表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

My beloved (sideリアム)

「あぁ、痛っ」


異国の木の固い蒼い葉の上に胴体を預けながら薄暗い空の下。


僕は動く首だけを無理に捻じ曲げゆっくりと辺りを見回した後、静か黒い空を見上げた。


偵察機から飛び降りてどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。


辺りは薄暗く月は地平線に近い位置に見える……。


どうやら僕は長い間、気を失っていたらしい。


全身は鞭打ちの拷問を受けた後のように疼く。


周りに人も動物の気配さえしない。


無の世界だ。


僕の飛行機が墜落したと思われる僕が今いる場所から少し離れた木の茂みからは煙が燻っているのが見てとれた。


肢体は指先しか動かせない。


何もかもが絶望的な人生最悪の瞬間。


確かに僕はあの日“死”を受け入れた……。



あの飛行機が墜落した日からどれくらいの月日が過ぎ去ったのだろうか。


僕は日が出る前、僕の隠れているお社の近くにある沢に水を飲みに行くことが日課となっていた。


なぜ僕だけが墜落した日から異国(敵国)でこんなにも長く静かに生き長らえてしまったのか……。


なぜ一緒に飛び立った同胞達はすぐに潔く捕虜になったのに僕は苦しくも一筋の希望に縋りながら潜伏し、生き永らえたのか。


なぜ、神様は僕だけ殺さなかったのか……。


あぁ、そうか。


それは(夏菜子)に出会う為だったんだね。


あの日。君を最期に見た、あの瞬間。


暴漢から君を守る為に神様は僕の命を繋いでいたんだ……。


これが僕が生まれてきた使命だったんだ。


だったら、これでいい。


これが僕流の人生の終わらせ方だ。


ごめんなさい。マミィー。ダディ。


そして愛する妹のレイナ。


必ず帰ると約束したけれど、帰れそうもありません。


僕の足はもう一歩も前へは動きません。


最愛の人……


カナコ。


国同士はまだ戦争をしているけれど、僕は君に出会えて幸せでした。


どうか僕の分まで長生きして下さい……。


大木に寄りかかり、頭上に羽を休めた青い尾の鳥を見上げ“キレイだ”と想ったその瞬間。


僕は背後から近づく大勢の足音に耳を傾け、ゆっくりと目を閉じ人生で2度目の“死”を受け入れる覚悟を決めた。


ガンッ


頭蓋骨に重い鉄の塊が貫く鈍い音が突き刺さる。


流れ出した僕の血は嘲笑するように頬を伝い、僕から最期の生きる希望を奪い土の上へと次々に消えていった。


僕の額から溢れ出した血は無情にも止まらない。


不思議と痛いという感覚はなかった。


僕を囲むように女性達の悲痛な声や雄叫びが聞こえる。


母に似た掠れたいくつもの折り重なる高い声音。


でも、それは異国の言葉だった。


僕を罵るようなその言葉は短い間、森の中に空に響き渡り消えていった。


ドサッ


最期に僕の固くなった身体は大きく揺さぶられ地面に頭から倒れ込む。


僕は心音の最期の一音が止まるのを感じると静かに息をするのを忘れ地面に顔をつけた。


体は徐々に冷たく固くなっていく。


心は身体が死んでも暫くは生きていた。


その心は最期の力を振り絞りこう願った。


お社に託した手紙をいち早く彼女が見つけてくれますように……と。



僕はアメリカのカリフォルニア州サンタバーバラという場所に生まれた。


両親はイギリスの労働階級の移民。


僕はブロンドの髪に青い目を持つ容姿だけは所謂、勝ち組だった。


