鳥居のこちら側の世界
「ミラ、ミラ!!」
強大な横揺れの後。
私は制服姿のまま大量の汗をかき、ひいおばあちゃんのベッドの上でうずくまった状態で目を開けた。
「ミラ!ミラ!大丈夫か?汗の量ヤバいぞ!!」
パパの切羽詰まった声が起きたての私の頭に鈍い音を立てて響き渡る。
「パ、パ?」
「ミラ!あ~良かった。生きとったか……」
「パパ、ここ、どこ?」
「な~に言っとるんだ。全く留守番さぼって!こんな風の通らない所で寝とったら熱中症になるぞ!!扇風機も入れんで……」
パパはそう言うと私にキンキンに冷えたペットボトルの麦茶を手渡した。
ガタ!
「……!」
「ちょっ。ミラ、早う麦茶飲みん!」
起きたての私が庭に飛び出して見たお社の両脇に座っているキツネ様の顔は地震の直後に見た姿と寸分違わず、相も変わらずニヒルな笑みを浮かべていた。
ただ耳の先はやはり幼い頃の記憶と同じ。
鳥居の向こう側の世界とは異なり欠けてしまっている。
私が見てきた“鳥居の向こう側の世界”は起きがけの私にはまるで遠くて近い国の夢物語。
リアムと夏菜子ちゃんと過ごした長くて短いような時間は起きがけの私には“夢”では説明がつかないリアルなものに感じた。
*
「2人共、奥にいるの?ほら、業者さんがひいおばあちゃんを送ってくれたよ。ミラ、ひいおばあちゃんにきちんと挨拶しなさい」
私がママの言葉に背を押され仏間に入ると仏壇の前には白い光沢のある布が掛けられた杉の棺が置かれていた。
恐る恐る中を覗き込むと、ひいおばあちゃんはまるで静かに眠っているかのように、そこに横たわっていた。
当然、息はしていない。
棺の中は冷蔵庫と同じくらい冷たかった。
棺の中に眠るその顔は「私の人生に悔いはない」とでも言っているかのような安らかなものだ。
私はママから「ひいおばあちゃんは庭の空井戸の前で草を取っている時に倒れた」と聞いていたのでどんなに苦しい死に顔をしているだろうとビクビクしていた。
だけど、それは取り越し苦労だった様だ。
私はひいおばあちゃんの薄化粧を施した安らかな死に顔を見て倒れているひいおばあちゃんを見つけ、救急車を呼んでくれた郵便配達員のお兄さんに感謝をした。
ひいおばあちゃんは倒れた後、最期は病院のベッドで亡くなることができたらしい。
「……ミラ。あのな。今だから話すけど、ひいおばあちゃんがな、ミラの名前つけてくれたんだよ」
パパは棺の横に座ると棺を優しくさすりながら涙を浮かべて私の右隣で突然、こう話を切り出してきた。
「そうだったわね。ミラが生まれた日。私達夫婦は産室で大ゲンカしちゃったのよ。「こんな青い目の子、俺の子じゃない!お前、浮気しとったんだろ!!」ってパパが大声出すから私もつい大声で反論して……」
「そりゃ、しょうがないだろ。誰だって驚くよ。君の家系にも僕の家系にも外国の人の血は流れていないはずだから……」
パパがそう言うとママは呆れたように小さな溜息をついた。
「はぁ〜。でもまぁ、そうよね。私の家は代々、多摩の農家。パパの家系も江戸時代よりも前から、この辺りの地主だったらしいから外国の人とは関わりなんてないだろうし……」
私は闇夜に浮かぶ名古屋の街の灯りを窓の外に眺めながら2人の会話に耳を傾けていく。
「そうだな。だけど、アレには驚いたよなぁ。ひいおばあちゃん、産まれたばかりのミラが瞳を開いた瞬間、号泣し始めたんだよ。リーン。リア……何だっけな?なんか言ってた気もするが。まぁ、とにかく。ミラの名前はひいおばあちゃんがつけたんだ。なんかのアナグラムらしいぞ……」
私はパパの絞り出した涙声を聞き昼寝前に感じた、もしかしたらというモヤモヤとした感覚が私の中で確信へと変わっていくのを感じた。
そして、堰を切った様にあふれ出す言葉を抑えきれず私は思いつく限りの質問をパパに浴びせていった。
「ねぇ、パパ!ひいおばあちゃんのお父さんってどんな人だったか知ってる?」
