秋蛍(Side夏菜子)
ミラちゃんが家にやって来て4ヶ月程の月日が過ぎた日。
昭和19年11月3日。
今日は街の秋祭りの日だ。
天気は快晴。
私が住む、この町は今の戦争が始まるまで江戸時代から秋には夜籠りから本祭まで丸2日かけて祭りを行っていた賑やかな土地だったらしい。
今年は去年に続き本祭も夜籠りも町自慢の御神輿も取り止めになった。
担ぎての“男”や“子ども”が町から少くなくなった、このご時世なのだから仕方がない……。
だが御神輿がなくなっても秋の収穫が終わったこの日は町に住む人達にとって1年の労をねぎらう特別な意味持つ日。
今日はいつもより、どこか街全体が生き生きとしているように感じる。
この町の大通りに住む人達の大半は主に“商い”をして生計を立てている。
そんな中、私のおばあちゃんのように町の外れに土地を持ち小作人さんを囲い農家を営んでいる商人兼地主という人たちも多い。
なので、この町の大通りに暮らす人達は表向きは“商人”であっても皆“農民”。
秋の収穫は1年に1度、出来高により収益の増減が決まる大切な時期なのだ。
また、秋祭りは土地神様に感謝する年に一度の大切な日。
今年は昨年に続き氏神様のある神社の神主さんが自分の土地で採れた餅米を使い氏子に掌ほどの“あんころ餅”を作り、配ってくれるそうだ。
甘いものが滅多に食べれないこのご時世に有り難い話だ。
だが今年の町の催しは、それだけではない。
今年は町の“婦人会”の有志の働きかけで町の北の清水に住む“秋蛍”を祭りの前日の夜に捕まえて祭り当日の夜空に放つ運びとなっている。
軍人さん達には秘密の催しだ。
今の時代。
隣組の集会や街の婦人会の井戸端会議さえも軍が目を光らせてくる。
それに“贅沢は敵だ”という時代に“びた一文”かけられない。
集合場所は神社の社務所前。
隣組ごとに時間差で境内に集まり夜空に蛍を放つ手てはずになっているらしい。
私達は夜7時からの組だ。
秋蛍は夏に夜空を飛び違う蛍達に比べ体が小さく光も弱い。
その秋蛍の姿が何だか戦争に行っている父や兄を彷彿させる……というある婦人の一言からこの催しが決まったそうだ。
捕まえた秋蛍の灯りには神主さんが祭りの当日。
“早く家族が戦地から帰って来られますように”という願いを込めてくれるらしい。
この秋蛍を夜空に放つ催しは戦時下で暗くなった町の人達の心に希望の光を灯す事に繋がる。
私は秋蛍の話を聞いた時、そんな気がしていた。
*
祭り当日。
社務所に着て行く服は華やかすぎないものであれば何を着て行ってもいいらしい。
なので、私もこの日ばかりは、おばあちゃんの新調してくれた紺色の桔梗柄の浴衣を着て小綺麗に着飾り、お祭りに出掛ける予定だ。
髪には青い絞り染めのお気に入りのリボンをつけて。
そして帰宅したフリをしてそのまま、こっそりとリーンに会いに行く……。
おばあちゃんには祭りの夜はミラちゃんの部屋に泊まると言えば外泊をしても簡単には見つかることはないだろう。
ミラちゃんとは昨日、口裏を合わせをする約束をした。
ミラちゃんの足のケガは大分、良くなってきたようだが山登りは、まだ難しいようだ。
このご時世足のケガは一大事。
2年前くらい。
日本の上空に突如、現れた米軍の飛行機が爆弾をいくつか街に置いていった事を風の噂で聞いたことがある。
あのような事がまた起こったのなら命がいくつあっても足りない。
(たかが捻挫。されど捻挫やね…)
そんなことを考えながら私は今日はお社には寄らず、急ぎ足で勤労奉仕からの帰路に着いたのだった。
*
「ただいま!!おばあちゃん。私の蛍は?元気かね?」
