第1章 珊瑚の贈り物
1 エッチしてあげるから生きろ!
春霞といえば美しく聞こえるが、その正体は黄砂か花粉かPMか。白濁した空気が、都会の空を覆っている。
「へえ、それはおめでとう」
駅前のレストランで食事をしながら、男は女に向かって、気のないお祝いを述べた。
この春、女は大手医療機器メーカーの研究開発チームでサブリーダーに昇格したらしい。
一方、男はほぼ無職。データ入力の内職とコンビニのアルバイトで辛うじて生活をつないでいる。ギャップは、だいたいこの季節に広がる。
男の名前は、桃山大也、二十九歳。女は同い年の神尾珊瑚。交際歴十年、別れるでも結婚に向かうでもなく、倦怠期がダラダラと続いている。
習慣化というか、マンネリというか、毎月第二土曜日の十時に駅前で会い、レストランでブランチをとる。共通の話題は少なく、いつも珊瑚の仕事の話を聞かされる。大也はほとんど聞いていない。
ふたりは高校の同級生。学年屈指の美人かつ優等生の珊瑚に、大也は恋をした。高嶺の花ではあったが、友達レベルでは気が合っていた。冗談交じりに「僕と付き合っちゃえば?」と言ったことがあった。高校を卒業するまでに三回言ったが、いずれもニコリとスルーされた。
珊瑚は、偏差値の高い国立情報工科大学に進学したが、大也の受験は全滅したため一浪。しかし、その一年は猛勉強をして、まぐれも重なって、珊瑚の通う大学の同じ学科に合格した。そして、四回目の「僕と付き合っちゃえば?」を発動すると、「いいかもね」と回答があった。大也は耳を疑い、頬をつねり、天にも舞い上がる気持ちになった。それが彼の人生のピークだったのかもしれない。
珊瑚は、大学院修了後、今の会社に就職し、着々とキャリアを積んで、周囲に信頼される存在となっている。一回留年して、結局、珊瑚と同じ年に卒業した大也はと言えば、システム開発会社の起業を試みたものの、すぐに破綻して挫折、バイト生活に甘んじている。それでも、交際は続いている。不思議といえば不思議である。
食後のコーヒーが運ばれてきた。
「たまには、どこか違う店に行きたいね」
食事代は珊瑚が負担している。お金のない男に決定権はない。
「喫煙コーナーのあるお店って、ほかにないじゃない」
彼は喫煙者である。それが原因でキスをさせてもらえない。当然、その先に進むことはない。
この日も、珊瑚が会計をしている最中に、喫煙コーナーで一服した。珊瑚は店の外で待っている。
「お待たせしました。いつもごちそうさまです」
「さあ、歩くよ」
「はあい」
…これじゃ、散歩に連れられる犬だよ。
大也は一年前くらいから、この関係に疑問を感じるようになっていた。そして、会うたびに膨らんでいく。
三つの定番コースのうちから、珊瑚が選んだ道を行く。ひたすら歩く。珊瑚はスニーカーを履いている。デートというよりウォーキングが目的のようだ。
この日は東丘陵公園に向かうコース。
大也は、珊瑚の後ろを歩く。喫煙直後は煙草のにおいのせいで、近寄らせてもらえないのだ。しかし、そこには、一つ大きな楽しみもある。
スキニーパンツに浮かぶパンティラインを見つめる。
…むひひひひ。
大也の股間はムクムクと反応した。実は珊瑚のエッチなパーツを「透視」することで、マンネリデートのモチベーションを保っている。超能力があるわけではないが、脳内で珊瑚のエッチ画像を生成する。高校時代から自らを慰めるために身に付けた。
…ある意味、超能力かもしれない。
成長のない自分が情けなくなる。
交通量の多い国道の交差点で信号にかかる。都市高速の高架下は音が跳ね返って騒音が激しい。
煙草のにおいは消えたかなと思い、大也は横に並んだ。たまたまほかに人がいない。
珊瑚の美しい横顔が、ひどく遠いものに感じる。
…このカップルは釣り合っていない。自分から身を引かないと、惨めに捨てられるだけだ。
大也のなけなしのプライドがそんなことを呟いている。珊瑚が立派になるにつれて、モヤモヤは大きくなっていた。ライバル心があるわけでもないのだが、今年もまた格差が広がった。
いつの間にか、別れの言葉のタイミングを見計らっている。
…今だ。
「別れよう…」
彼女はこちらを向いた。
「何か言った?」
騒音で聞こえなかったのか、珊瑚は聞き返した。
「あ、いや」
…言い直せなかった。
信号が青になる。
キキーッ!
大型トラックが急ブレーキを踏んで止まった。
珊瑚は歩き出すが、大也は立ち止まったまま。情けない気持ちを、溜め息で吐き出す。珊瑚の後ろ姿は、憎らしいほど輝いている。
…パン線がかなり上に上がってる。『はみケツ』じゃねえか。くそお、そそりやがるぜ。
決心が消し飛ぶ。「透視」の超能力を全開させると、尻肉の揺れがスローモーションのように見えた。
…あのプリケツを鷲掴みにしてやりたい。どうせ別れるんだから、嫌われてもいいんじゃないのか。
劣情の暴走に、ズボンの股間が突っ張る。ポケットに手を入れて、右下に押し込んだ。
横断歩道に踏み出そうとした時、太いエンジン音が聞こえ、視線を右に上げた。トラックの後ろに、黄色いスポーツカーが猛スピードで迫っていた。
トラックが死角になって信号が見えないのか、車線を変えて追い越そうとしている。その行く手には珊瑚。
「危ない!」
大也は声を上げながら飛び出し、珊瑚の尻肉を両手で押して、彼女を向こうに突き飛ばして、地面に倒れた。
…どさくさ紛れに珊瑚の尻に触ってやった。
などと思っている場合ではない。激しいブレーキ音に右を見た時には、避けられない距離にあった。低い車体のボンネットが、立ち上がろうとしている大也の腰に接触していた。
「うわーーーー!」
ボグボグッ!
腰骨が割れるような音。車の屋根の上を転がって、宙に舞い上がり、うつ伏せに硬いアスファルトに落ちる。一瞬、手で庇ったが頭部をしたたか打ちつけた。
車はハンドルを切ったようで、中央分離帯に乗り上げて高架の橋脚に衝突して止まった。
大也は、腕を立てて起き上がろうとしたが、下半身に激痛があり、動けない。額から血が流れた。
「ダメだ…」
「大也君!」
珊瑚が駆け寄る。道路に両膝をついてハンカチで出血部を押さえるが、あっという間に真っ赤になった。大也の頭を軽く持ち上げて、その顔を自分側に向けて膝枕。傷口に胸と腹を押し付けて、彼の頭を抱え込んで止血を試みる。大也の顔は珊瑚の下腹部に埋まる。
誰の声なのか、「救急車! 救急車!」という叫びが聞こえる。周囲が騒然となっていく。大也の気は遠くなり、痛みも感じなくなっていった。
大也は、おっぱいと太ももの柔肉に頭を挟まれたまま、珊瑚の股間に向かって言った。
「僕、死ぬのかな。珊瑚ちゃんとエッチしたかった…」
「死なない! 大也君は死なない。エッチしてあげるから生きろ!」
周囲を憚らず、珊瑚は叫んだ。
…約束だよ…。
声にならない声でそう言う。大也の意識はなくなった。
大也は、救急車に運び込まれる自分を俯瞰で見ている。
珊瑚が「大也君! 大也君」と泣きながらすがり付く。救急隊員に引き離されると、大也の頭の出血を抑えていたセーターが、日の丸のように染まっていた。
テーピングや消毒液などで手際よく応急止血されるが、救急隊員が、電話でどこかの病院に「心停止。意識なし」などと話をしている。
「大也君!」
大也に近寄ろうとする珊瑚を、もう一人の隊員が「AEDいきます! 離れてください!」と制する。
バッコン!
大也の身体は、電気ショックで跳ね上がった。
「戻りません! もう一回!」
魂の俯瞰はさらに高くなり、救急車の上に出た。
「やっぱり、僕は死ぬんだな」
救急車はサイレンを鳴らして走り出した。
2 僕のことそんなに好きなわけじゃなかったんだろ?
珊瑚は叫ぶ。
「大也君、死んだらダメ。私とエッチしたかったら、戻って来なきゃ!」
…エッチしたい! 珊瑚ちゃんとエッチしたい!