私はパパの横顔に真剣な顔を向け訊ねた。
「うん?俺のひいじいちゃんか?ん~、確かハイカラな人だっとミラのひいおばあちゃんに聞いたが……。ひいおばあちゃんが娘の時に“満州”に出征してそれっきり。写真は遺影以外は空襲でなくなったんだっけな。ひいおばあちゃんのお母さんは確か出征する前の年に病気で亡くなったと聞いたが……」
私は棺の中に眠るひいおばあちゃんの右の耳たぶを見た。
(ひいおばあちゃんの耳にも私と同じ位置に黒子がある……)
黒子を見た瞬間、私の直感が揺るぎのない確信へと変わっていった。
間違いない。
私の目からは涙が止めどなく溢れ、制服のスカートに大きな染みを広げていく。
棺の中で永遠に眠るひいおばあちゃんの胸の上には1枚の古ぼけたセピア色の写真が大事そうに抱かれていた。
私は迷わず写真を手に取り裏返すとその写真に釘付けになった。
「ミラ、何でやろうね?何でひいおばあちゃん、「この写真を一緒に燃しとくれ」って死に際に看護婦さんに言ったのかね。何か知っとる?」
私はママの言葉を聞き、ひいおばあちゃんの冷たくなったしわくちゃな手の上に涙を零すとママには分からないくらい、小さく頷いた。
セピア色の写真には若くて背と鼻の高い軍服の男性。
その父親、母親らしき壮年の男女。
そして、母親と思われる女性の膝の上で3歳くらいの女の子が白い歯を見せて笑っていた。
写真の裏にはペンでRiam Kanako Mira と何度もなぞり書きがされている。
涙で文字がかすみ上手く言葉が絞り出すことができない。
そんな私にママは優しく背をなぜて抱き寄せてくれた。
「ねぇ、ママ。ひいおばあちゃんの名前って……」
私は次々に溢れ出す涙をママが貸してくれたハンカチで抑えながら言葉を絞り出していく。
「ん?夏菜子。田中夏菜子よ。ミラ、 もしかして今まで知らなかったの?」
私はママの言葉を聞いて再び棺で眠るひいおばあちゃんの顔を見ながら大粒の涙を流した。
(そんな……こんな残酷な運命なんてない。私のひいおばあちゃんが夏菜子ちゃん、だなんて……)
この日。
私は真実を受け入れられず神様が仕向けた運命のイタズラを心から難いと思った。
*
お通夜が始まる少し前のこと。
私はメイク落としでひいおばあちゃんの唇に赤くのせられた口紅を落すと持参したリップパレットから一色の口紅を選び取り、リップブラシに多めに擦りつけた。
昼寝で乱れてしまった髪は夏菜子ちゃんに秋祭りの日に結ってもらった思い出の髪型に整えた。
ひいおばあさんの鏡台を借りて。
その後の事。
「夏菜子ちゃん、本当に本当にありがとう。私、夏菜子ちゃんとリアムと一緒に描いた夢。必ず叶えるから。空の上で見守っててね……」
あの日。
私はそんな想いを込めながら、ひいおばあちゃんになった夏菜子ちゃんの唇に夏菜子ちゃんとの思い出の詰まったスミレ色の口紅を丁寧に重ねていった。
リアムと夏菜子ちゃんが手を取り、天国で再会できる事を願って……。
*
季節外れの台風が運んできた強い吹き戻しの風が私たち家族の中の悲しみを一気に吹き飛ばしていった、明くる日。
その日も30度を超えるような暑い日だった。
今年の項垂れるような陽射しの強い季節はまだ始まったばかりのようだ。
私のひいおばあちゃんは私たち家族にひいおじいちゃんの事を秘密にしたまま亡くなった。
ひいおばあちゃんのひとり息子のジイジにお通夜の最中。
ジイジのお父さんの事を聞いてみたが、ジイジは始終「知らん」の一点張りだった。
ジイジはひいおじいちゃんがひいおばあちゃんを捨てたと思っているのだろう。
でも、それは違う。
ジイジ。ひいおじいちゃんはひいおばあちゃんの事を命懸けで暴漢から守ろうとしたんだよ……。
もし、私がひいおばあちゃんだったら秘密を墓場まで持っていったのだろうか? あるいは……。
