵令嬢の屋敷へアレク兄様と行ったそうだけど、入って30分程で逃げる様に馬車に飛び乗りシュトラール邸へ帰ってきたそう…
…うーん、ますます状況が分かりません。
とりあえず、食事はしていなそうなので夫婦の寝室へ軽食を用意して貰い、グレン様を待つ事にしました。
「アイリス!」
寝室のドアが先程と同じ様にバーーンと開くとグレン様が私の姿を見て、ほっとした表情を浮かべました。
…本当にどうしたのでしょうか?
「お食事されてませんでしょう?軽食を準備したので、とりあえず召し上がって下さいませ」
微笑みながら言えば、フラフラとソファーの私の隣に座り徐に食べ始めました。
たまにこちらを確認しながら食べ、その様子を見ている内に食べ終えると私の方へ体を向け、何故か泣きそうな顔をしています。
「アイリス…すまない…」
「どうされました?何か、ありましたか?」
いきなりの謝罪…何か仕出かしたのでしょうか?
「初夜の時…君に酷い事を言った…君を愛する事はないと…すまない、本当に…すまなかった…」
とても、苦しそうな表情で何度も謝るグレン様を見ていると胸が苦しくなります。
「仕方がありません。私達は結婚式の日に初めてお会いしたのですから。グレン様がフェアリー男爵令嬢をお好きなのは始めから知っておりましたので謝らなくても大丈夫ですよ」
「いや!違う!違うんだ…」
俯きながらポツポツとグレン様は話し始めました。
出会った時に私に目を奪われてしまったこと。
フェアリー男爵令嬢を愛しているのに心が揺れてしまった罪悪感のこと。
初夜の日に私に自分の現状を説明されて、その現実に自分が気付いていなかった事にショックを受けたこと。
日に日に私を愛おしいと感じていたこと。
今日、フェアリー男爵令嬢に会いに行った時に一人の女性を複数の男性が共有しているという異様さに恐怖を感じたこと。
「初夜の日にアイリスからこの結婚の理由を聞かされて、今まで私が見ていた物が蜃気楼のような物だったと気付いたんだ」
「蜃気楼ですか?」
「あぁ、私は五年前よりも自分の現状は良くなっていると思っていたんだ。当たり前だけど年齢も重ねて、その分重要な仕事も任されて、マリーの事も誰にも邪魔されずに愛する事ができているとね…でも、アイリスに言われて、よく見たらそれまで私が見ていた物はまやかしでしかなかった」
五年前から変っていないのはフェアリー男爵令嬢とその仲間達だけです。
彼らが年を重ねると同時に周りも年を重ねています。
学生は大人になり、親は老います。
エド兄様が立太子されたりと環境も変化します。
それなのに、その変化を見ずに学生の頃のまま五年間も時を止め続けていたのです。
グレン様はようやくお花畑から現実に戻ってきたのでしょう。
「グレン様、人は間違いを犯す者です。ですが、それを認め自らを変えるのも人です。グレン様の五年間止まっていた時は今、また動き始めたのですよ」
「…ありがとう。アイリス、私は君を『愛している』とは言えない。ただ、私に現実を教えてくれて地に足を付けさせてくれた君を『愛おしい』と思っている。これが男女の愛なのか分からないけれど、一生を共にしていきたいと思っている」
グレン様は私の手をギュッと握り締め真剣な顔で、そう言いました。
まだ、出会い夫婦になって四ヵ月…
これが愛なのか分からなくて当然だと思います。
「私も貴方を愛してるのかは分かりません。ですが、私も最期まで貴方と共にする覚悟はあります。一緒に悩んで、考えて、歩いて行きましょう」
そう言うと嬉しそうに笑い、私を抱き締めました。
今度は窒息しない程度にギュッと…
二人でベッドに入り抱き締め合いながら今後の事を話しました。
また、お花畑へ飛んで行かない様にする為にもアレク兄様の側近は辞する事になりました。
グレン様はエド兄様の側近になるかは、今はまだ考えられないそうですが、あの腹黒の事です…
きっと、逃さないでしょうね。
まぁ、真面目で有能なグレン様なら大丈夫でしょう。
そんな事を考えながらグレン様の腕の中で目を閉じました。