大也の魂は救急車の屋根に飛び込んだ。
「戻って来たらエッチしてあげる!」
救急隊員が珊瑚の言葉を聞かないふりをしている。何とも言えない表情で、AEDをぶっ放す。
バコン!
「心拍、回復!」
魂が身体に戻った。
「呼吸を再開しました!」
救急隊員は「愛の力ですね」と言って珊瑚を励ました。
魂の視界はホワイトアウトした。
救急車は海岸地区にある県立病院に向かう。
大也は病院のベッドの上で目を覚ました。事故から数日経っている。頭に包帯を巻いている。
「大也君…」
珊瑚が付き添っている。郷里から大也の母親も来ている。
「僕、生きてる?」
「うん、生きてるよ」
命を取り留めた。
「じゃあ、珊瑚ちゃんとエッチできる?」
母親が顔を顰めて、「大也!」と軽く叱責する。珊瑚は下を向いた。
その時、下腹部辺りに痛みを感じて「ウッ」と歯を食い縛った。医師と看護師が顔を見合わせ、麻酔を継続させた。痛みが治まると同時に、また眠った。
次に目を覚ました時、体を動かそうとして気付いた。
「あれ? 足が動かない。麻酔のせい?」
狼狽する大也に珊瑚が、泣きながら謝罪する。
「ごめんなさい。私を守るために…」
大也は事故に遭った時の状況を思い出す。横断歩道の先を歩く珊瑚を突き飛ばし、自分は車に跳ねられた。下半身が砕けるような音がした。
足が動かないという感じとは少し違う。
「もしかして…」
大也は枕から少し首を持ち上げて、シーツの下の方を見た。ぺったんこだ。
「もしかして、僕の足…」
珊瑚は唇を噛んで、辛そうに頷いた。大也はものを考えることができなくなった。
後ろに立っていた医師が大也と母親を交互に見ながら言う。
「現状と今後のことをお話します。もう少し落ち着かれてからにしましょうか」
大也は歯を食い縛って言った。
「いえ、今話してください。酷い状態であることは覚悟しましたから」
「そうですか…」
医師は前に出て、ベッドの横にしゃがみ、大也と目の高さを合わせて、ゆっくりと話し始める。
「申し上げにくいことですが、桃山さんは両足を失われました」
覚悟はしていたが、医師に宣告されるとショックを隠せない。
「僕の足、なくなったんですか…」
大也は絶望の淵に吸い込まれる。
「…はい。あれだけの事故に遭われたにも関わらず、脳にも臓器にも損傷はありませんでした。それは奇跡的と言っていいでしょう。しかし、腰骨から下は砕けており、足には血液が通わない状態で壊死が始まっていました。不整脈が頻発し、生命の危機でした。意識の回復を待つことができず、お母さまのご承諾を得て…」
「そうなんですか…」
大也の母親は「ごめんね」と顔を覆って泣いた。
「急性期の治療としては、最善を尽くしたと考えています」
「…」
重い空気に包まれる。
「…僕は車いす生活をすることになるのですか」
医師は言い淀んだ。
「僕、どうなるんですか。教えてください」
「はい。このままでは座ることも難しいので、車いすとか義足とかも難しいと思います」
「と言うことは…寝たきり…」
「…なんとも」
大也は恐る恐る自分の股間を触ってみる。男の道具は、情けない感じで残っていた。
一縷の望みを賭けて聞いた。
「先生、僕、セックスはできますか」
母親と珊瑚はハッとしたように大也の顔を見た。大也は医師の顔を見ている。医師は、目を瞑って首を横に振った。
絶望の淵が底なしに思えた。
「精嚢は残っているので、体外受精ができる可能性はあります」
「…体外受精」
大也の落胆を感じ取った珊瑚は、両親や医師の前にも関わらず、大也にくちづけをしようとする。好きで好きで堪らない彼女が、初めてくちづけをしてくれようとしている。
しかし、大也は顔を背けた。
「少し一人にしてください。母さんも、珊瑚ちゃんも…」
大也は窓の外を見ながら、涙をこぼした。
春霞の白い空が窓枠ごと滲んで見えた。
大也は泣きながら眠った。
理科室のようなところに、研究者らしい白衣を着た珊瑚がいる。太ももの途中から下のない大也が人体模型のように、台の上に置かれている。珊瑚が白衣のボタンを外すと、下は裸だった。乳房を自分の両手で持ち上げて揺らし、アフンと鼻息を漏らした。
珊瑚は動けない大也の体に抱きついて、長い長いくちづけをする。そして、素肌を擦り付けた。大也は感覚のないはずの下腹部に、押し上がってくるような切なさを覚えた。
珊瑚は「私に任せて」と言って跪いた。大也の股間には古いタイプの水道の蛇口。珊瑚が栓を回すと、白い液がドクンドクンと脈打って流れ出た。珊瑚はそれをビーカーに溜めて、テーブルに置き、粘性のある液体を注射器で吸い上げた。白衣を捲り上げ、股間に注射器を差し込む。
「人工授精よ」
注射器の押手を押し込んでいく。
「あ、あ、あ」
悩ましい表情で喘ぎながら注入した。
珊瑚は天井を向いて、喉を「ウグウグ」と鳴らし、白目を剥いて果ててしまった。
目が覚めると、珊瑚が大也の股間をタオルで拭いていた。
「珊瑚ちゃん、何をしてるの?」
「うん。ちょっとね」
排泄物の処理は、これまで介護士がしてくれていた。
「珊瑚ちゃんがしなくても…」
大也は恥ずかしかった。
「これは私がしないと」
栗の花のにおいがした。
大也はエロティックでシュールな夢を思い出した。
「夢精?」
「そうみたいね」
「恥ず…」
…珊瑚ちゃんは、自分が始末すると申し出てくれたのだろうか。
「珊瑚ちゃんの夢を見たんだ」
「じゃあ、これは私に出してくれたの?」
「うん。まあ…」
注射器で人工授精したことは言わなかった。下半身が終わると、新しい蒸しタオルを出して、感覚のある上半身を拭いてくれた。
「気持ちいい…」
「嫌でなかったら、私に世話をさせて」
大也は、自分の身体がもう元に戻らないことに、改めて絶望を感じた。
…このまま珊瑚ちゃんに甘えてはいけない。どう考えても、自分は彼女を幸せにすることはできないんだ。
あえて、意地悪な言い方をする。
「罪滅ぼしだとか思ってるなら、やめて」
珊瑚は悲しい顔をした。
「私、上手にあなたを愛してあげられなかった。たぶん、ずっと傷つけてたんだよね」
大也は、「そんなことない」と言いそうになる優しい気持ちを、押し殺す。
「そもそも、僕のことそんなに好きなわけじゃなかったんだろ?」
珊瑚は「そんなことない」と言いそうになったが、それは彼が求めている言葉ではないと気付き、口籠った。
「私のこと嫌いになった?」
「質問に質問で返すなんて、珊瑚ちゃんらしくないよ」
気まずい空気になった。
「ごめん」
「事故に遭った時、『エッチしてあげるから死ぬな!』って言ってくれたこと、嬉しかったよ。たぶん、あの言葉で僕の魂は、この身体に残ったんだ。でも、この身体はもう…」
「体外受精は可能だって言われたよ」
「それ、セックスでもなんでもないじゃん。珊瑚ちゃん、そんなことまでして、僕の子が欲しい?」
珊瑚は、「セックスだけが幸せじゃない」と言いかけたが、大也にとって自分とのそれがどれだけ大切なことだったかを思い、また言うのを止めた。
「…」
「…惨めすぎるよ」
「私を助けるためにこうなった大也君を、見捨てるわけにはいかないよ。私が、私が、大也君の人生を支えるから」
「だから、それは罪滅ぼしでしょ。僕がどんどん惨めになる」
「ごめん。…ごめん」
珊瑚は、涙を堪えて謝った。大也は、このまま続けても傷つけ合うだけだと思った。
「せめて、最後は恰好を付けさせてよ」
「…」
「珊瑚ちゃん。別れよう」
3 あなたの恋人が私だったという奇跡に賭けてみてくれない?
