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赤と白  作者: 月原レイ
2/2

中(白)

「あんた、今度は間違えてないだろうね?」

 紅月は、数日前と同じように壁に凭れかかって煙管をふかし、人を喰ったような笑みを浮かべて文太を見ている。

「間違えていませんよ。二度も確認しました」

 数日前。

 『頼んだ酒をまた間違えている』とトキに怒鳴られ、酒屋に戻ったら同じ事を店主にも怒鳴られた。

「酒を間違えている事、気づいていたんでしょう?だったら言ってくれれば良かったじゃないですか」

 文太が頬を膨らませて文句をつけると、紅月は「さぁ、どうだろうね?」と喉の奥で笑った。

「……それから、『赤いかすみ草』の話、嘘だったんですか?」

「やっぱり本気にしてたのかい?」

 そうだろうとは思っていたけどさ、と紅月は鼻で笑う。

「……やっぱりあんたは『白』だねぇ」

「前もそう言われましたけど、『白』って何なんですか?それに紅月花魁、自分の事は『赤』って言いましたよね?」

「白は白さ。……さて、私は退散するとするかね」

「?」

 余裕のある笑みでそそくさと退散する紅月に、文太はかしげる。

(白……しろ……?音読みだと『はく』……)

『まったく!このはく──』

 この間、トキは何と言おうとしたのだろうか。

 文太は振り返ると、呆れた表情をしている番頭に疑問を投げかけた。

「……番頭さん。そういえば、この間女将さんが俺に『はく』って言いかけましたけど、何だったんですか?」

 番頭は、言いづらそうに顔をしかめる。

「…………『白痴はくち』って言葉、知ってるか?」

 たっぷりと間を置いて慎重に口を開いた番頭に、文太は首をかしげる。

「はくち?」

「『たわけ者』って意味だ。あと……精神に重い障害があって、知能がかなり低い奴の事も言うな。差別用語なんだよ」

 番頭は気まずそうに視線を逸らす。

 トキは、怒る事はあるが罵倒する事はまずない。

 文太自身も分かっていたが、トキが思わず口を滑らせてしまうほど文太は失敗が多すぎるのだ。

 文太が、落ち込みながらも酒を運び終わって帰ろうとした時、女将に「文太」と呼び止められた。

「今日の酒、これだけかい?」

「え?」

 文太の表情がサッと青くなり、急いで伝票を確認する。

(今日はちゃんと確認した。間違えるはずがない……!)

 ひらりと、文太の足元に落ちた紙を女将が拾い上げる。

「ん?文太、これって……」

「はい?」

 泣きそうな文太が顔を上げて、女将の持っている紙を見る。

 紙には、二軒先の『しみず屋』の屋号が書いてあった。

 千歳屋の伝票を確認した直後に店主に呼ばれ、うっかり『しみず屋』の伝票の上に投げ置いてしまったのだ。

『白は白さ。……さて、私は退散するかね』

 紅月の言葉の微妙な間。

「あれ、まさか……」

「文太、またかい?」

 女将の顔は、怒りを通り越したのかいやに真顔だ。

 感情をあらわにしない分、尚更恐ろしい。

「はっはい……またです……」

「とりあえず、店に戻って事情を説明してきな」

「はい……」

 真顔のまま、女将はしみず屋の伝票を文太に渡す。

 文太が酒屋に着くと、首をかしげた店主に声をかけられた。

「文太、しみず屋の伝票知らないか?」

「……すみません……俺が持ってます……」

「何でだ?」

「しみず屋の酒を、間違えて千歳屋に持っていってしまって……」

「はぁ?」

「本当すみません!」

 しみず屋の伝票を握りしめたまま、文太は深く頭を下げる。

 店主は何も言わず、ふーっと長く息を吐いた。

「もういい。お前はクビだ」

「え……」

 思わず文太は頭を上げる。

 歩み寄ってくる店主の顔は、女将同様いやに真顔だ。

「頑張っているのは十分に分かる。だが、失敗が多すぎる」

 店主は、文太の手から静かに伝票を抜き取り、くしゃくしゃになった伝票を広げる。

「戻ってきたら、今月分の給料は払う。今日はもう帰っていい」

 しみず屋の伝票を見ながら、店主は千歳屋の酒と照らし合わせる。

 呆然と立ち尽くす文太に一瞥もくれず、店主はもう一度静かに「帰れ」と言った。

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