ブドウ園の長男に生まれた僕だけど、僕にはパイロットになるという夢があった。


学校に入る前の幼い僕は家の近くに飛行場があったから飛び立つ飛行機のスケッチをしながら、毎日パイロットに手を振る幼少期を過ごした。


父はパイロットになるのは反対だったが、理解のある母のおかげで飛行機の整備学校に入学することができた。


僕は自慢じゃないが飛行機の絵だけは誰よりも精密に描くことができた。



そんなこんなしている内に歳の離れた妹が生まれた。


彼女は僕の天使だった。


農家に生まれた僕は 整備学校の上級生に「泥臭い」と罵られる事も度々あったが、家に帰り彼女の笑顔を見ているだけでいじめっ子にされた嫌な事は全部忘れることができた。


彼女が生まれて2年後。


サンタバーバラ海岸沖の石油基地が日本によって攻撃を受けた。


更に本土にも数度の奇襲。


僕は家族を守る為、本土の青年達が皆しているように兵士になることを志願した。


兵士になる事は実に簡単だった。


ただ市役所に臨時に併設された軍部の事務所に行って書類にサインするだけ。


あの頃の僕はまだ青く、命の大切さのホントを知らなかった。



入隊式の翌日。


僕は整備士として入隊したのに、すぐに先輩のパイロットから操縦の仕方を教わった。


整備士は希少ですぐにも色々な国の軍事基地配属されるのが常という時代。


飛行機を1基でも多く外国の基地に運ぶ為、自ら操縦桿を握るのが好ましいというのが理由らしい。


そして飛行機の操縦が出来るようになるとすぐ、数ヶ月ごとに僕はいろんな小島へと赴任させられた。


戦時中はどこの部隊も整備士は不足していたようだった。


戦地では貧乏人も肌の色も年上も年下も関係なかった。


重要なのは階級と生き残るための処世術。


ただそれだけだった。


見たこともない赤や青の大きな嘴が特徴的の鳥。


長細い黄色い酸っぱいパッションフルーツ。


突然のスコール。


連日の熱帯夜……。


突然、赴任が決まった名前も知らない島の生活はその土地の全ての水場を覚える前にまたすぐに次の赴任先が言い渡された。


時には理不尽な理由で上官から暴行を受けたり怒鳴りつけられたりもしたが、飛行機を修理出来る僕は他の隊員達よりも比較的待遇が良かった。


目まぐるしい日々の中。


灰色の青春。


鉛の心。


僕は初めこそ戦場で眠れない日々があったが、次第に傷ついた人達を見ても可哀想だとは思わなくなり、他人の為に涙を流す機会も減っていった。


そう、僕は戦場で感情のない大人になることを強いられていったのである。



そして茹だるような蒸し暑い日の昼過ぎ。


8回目の赴任地で訪れた名前も知らないジャングルの中にひっそりと建てられた飛行場から僕は偵察機に乗り、その日すぐに島を飛び立ち敵国に向かうことが決まった。


偵察機は全部で3機。


僕以外は僕と同じくらいの年の新入りの軍人が1人とその教官。


全機ガソリンを満タンにしての出撃だ。


行き先は日本のナゴヤ。


地形を見て工場の位置を地図に書き込む、そんな簡単な仕事という話だった。


僕が選ばれた理由は絵が上手いからと言う理由らしいが、僕は正直、前線には行きたくない。


そう思っていた。


簡単な任務。


そう言われた任務だけど、今回の任務はそんなに簡単には終わらなかった……。


目的のナゴヤ市内の上空に近づくと僕たちの日本軍の軍用機を模倣した飛行機はすぐに日本軍に見つかり追撃された。  


日本軍は実にしつこかった。


日も落ちて薄暗い時分。


上手く雲の間に機体を隠くしてもずっと日本兵たちは僕たちを追跡し続けてきた。


日本人は夜目がきくのだろうか?