……「ミラちゃん、私にはね昔。あなたと同じ名前の青い瞳をした女の子の友達がいたんよ……。それと同じ青い瞳をした私の大切な人。ミラちゃんのおじいちゃんはね、その人と私の間の子どもなんよ。3人でいるあの時間はそりゃ楽しかったな。あ、ミラちゃんこれはミラちゃんと私だけの秘密よ。ミラちゃんと私だけの……」
私は火葬場から上がる煙を見上げながら記憶の奥に眠っていた優しく温かいひいおばあちゃんの笑顔を思い出し再び涙した。
胸が締め付けられるように熱い。
もしかしたら、ひいおばあちゃんは本当は私が生まれた時から私がタイムリープする事を知っていたかもしれない……。
*
現在、戦争をしないと法律で定めている国は世界196カ国の中でわずか8カ国しかない。
日本が戦争をしない国になってから80年。
これまでの平和な日々は、あの戦争の悲劇と後悔の上に築かれた日本に生きる人たちが創り上げてきた、小さなキセキの積み重ねなのだろう。
だとしたら、これからを生きる私達に何ができるのだろうか?
一握りの勇気で未来が変えられるのだとしたら今の私に何ができるのだろうか……。
80年前。
戦争の時代を“心が動くままに生きる”
そう言って全力で生きていた夏菜子ちゃんの横顔を思い出しながら、私は火葬場から上がる青い煙に向かい手を降った。
(ひいおばあちゃん……。いや、夏菜子ちゃん。ありがとう。天国でリアムとお幸せに。それとね。私、決めたよ。私ね。一度きりの人生“自分の心が動くままに生きてみる”!夏菜子ちゃんが美容師としてみんなの髪をキレイにして胸を張って生きたように私もみんなをキレイにしたいから……)
私は“メイクアップアーティスト”と将来の夢だけを書き込んだ“進路希望調査表”を胸に煙が青い空に溶け込むまで精一杯、手を振った。
ママは火葬の合間。
私の横に立ち火葬場から立ち昇る煙を私と同じように暫く何も言わずに見上げていた。
そして突然、私の胸に抱かれた進路希望調査表を見て話を、こう切り出してきた。
「進路決まったみたいね」と。
「う、うん……」
いつも通りのママから発せられる威圧的な雰囲気にのまれ、私は反射的に頷いた。
「で、なんて書いたの?」
ママは低い声でこう訊ねると私と目を合わせないように火葬場の煙を静かに見上げた。
2人っきりの慣れない空気の中、緊張で喉が急激に水分を失っていく。
私はそんな状況下。
ママの方を向くとママの横顔に向けて、こう口火を切ることに決めた。
「ママ……。ママあのね!私、メークアップアーティストになりたいっ。私ね。世界中の人をメイクで笑顔にするメークアップアーティストになりたいの!!」
「……」
静かな沈黙。
長いような短い間。
私はその短い間。
脳裏にママの落胆したであろう顔を想像しながら、俯き固まった。
そしてママの返答が返ってくるまでの間。
ママの顔を直視できず、下を向き手に汗を握って小さく震えることしかできなかった。
すると、
「ふ〜ん。……メークアップアーティストか。ん、良いんじゃない。ミラ、メイク好きだし。じゃぁ、この話はこれでお終いね。話は変わるけど……」
ママは私の予想に反して何の反論をすることなく突然、進路の話題を切りあげようとした。
あまりの衝撃に私の周りが無音の世界に包まれる。
「……。えっ?……。ママ、今なんて言いました、か?」
「えっ?いや、だからね。今夜は精進料理……」
「違う違う。料理じゃなくてその前の進路の話の方」
「はぁ?……あぁ、良いんじゃないって言ったケド??」
「イヤ、イヤ、イヤ。おかしいでしょ。ここは、いつも通りにお固く、クビにならない公務員になれ!とか看護師は再就職とか転勤には困らんからね、とか言うでしょ。いつものママなら」
私はあまりの想定外の返答に動揺し、余計なことまで口走る。
「は?いつも通りにお固くって……。「ミラ、メイクアップアーティストなんてそんな時代に流される不安定な職業はダメよ!」そう言ってほしいかったの?」
「……。ち、違うけど……」