「夏菜子。蛍を見るのは、まずは神主さんに渡す佃煮を重箱に詰めてからや。ミラちゃんも手伝うてほしいから手、洗っといで……」
「え~」
「はい!」
「ミラちゃん、良い返事やね〜」
おばあちゃんはわざとらしく、こう言うと重箱の上に箸を乗せ私を見た。
今日の町の大通りを歩くご婦人達は優しい色の薄紅を指している人やモンペを新調して身綺麗にしている人がたくさんいた。
皆、今日はいつもより浮足立っている様子だ。
私達は昨日の晩、ミラちゃんと2人で秋蛍を 採ってきた。
隣の源じいさんの話では蛍は甘い水を作りおびき寄せると簡単に採れるらしい。
なので、私達は大切にしまってあった角砂糖を水で少し溶かした物をエサに川辺に置きおびき寄せてみることにした。
すると源さんの話していた通り蛍は案外簡単に捕まったのだ。
私達は昨夜。
蛍を2匹だけ捕まえてきたのだが2匹とも元気なようだ。
1匹はお父ちゃんに。
もう1匹はリアムが早く国に帰ることができるように願いを込めてもらう予定だ。
2匹の蛍はどちらとも籠の中でチラチラと小さな明りを灯し右へ左へと歩いている。
「ミラちゃん。佃煮を箱に詰めるのは、おばあちゃんに任せて私らは先に着替えよ」
「でも……」
「今日はいつもよりキレイにしたいからミラちゃんの力が必要なの!と言うわけでおばあちゃん。今日は例のアレ使っていいよね?いいよね!?」
「あんなぁ、夏菜子、佃煮詰めてから……。って言っても聞かんでしょ、あんたは。いいよ。使いなさい。はぁ〜。誰に似たんだかな~」
「ありがとう!おばあちゃん!!」
「はぁ〜。まったく夏菜子は……。ふふふっ」
私の背を背に台所に残されたおばあちゃんは、重箱に佃煮を薄く詰めながら出征して行った1人息子の性を思い出したように小さく笑った。
*
私達は内湯の準備が出来ると変わりばんこに樽に入り、米糠で念入りに体を洗った。
その後おばあちゃんの家に併設された薬局に行き壁に建てつけられた背の高い棚から化粧品の入った大きめの木箱を取り出すことにした。
右は売り物。
左は私物の棚だ。
「さぁ、ミラちゃん。キレイに化粧してね」
私は今日、化粧が得意だと言っていたミラちゃんに東京で流行している“ナチュラルメイク”というものを施してもらう事にした。
ミラちゃんは、ここに来る前は友達と化粧品の試し合いを頻繁にしていたそうだ。
雑誌の切り抜きを見ていた時に度々化粧の話もしていたがミラちゃんはまだ若いのに化粧に関する知識が豊富だ。
さすが都人。
今回の化粧は彼女に任せてみよう、そう考えていた。
*
「じゃぁ、まずメイクの土台を作るね。自分でやれる所はやろう!その方が化粧が崩れた時にすぐ直せるから……」
そう言うとミラちゃんは化粧水を手のひらに乗せ両手で包み化粧水を温めだした。
量は一銭の大きさ程だ。
そして温めた化粧水を優しく時間をかけて顔に押し込んでいく。
均一に。
満遍なく。
その方が粉を叩いた時にキレイに仕上がるらしい。
化粧水の後は乳液。
これも時間はかかるかが化粧水と同様に丁寧に押し込んでいく。
土台が整うとミラちゃんはたくさん並んだ化粧品の中から化粧下地を手の甲に塗り、肌の色に馴染むものを選びとると顔に薄く塗ってくれた。
私は鏡を最後まで見ないことにしたから、ここからはミラちゃんに託すしかない。
下地は 顔の中心から外側に向かって薄く均等に伸ばしていくといいらしい。
ニキビができている所には余分に置く。
化粧下地塗り終えたら西洋のおしろいを薄く叩いていく。
今の時代、肌を整える化粧と言えば日本に昔からある“おしろい”が主流だ。
だが、私はあの作ったような白さと独特の匂いが大嫌い。
それに日焼けした私の肌に塗ったら確実に浮いてしまう……。
