セックスできるかどうかだろ
「セックスできるかどうかだろ」
滅茶苦茶身も蓋もない発言だなと思った。
一世一代のカミングアウトが日常に消える。
君はスマホから目も移さない。
「話は終わり?」
カチンときた。
私の話をちゃんと聞いていたのだろうか?
本気でそう思ってしまう。
「飯食いにいかね? ケーキとか甘いの」
やや遅れて苛立ちが溶ける。
君の動揺が伝わってきた。
君、甘いもの嫌いなくせに。
「『女には甘いもの』なんて単純な頭してんの?」
茶化すような自分の問いがこの場では不誠実だと思えたけど、一度放ってしまった言葉は口には戻りはしない。
「うるせえな」
こっちだって動揺してんだよ。
そう言いたいのだろうと思った。
君のスマホを覗き込めば『女子 スイーツ 好きなもの』なんて馬鹿みたいな検索の仕方をしている。
「男二人じゃん。入りづらいよ」
「は? 男女だろ?」
試し行動はあっさりと否定された。
どこからどう見ても男である私に対し、君は私を最大限尊重してくれている。
困惑しながらもどうにか適応しようと藻掻いている。
その様が申し訳なく思えた。
申し訳なく感じるのは失礼だと感じた。
「行こうか」
スマホから目を離した君は私を見て立ち上がる。
気まずそうに瞳を何度か動かして、さらにいつもより早い瞬きを何度かしながら。
「うん。甘いものにするの?」
「食いたいんだろ? 女子だし」
「いつもみたいにラーメンでもいいよ」
君は肩を竦めて歩き出し、私はその背を無言で追った。
*
「にしても最低じゃない?」
「何が?」
「こっち、結構悩んだんだよ?」
ケーキを待ちながら私は尋ねる。
男子高校生二人は流石に浮いてしまう気がしたけれど、君は気にした様子もない。
「悩んだって言われてもな。実は女でしたなんて言われても正直、こちらからすりゃ『はい、そうですか』としか言えなくないか?」
「じゃ、そう言えばいいじゃん。なーにが『セックスできるかどうか』なのさ」
君は鼻で笑い口を僅かに開き、それでも何も言うことなくセルフサービスの水を自分のコップに注いだ。
まだ半分も飲んでいない私と違い君はもう三杯目。
「あとでオシッコ行きたくなるよ」
「連れションは出来ないな」
自分で口にした言葉に眉がピクリと動き、端から分かるほどに強く目を強く一瞬閉じる。
どう振る舞っていいのかわからないのだろうと今更ながらに悟る。
半分残った水を一気に飲み干し、口を開いた途端に君が私のコップに水を注いだ。
「他に知っている人はいるの?」
「ううん。お父さんやお母さんにも言っていない」
身体は男だ。
心は女だ。
歪だ。
晒せるわけもない。
「そっか。大変だったな」
君の言葉が水よりも冷たくて、透き通るように落ちていくようだ。
真剣な話だ。
だけど、深刻に話したくはない。
誰にも知られたくない。
だけど、誰かには聞いてほしい。
そんな自分勝手な気持ちの発露。
君は不器用ながら受け入れてくれた。
期待していた通りに。
ケーキが置かれる。
私達二人の前に。
店員のお姉さんが微笑んで聞いてきた。
「甘いもの好きなんですね」
「ええ」
君が真っ先に答える。
「男の子なのに珍しいね」
親しみを込めたタメ口。
年齢は私達とそう変わらないだろう。
「子供舌なんですよ。二人とも」
失礼な言葉だ。
私に対してのものとまるで違う。
けど、そんな男の子らしさが気に入ったのか、店員のお姉さんはニコリと笑ってその場を去っていく。
「食べよっか」
「ありがと」
君が慣れない手つきでフォークを持つ。
クリームを上手くすくえず、ケーキが崩れていく。
まるで子供みたいだ。
おまけに甘いのも苦手なのに。
「ケーキ以外には何が好きなの?」
悪戦苦闘しながらケーキを食べる君に私は答える。
「別にケーキは好きじゃない」
「は? そうなの?」
「好きなんて言っていないじゃん」
「お前」
言いかけた言葉を君は飲み込んだ。
そう。
ここに来るのは君が勝手に決めたんだ。
私を気遣う君が。
君はため息をつく。
「口直しにラーメン行こうぜ。食い終わったら」
「それ、女子に言う言葉?」
あっ。
試し行動。
後悔した直後に君はあっさりと言った。
「友達に男も女も関係ねえだろ」
後悔が霧散する。
ぽつりとした言葉に涙が落ちそうになる。
君はスマホを開いた。
私の涙から目を外そうとした。
だけど、思い直して私を真っ直ぐに見つめて言った。
「話してくれてありがとう」
今度は耐えきれなかった。
涙が落ちただけ、心が楽になった気がした。