「じゃぁ、具体的にどこの学校に行きたいとか。何年後にはこんな風になってるビジョンは決まっているの?って聞いて欲しかったの?」
「そうじゃない……」
「はぁ〜。そうでしょ?ミラはミラでしょ?多分、いつも通りの思いつきで何にも具体的には決まってないだろうけど……ね。でも、これはあなたの人生でしょ?今までママあれやれ、これやれって言い過ぎだったかな……って今になって反省してるのよ。これでも。さっきお義父さんから聞いたんだけど、ひいおばあちゃん美容師になりたくて30才から美容学校に入って美容師になったんそうよ」
「30から?」
「そう。子育てが一段落して、それで美容師と地主やりながらお義父さんを女で一つで立派に育てられたみたい。ミラは、ひいおばあちゃんっ子だったから、まぁ、どうにかなるかなって。ミラはまだ若いしね」
ママはそう言うと私に端の剥げかかったユニセフのピンバッチを手渡した。
このバッジはひいおばあちゃんがいつも買い物用のバッグにつけていたものだ。
見た目よりもかなり重みを感じる。
(そっか……欲張りな夏菜子ちゃんは最後の最後まで大きな夢、全部叶えようとしてたんだ。「戦争のない世界を作る」この夢は80年経っても叶わないって過去で私が伝えていたら夏菜子ちゃんは諦めていたのかな?いや。あの性格じゃ諦めないか。むしろ夏菜子ちゃんのことだ。真実を知っても知らなくてもガムシャラに彼女なりの未来を描いて生きたに違いない。それなら……)
ピンバッチの金具が手のひらで揺れた瞬間。
私は夏菜子ちゃんとの思い出を思い出し、目からは熱い涙が溢れてきた。
ママはそんな私の肩を優しく抱き寄せる。
「……ママ、ありがとう」
「どういたしまして……。私はね。今日ミラが私に自分の気持ちを初めて打ち明けてくれた事が本当に嬉しかったのよ。ミラ、いつの間にか自分の気持ちを語れるくらい大人になっていたんだね……」
ママはそう言うと私の左肩に頭を乗せて小さく呟いた。
2人の間に静かで優しい時間が流れていく。
だが、それも束の間の話。
「あ、でもミラ!「良いんじゃない?」とは言ったケド、資格はちゃんと取らなきゃダメよ。不安定な職業につくなら最低7個は欲しいわね。後でどんな資格があるか調べなきゃ……。いざとなったら「立て直しが効かない」では困るわ。あとね専門学校に入るにしても絶対に家から通いなさい!女の子のひとり暮らしは危険過ぎるから。あとは……」
「まだ、あるの?え〜ママ。条件多すぎ……」
ママのこの長談義はパパが言い争っていた私たちを見つけてくれるまで続いた。
ママは私から子離れする覚悟を表明したものの、まだまだまだ子離れするのは現実的に難しいようだ。
でも、あの日。
鳥居の向こう側の世界に触れた私の。
臆病な私の中の何かが少しずつ変わり始めた、そんな気がした。
*
─5年後。
私はアメリカのカリフォルニア州にあるメイクを学ぶ専門学校に講師として招かれた。
昨年、私は日本のちょっとしたコンテストで賞を取り今や名のしれたインフルエンサーになっていた。
コンテストのテーマは『戦争と平和』
赤と青を使い分けて戦争の悲劇と終戦後の喜びを表現した作品で最優秀新人賞に輝いた。
今の私は得意の英語を活かしメイクアップアーティストとしての順調に経験値を稼いでいる。
今年はモード系のジャンルのコンテストにも参加する予定だ。
私が5年前。
鳥居の向こう側の世界で描いた夢は叶えられつつある。
そんな私は今日は講義の後、とある老婦人の入所している老人ホームを訪れる予定だ。
面会の相手は89歳の女性。
私のひいおじいちゃんの妹にあたる人物だ。
彼女とは何度も手紙のやり取りをしているが、果たして私を受入れてくれるのだろうか。
そして私が夏菜子ちゃんから引き継いだ大きな夢を彼女に話したら、彼女はどんな顔をするのだろう……。
渡米直後から私には一抹の不安があった。
*
「 This is the transportation fee."
