呼び出し〜グレンside
それは突然の話だった。
宰相である父に呼び出されたかと思ったら、何と結婚をしろという命令だった。
しかも、相手の家への婿入りだと言う。
ブラックウッド侯爵家に子どもは私しかいないのにもかかわらず婿入りなのは、恐らく五年前の事があるからだろう。
しかし、私には愛するマリーがいる。
そんな誰かも知らない女と結婚するのは御免だと拒否すると、ならば廃嫡すると言われてしまい折れるしかなかった。
そもそも、結婚は家の当主が決めるのが当たり前で、私には拒否権などなかった。
それからは結婚式まで父の監視下に置かれた為、マリーに会いに行く事も出来ず、辛うじてアレクサンダー王子殿下に結婚する事とマリーへ手紙を渡してもらう事だけ頼んだ。
『結婚しても、私が愛するのはマリーだけだ』
ただ、それだけ書いた。
他の側近達もマリーへの愛を貫き白い結婚をしているようだ。
マリーの笑顔を見るだけで、小さな体を抱き締めるだけで心が満たされるのだ。
何も聞かされず、結婚式当日に会った花嫁は王弟殿下の一人娘のアイリス・シュトラール侯爵令嬢だった。
青みがかったプラチナブロンド、ロイヤルブルーの瞳。
月の女神が降り立ったのかと思うほど美しさ…
目を奪われた事に罪悪感を抱き、必死に自分を立て直した。
私が愛するのはマリーだけ。
私が愛するのはマリーだけなんだ。
そう言い聞かせないと彼女に囚われてしまいそうな気がした。
結婚式は略式で済み両家の食事を終えた後、初夜の為に湯を浴びて寝室へ向かった。
『結婚しても、私が愛するのはマリーだけだ』
結婚前にマリーへ誓った事を守らなければ…
そう強く思いながら寝室で待っていた彼女に告げたのだ。
「君には悪いが、私には愛する人がいる。だから、君の事を愛する事はない」
自分で言った言葉なのにもかかわらず、じくじくと胸が痛んだ。
何も非がない彼女に向かって残酷な事を言ってしまったのではないかと…
しかし、彼女は一瞬きょとんとし、にっこり笑った。
「まぁ、初夜でそのような発言をするなど…ご自分の立場をご理解なさっていないのかしら?」
月の女神のような彼女の口から出た嘲笑うかのような言葉に一瞬驚いたが、マリーへの愛を貶められた気がして不快感が胸に広がった。
しかし、その後に話し始めた内容は想定外の事だった。
私の愛する人がマリーであること。
五年前の事を知られていたこと。
エドワード王子殿下の立太子とアレクサンダー王子殿下の廃籍と一代限りの男爵位叙爵のこと。
他の側近達の白い結婚による離縁と廃籍のこと。
この結婚がうまくいかなかった場合の私の廃嫡・廃籍のこと。
すべて知ったうえで、こんな私にしかメリットがない結婚をしてくれたという事実に頭を思い切り殴られたような気分だった。
ショックを受けた私の顔色が相当悪かったのか彼女が心配してくれた事に、ほんの少し心が温かくなった。
それまで毅然と余裕を見せていた彼女を組み敷くと恥ずかしそうに、しどろもどろになりながら年相応に話す姿が可愛くて、お互いに名前を呼び合うと気付けばがっつき過ぎてアイリスは気を失っていた。
こんな事はマリーの時にはあり得なかった。
そのままアイリスを抱き締めて眠り、何かがもぞもぞと動く感触に目を覚ますと「体が動かない」と可愛らしく睨まれ思わず顔が緩んだが、昨夜自分が言った言葉を思い出すと、何だか気まずく、その場から逃げてしまった。
シャワーを浴びながら自分の情けなさに落ち込んだ事は言うまでもない…
それでも、アイリスと生涯を共にするという覚悟を持ち、なるべく二人の時間を持つ様にした。
シュトラール侯爵家に慣れてきた事もあるが淑女の模範の様なアイリスが、たまに言葉や表情が崩れる事に気付くと愛しさがだんだん大きくなっていった。
これが幸せなのだろうか?と感じていたある日、アレクサンダー王子殿下からマリーが会いたがっていると言われた。
あんなにマリーの事を愛していたのに、今まで忘れていた事に愕然とした。
父の監視はもう付いていなかったので、そろそろ合わなければならない》だろう。
シュトラール侯爵家へ『今夜は遅くなる』と手紙を送り、アレクサンダー王子殿下とマリーの屋敷へ向かった。
久しぶりに訪れたマリーの屋敷に入ると何となく不快感を覚えた。
今までただの背景として気にしていなかったが、高級で派手な絵画、置物、家具など…
統一性がなく、ちぐはぐな感じに気持ち悪さがこみ上げた。
案内された部屋に入ると、そこにはマリーと他の側近達がいた。
「グレン!待ってたのよ!」
ぱっと明るく笑いながらマリーが抱き着いてきた。
今まではそんなマリーが可愛いと思っていたが、よく考えたら彼女はアレクサンダー王子殿下の恋人…愛妾なのだ。
こんな風に他の男に抱きつくなどアレクサンダー王子殿下は不快ではないのか?と目線で確認すると、にこにこと他の側近達とその様子を見ていた。
その事に気づくと、この場の異常性に背筋が寒くなった。
私も含めて、マリーはアレクサンダー王子殿下以外の側近とも関係を持っている。
一人の女を数人の男が共有しているのだ。
まるで、『娼婦』ではないか…
「グレン?」
学生の時から変わらない仕草で私を見上げているマリーを引き離した。
「…すまない、用事を思い出したから帰る」
そう言うと振り返らずに、その場から逃げた。
後ろからマリー達が名前を呼ぶ声がしたが無視して逃げた。
エントランスを出て馬車に飛び乗りシュトラール侯爵家へ向かわせた。
ようやく息が付けるようになった気がして体から力が抜けた。
早く、あの細い体を抱き締めて美しい銀糸の様な髪に顔を埋めたい…
そうしたら、この不快感が消える気がした。




