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ラクリマの泉

 真っ白な世界は続いていく、どこまでもどこまでも。だから緑の木々と透き通った泉が現れたとき私は自分が死んだのではないかとさえ思った。泉の奥には洞窟が見える。


 「…ラクリマの泉?」アルブスがその光景を見て目を見開き立ち止まる。「ラクリマの泉?」「一番最初に会ったときお前たちに話した童話を覚えているか?私が悪魔の子と呼ばれる所以だ。」洞窟の奥から現れた白髪に赤い目の男が神の山の洞窟より現れ、子供をさらい洞窟の中へと消えていった。子供の親たちは嘆き悲しみ、洞窟の前で子供を返してほしいと来る日も来る日も涙を流し泉ができたという童話。「覚えています。…童話は現実の話だったということですか?」アルブスはもう一度泉と洞窟を見る。「…わからない。神の山は神聖視され、王族以外踏み込まない。そして私たち王族もわざわざ危険を冒して奥まで踏み入れることはない。だから、童話はただのおとぎ話だとばかり思っていたが…。」「しかし洞窟の前に泉…その童話と同じですね。」アルブスは足を踏み出す。木々の中に入ると春のそよ風のような暖かな風が吹いていた。


 「…魔法だ。」「へ?」私たちはスピーヌスを見る。「この空間。緑の木々も泉も暖かな風もすべて魔法で作り出されている。」私たちは驚く。「星族がいたってこと?」「…わからない。」スピーヌスは首を振る。「しかしとてつもない魔力だ。術者がこの世を去った後もこのように姿を残すなんて…。しかもしっかりと形を持っている。今の星族の中でトップの魔力を持つものでさえこれほどの大規模なものはできないだろう。」「つまり昔ここに星族がいたってことか。」「…。」スピーヌスは黙り込む。何か考え込んでいる様子だ。「…とりあえず奥に行ってみませんか?」カリタスは洞窟をじっと見ながら私たちに声をかける。童話が現実なら子供たちはどうなったのだろう。その者に食われてしまったのだろうか。私はそんなことを考えて思わず身震いした。もししゃれこうべが洞窟の奥に落ちてたらどうしよう。しかし私の恐怖なんて他の人たちはどんどんと洞窟にむかって足を進めていく。


 洞窟の中は外と同じように暖かかった。奥へと続いており不思議なことに奥に続くにつれ明るくなっていった。岩壁には硬い線で絵が描かれている。アルブスと同じ白い髪と赤い目を持つ大男。その手にこれまた大きな鳥が止まっている。大男の瞳と同じ赤い鳥。その次の絵では大男は大地に種をまき水をやっている彼の後ろには木々や動物たちが描かれている。その次の絵では木々の生い茂った大地にしゃがみ込んでいる。動物たちに囲まれて、大男は優しい笑みを浮かべていた。見ているこっちまで幸せになる絵だ。


 しかしその次の絵は打って変わってとても悲しいものだった。大男はその巨体で赤い鳥を踏みつぶしてしまった。大男は嘆き悲しみもう間違えて命を奪わないようにその周りに決して誰も近寄らせようとしなかった。一人しゃがみこみピクリとも動かない大男。その冷え切った心が暖かな大地に雪を降らす。大地もそして大男自身もその冷たい雪に覆われていく。誰にも溶かせない冷たい、冷たい氷の心…。


 ある日大男は海に映った自分の顔を見た。海に映ったその顔に愛する鳥と同じ色のものが二つもある!心は冷たく凍り付いていようが命はいまだ脈打つ大男のその瞳はまだ赤く燃え上がってるようだった。大男は苦しさからその瞳を自らえぐりとり、息絶えた。しかし大地に転がった彼の片方の赤い目から赤い鳥が生まれた。赤い鳥はまるで大男がかわいがっていたあの鳥の生まれ変わりのように彼が死んだことに気が付くと涙を流した。その涙で氷が解け、そこだけ暖かくなる。そして鳥が流した涙は泉になった。鳥は涙が枯れると大男の頭に停まり自らの死を待った。しかし鳥は死ぬことができなかった。大男は死に、赤い鳥は永遠を生きる不死鳥となった。そしてもう片方の赤い目は炎を呼び起こす宝石となった。動物たちはこの炎によって寒すぎるこの大地でも凍えずに済んだ。


  そこで壁画は終わっている。「…神獣三光鳥。」アルブスは壁画をじっと見つめる。「つまりこの壁画の大男は…。」カリタスの言葉にアルブスが頷く。「七人の使徒のひとり、パトローナスだろう。」使徒パトローナスはアルブスと同じでアルビノだったのか。


 


