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赤と白  作者: 月原レイ
3/3

後(赤)

 文太がクビになって1ヶ月近く経った。

 紅月は煙管をふかしながら廊下の壁に凭れかかって、酒を運び入れる店主を眺めている。

「最近、あいつを見かけないね」

「『あいつ』?」

「文太さ」

 酒屋の店主は酒を運びながら、「あぁ……」と苦い顔をする。

「クビにしたよ。悪い奴じゃあないんだが、あまりにも失敗が多すぎる」

「まぁそうだね。あそこまで毎回やらかすぼんくらも珍しい」

 紅月は、相変わらずの人を食ったような笑みを浮かべて煙を吐き出すと、店主から視線を外した。

「身請けされたんだ」

「へぇーそうかい。おめでとさん」

 またからかっているのだろう、と店主は聞き流す。

「最後に、あの『白』の顔を拝んでおきたかったけど……仕方ないね」

「『白』?何だそりゃ──」

 眉をひそめ、ようやく紅月を見た店主は息を飲む。

 昼間の廊下なのに、まるで月夜の下で想い人を待ち続けているような儚さと哀愁が、辺り一帯に満ちていた。

 その瞬間、紅月も花街で最上位まで登りつめた『花魁』なのだと、まざまざと思い知る。

 普段の、人を食ったような笑みで平然と嘘をつく『変わり者』はどこにもいなかった。

「何だい?」

 紅月を見たまま固まった店主に、紅月はつまらなそうに声をかける。

「えっ?あ、いや……身請けされたのか……おめでとう……」

「それはさっきも言っただろう」

「そ、そうだな……」

 取り繕ったように笑う店主を見て、紅月は興味が失せたように踵を返して歩いていく。

(あんな花魁に興味を持たれた文太って、実はすごい奴だったのか……?)

 店主は呆然と紅月の背中を見つめた。



 それからさらに1年ほどが経った。

 どうやら文太には絵の才能があったらしく、浮世絵の絵描きに弟子入りしていた。

 ある夜、夏の暑さに耐えきれず窓を開けて寝ていた文太は、懐かしい声が聞こえて目を覚ます。

「久しぶりだねぇ、文太」

 窓の桟に、紅月が腰をかけて文太を見下ろしていた。

「こっ紅月花魁!?どうしてここに!?」

「今は『花魁』じゃあない。身請けされて花街を出たのさ」

「そうだったんだんですね!おめでとうございます!あっ今お茶を──」

「……あんた、まず他に言う事があるだろう」

「え?」

 何の事か見当がつかない文太は、「えっと……」と口ごもる。

「あっ俺、酒屋をクビになって……別れの挨拶も出来なくてすみませんでした……」

 正座して謝る文太に紅月は目を丸くすると、肩を震わせて心底おかしそうに笑う。

「そんな事は別にいいさ。相変わらず『白』だねぇ」

 『白』という言葉に、文太はムッとする。

「その『白』っていうの、番頭さんから『たわけ者って意味だ』って聞きましたよ」

「なんだ、知っちまったのかい。でも、今の状況もたわけていると思うがね」

「どういう意味ですか?」

「人様の家に、夜中に勝手に上がり込んでいるんだよ?普通だったらそれを咎めるもんだと思うけどね」

「…………そういえば!何してるんですか!」

 紅月に指摘されてようやく気付いた文太は、今更ながら声を荒げる。

「本当に今更だねぇ。何故居場所を知っているのかも疑問に思わないのかい?」

「確かに!何故この場所を!?」

 指摘されてからいちいち騒ぐ文太を見て、紅月は楽しそうに笑う。

「私もこの辺りに住んでいてね。あんたを見かけた事があるんだ」

「そうだったんですか……」

「絵描きに弟子入りしたんだって?」

「っそうなんです!酒屋をクビになって途方に暮れて……手慰みに、境内の地面に木の棒で松の絵を描いていたら先生に声をかけられて……どうやら、絵の才能があったみたいです。ちょっと大きく描いていたから、他の人から変な目で見られましたけど……」

 文太は照れ臭そうに頬を掻く。

 そんな文太を、紅月は優しい目で見つめていた。

「……文太。『赤いかすみ草』の話をした事、覚えているかい?」

「はい?」

 いきなり昔の話を振られ、文太は面食らう。

「『赤いかすみ草』……ですか……?」

 文太が思い出せずに首をひねっていると、紅月は「赤いかすみ草を赤ん坊にあげた話さ」と懐かしそうに微笑む。

「──あっ!『私が赤ならあんたは白だ』ってやつですね!?あの時初めて、紅月花魁に『白だ』って言われたんですよ!」

「そっちを覚えていたのかい。まぁいいか……あったんだよ、『赤いかすみ草』」

「嘘言わないでください。そんなの『真っ赤な嘘』なんでしょう?」

 文太は姿勢を正し、眉をひそめる。

「信じるか信じないかはあんた次第さ。ただ──見に行くんだったら、今朝あたり行った方が良い。南にまっすぐ行った町の外れに咲いてるよ」

 文太は訝しんだまま、黙って話を聞いていた。

 紅月は窓の桟から腰を上げると、文太の前に座って片手をつき、もう片方の手で頬を撫でた。

「さて、坊やが夜更かしはいけないよ」

「俺、もう18歳──」

 紅月は文太の両目を片手で覆うと、瞼を閉じるようにゆっくりと下げた。

「じゃあね、文太……おやすみ」

 文太は急激に意識が遠のき、気付けば朝日が昇り始めていた。

 文太は部屋を見回して紅月を探すが、姿はどこにもない。

『あったんだよ、赤いかすみ草』

『南にまっすぐ行った町の外れに咲いてるよ』

 紅月の言葉を思い出し『どうせ嘘だろう』と思ったが、文太は紅月の言った通り南へ向かう。

「本当にあった……」

 歩き疲れて息を切らしながら、生い茂る赤いかすみ草を見て文太は目を輝かせる。

 かすみ草の一部分が、深紅に染まっていた。

「なんだ、紅月花魁も本当の事言うんじゃないか──」

 そうぼやきながら生い茂るかすみ草に近づいた文太は、深紅のかすみ草のそばを見て絶句する。

 袈裟斬りにされた紅月の遺体が横たわっていた。

 赤いかすみ草は、本当にあるらしいです。

 私がよく調べずに書いてしまいました、申し訳ありません。

 紅月が言った『赤いかすみ草を赤ん坊にあげた』というのは

・真実のない『真っ赤な嘘』の赤

・赤ん坊の赤は『純粋』という意味(だと聞いた気がする)

・かすみ草の花言葉は『純粋』

 をごちゃ混ぜにした意味です。

 紅月に子供はいませんし、赤いかすみ草をあげた事もありません。

 『赤(嘘つき)と白(たわけ者)』の小話という、ややこしい話でした。

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