珊瑚は悲しい顔をして、訴える。
「嫌よ。お願い。私にチャンスをちょうだい…大也君との約束を果たしたい…」
「約束…」
珊瑚は大也の肩に頭を付ける。大也は珊瑚の頭を優しく撫でた。
…私は大也君の優しさに感謝もせずに、甘えすぎていた。
珊瑚は大也の痛みを共有しようとしている。大也はそのことを感じ取っていた。徐々にわだかまりを乗り越えて、不器用ながら愛を育んでいく。
だんだん、また普通に会話ができるようになってきた。
「珊瑚ちゃん、ありがとう。ずっと仕事を休んでるんでしょ」
「気にしないで」
「気にするよ。仕事人間の君が…」
「酷い。でも、そのとおりね」
「ごめん」
「あの…怒らないで聞いてくれる?」
「何?」
「私の仕事、知ってる?」
「再生医療の研究開発だよね」
「聞いてないのかと思ったけど、覚えてくれてたのね」
「どんなことをするのか知らないけど」
「再生医療というのは、人間の失われた機能を代替復元しようとするものなの」
「僕の下半身みたいな?」
「そう。もし、大也君が承諾してくれるなら、私に任せてほしいの」
「どういうこと?」
「気分を悪くしたら、ごめんね。事故に遭ったことは悲しい事実だけど、あなたの恋人が私だったという奇跡に賭けてみてくれない?」
「奇跡?」
「私にしかできないと思ってる。絶対に自信がある。私たちのチームは世界一の技術があると自負しているわ。アメリカよりもヨーロッパよりも進んでいる」
「へえ、すごい」
「自分の意思で、生身の手足のように動く義手や義足を作っているの」
「そんなことが可能なの?」
「神経と機械を、脊髄インプラントと電子端子で接続するのよ。医療と情報科学と装具技術を結集するの」
「僕、アンドロイドになるの?」
「アンドロイドはロボットでしょ。強いていえば、サイボーグね」
「サイボーグか。かっこいいかも。でも、そういうのって健康保険効くの? そんなお金ないよ」
「お金のことなら心配しないで。治療費は加害者側の賠償保険があるし、新技術の部分はうちの会社が全部負担するから」
「そう」
「実はもう一つ奇跡があったの」
「もう一つの奇跡?」
「事故のあとすぐに、加害者の親がこの病院を訪ねてきたのよ。名刺を見たら、外資系医療機器販売会社の日本法人の社長だったのよ。AMS社って聞いたことない?」
「テレビCMやってるね」
「うちの会社とも取り引きがあるの。お母さんと私に深々長々と謝罪して、いつか、息子には土下座させに来るって」
「会いたくないけど、加害者って、どんな奴なんだろ?」
「本人には会ってないけど、きっと、気の弱いお坊ちゃまよ。お父さんは、もう二度と運転させないって言ってた」
「あの車、ランボルギーニだった」
「そうなの?」
「ショックだろうな。僕の治療費どころじゃないよね」
「車の値段と比べたりしないの! でも、あの車の何倍もかかるわ」
「マジ?」
「そこで、そのもう一つの奇跡ってのがね」
「ああ、そうだった」
「AMSジャパンの社長に私が名刺を渡したら、当然、うちの会社のこと知っててね。私の仕事の話をして、大也君の下半身を再生したいという話をしたら、その開発費用を負担させてほしいと言うの。『息子の減刑を企んでと思われるかもしれないけど、被害者の足が動くようになるなら、金に糸目は付けない』って」
「お金持ちなんだね」
「うん、相当の。まあ、この件は個人からではなく、会社同士の提携になるんだと思うけど、もし、大也君があんな奴の会社のお金なんか使ってほしくないって言うなら、断るけど」
「あ、いや…」
「これは、大也君のためではあるけど、大也君だけのために留まらないのよ。いつ誰がそうなるか分からない、障がい者の未来のためにも、絶対に成功させたい」
「珊瑚ちゃん、熱いな。じゃあ、人類の幸福のために、そのお金、使わせてもらおうよ」
「ありがとう。絶対、絶対に成功させる」
大也にはもう一つ聞きたいことがある。
「その人類の幸福には、エッチ機能も含まれてる?」
「う、うん。それも大事なことだと思うけど、実はほとんど研究されていないの」
「じゃあ、僕との約束はどうなるの?」
事故の直後、珊瑚は「エッチしてあげるから生きろ」と言った。そして、大也は生きた。
「忘れてないよ」
「可能性はあるの?」
「実はまだ基礎研究の段階なの…」
「無理な感じ?」
「いや、少し時間がかかるかもしれないけど、うちのリーダーは神経回路研究の第一人者。そしてチームには、腕のいい義肢装具士がいる。彼はPPの制作にも熱心らしいのよ」
「PP?」
「Prosthetic Penisよ」
「発音が良すぎて、聞き取れなかった」
「話の流れから分かれ。プロステティック・ハンドが義手、プロステティック・レッグは義足」
「ああ、『義チン』か」
「ばか。それも口に出せないわ」
「じゃあ…GCってのはどう?」
「GC? ああ、そういうこと」
「珊瑚ちゃんを悦ばせたい」
「恥ずかしい」
「僕は珊瑚ちゃんとエッチをするために生き残ったんだ」
「分かった分かった。真面目に考えてるから」
「珊瑚ちゃんとエッチするまでは絶対に死ねない」
「だから、分かったって」
大事故に遭いながら一命を取り留め、さらに歩けるようにしてもらえるだけでも、ありがたいことであると思わなければならないのだろう。大也はそれを理解している。しかし、願って止まなかった珊瑚とのセックスを、珊瑚が約束してくれているのだ。それを叶えなければ、死んでも死にきれない。大也は生きる意味をGCに託した。
数週間後、病院の屋上ヘリポートから、五月晴れの空にドクターヘリが舞い上がる。ストレッチャーに固定された大也の身体が、珊瑚の会社の研究所に移送される。珊瑚は同乗して、大也の手を握っている。
会社の名前は、株式会社日本医療機器開発というが、メディカル・ディバイス・ディベロプメントという英名から、通常はMDD社と呼ばれる。大也が運ばれた研究所は、都心から山を越えた学研地区にある。
中継の搬送車から正面玄関まで、珊瑚がストレッチャーを押す。
再生医療チームのメンバーが出迎える。リーダー、中野正彦教授が歓迎の言葉を述べた。
「ようこそ。桃山大也さん。我がチームへのご協力、ありがとうございます」
中野教授は初老の神経外科医。前職は大学病院の勤務医であったが、その神経接合手術は「神業」と言われた。定年退職を機にこの研究所に招かれた。
「よろしくお願いします」
「桃山さんは、神尾珊瑚さんと高校の同級生らしいですね」
「あ、はい。浪人して大学の後輩になりました」
「国立情工大の卒業生なら、優秀な頭脳の持ち主じゃないですか」
「いえ、一浪一留で、しかも、ほとんど『可』で卒業しましたから」
ニヤニヤしながら、横から口を出したのは、義肢装具士の水島銀次。
「珊瑚ちゃんの彼氏だと聞いとるぞ」
「ちょっと銀次さん、冷やかさないの」
「お、いつもおっかない顔しとる珊瑚ちゃんが、乙女になっとるやん」
「もう!」
この男、腕は良いが、下品なところがある。MDD社の社員ではなく、「シルバー義肢装具所」という屋号の個人事業者で、客員技術者としてチームに参加している。
ほかに、二足歩行ロボットの電子制御、人工移植による拒否反応…各分野の第一線の研究者や技術者が、全国から協力してくれている。
神尾珊瑚はこのチームのサブリーダーで、神経信号と電気信号の変換を担当している。中野教授はマネジメントには疎いため、珊瑚が実質的な司令塔である。企業の寄付や公益団体の助成金などの資金調達も彼女の仕事。加えてこの度は、大也の加害者と交渉して、多額の寄付を獲得した。
4 めっちゃかっこええのを作っとるから、安心しろ。
桃山大也の下半身を再建する計画は、「ダイヤモンド・プロジェクト」と名付けられた。豊富な資金により、研究所には、最新の医療設備が導入された。もとより、MDD社は医療機器メーカーである。会社の未来を賭けたプロジェクトのために、高額な機器が惜しげもなく投入され、優秀な医療スタッフが雇用されて、巨大なプロジェクトチームができ上がっていた。
