サンタバーバラのリアム
タイムスリープしてから3日目の朝。
今日は晴天。
勤労奉仕をする教室の中は昨日と相も変わらず蒸し暑く重苦しいコンニャクの臭いに包まれていた。
私はそんな日は手ぬぐいを頭にしっかりと巻き出来るだけ目深に被り、誰よりも朝早く通学して誰もいない教室で作業を進めることに決めていた。
こうする事で色変わりしてしまう瞳を隠す作戦だ。
色変わりする目の秘密は誰にも知られてはならない。
夏菜子ちゃんも昼食の弁当を私が通学した後に運搬するなど協力してくれる約束だ。
そして勤労奉仕を終え、陽も沈むか沈まないかの頃。
私と夏菜子ちゃんは正門で待ち合わせをして、おむすびを手に昨日出会った異人さんの隠れているだろう藪の側まで行ってみることに決めていた。
夏菜子ちゃんは、おばあちゃんに勤労奉仕が長引いたと嘘をつくつもりらしい。
今日、昨日いた彼がまだあの辺りに居るのかは分からない。
だけど、何となく私達は彼が昨日の約束を覚えていて、まだあの場所に居る気がして今日も山を登る約束をしたのだった。
お社のある小山の山頂に着くと息も絶え絶えな私と元気な夏菜子ちゃんは辺りを見渡し彼のいるであろう藪の向こう側に向かい、こう囁いた。
「……Hello. (こんにちは……)」と。
すると、
カタン カタカタ……
夏菜子ちゃんが英語で挨拶をして暫くすると四角い空井戸の蓋がカタンッと軽い音を立てて少しだけ開いた。
そして中から金色の細い糸の束のようなモノが幾千本、文字通り頭を覗かせた。
夏菜子ちゃんは驚いたように手で口を塞いだ。
そして、
「えっと~。何やったかね。あ!Here are some rice balls and water……(これ、おにぎりと水……)」
夏菜子ちゃんは震える手で異人さんにおむすびの包んである包みを手渡した。
「Thank you. (ありがとう)」
異人さんは夏菜子ちゃんの手から遠慮がちにおむすびの入った包みを受け取った。
「やった!通じたかね?ミラちゃん、通じたかね?」
金色の髪の軍服を着た男性を見て 夏菜子ちゃんは異人さんの隣で待ちに待ったであろう食べ物をもらった異人さんよりもうれしそうに、はしゃいでいる。
そんな彼女を尻目に異人さんは今日も膝の上に包みを乗せると胸の前で十字を切り、待ちきれないと言わんばかりにガツガツとおむすびを食べ始めた。
私と夏菜子ちゃんは彼が食事が終わるまでの短い間。
彼の前に正座をして彼がおむすびを食べ終わるのを静かに待つことにした。
すると、食事が終わるか終わらないかの頃。
今日は彼の方から口を開いて私たちに質問を投げかけてきた。
「Ah~。By the way, are you American? Where did you study English?……(ところで貴方はアメリカ人ですか?英語はどこで勉強したのですか?…)」
青い瞳をした彼は私が英語を話すことができると分かると2つ目のおむすびを貪り、時間を惜しむように私の目を見ながら次から次へと英語で質問を浴びせてきた。
慌てる私の手を握り締め、夏菜子ちゃんは目を輝かせると私と青い瞳の男性の目を交互に見比べはじめた。
私は夏菜子ちゃんの手を握りしめ覚悟を決めた。
そして、
「え〜。I'm Japanese. I studied English at school. (私は日本人です。英語は学校で勉強しました) 」
そう遠慮がちに答えた。
すると、
「I understood. Your pronunciation is easy to understand.(そうなんだ。君の発音は聞き取りやすい)」
「Thank you…….(ありがとう……)」
彼は早口の英語でそう言うと手に張り付いた米粒を口に運んだ。
隣にいた夏菜子ちゃんは
「な、ミラちゃん。異人さんなんて言うとるの?な、教えて!!」
興奮した様子で、こう叫んだ。
*
今日。
“リアム”と名乗るアメリカの軍人さんは短い間に自分の簡単な身の上話をしてくれた。
夏菜子ちゃんは私の隣に座り私と彼との会話が一区切りしたのを見計らうと再び私達の顔を交互に見比べながら目を輝かせて、私が通訳をするのを待って会話の輪の中に入ってきた。
夏菜子ちゃんは私の訳した言葉を聞くと頷いたり首を傾げたりしながら真剣な表情で私を介してリアムに質問を重ねていった。
「ミラちゃん。リアムに兄弟はいるのか聞いてみて!」
「ん~分かった。How many brothers do you have?(兄弟はいますか?)」
「I have one younger sister.(妹が1人います)」
「妹が1人いるって」
「そうなんだ。私、ひとりっ子だから、兄弟、羨ましいわ~。妹さんもキレイな青い瞳しとるんかね?次の質問。アメリカのどこに住んでるの?」
夏菜子ちゃんは時間に追い立てられるかのように昨日2人で考えた質問を次々にリアムにぶつけていった。