奇跡的に店には廃盤になる前の西洋の私の肌に近い色のおしろいの私物がいくつかあった。
リアムはアメリカ人だからきっと西洋風のメイクが好きだろう。
喜んでくれたら嬉しいのだが……。
そんな事を考えていた時、ミラちゃんはピンクの瓶に詰められた西洋のおしろいの蓋を込み上げる笑いを抑えながら開けた。
「ミラちゃん、久しぶりのメイク楽しいかね?」
私はおしろいの匂いを幸せそうに嗅ぐミラちゃんに尋ねた。
「うん。めっちゃ楽しい!!このファンデ少し固めだけど現代のとそんなに遜色ない……」
「現代?ファンデ?そうかね?……」
「ねぇ、夏菜子ちゃんこれ何に使うの?」
興奮した様子のミラちゃんは私の肌に塗る西洋のおしろいを選ぶ最中。
私物のいたる所の棚を余分に開け、西洋風の化粧品が入っていると思われる箱を揺すり始めた。
「ミラちゃん。棚は開けもいいけんど右のは売り物だから使ったらダメよ。それに私は化粧のこと分かんないから気になるならおばあちゃんに聞いてな……」
私はミラちゃんの浮足立った後ろ姿を見ながら小さく笑った。
今のミラちゃんは傍から見ても本当に幸せそうだ。
(あぁ、ミラちゃんは本当に化粧品が好きなんだな。こんな時代に生まれなければ……)
「ミラちゃん、化粧のアーティストやったか。向いていると思うわ、私。ミラちゃんにピッタリだと思うわ。下手の横好き……。違うか。ミラちゃんの場合は好きこそ物の上手なれやな……」
「そうかな?」
私がそう言うとミラちゃんは恥ずかしそうに鼻をつまんだ。
「そうやよ!」
「ありがとう。夏菜子ちゃん。でも、私のママにメークアップアーティストになりたいって言ったら幻滅されそうでめちゃくちゃ怖いけど……」
ミラちゃんはそう言うと涙目で化粧品の入った容器を優しく撫でていつものように弱々しく笑った。
ミラちゃんはいつも両親のことを話す時、少し影のあるような表情をするような気がしていた。
そして彼女は自分に自信が持てない性らしい。
そこで私はそんなミラちゃんにこんな言葉を掛けてみることにした。
「……ミラちゃん。一度きりの人生。何事もやる前から諦めたらあかんよ。やってみて、精一杯やってみて。死ぬ程やってみて。それでもまたダメかもしれん。でもな。人間、死ぬまでは立て直しが効くんよ。この世で起こった出来事はこの世でどうにかなる。人生に正解はないってね。私のおばあちゃんの口癖やけど……」
私は目に涙を浮かべるミラちゃんの手を握りしめ、こう言った。
「人生に正解はない……か」
私の言葉を復唱すると、ミラちゃんは化粧水を真綿に染み込ませ私の顔をまじまじと見つめてきた。
目はウサギのように赤い。
「うん。ありがとう。夏菜子ちゃん。私、決めたよ。帰れたら私ママにきちんと自分の気持ちを伝えてみる。素直な気持ちを包み隠さずに。それでもダメって言われちゃうかもしれないけど……。諦めなければいつか夢は叶うよね。きっと!」
「そうや!その意気や!!」
私がそう言うとミラちゃんは溢れ出した涙を浴衣の袖で拭き、屈託のない顔で笑った。
そして、
「夏菜子ちゃん。本当にありがとう。私ね、夏菜子ちゃんに出会えて本当に本当に良かった〜」
そう言うとミラちゃんは泣き腫らした目をした自分を落ち着けるように再び深く息を吐き出した。
そして部屋の隅にあった鏡台の前まで行き鏡に映った正座姿の自分と向き合うと、まずは自分の化粧から先に終わらせる為に手を忙しなく動かしたのであった。
*
ミラちゃんは自分の化粧をしながらミラちゃんの実家の化粧について話してくれた。
ミラちゃんの実家にはリキッドやクリーム、パウダーなど、いろんな種類の西洋のおしろいがあるらしい。