大也は毎日、数時間の検査を受ける。その結果をもとにいくつものグループが同時並行で、研究、検証、設計を行っているのであろう。
大也の精神的な負担にも十分配慮しなければならない。彼がモチベーションを失くしたら、プロジェクトは破綻する。精神科医のカウンセリングも受けるが、彼を前向きに保つには、珊瑚のサポートが最も有効である。研究の私物化のように思われそうだが、この関係は、中野教授にも「必須」のお墨付きをもらっている。
大也には豪華な居室が用意されていて、検査などが終わると珊瑚とのふたりきりの時間が確保されていた。メンバーからはイチャイチャタイムなどと噂されているが、実はそのとおりである。
「大也君、今日もお疲れ様でした」
「寝ているだけだから、別に疲れないよ」
珊瑚は白衣ではなく、カジュアルなTシャツとデニムのミニスカートである。大也の視線は、スカートから伸びる生足、とりわけムッチリとした太ももに釘づけになる。それを隠すように、珊瑚は長めのエプロンを着けた。
「今日はカレー作ってあげるね」
「嬉しい」
居室はマンションの一室のようで、大也には使えないのに、キッチンやバスルームまである。
電動ベッドを六十度くらいまで起こして、下半身が滑らないように固定してもらえば、普通に座っている姿勢になる。珊瑚が対面キッチンでカレーを作り始めた。時々、微笑みかけてくれる。大也は幸せな気持ちになる。
「さあ、できたわよ」
「美味しそう」
「食べさせてあげる」
「いいよ。上半身は動くんだから」
「あ、照れてる。いいからいいから、あーーん」
「美味しい」
「腕によりをかけて作ったよ」
「珊瑚ちゃんって、意外と家庭的なんだね」
「意外とって何よ」
「ごめんごめん」
一緒にカレーを食べて、大きなモニターで手を繋いで映画を見る。
事故に遭う前のデートの何倍も楽しい。
研究所に来てから一か月ほど経っている。これまでは、ここで笑顔をくれて帰っていたが、この日は少し違った。
「お願い。キスさせて…」
「そういえば、長く煙草吸ってないな」
「もう何十日も吸ってないし、輸血で血中ニコチンが消えたから、もう中毒は治ってるはずよ」
長いキスを何度も繰り返した。
そして、大也のシャツを脱がせて、自分も服を脱いだ。大也は初めて、珊瑚の現実の裸を見た。何百回も夢に見た裸体は、ほどよく豊満で、ほどよく筋肉質。想像を軽く凌駕するエロさだった。
ベッドを倒して添い寝をする。大きなおっぱいを押し付けた。大也は珊瑚の背中に手を回して撫でおろし、お尻の肉を鷲掴みにした。珊瑚は、大也の股間に手を伸ばした。大也の下半身には感覚がなく、起き上がってくる様子はない。生チンは残っているのだが、すでにおしっこの蛇口でしかない。
「病院にいる時、似たような夢を見た」
珊瑚は吐息に混ぜて「どんな夢だったの?」と聞く。大也は自分の股間に水道の蛇口が付いていて、そこから出てきた白い液を注射器に取って、珊瑚が自分の股間に注入したと話した。
「切ない夢ね」
「僕、珊瑚ちゃんと抱き合ってセックスできるようになるかな」
「うん。希望を持って。ちゃんとお願いしてあるから」
「ありがとう」
「私の願いでもあるんだから、お礼は言わないで…」
大也はキスをして、珊瑚の裸を抱きしめ、下に手を伸ばした。珊瑚は抵抗せず、されるがままになっていた。
珊瑚は大きな声を上げて、大也の背中に爪を立てながら、イッた。
次の日、大也は会議室で中野教授から、下半身再建計画の説明を受けた。インフォームドコンセントというやつだ。銀次などのコアメンバーも同席しており、珊瑚は大也に付き添ってくれている。
「桃山さん、毎日検査を受けてくださり、心から感謝します。おかげさまで、ダイヤモンド・プロジェクトの最適解を導き出すことができました」
「それでは説明いたします」
モニターにイラストが表示された。
「現在、桃山さんの両足は、大腿骨の途中で切断されています。従来はこの残存する大腿部に義足を履かせますが、それでもたぶん、松葉づえなどの補助がないと歩くことはできません。我々が目指すのは、自分の意思であるいは無意識に、自分の足のように動かせる足です」
「はい」
「大腿骨は、根元の大腿骨頭という部分が、骨盤の寛骨臼という部分にアジャストすることで体と繋がっています。いわゆる股関節ですね」
「あ、はい」
「義足を自分の足のように動かすためには、桃山さんの神経と義足の電子回路を繋ぐ必要があります。義足の先端は体内に入るわけですが、義足の骨頭を骨盤に繋ごうとすると、骨臼、つまり受ける側の強度が不足します。実は、事故で骨盤もかなりのダメージを受けておられ、おそらく強度を持って癒合、つまり、再び繋がることは望めないと思われます」
モニターにCTの立体画像が映された。
「うわ…」
砕けた腰の骨にショックを受ける大也の手を、珊瑚が握る。
「すみません。そこで、我々は、腸骨、仙骨、座骨といった骨盤全部を人工のものにすることを提案します」
「提案…」
大也は自分が決めるのかと心配になった。その心を読み取ったように、珊瑚は「大丈夫」と言って、また手を握る。
「強くて軽い、チタン合金と炭素繊維で製作した骨盤は、義足と物理的に繋がるとともに、腰椎から神経の信号を受け取り、増幅器とAIによって足の電子端子に動きの意思を伝えます。桃山さんの身体が拒絶反応を起こさないように、しっかり検査はしてあります」
「…」
珊瑚が話す。
「大也君、私たちを信じて。中野教授は、神経縫合の世界的権威で、チームには各分野のナンバーワンが集めてあるんだから」
銀次装具士が言う。
「作るのはワシだ。めっちゃかっこええのを作っとるから、安心しろ」
銀次の少し雑な言葉は、かえって大也の恐怖を鎮めた。
「分かりました。皆様、よろしくお願いします」
手術は一週間後に決まった。
体調管理が中心となり、検査時間は減った。大也は珊瑚とひたすらイチャイチャしながら過ごしていた。
大也は、また気になっていることを聞く。
「中野教授、真面目すぎるから聞けなかったんだけど、GCの方はどうなってるの?」
珊瑚は申し訳ない顔をして言う。
「今回は足腰の再建が最優先。ただ、GCの装備を想定した設計をしてる」
「そうなんだ」
「私にも進捗は分からないんだけど、銀次さんに義足以上の予算が配分されてるのは事実よ」
「どこまで進んでるか、いつ装備できるのか確認できないの?」
「私が言うと、変な感じになるから聞きにくいの」
「変な感じって、珊瑚ちゃんのアソコに挿れることになるものだからってこと?」
「もう! そんなにはっきり言わないで」
翌日、大也がストレッチャーの入る専用トイレで介護士に排泄の世話をしてもらっていたら、カーテンの間から、男が顔を出した。
「あ、銀次さん。覗かないでくださいよ」
「うんこの処理が終わったら、ちょっと話がしたい」
「品がないなあ」
「品はないが、大事な話があるんや」
5 ダイヤモンド・プロジェクトのクライマックスです。
トイレの外で、ストレッチャーを引き継いだ銀次は、大也を自分の研究室に連れて行った。
「これが、あんたの足になる」
SFのアンドロイドのような未来的なデザインだ。
「どや、ええやろ」
「はい」
「元より、ちょっと背が高くなる」
「ほお」
「まあ、これはこれとして…。あのさ、中野センセからな、珊瑚ちゃんには内緒で、あんたに確認しといてくれと言われたんやけどな」
「改まって、何を?」
「あんた、ずっと、珊瑚ちゃんとベッタリイチャイチャしとったから、チャンスがなくてな。トイレで待っとったんよ」
「ああ、それはごめんなさい」
「PPを付けてほしいって、珊瑚ちゃんに頼んだんやろ?」
「PP?…ああ、『義チン』のことですね」
「義チン!」
「ええ、頼みました。それ、僕も知りたかったんです。作ってくれてるんですか!」
「おお、作っとるともさ。PP…その、あんたの言う、その『義チン』いうやつを」
「ありがとうございます。僕の義チン、よろしくお願いします」
「『義チン』つうの、PPより分かりやすいな」
「分かりやすすぎて、女性は口にできないらしいです。珊瑚ちゃんと話す時はGCと言っています」