そして私は間髪入れずに夏菜子ちゃんの質問を英語へと訳していく。
「She is an only child.(彼女はひとりっ子です) Where are you from?(あなたはどこから来ましたか?)」
「Santa Barbara, California(カリフォルニア州サンタバーバラです)」
「カリフォルニアのサンタバーバラ出身だって」
「カリフォルニア?サンタバーバ…ラ……?海が近いんかね?」
「サンタバーバラは海沿いの街だよ。カリフォルニア州は世界中のお金持ちや有名人が住んでるだよ。有名どころだとハリウッドっていう映画の街があってね……」
「Hollywood? Do you know Hollywood?(ハリウッド?ハリウッド知ってるの?)」
「My dad has been there for work…….(パパが仕事で行ったことがあります……)」
「ミラちゃん。dadって何?何なの?」
あの日、私は好奇心に満ちあふれた夏菜子ちゃんの黒い瞳とリアムの青い瞳に挟まれ時間が許す限り2人の会話を通訳をして過ごした。
*
リアムと話して分かった事をまとめると……。
彼がアメリカの西海岸の海沿いの町。
カリフォルニア州“サンタバーバラ”と言う場所の出身だと言う事。
彼は今現在、夏菜子ちゃんと同じ18歳であるという事。
兄弟は15歳年の離れた妹が1人いるという事。
彼の出身地、サンタバーバラにある石油基地が日本軍に攻撃を受けた事がきっかけで彼は家族を守るために兵に志願したという事。
家族はブドウ農園を営んでいるという事。
彼は実践部隊ではなく偵察をすることが主な仕事で、とある計画の為に名古屋の地形を記録して帰る途中にこの山の中に不時着してしまった事。
仲間が2人いたという事……。
リアムは何度も彼らの消息を知りたいと言っていた。
たった30分だけの会話だったが私にとっても夏菜子ちゃんにとっても今日のリアムとの会話は大きな収穫があったようだ。
今日、往路。
男坂を昨日の半分の時間で登ってきた価値はあったようだ。
今回の会話の内容に私も満足していた。
帰り際。
私の2つ年上の異人さんは別れ際にセピア色の写真を私達に見せてくれた。
そのまだ新しい家族写真の真ん中には3歳くらいの女の子がママの膝の上に座り白い歯を見せて笑っていた。
そして、その写真に対しても夏菜子ちゃんはマシンガンのような質問攻めをした。
会話が一区切り終えるとリアムは私達に別れ際に、こう質問した。
「What are your names?(あなた達の名前は?)」 と。
私は遠慮がちに、こう答えた。
「えっと……。She isカ、ナ、コ。I'mミ、ラ……」
すると、
「カ、ナ、コ?ミラ!Mila is the name of a goddess.(ミラ!ミラは女神様の名前だね)」
そう言うとリアムは嬉しそうに微笑み写真を裏返し、鉛筆を取り出すと私の手に鉛筆を握らせた。
「名前のスペルを書いてくれ」ということなのだろう。
私は夏菜子ちゃんの名前と私の名前を遠慮がちに鉛筆で写真の裏に書いてあげることにした。
「カナコ、ミラ……」
リアムは何度も何度も私達の名前をつぶやくと白い歯を見せ、嬉しそうに笑った。
彼の笑顔は幸せを運んでくる。
そんな眩しい彼の笑顔に夏菜子ちゃんは夢中になったようだ。
今日も彼の笑顔を見た後、夏菜子ちゃんの顔は昨日の帰り道に見せた横顔のように頬が紅くなっていった。
そして、
「ふふっ。じゃぁ。また、明日ね。リアム。シーユー、トォモロー」
夏菜子ちゃんは別れ際。
覚えたばかりのカタカナ英語を使いリアムに手を振ると時間に追い立てられるように来た時と同じ藪の中へ急ぎ足で帰って行こうとした。
「待って、夏菜子ちゃん!!」
私も慌てて夏菜子ちゃんの後を追う。
「ミラちゃん、ここに長居は無用。もし、私達がリアムの知り合いだって知られたら憲兵にしょっぴかれるんよ。そしたらな、おばあちゃんにも迷惑がかかる……。帰りも昨日の半分の時間で山を降りな、あかん!」
夏菜子ちゃんはリアムと話していた時の明るい声色とは違う重い声を出して、こう言った。
そして夏菜子ちゃんは、私の前を一段飛ばして男坂に掛けられた石段を駆け降りて行く……。
そうだ、ここは昭和19年の日本。
忘れかけていたが、今は戦時中だ。
戦争が終わるまで史実通りであれば後、10ヶ月。
まだ敵兵のリアムが私たち以外の日本人に見つかってはまずい。
リアムはこんな不安定な環境の中で無事に終戦まで生き延びる事ができるのだろうか……?
私は彼が今日も生きていて良かったという希望。
それと彼が見つかるのではないかという一抹の不安。
その両方の複雑な気持ちを心の奥に秘めながら、今の私は無心で不安定な石段を慎重に駆け降りていくしか出来ないのであった。




