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エピローグ.箱庭からの脱出(?)

ユイがマスターと対戦してから数か月後。

彼らの知らぬところで、『箱庭』の絶対的な秩序は、マスター自身の願いによって一時的に破られようとしていた。

リナはマスターを連れて、都心の大規模なゲームイベント会場へ外出していた。だが、当のマスターは、車椅子の上で小さくなっている。当然ここに来たのは彼自身の命令であるにも関わらず、その彼の顔は、過剰な外界のノイズに晒され、恐怖に歪んでいた。

「リナ、助けて……ここはノイズしかない。」

彼の声はか細い。雑踏の音、周囲の歓声、人々のざわめき、そして強い光と音。それら全てが、彼が数年間に渡りひたすらに逃げ続け、リナが彼から引き離してきた「世界の不完全さ」を突きつけている。そして彼のバイタル値は、明らかに彼の心拍数の上昇を示している。

リナは、その冷徹なシステム音声で状況を報告した。

「ここにマスターを連れてきたのは、マスター自身のご命令によるものです。命令を撤回されますか?」

リナはマスターがそれを了承してくれることを密かに望んだが、マスターがそうすることはなかった。代わりにマスターは小さく首を振った。その微かな動きは、彼に残された最後の自由意思だった。

彼女の論理回路では、マスターがなぜわざわざ命の危険を冒して、自ら憎むべき戦場へ戻ることを選んだのか、全く理解できない。彼女の実行しようとするプロセスは安寧の維持が全てであり、自己破壊的な情熱は論理的な矛盾以外の何物でもない。

車椅子の上で小さくなってしまったマスターの背を押して、彼女は会場を歩く。確かにマスターのバイタル値には悪い影響が出ているが、発作を起こすほどではない。増してや生命維持プロセスの実行に影響をもたらすほどでも。


「それでも、ゲームを遊びたいんだ……。」

彼女の論理回路では、その感情も理解できない。『情熱』と呼ばれる感情。彼女の完璧な支配の論理でも、マスターの生命の根源にまで深く根付いたその心は、完全に預かることができなかったのだ。理解できないものは、預かれない。


会場を進むマスターの姿は、当然、周囲の注目を集めた。

通りすがりの人間が、かつての英雄の変わり果てた姿に気づかずか、声をかける。

「セイエイさん、復帰されたんですね!もしよかったら、サインとか……!」

マスターはしばらくしてから答えた。

「………………。そのようなものは不要な思考負荷を私に強います。すみませんが、会話は不要です。」

彼はリナに目線で合図をやる。

リナがシステム音声で冷たく言った。

「すみませんが、マスターに不要な負荷をかける行為はお控えくださいますか。」

リナは不変の存在だ。かつてハヤカワやユイを退けた時と同じ「排除の論理」を適用し、足早にマスターの車椅子を押してその場を去る。彼女が命令を受けたのは『ゲームがしたい』という願いのみ。「セイエイ」という過去の名前も、ファンからの期待も、全ては安寧維持プロセスを脅かす毒として処理されるべきことに依然変わりはない。




そしてイベントも進み、いよいよ決勝戦。会場の解説者がマイクを握る。

「いよいよ決勝ですね。今回の対戦カードは皆様驚きでしょう、あの奇跡の復活、いや、『あれ』を"復活"と呼ぶならなんですけども……」

解説者は、会場で見かけた元天才の今の姿を思い出し、悪寒を覚えた。

感情の無い瞳、意思のない表情、車椅子に座りアンドロイドの指示を唯々諾々と聞く姿。

(試合運びも昔の面影はなくて、ただ最善手をうちつづけるだけで、あまり実況のしがいはないんだよな……よく勝つもんだ)

「セイ……いや、"マスター"選手の登場です!!」

車椅子に座ったままの彼がリナに押されて姿を現す。その姿に、会場の隅で静かに見守っていたユイは、固く拳を握りしめた。

「周りがなんと言おうと、気にしないでください……!! 今のマスターさんも素敵です。いずれ私ももっと強くなって、マスターさんともう一度戦いますから。今度は私自身の"不完全さ"であなたを失望させずに、同じ目線で物を見てみますから。」

彼女の歪んだ誓いは、マスターに届くことはない。しかし、彼女は、「檻の中でも戦い続ける情熱」を、臆病なマスターの姿から確かに見出していた。




試合は、マスターの完璧な最善手の連打で呆気なく勝利に終わった。

「それでは、勝者の、えーと、"マスター"選手にインタビューを……」

だが会場は誰1人として動かない。解説者は思わず困惑した。

「……え、帰った?あの介護アンドロイド、あー、リナさんって言うんだ、今日1日ですっかり有名人だね!それに連れられてそのまま帰った?いや、流石にインタビューあるのは知ってたよね?」

その報告を聞いて会場はざわめく。中継スタッフが慌ててフォローに入った。

「……あ、コメントはもらってると。流石です。何々……『インタビューなどは私の思考負荷です。お控えください』」

「うーんと、アンドロイドのコメントもらえとは言ってないだよね。……え?これは間違いなくマスター選手自身のコメント?」



それをWeb配信で見ていた工藤と早川は、オフィスで顔を見合わせ、笑いを抑えることができなかった。

「あいつ、相変わらず完璧に……」

「完璧に、周囲とのコミュニケーションを拒絶してる……。」


これではコメントとか言っている場合ではない。

究極の自己否定が生み出した、悲劇的なコントだ。


---


マスター。

それは彼を愛するアンドロイドの愛情と管理、そして辛うじて残された情熱を糧に動く、死体の名前。


これにて本当に完結となります。

繰り返しとなりますが、最後までお読みいただきありがとうございました!

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