「GCか…ええな。人前ではそれでいこうやん。でな。そのGCを付けるってことは、今のあんたのティンコは無くなってしまうということなんやが、分かっとるのか」
「それくらい分かりますよ。生チンと義チン、二本あったら、変でしょ。今や、生チンは、ただのおしっこの蛇口ですから。しかも垂れ流しの」
「そうか。じゃあ、同意ということで、ええな?」
「はい」
「実は、PP、いや義チン、そうか、そのGC開発はワシと中野センセだけで進めとるんよ」
「それで、珊瑚ちゃんも分からないと言ってたんですね」
「予算をたくさんもろたから、めっちゃ性能のええのができそうや」
「めっちゃ性能がええのって、どんな風にですか?」
「まあ、そりゃ楽しみにしとけ。珊瑚ちゃんとエッチできるようにしてやるから」
「そんなにダイレクトに言わないでください」
「ワシも、珊瑚ちゃんを喜ばせたい」
「変な想像してないですか」
「ばか。しとらんわ…と言えばウソになるか」
「銀次さん…」
GCはこの研究所ではなく、自宅の工房で作っているらしい。
手術の日の朝が来た。
大也に不安がないわけではない。
窓の外は雨、居室は薄暗かった。大也がリモコンでテレビをつけると、天気予報が梅雨入りしたと言っている。
白衣を着た珊瑚が現れた。部屋の灯りを点ける。
「おはよう!」
どんよりとした気持ちが一気に明るくなった。勇気が湧いてくる。
「珊瑚ちゃん、おはよう」
「着替えるよ」
「はい。よろしくお願いします」
手術着を着るため、一旦、裸にされる。
「僕の身体を鏡に映して見せてくれない?」
珊瑚は少し躊躇ったが、姿見を持って来た。
「さらば、僕の足。さらば、僕の生チン」
下半身にお別れを言うと、珊瑚が鏡に映り込んできた。なぜか、白衣のボタンを外して前を開ける。スカートを穿いていたが、上はブラジャーだけだった。
「触って」
大也は戸惑いながら言う。
「冥途の土産?」
「不吉なこと言わないの」
珊瑚にも不安がないわけではないようだ。
「私に勇気をちょうだい」
珊瑚は大也に身体を寄せて、おっぱいを触らせる。大也はブラの内側に指を入れて、突起を摘まんだ。
「んふ」
調子に乗って、パンティに手を入れようとする。
「ダメ。変なスイッチが入ったら、手術できなくなる」
「それは困るな」
「手術が終わってからね」
大也に手術患者用のガウンを着せた。
手を握り合って、軽くキスを交わした。
「大丈夫だからね」
「うん。信じてる。でももし、ヤバくなってきたら、『私とセックスするんでしょ!』って言って呼び戻してね」
「それ、言う機会ないと思うから、先に言っといてあげる。…私とセックスするんでしょ。私もしたいから、頑張ってね」
「わお! 頑張る」
大也の覚悟は決まった。
「さあ、行こう!」
珊瑚はストレッチャーを押して、居室を出た。
スタッフ総勢三十五人が、整列して待っていた。
中野教授がメモを読みながら、挨拶を始めた。
「我らのスター、希望の光、桃山大也さん。事故に遭われてから今日まで、大変な思いをされてきたと思います。パートナーでもある神尾珊瑚さんを中心に、スタッフが総力を挙げて準備を進めて参りました。そして、いよいよこの日を迎えました。ダイヤモンド・プロジェクトのクライマックスです。必ず成功させますから、安心してステージにお向かいください。麻酔から覚めた時には、ニュー桃山大也、いや、ダイヤモンド桃山に生まれ変わっています。準備は万端です。未来に語り継がれる、伝説のオペの始まりです。それでは、参りましょう」
スタッフから大也に向かって大きな拍手が送られた。
大也はストレッチャーに横たわったまま言った。
「行ってきます。よろしくお願いします!」
再び起こった大きな拍手に送られて、麻酔室に向かった。
マスクをかけられて、全身麻酔を受ける。麻酔医と一緒に数を数える。意識が消えていく。
巨大な手術室には、いくつかのグループがスタンバイしている。モニターが設置された待機室にも、また複数のグループがある。義足というより、「義下半身」。腰骨から下、全部取り換える人工装具である。それぞれの専門家が、シミュレーションと連携会議を繰り返してきた。
中野教授の「それでは、お願いします」の号令で手術が始まった。
まず、外科グループ。中野教授が依頼した敏腕執刀医が精鋭を集めて、大チームが編成された。腸骨や仙骨といった腰骨を摘出、臓器を人工腹膜に包み、血管末端の循環処理を行う。
その間、内科グループと麻酔グループは、脈拍や呼吸数、出血量などを確認しながら、生体管理をしている。
次に、中野教授の神経外科グループが、拡大スコープを使いながら、直径〇・三ミリの神経束を電子端子に接続していく。中野教授は、どの神経がどこの動きを司っているのかを研究し尽くしている。
再び、外科グループが現れ、腰椎末端にキャップを装着する。皮膚と筋肉断端部を縫合して上半身を閉じ、底部をカバーで覆う。
そして、珊瑚の電子端子グループが登場。腰椎末端のキャップから出ている電子端子をインプラントハブに繋いでいく。神経束からの微弱な信号をAIでマッピングして増幅するインプラントハブは、珊瑚の発明である。
そして最後は、銀次の装具グループの出番。人工骨盤を腰椎に装着して、腹の側にオストメイト器、仙骨の位置にインプラントハブをセットした。そして、外骨格ソケットと人工靭帯のコルセットで上半身と繋いで固定する。
カコン! カコン!
小気味よい音が手術室に響いた。
左右の義足の大腿骨頭を人工骨盤の骨臼に嵌める。
「ミッションコンプリート!」
銀次がモニターカメラに向かって言った。
中野教授が、待機室からマイクで言う。
「ブラボー。手術完了です。予定の二十時間きっかりですね。皆様、お疲れ様でした。桃山大也さんの下半身が、彼自身の力で動くかどうか。私たちの力を信じましょう。彼の麻酔が覚めるまで、しばらくお休みください」
スタッフは互いの健闘を称え合い、握手やハイタッチをしながら、休憩に入った。
珊瑚は大也のストレッチャーを押して、手術室を出ていった。
術後回復室で、大也は目を覚ました。
大也は麻酔が覚めるまで、エッチな夢を繰り返し見ていた。
ニヤニヤしながら目を開けると、珊瑚が顔を覗き込んでいた。
「大也君、お帰りなさい。手術、成功したよ」
「珊瑚ちゃん…。そう、ありがとう」
たくさんのスタッフの中から、中野教授が進み出た。
「縫合部には部分麻酔をしてありますが、足の動きには影響しないはずです。無理をしない程度でゆっくりと足を上げてみてください」
大也はベッドの上で、膝を立ててみた。
「動きます…。僕の意思で」
歓声が上がった。
腕を後ろについて、シーツをめくると、足が出てきた。以前、銀次の研究室で見たアンドロイドのような足だ。
ベッドの下に足を下ろし、腰を上げる。そして、すっくと立ち上がった。雨雲の隙間から、窓に西日が差し込む。大也のフォルムが逆光に黒く浮かぶ。
「大也君!」
珊瑚が抱きついた。
「僕、背が高くなってる」
元は同じくらいの身長だったが、顎のところに珊瑚の頭がある。おそらく二メートル近い。
「珊瑚ちゃん。キスくらいしてやれよ」
「もう、銀次さん!」
珊瑚は、大也の頬に軽くキスした。ふたりは祝福に包まれた。
すでに夕方だったため、その日は歩行や屈伸運動に問題がないことだけを確認して解散となった。
大也は珊瑚と手を繋いで、居室に向かった。
廊下で銀次が待っていた。
「珊瑚ちゃん、ちょっと大也君を借りるよ」
銀次は大也だけを、研究室に連れて行った。
6 トリセツを読破するまで、お預けされてるんです。
「ちょっと足を開いて」
「はい」
やおら、大也の股間に手をやり、膨らみをむんずと掴んだ。
「ちょっと銀次さん、何を」
強化プラスティックでできた、ブーメランパンツのようなもっこりカバーを「カパッ」と外した。そこには穴があった。
「あ、僕、女にされたんですか?」
「ばーか。GCを取り付ける穴やんか」