執拗に追い掛け、何度も何度も発砲を繰り返してくる。


そして、


ガンッ


「あっ……」


数秒後。


鈍い音の後、僕は音のした右翼の方向を振り返り目を見張った。


僕の飛行機は旋回して上手く玉を避けられていたが、隣を並走していた若い軍人の操縦する飛行機は後ろの羽が折れていた。


その後、若い軍用の機体は僕の飛行機の横っ腹に突っ込みヒラヒラと真下に落下していった。


それに巻き込まれるように並走していた、上官のもう一機も……。


爆音と共に僕の機体はその場から弾き飛ばされ、2人とは別の場所に不時着したようだった。


すごい衝撃だった。


敵機は僕たちを墜落させると満足したようにひらりと旋回してライトでしばらく辺りを照らしていた。


そして、しばらくすると僕の上の空を静かに飛び去っていった。


それを見届けた後。


僕は木の葉に体を任せたまま激痛と油の匂いに包まれながら気を失った……。



どれくらいの時間が過ぎただろうか。


僕は奇跡的に無傷で目を覚ました。


全身むち打ち状態ではあったが、骨折はしていないようだった。


偵察機に爆弾を積んでいなかったこと。


幹が頑丈な 大木がクッションになったようで僕は大怪我を間逃れたようだった。


僕が朝日を頼りに同胞の操縦していた飛行機を見つけ出した時には 2人は飛行機を置いて姿を消していた後だった。


辺りに使用済みのパラシュートが残っていたし、遺体も見当たらなかったから半日前くらいまで生存していたのは確かだ。


置いてけぼりの僕の頭の中は真っ白。


心は空っぽになった。


新入りの若い軍人の操縦席は血だらけで、その血は山の下へ下へと繋がっていた。


足跡は血の道の隣に寄り沿うように、もう1つあった。


機体は半壊。


僕は 2つの機体を組み合わせ帰還を試みようとしたが、滑走路のない山の中では機体が上手く組み合わさっても飛行は困難だろうという事に途中で気づき、僕は吹き出る汗を軍服の袖で拭い飛行機を直す手を止めて空を見上げた。


(日本人の捕虜になると運が良くて軍人に会えば助けてもらえるが、民間人に捕まると石で殴り殺されるって教官が言ってたっけ……)


日本人は猿に似た顔立ちで黒い毛の持ち主で野蛮だと言っていた教官の言葉を思い出し生きる気力を失った僕は太い木の幹にに無気力でもたれかかった。


もうすぐ夜が明ける。


そう思った時、僕は急激に渇きをおぼえた喉を擦った。


あの時の僕の身体と心はチグハグで身体は生きたいと願っていたんだと思う。


そして、一縷(いちる)の望みに掛けて知らない山の水音を頼りに同胞達とは反対に獣道を登り、敵地の中で1人生き延びることに決めたのだった。



夏菜子。


僕は君に出会えて本当にラッキーだった。


初めて君が僕を見つけてくれた時。


僕は君の黒曜石のような真っ直ぐな瞳に恋をしました。


そして僕たちはそれぞれの国の言葉を覚え、沢山の事を語り合ったね。


言葉は通じなかった日もあったけれど、僕達の心は国を越えて繋がっていた、僕はそう考えています。


あの月の綺麗な夜。


僕達はたくさん語り合い2人だけの秘密を持ったね。


僕の腕の中で震える肩、華奢な肢体。


そこには僕と同じ普通の18歳の少女が確かにいました。


彼女の深層に触れた時。


僕は貴方にだけはこの時代に染まらずに真っ直ぐに生き抜いてほしい、心からそう思いました。


彼女が幸せを掴む為なら僕はこの最後まで護身用に取っておいた銃の引き金を引かないことを誓います。


神様、どうか彼女をお守りください。



夏菜子に初めて会った時。


君の差し出してくれた、おむすびを食べた時。


僕は日本人の優しさを知りました。


そして戦争がどんなに愚かな事なのかも……。


それが分かっていても僕達2人だけの力では、この戦争を止められない。


そんな事分かっています。


でも力の弱い僕たちが、名もない一人一人が声を上げることによっていつか僕たちの意志を継いだ多くの人たちが種を蒔き、戦争のない日を造ってくれると僕は信じています。


僕はただ貴方の優しさに甘え、隠れて、終戦後に祖国に帰ろう、そう思いましたが僕には時間が足りませんでした。


「戦争のない世界を作りたい」 君の壮大な夢が叶うなら僕は喜んで命を投げ捨てよう。


この先、 君が傷つかない事を願いながら僕は行きます。


神様、僕が死を受け入れる代わりに彼女の願いを叶えてください。


彼女は僕の永遠の太陽なのです。


この手紙をお社に託します。


彼女がいつか見つけてくれると信じて。


from リアム

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