(これ車代)」
「Thank you. What a nice place. Have a nice trip.
(ありがとう。素敵な場所だね。それでは良い旅を)」
「Thank you.Youtoo.(ありがとう。あなたも良い一日を)」
私はオレンジ色の瓦屋根と白い漆喰が美しい老人ホームの駐車場に降り立つと、目の前に広がる広大なブドウ園の先の緑の山々を見据えた。
(ここがひいおじいちゃん、リアムの故郷……)
日本とは違う乾いた空気。
目の前に広がる緑の山々。
時折、海から運ばれて来る優しい潮の香り。
私は広大な大自然のパノラマに思わず胸が激しく震え、目から自然と涙が溢れてきた。
(やっと、やっと。ここまで来られたね……)
私は手に真鍮製の星型の錆びついたバッジを6月の乾いた空に掲げ、胸の前で抱いた。
すると、その時、
「So you've finally come. Nice to meet you, Mila. I've been waiting for you. You're another precious member of my family.(やっと来たのね。はじめまして。ミラ。待ち焦がれていたわ。私の大切なもうひとりの家族)」
『Welcome, my precious family. You are welcome.』(いらっしゃい。私の大切な家族。歓迎するわ)
しわがれた老婆の声に気がつき私が振り向くと老人ホームの前にはマリーゴールドで彩られたウェルカムボード。
それと1人の腰の曲がった老婆が私の到着を待っていた。
しわがれた声の主。
老人ホームの前にいた車椅子に座る小さな老婆は私と同じ青い瞳で私の姿を捉え、目を細めると嬉しそうに笑った。
「Nice to meet you. I'm Mira Tanaka. I'm Liam's great-granddaughter."(はじめまして。私は田中ミラです。リアムのひ孫です)」
私は彼女の前に膝をつくと、ひいおばあちゃんが燃してくれといっていた写真を見せながら口火を切った。
私はこの日の為、ひいおばあちゃんの遺言に背きこの写真を大切に保管してきた。
声に出した流暢な英語には涙が交じり、乾燥した空気の中で微かに震える。
「Yes, I know that without you saying anything. You have the same eyes as my brother. Please sit here. I want to hear more about that story you wrote in your letter. That strange story…….(えぇ。言わなくても分かるわ。あなたは兄と同じ目をしているから。どうぞここに座って。私はあなたが手紙に書いたあの話を詳しく聞きたいわ。あの不思議な話……)」
そう言うと老婆は彼女の隣に置かれた長椅子に座るようにと私を促した。
老婆は長話をする為に立ち上がり、テーブルに置かれていた大きなティーカップになみなみと紅茶を注ぎはじめる。
「Well, don't be shy. You can have some cookies too. I baked them. They taste like homemade food. My brother loved them too. I'll give you the recipe later. The first time was the day of your great-grandmother's wake.(さぁ、遠慮せずに。クッキーもどうぞ。私が焼いたのよ。我が家の味。兄も好きだった。あとでレシピを渡すわ。まずはじめは、あなたのひいおばあ様のお通夜の日の出来事だったわね)」
「Ah, yes. That was when I was a freshman in high school. It was a very hot afternoon in May...。(あ、はい。あれは私が高校1年生。5月にしては暑すぎる午後の話で……)」
私は老婆の優しいリアムに似た青い瞳を見返しながら私の体験した、あの不思議な初夏の話を語り始めることにした。
あの日。
私はリアムと夏菜子ちゃんから託された2人が希った夢の続きをリアムの愛した景色の中、ゆっくりと話すことに決めたのだった。(終)