そういって、プチプチ緩衝材の包みから棍棒のようなものを取り出した。現れたのは拳ふたつ分ほどのディルド。アンドロイドのような義足とは異なり、人間の皮膚のような柔らかい樹脂で覆われている。銀次が手に取ると、少し曲がった。
「なんかリアル」
「ワシの発明した特殊な蛇腹構造で伸縮自在、縦横無尽に動く。シリコーンでコーティングしてある」
「完成してたんですね」
「間に合うたよ」
「なぜ、手術とは別に?」
「プロジェクトの人間にも秘密なんだ」
「なるほど…」
「それと、珊瑚ちゃんをびっくりさせたいし」
カチッ。
股間の穴に、それを差し込んだ。
「おおお…」
新しい回路が繋がり、大也の脳に信号を送り始めた。勃ってはおらず、生々しく垂れ下がっている。
「自分が作ったモノとはいえ、そこにくっ付けてしまうと、さすがに、ワシも触る気にならん。それはもはやあんたのティンコだ。ちょっと自分で触ってみてくれ」
「はい」
大也は、恐る恐るGCを握る。
「どや、感覚はあるか」
自分のモノのように感じる。
「感覚あります」
「どうなってるんですか」
「樹脂の内側に配置したセンサーが、圧力や温度を受けると、AIが解釈して脳にフィードバックするんよ。義手の指先の感覚伝達技術を応用した。さらに、射精がトリガーになり、脳に強めの快感が届けられる。中野センセの特許や」
「中野教授ってすごい人なんですね」
「この銀次さんの技術も誉めてくれんか」
「ああ、ごめんなさい。もちろん、銀次さんもすごいです」
「よしよし。…ちょっとエッチなこと考えてみ」
「え? いきなり何ですか。そんなこと言われても」
「じゃあ、これ見てみ」
銀次はエロ雑誌のグラビア写真を、大也の目前に差し出した。
「うぐ! 無修正!」
GCは、跳ね上がって大也の腹を叩いた。しかも、大きくなっている。
「よかった。成功や」
「おお、すごい! これで、珊瑚ちゃんとエッチできますか?」
「おお、できるぞ。いっぱいエッチしてもらえよ。ただ、トリセツを読んでから使うように」
そう言って、分厚いトリセツを手渡した。
夜、大也と珊瑚は居室でふたりになった。
ノースリーブのブラウスとフレアスカート。ちょっとフォーマルなスタイルの珊瑚に対して、大也は黒いTシャツ、下は何も穿いていない。ズボンがないのだ。
ふたりでお祝いの乾杯をする。
「大也君、おめでとう」
「珊瑚ちゃん、ありがとう」
グラスを合わせる。縫合部には部分麻酔をしている身体なので、お酒ではなく、スポーツドリンクである。
「GC、着けてもらったよ」
「え、完成してたの?」
「中野教授と銀次さんだけのシークレット開発だったみたいだね」
「もっと基礎的な段階だと思ってた」
「百ページ以上あるトリセツもらった」
「読んだ?」
「分厚くて、すぐには読めないんだよ」
「読んで。それは読んで」
しかし、大也の劣情ははち切れそうに膨らんでいる。
「分かった、読む。読むけど、とりあえずエッチしよ!」
大也は珊瑚に迫った。
「え、え?」
抱きしめて、無理矢理キスをした。
パコン!
股間のカバーが、はじけ飛んだ。
「きゃあ!」
珊瑚の悲鳴。
コブラが鎌首を持ち上げたように、GCが振り上がった。
「怖い怖い!」
「もう、我慢できないよ!」
興奮した大也は、唖然とする珊瑚のスカートをめくり上げ、パンストを脱がそうとした。
「ダメダメ。そんなに大きいのを私に挿れる気?」
「ええ、ダメ?」
珊瑚は、大也を振り払った。
「ごめん。やっぱり、使い方をよく理解してからにして。お願い。私、まだ覚悟ができてない」
珊瑚の涙目の懇願に、大也は冷静さを取り戻した。ふたりの初セックスは見送られた。
珊瑚は、しょんぼりしている大也の気持ちに応えようと、股間に手を伸ばして、GCを掴んだ。
「うぐっ」
「どう、感じる?」
「うん、感じる」
珊瑚は、GCを手でしごき出した。
触る位置を変えながら聞く。
「先と根元と触られる感覚は違う?」
「違う。先の方が敏感」
「手の体温は感じる?」
「ああ、温かい」
「そう。すごいね。中野教授の神経研究と銀次さんの職人技だね」
GCを前後にしごく珊瑚。大也は切ない気分になってきた。
「珊瑚ちゃん、口でしてくれない?」
「え? どうやったらいいか分からない」
珊瑚は、大也以外に付き合った男はいない。その大也とはキスもしたことがない。そういう性戯があることは知っていたが、もちろん経験はない。
珊瑚は覚悟を決めたように、GCを頬張った。目を瞑り、眉間を寄せて、鼻の下を伸ばし、鼻息を漏らしながら、一生懸命に奉仕する。珊瑚の崩れた美貌に、大也の脳に渦巻くような劣情がフィードバックされる。GCは脈動を始め、強い快感のピークが訪れる。珊瑚の喉奥に勢いよく液体を噴射した。
珊瑚はたまらず口を離し、えずきながら、液体を手のひらに吐き出した。
「大丈夫?」
「ごめん。飲みこめなかった」
「それはいいんだけど、精液?」
「違う。水だと思う」
「僕、水鉄砲を付けられたの?」
発射したせいか、性欲は落ち着いてきた。
「もう今日は寝よう。トリセツ、読んでおいてね」
初セックスは、トリセツを読破するまで延期された。
翌日から、大也は様々な検査を受けながら、新しい下半身と馴染むためのリハビリのメニューに挑む。イメージと動作が無意識にシンクロできるように、訓練が必要らしい。
日常生活に必要な歩行や階段の上り下りは難なくこなす。つまずいたり、転んだりした時の反射行動もクリア。
研究所に隣接するMDD陸上競技場。百メートル走に挑む。
「よーい」
パーン!
大也の義足は歩幅が広く、回転も速い。珊瑚がストップウォッチを押した。
「八秒五!」
「マジ? 人類最速!」
「オリンピックに出るわけじゃないんだから、無茶しちゃダメ。ほら、膝が反対に曲がってるじゃん」
義足の耐性に影響が出る可能性があるため、設計以上の動きをしないよう、珊瑚はAIを調整して信号交換にリミッターをかけた。
長距離走では、姿勢の制御や衝撃のため、生身の上半身が悲鳴を上げた。
大也は膝に手をついて、肩で息をしている。
「ヘトヘト」
「下半身とバランスをとるためには、上半身も鍛える必要があるわね」
日課に、上半身の筋トレと心肺機能向上のメニューが加えられた。
珊瑚は、すべての訓練に同行して、動画撮影して数値を記録している。しかし、そのデータの整理があり、なかなか大也の部屋を訪れることができなくなっていた。時々、短い電話やメッセージを交換するくらいである。
大也は一人になると、GCの分厚いトリセツの読破に挑んだ。家電のそれのように簡単なものではない。
「銀次さん。大雑把に見えて、細かいんだな…」
小さな字で、びっしりと書いてある。
「なんか、GCにかける自分の思いとか、社会的意義のようなことばかり書いてあって、なかなか本題に入らない。しかも、日本語ヘタだな」
珊瑚とエッチをするために頑張ったが、まったく頭に入ってこない。ようやく図解が出てきたかと思うと、構造の説明のようなことで、一向に使い方が現れない。先の長さに気が折れてしまい、三十ページくらいのところで挫折した。
珊瑚は相変わらず訪れず、悶々とした大也は一人でしごいていた。
「あああ!」
強く擦りすぎたのか、GCが取れてしまった。
大也は、深夜にも関わらず、銀次に連絡した。銀次は予備の義足作りのため、研究室に残っていた。
「銀次さん、取れちゃいました」
大也は手に持ったGCを見せる。
「それ、カセット式だからすぐに付け直せるよ」
「そうだったんですか」
「外れるほど激しく珊瑚ちゃんを突いたんかい」
「また、想像してるでしょう」
「いや。まあ、想像した」
「実はまだなんです。一人でオナってたら外れたんです」
「オナってた? あんたら、いったいどうなっとるんだ」
「トリセツを読破するまで、お預けされてるんです」
「マジかい。それはお気の毒に。あのトリセツ、妙に分厚いが、重要なことはいくつもないよ」
「教えてください」
「そうか…」
銀次は重要なことを話す。
「ひとつ目、ケツ穴くらいの位置にあるボタンを押すと、GCを着脱できる。あんたはオナりながら、そのボタンを押してしまったんやな」
そう言って、大也の股の下に手を入れて、イボ痔のようなボタンを押しながら、GCを元に戻した。
