前
「あたしが『赤』なら、あんたは『白』だね」
酒屋で働く文太が、頼まれた酒を妓楼『千歳屋』に運び入れている時。
壁に凭れかかって煙管をふかす遊女・紅月に、突然そんな事を言われた。
「……おっしゃってる意味が、分からないのですが……」
一度も話した事がないのに、『変わり者』と呼ばれる遊女に妙な絡まれ方をされてしまった。
紅月は人を喰ったような笑みを浮かべ、くつくつと喉の奥で笑う。
「赤いかすみ草って、見たことあるかい?」
「は?」
「咲いてたんだよ、場所は言わないけどね。そのかすみ草を、一輪手折って赤ん坊にあげた事があるんだ」
「えっ紅月花魁の赤ん坊ですか?」
「さぁね。想像に任せるよ」
紅月は楽しそうに踵を返すと、「あんたは本当に『白』だねぇ」と言って廊下を歩いて行ってしまった。
残された文太はその場に立ち尽くし、頭の上に疑問符だけが飛び交っていた。
「何だったんだ……?」
「文太。あんな変わり者の言う事なんか、真に受けない方がいいぞ」
番頭が、すれ違いざまに文太に耳打ちする。
「は、はい……」
そんな事を言われても、自分に対して言われたのだ。
気になって仕方がない。
「あ、あの……『赤いかすみ草』なんて、本当にあるんでしょうか?」
「はぁ?」
番頭はあからまさに怪訝な目をして、文太を振り返る。
「あるわけねぇだろ。あいつの嘘をいちいち真に受けるなよ」
「嘘……なんですか……」
嘘をつかれた事に文太が気落ちしていると──。
「文太!あんたまた持ってくる酒間違えたね!?」
「えっ!?」
女将のトキが、ものすごい剣幕で怒鳴り込んできた。
文太は、急いで酒瓶と伝票を見比べ「あっ!」と声をあげる。
(そういえばあの時、紅月花魁って──)
文太の足元を見ていた。
もしかしたら、運び入れた酒が間違っている事に気づいたのかもしれない。
「まったく!この『はく』──」
「え?」
おトキさん、今何て?
「っ早く、間違えた酒を片付けなっ!」
「すみませんでした!」
ガシャガシャと酒を片付ける文太を、店の人は「またか」という白い目で見て、さらにその奥で、紅月が廊下の奥から楽しげに口角を上げていた。