自然な仕上がりを目指す場合はルースパウダーと言うものを使うと良いとも言っていた。
西洋のおしろい使い方は西洋のおしろいをスポンジにとり顔の面積が広い部分からなじませていく。
その後スポンジに残った粉で目の周りや小鼻など細かい部分を塗ると厚塗り感のないすっぴん風の肌に仕上がらしい。
西洋風の化粧は日本のおしろいとは違い、シミやそばかすを隠すのが主流なのだそうだ。
そしてミラちゃんの化粧が終わると私の眉を軽く整え、目尻に優しいピンクの粉を叩いてくれた。
「ミラちゃん?出来上がり?」
私はミラちゃんの手が止まったのを確認し薄目を開いていく。
普段とは違う化粧品の甘い匂いに包まれた私の体の真ん中にある心臓は大きく波を打つ。
そんな中ミラちゃんは
「うん。よし!出来上がり!!スマホがあったらな〜。あ、夏菜子ちゃん鏡で見てみて!!ほら、美人さん」
ミラちゃんはそう言うと姿見を私の方に向けた。
鏡に紺色の地に桔梗の花が添えられた浴衣の若い姿の女性が映し出される。
普段、見慣れているはずの自分の姿。
だが、今日の鏡に映る私はいつもとは違っていた。
「え?う、嘘!え!?ミラちゃん。すごい!私の肌、日焼け跡も肌のくすみもキレイになっとる……」
私は自分の顔をお母ちゃんの形見の鏡でまじまじと見て驚いた。
眉を整えて化粧を施した鏡に映った私の顔は銀幕の女優さんのように整った滑らかな肌をしていた。
そして鏡越しで見たミラちゃんの瞳は、いつになくキラキラ輝いているように見えた。
ミラちゃんはベースメイクの仕上げにと薄いピンク色のチークを頬骨の上に乗せ、筆で円を描くように優しく肌になじませてくれた。
仕上げの仕上げの口紅は唇の輪かくよりもオーバー気味にたっぷり塗ると魅力的になるらしい。
口紅は箱の中に10種類ほどがあった。
「んー。どの色がいいかね?」
「んー。“メイクはたった一塗りでその人の1日を幸せにし、そして人生も変える力がある”って私のひいおばあちゃんがいつも言ってたんだけど……。だから私はね、夏菜子ちゃんの心が今、動いた色をオススメするよ」
「じゃぁ、これがええなぁ」
「うん」
ミラちゃんは、そう笑うと私が選んだ優しいスミレ色の口紅を優しく重ねていった。
これはお母ちゃんの形見の口紅だ。
「素敵な色だね。スミレ色、か……」
鏡に映るミラちゃんの顔に少し陰ができた。
「ミラちゃん?」
「う、うん。何でもない。私ね。夏菜子ちゃんのメイクしてとっても幸せだって思えたんだ。やっぱりメイクはイイネ。自分を綺麗にするのも良いけど、私はやっぱり誰かを綺麗にしてその人が喜んでくれたり、その人を見た周りの人が幸せになる……そんな仕事に将来就きたいなって……」
そう言うとお社の方を向き、懐かしそうに目を細めた。
「ミラちゃん?」
ガラガラ ガラガラ……
「あんれま。2人共べっぴんさんになって……。ん〜。キレイな化粧じゃの〜。西洋風か。まぁ、夜は暗いし身内の集まりのようなもんじゃけん、構わないかや。。そんじゃま、ミラちゃん。わしにも同じ化粧してくれんかね。シワとかシミとか気にするような歳でもないが今日くらい化粧はせんとな。“化粧は身だしなみ”じゃからな!!」
おばあちゃんは私たちの哀愁漂う空気を読まずに部屋に入ると突然こう言い残し、急ぎ扉を締めて鼻歌を歌いながら母屋の内湯へと駆け出していった。
一瞬の出来事で私もミラちゃんも何が起こったのか理解するまでに暫く時間がかかった。
あの後、私たちはそんなひょうきんなおばあちゃんの後ろ姿を見ながら顔を見合わせ、緊迫した空気の中静かに笑い合ったのだった。
*
「お招きいただきありがとうございます。神主様。この所めっきり寒くなりましたなぁ……。これは少ないですけれど佃煮と金団です」