「ほら」
「おお」
「一回使うごとに、外してちゃんと洗うんやぞ」
「なんか、シュールですね」
「二つ目はモードコマンド。ジャックと言えばバイブ、クイーンと言えばノック、キングと言えばスネーク、エースと言えばパワーアップ、ジョーカーと言えばオフだ。あんたの声でしか動かんようになっとる」
「なるほど。でも、スネークって、何ですか」
「キングって言うてみ」
「キング!」
7 私、彼に会いに行く。私の身体と心を届けに行く。
「ほら、動き出したよ」
GCは蛇のようにうねうねと動いた。
「やらしいなあ」
「やらしいことをするための道具やからな。あんたはやらしいことがしたくて、蘇ったんやろ」
「珊瑚ちゃんから聞いたんですか」
「麻酔がかかっとる間に寝言言うとったらしいぞ」
「恥ず!」
「まあ、そのスネークを止めろや」
「何でしたっけ」
「ジョーカーや」
「あ、そか。ジョーカー。…止まった」
「三つ目。本物のザーメンを出したい時は、GCを右に一回転させる。左に回せば水が出る。妊娠を望むかどうかはパートナーとよく相談すること」
「そういうことだったのか。水鉄砲を着けられたのかと思った」
「小便小僧やな。もっとも、本当の排泄物は、別のところに溜めて取り出すようになってるようだがな」
「はい。それは自分でできるようになっています」
「以上や」
「ありがとうございます。これで、珊瑚ちゃんにチャレンジできます」
「珊瑚ちゃんは、良すぎるくらい頭がいい。すべて計算づくのような気がしてたが、あんたのことは本当に愛しとるんやと思うよ」
「照れます」
「大事にしてやれよ」
「はい」
銀次の研究室を出て、居室に戻った。
ジャック、クイーン、キング、エースと唱えながら、動きを確認した。
珊瑚は、研究所の近くのマンションに一人暮らしをしている。いくら遅くまで仕事をしても、車で十分ほどの距離なので、一応、帰宅する。この日も、ダイヤモンド・プロジェクトのデータ整理をしていたら、日付が変わった。
シャワーを浴びてパジャマを着た時、大也から電話があった。
「どうしたの? こんな時間に」
「GC、マスターしたよ!」
大也が興奮している。
「そう。トリセツ、読み終えたの?」
「う、うん。今から来てくれない? 僕はここから出られないんでしょ。今すぐエッチしたい」
術後の感染防止のため、大也は研究所を出ることを許されていない。会うとしたら、自分が行くしかない。時間的に、また自分の多忙な状況を知っているならば、大也の要請は非常識だと思う。しかしまた、珊瑚には大也にとってそれが現在の最優先事項だと分かっている。「私もエッチしたいんだよ」などと言っておきながら、焦らしているのは自分自身である。ここで応えてあげなければ、愛を疑われる。逆に、ここで無理をすれば、愛を証明できる。試しているのかとも考えたが、そうだとしても、いや、だとすればなおさら、応えなければならない。
「分かった。すぐ行く」
電話を切って、珊瑚は出掛ける準備を始める。パジャマを脱いだ。
大也に「僕のこと、そんなに好きなわけでもなかったんだろ」と言われたことを、珊瑚は気にしていた。「罪滅ぼしなら止めてくれ」と言われ、否定しまくったが、本当はそうなのかもしれないとも思う。
大也が下半身を失う原因を作ったのは、紛れもなく自分である。機械で再生したからと言って、罪を償ったことにもならない。
鏡の前で色気のない下着を外し、全裸になった。来たるべき「この日」のために、ネット通販で購入したセクシーな下着を着ける。
贖罪か愛か…。そんなことを考えること自体が、自分の愛が偽物であることの証明であるように感じる。気持ちが堂々巡りする。
白いタンクトップのシャツを着て、青いデニムのミニスカートを穿いた。ストッキングは穿かない。デート中に、大也が自分の身体をエッチな目で観察していたことには、ずっと前から気付いていた。
周囲から「お高くとまった計算高い女」と陰口を叩かれ、男性からは、美貌にも関わらず敬遠された。同性の親友さえいない。
「大也君はいつもそばにいてくれた。大也君は命がけで私を守ってくれたのよ。きっと、私には大也君しかいないの。大也君を愛していることを証明してみせる」
心に決めて、部屋を出た。車を研究所に走らせる。
「私、彼に会いに行く。私の身体と心を届けに行く」
初めて、彼への気持ちが本物に思えた。
駐車場に車を乗り捨て、建物の通用口から社員証でセキュリティを解除した。長い廊下、思わず走っていた。
息を切らせて、大也の部屋のドアを開ける。
「大也君!」
「こんな時間に呼び出してごめんね」
珊瑚は首を横に振って、大也に飛びついた。大也は抱き止めた。
「大也君、好き。大也君が大好き!」
「ありがとう」
立ったまま、抱き合った。
キスをしようとすると。珊瑚は泣いていた。
「珊瑚ちゃん、どうしたの?」
「嬉しくて…」
「僕とエッチできることが?」
「そうね。大也君と結ばれることが」
「珊瑚ちゃん!」
珊瑚は背伸びをして、大也にくちづけを求めた。大也は少し抱き上げるようにして、これに応じた。
パコン!
大也の股間のカバーがズボンの中で弾け飛んだ。ピラミッドのようなテントが張られた。ロマンティックな雰囲気が壊れ、二人は笑った。
「神経とGCは間違いなく繋がっているようね」
「そうだね。過去最高にいきり立っている」
「お手柔らかにね。私、初めてなんだから」
「マジ?」
「マジって…疑ってたの?」
「いや。でも、こんな美人なのに」
「その美人を独占してたのは誰? ふふ」
「僕か…」
「そよ」
「…僕も初めてだからね」
「マジ?」
二人はまた笑った。珊瑚は童貞のまま下半身を失った大也に同情する。しかし、何年もさせてあげなかったのも自分である。
「抱いて」
「いいの?」
「聞かないの。そのために呼んだんでしょ」
「うん」
大也は珊瑚を横抱きにして、ベッドに下ろした。
白いミニスカートの下に、Tバックのパンティが見えた。GCがさらに大きくなる。
「ズボン、破れそう」
大也はズボンを下ろす。巨大なGCが振り上がり、腹にペタンペタンと当たった。
「怖い?」
「大丈夫。覚悟できてる。来て…」
シャツもスカートも付けたまま、パンティを足から抜き取った。
「ゆっくり、お願いね」
「うん」
大也は珊瑚に覆い被さり、GCをミニスカートの下から茂みに差し込んだ。
「あ、あ」
「入った。痛い?」
「ううん。大丈夫。大也君は感じてる?」
「うん。感じてるよ。珊瑚ちゃんを感じてるよ」
「そう。私も大也君の愛を感じてるよ」
大也は、銀次に教えてもらったGCの機能を試してみる。
「ジャック」
GCは、電気マッサージのようなバイブレーション振動を始めた。
「あ、あ。たぶん、イキそう」
早々に絶頂に向かう。珊瑚もオナニーくらいはしたことがある。その感じは分かる。
「待って、同時にイキたい」
「じゃあ、早く来て」
大也は急いで追いかける。あるはずのない肛門括約筋に力を込めることをイメージする。「ジョーカー」と言って、バイブを止めた。
「行くよ」
「来て」
二人は呼吸を合わせた。
「はあ」
「ふう」
「はあ」
「ふう」
「あ、あ」
「あああああああ」
獣のような声を上げながら、頂点で結ばれた。大也の脳天には電撃的な快感がフィードバックされる。発射されたのは「水」であるが、珊瑚の奥の宮は高圧で洗浄されるような刺激を受けた。
大也は彼女の上で脱力した。その体重を全身で受け止める珊瑚。
「大也君、ごめんね。早すぎたね」
「ううん。サイコーだった」
「私も気持ち良かった。もう一回したい?」
「ううん。珊瑚ちゃん、疲れてるから、今日はもうやめておこう」
「いいの?」
「十分、珊瑚ちゃんの愛情を感じたよ」
珊瑚には何よりも嬉しい言葉だった。
「そう、ありがとう」
「もう、死んでもかまわない」
「ダメだよ。まだまだ、何十回、何百回もしてほしい」
「うん。分かった。約束」
二人はくちづけをした。
その夜は、一緒に眠った。
8 僕は君の言いなりダッチハズバンドになんかならない!
それからというもの、珊瑚は、大也の居室で暮らすようになった。
それは、研究チームの予測の範囲内であり、二人が結ばれることは、ダイヤモンド・プロジェクトの成功を示すものでもあった。
大也と珊瑚は、毎晩のようにGCの性能を確かめていた。お互いの性感こそが、研究の成果なのだ。最初はジャックのバイブだけでイッてしまったが、クイーンのノックや、キングのスネークにもチャレンジして、お互いを開発していった。
珊瑚はクイーンが一番好きだった。コンコンコンコンという断続的なノックには、少し耐性があり、長時間の合体を楽しむことができた。大也が「クイーン・エース」とパワーアップさせると、「あ、あ、あ、あ」と言いながら、白い裸体を硬直させた。珊瑚からも、GCを触ったり舐めたり、自分から導き入れたりしながら、いろんな形で大也の脳に性感信号を送った。
大也は珊瑚にプロポーズするつもりになっていた。そして、水ではない方の液体を発射することを提案したかった。
一方、珊瑚はプロジェクトの発表の準備がさらに忙しくなり、大也の部屋に戻れない日々が続いていた。
大也は、研究所での生活が三か月以上になっている。ほしいものがあれば何でも買ってもらえるし、特に不自由のない生活だが、感染予防という理由で、外部の人とは直接面会や外出は許してもらえなかった。
珊瑚に会えない日が続き、退屈もあり、外出を申し入れたが、中野教授は許可しなかった。大也は、暇つぶしに銀次の研究室を訪ねた。
「久しぶりに、都会の空気を吸いたいんですけど、許してもらえないんです。感染防止って、僕の免疫はそんなに落ちてるんですか」
「どうなんかな。ワシのようなばい菌だらけの男と話をしても、なんともないんやから、大丈夫やとは思うが」
「もう、外に出たいです」
「あんたは、MDD社のトップシークレット、超企業秘密だ。誘拐なんかされたら最悪だ」
「僕って、そういう存在なんですか」
「ちょっと大げさかもしれんな」
取り繕うように言って、話題を変えた。
「珊瑚ちゃん、忙しいみたいやな」
「毎日、電話では話すんですけどね」
「社運を賭けた一大プロジェクトの報告書をまとめとるんや。もう少し待ってやってくれ」
「そうらしいですね。厚生労働省の審査が厳しいと言ってました」
「ヒトを対象とする研究倫理というやつだ。ダイヤモンド・プロジェクトは、治療の領域を遥かに超えとる。義足のことは発表するが、たぶん、GCのことはまだ当分伏せておくつもりやろう。とても、今の基準では国の審査を通らん」
「え、GCは違法なんですか」
「時代が追い付いていないんや。人間にとって、手や足以上に大事なものなのにな。ワシの技術の集大成でもある。あんたのためにも、EDに悩む同胞のためにも、きっと認めてもらうさ」
「ED?」
「まあ、それはええ。ところで、GCの具合はどや?」
「最近はまたオナ生活です」
「そうかあ。珊瑚ちゃんは今、最高に忙しいからな。彼女は研究モードに入ると鬼になってしまう」
「分かります」
珊瑚には冷徹な研究者の一面があることを、大也は知っている。むしろ、自分が事故に遭う前はほぼそういう女だった。自分は恋人ということになっていたが、実態はただの散歩友達だった。研究関係以外の知人は少なく、研究以外のことは頭になかったと思う。
そんな思考を感じ取ったのか、銀次は慰める。
「珊瑚ちゃんの愛を信じてやってくれ。たぶん、彼女は恋愛には不器用なんよ」
「知ってます…」
「そうか。あんたの方がよう知っとるよな…」
大也は、銀次の研究室から居室に帰った。
モヤモヤとした気持ちで、窓の外を見ていると、久しぶりに珊瑚が訪れた。白衣のままである。すごく疲れている。
大也は、珊瑚を抱きしめた。
GCが反応して、股間カバーが外れた。
「久しぶりに現れといて、ごめんけど、今日はエッチ、勘弁してくれる?」
脳が我慢を選択すると、GCはおとなしくなった。
「いいよ。大変なんだろ」
珊瑚は、大也の胸に顔を埋めて、泣きじゃくった。
「どうしたの?」
…こんな珊瑚ちゃん、見たことない。
「…」
「いいよ。泣いて」
「…」
大也は肩を抱いて、指でトントンと叩きながら慰める。
「何があったの」
「…厚生労働省の審査をクリアできなかったの。研究倫理だけでなく、軍事転用の危険性も指摘されたの」
「軍事転用?」
「好戦的で人権意識の低い国に漏れたら、サイボーグ兵士を作りかねないとか」
「それって、麗国のこと?」
「私、そういうこと分からない。言いがかりだわ…」
…自分の研究のことしか、頭にないってか。
珊瑚は相当のダメージを受けているようだが、大也は彼女の涙になんとも言えない違和感を覚える。
…恋人として、折れた気持ちを支えてやらなければならないのだろう。
「悔しいね」
「うん…」
…やっぱ、研究を否定された悔しさしかないのか? 君の研究が否定されるってことは、僕の存在の否定でもあるんだぜ。もう少し気遣ってくれてもよくないか。
大也は珊瑚をエゴイストだと感じる。悲しみと怒りが混ざった感情が湧いてきた。
「僕って…」
感情は胸ではなく、脳に生じる。感情が頭から噴火するような感覚があった。目が激しい瞬きを起こす。同時に何かが脊髄を下降していくと、GCがフルに立ち上がった。
大也の、何かのスイッチが切り換わった。
「僕って、もうお払い箱?」
「え?」
珊瑚は泣き顔を上げる。大也の顔を見ると目が座っている。
「違う。違うよ。拗ねてるの?」
「僕、モルモットだったんだよね」
「違うよ。そんなことないよ。ごめん。大也君の心のケアを怠ってたね」
「心のケアとか、やっぱり、珊瑚ちゃんは研究者だ」
「ごめん。言い方が悪かったね」
「言い方の問題じゃないよ。珊瑚ちゃんは、僕の事故に乗じて、研究で成功しようとしたんだ」
「違うよ。そう思われたのなら、謝る。心から謝る」
「研究のために、エッチしてくれたんだよ。事故に遭った男の恋人がたまたま研究者だったんじゃなくて、研究分野の実験台がたまたま手近なところに生じたんだ。奇跡は僕のためじゃなくて、君のために起きたんだよ」
珊瑚は、人が違ったような大也に戸惑いながら、必死に弁解する。
「大也君。聞いて! 私を守って事故に遭った大也君を、私の愛する大也君を、なんとか蘇らせたい。そう思って再生技術を投入したのよ」
「君は僕を愛してなんかいないんだ」
「そんなことないよ」
「きっと、厚生労働省の審査は妥当なんだよ。僕は倫理違反を犯して生まれたフランケンシュタインなんだ。君は僕をセックスマシンに改造したんだ。僕は君の言いなりダッチハズバンドになんかならない!」
大也の深層に潜んでいたモヤモヤが言語化されていく。湧いて出る言葉のひとつひとつが、珊瑚の心に突き刺さる。
「お願い、やめて。そんなこと、私が考えるわけないじゃない!」
「マッドサイエンティスト!」
珊瑚はとどめを刺された。
「大也君…」
「今度こそ別れよう。僕はここを出て行く。さようなら、珊瑚ちゃん。探さないでくれ」
大也は、居室の窓ガラスを蹴り破って、研究所の敷地へ出て行った。
道路に出たところ、たまたま通りかかったのであろう車のライトに照らされる。白い外車だ。
大也の頬は涙に濡れている。猛スピードで人っ子一人いない学研地区の道路を走り始めた。さっきの車が同じ方向に向かって後ろを走ってきたが、軽く引き離してしまった。
残された珊瑚は、膝から崩れ落ちた。
大也の言動の急変。手術が何か脳に影響を与えたのではないだろうか。下半身を再生させたが、心を壊してしまったのではないか。
こんな状況でも冷静に分析をしている自分が嫌になる。
「私はマッドサイエンティスト…」
自責と後悔に苛まれる。すべてを失って、大也の存在の大きさを改めて知る。曖昧だった大也への愛が、本物であることを確信した。