「これはどうもご丁寧に」
私達は近所の神社の境内に着くと夕方、おばあちゃんが詰めた軽い重箱を神主さんに手渡した。
社務所前には防空壕に一緒に入る近所のおじいさん、源さん。
それと隣に住む、おばあさんのトメさんが先に来ていた。
私達の隣組は5軒で1まとまりなのだが、残りの2軒は今は家族全員で疎開してしまっている。
国民服を着た 源さんの持つ竹細工の籠の中には大きな秋蛍が2匹入っていた。
源さんとトメさんの息子さんの分だという。
源さん達が出征した息子の分だという蛍は私達が捕まえた蛍よりも一回り以上大きい。
「やっぱり源さんは昔から蛍を捕まえるのが上手いの~」
「いや、なぁに。おいらはこれくらいしか取り柄がないき」
「そんなことよりキヨさん。あんた今日肌が輝いとるよ。流石、化粧品の元販売人じゃなぁ……すっぴんもキレイじゃの」
「ありがとう。源さん。今度、何かおまけしとくね。キレイじゃろ?」
「ははぁ〜。奇跡じゃ。祭りの夜じゃからかのぉ。今日は婆さんの肌が30歳は若返って見える……あ、ははは」
源さんそう言うと気まずそうに失言から目を逸らして笑い、浴衣姿のおばあさん達は源さんの気まずそうな顔を見て顔を見合わせ笑った。
おばあちゃんの話では、この2人はおばあちゃんの仲の良い幼馴染だそうだ。
源さんは酒屋の本家の跡取りでトメさんは息子を連れて出戻り組。
トメさんの家は醤油屋さんだ。
ちなみに私のおばちゃんは、もらい婿婚の薬種屋さん。
湿布に丸薬それに化粧品……。
品揃えは町一番だったらしい。
(私は、おばあちゃんとお父ちゃんと同じひとりっ子。でも、お父ちゃんが帰って来なかったら近い内に私もおばあちゃんと同じように、もらい婿婚するんだろうなぁ……)
そんなふうに考えると、ふとリーンのあの優しい笑顔が私の脳裏に過ぎり、静かに消えていった。
*
おばあちゃん達は神主さんが祈祷を終えても秋蛍を籠からすぐには出さず神社の裏手の池に来て、またいつもの長話をしていた。
そう、3人は、よく我が家の土間で長い立ち話をしている 。
(これは今日も長くなるな……)
仲が良いことは良い事だが私は早くリーンに会いに行きたくて、おばあちゃん達の当たり障り声に苛立ちを募らせていた。
そして、
「源さん。トメさん。私ら明日また勤労奉仕なんですわ。じゃから、今日は早う寝たいんやけど……ふぁ……」
私は池の際に立ち困り顔でこう言うと、わざとらしく小さく欠伸を1つした。
すると、
「お!そじゃな。そういや儂も明日、配給があるから早起きせんといかんな。今回は石鹸があると良いんじゃけんど……。じゃぁ、そろそろ放つか。次の組が来るかもしれん」
源さんはそう言うと国民服の帽子を脱ぎ蛍の籠の入り口を慌てて開け、蛍を夜空に返してやった。
ピカ チカ チカ……
蛍の淡いみかん色の光が秋の夜空に儚く飛び違う。
何ともしんみりとした幻想的な光景だ。
「綺麗だね」
ミラちゃんは私がミラちゃんの髪を団子に結った髪に挿された青い玉飾りを優しく撫でながら、こう囁いた。
「ホント綺麗やね……」
私はミラちゃんの言葉に心から共感した。
(ん~。キレイ。確かに秋蛍はキレイじゃけど、人間の都合で短い人生の1日を籠に閉じ込められてしまってかわいそうだったな。蛍も兵隊さんや私らと一緒。花の命は短いとみんな知っちょるのに……。“戦争をしている国”という2つの籠から私達が抜け出せたら、私はリーンと何の隔たりもなく愛し合えるのだろうか……。お母ちゃんとお父ちゃんと同じように……)
あの夜。
私はそんな事を考えながら空に放った大きな秋蛍がリーンのいる山の方角に消えて行くのを静かな気持ちで眺めていた。