 壁画を追って奥に歩いていたから気が付かなかった。洞窟の奥には小屋があった。暖かな明かりが漏れている。小屋の屋根は苔むし、その壁に蔦が這う。アルブスは小屋の扉をノックする。中から返事はない。「申し訳ない、入るぞ。」扉を開ける。木の扉は簡単に開いた。暖炉の火が燃えている。奥には机と椅子、棚に入りきらず床にも重ねておいてある本。柱時計がこっこっこっこと時間を刻んである。机の上には紙の束と羽ペン、墨壺が置かれている。まるで今の今までここに誰かがいたかのようだ。スピーヌスは机に置かれた紙束を手に取る。「一番最後のものはオブスクーリタース7年と書かれている。」「オブスクーリタース7年⁉ヴィス国ができる前の記録だ。五千年ほど前の話だぞ。」そうか、人族からしたら五千年前ははるか昔なのか。「しかし、この部屋はまるで今の今まで誰かがいたかのようです。」確かに埃も蜘蛛の巣もない。「これも魔法でしょうか。」カリタスはスピーヌスを見る。スピーヌスは紙束から目を離し頷く。「ああ。ここ一帯、強い魔力であふれている。」それからスピーヌスはカリタスに紙束を渡した。「ここに住んでいたのがあの悪魔の子の童話に出てくる男なのだとしたら、その男はさらった子供たちに魔法を教えていたようだ。」私たちは紙束に目を通す。そこには達筆な字で魔法に関するいろいろなメモがとられていた。何人かの名前と、この魔法が弱いとか、この子は魔力の出が安定しないとか、それらの問題に対する解決策が一緒に書かれていた。「でもその紙よりも私たちに重要な資料になるのはこれだ。」スピーヌスは机の上に一枚の紙を置く。そこには赤い鳥の絵が描かれている。『不死鳥の呼び出し方。正当な血をひくものが泉の水を頂上の石に垂らせば深き眠りより不死鳥は目覚める。』「泉の水とはラクリマの泉のことでしょうか。」「恐らくな。」アルブスは頷く。「今日は一日ここで宿をとらせてもらおう。そして明日の朝ここを発ち三光鳥を呼び覚ます。」私たちはアルブスの言葉に頷いた。




 暖炉の火がパチパチと火花を散らしながら、その勢いを劣らせることなく燃え、その火が部屋全体を暖かく照らしていた。スピーヌスは暖炉前のロッキングチェアに揺られながらこの家の持ち主が残したメモを読み漁っている。その横でリキに唸られながらカリタスが彼の毛を梳かしていた。アルブスは弓の手入れをしている。こうしていると今が旅の途中ということを忘れてしまう。穏やかな時間が流れる中で、私といえばようやくカリタスに貼られた唐辛子湿布がはがれてその痛みと熱さ(そしてこの暖かい部屋に入ってから始まったかゆみ)から解放された喜びに浸りながら家の持ち主が残した本を読んでいた。それは生き別れになった兄弟の再開とその冒険が書かれたファンタジー小説だった。


 外も暗くなった頃カリタスは夕食の準備を始めた。暖炉上に鍋を置くと中にすりおろした林檎と檸檬の絞り汁を入れ、蜂蜜を加えて軽く混ぜる。それからそこに水筒の水を注ぎよく混ぜ合わせる。(この水筒の水は外の雪を入れたものである)彼女はスープが完成するといつものように人数分、木のお椀に盛り付けた。私も鞄から干し肉を取り出してみんなに渡す。みんなが干し肉に飽き飽きしている中リキだけは嬉しそうに頬張っていた。(しかもすごい量を)


食事が終わると、みんな寝袋を広げる。ここは暖かいのでみな毛皮のコートは脱いでいたが、この分だとこのまま着なくても寝袋さえあれば充分心地よい眠りにつけそうだ。




 一番暖炉の近くに寝袋を広げたアルブスが突然声を上げた。「どうしたんですか?」「この炎、薪がないのに燃えているぞ。」「…魔法の炎だからでは?」スピーヌスはリキを撫でながらアルブスに言った。「それに、炎の中に何かある。」私たちは暖炉の中を覗き込んだ。本当だ、炎の中心部に何かがある。アルブスは水筒の中の水を炎にかけた。しかし水をかけたのにも関わらずその火は逆に燃え上がりアルブスの手を飲み込んだ。「熱!…くない?」アルブスは炎の中から慌てて手を出したがその手は一切やけどしておらず、いつもの真っ白な肌だった。「魔法の炎だからでしょうか?」カリタスは興味深そうに炎へと手を伸ばした。「あっっつ!」カリタスは慌てて手を引っ込めた。一瞬のことだったがふつうの炎に触れた時と同じように彼女の指は赤くなり、火傷していた。「ちょっと泉の水で冷やしてきます。」家を出ていくカリタスの後をリキが追う。「他の人には普通の炎と同じように熱いみたいだね。」私はカリタスが出ていくのを見守りながら二人に言った。「アルブスの体質とかではないんだよね?」私は一応彼女に確認する。「ああ、火傷したことは何度もある。」「この炎だけ特別ということか?」「…そういうことになるな。」「アルブスだったらあの炎の中の物、とれるんじゃない?」アルブスはその言葉に頷き、再び恐る恐る炎に手を伸ばす。炎の中に指先が入るとやはり熱くなかったらしくその後は躊躇いなく手を突っ込んだ。彼女の手が炎の中の何かを掴みそれを燃え盛ったまま暖炉の外へと取り出す。「石のようだが…くそ、炎が邪魔で見えないな。」アルブスがそういうと炎が消え、中から彼女の瞳のような赤色の宝石が現れた。「アルブスの言葉に反応したのか?」スピーヌスは興味深げに宝石を見つめる。「じゃあ、今度は燃えろって言ってみて?」私も興奮で目を輝かせながらアルブスの手のひらで輝く宝石を見つめる。「燃えろ。」アルブスがそういうと赤色のその宝石から火が立ち上り、先ほどより少し小さいくらいの炎が生まれた。「すごい!…魔法の宝石だ。」私はますます興奮する。その時木の扉が開いて、カリタスとリキが帰ってきた。「カリタス、見て!さっきの炎のなかにあったもの、魔法の宝石だったの!」アルブスは手の中で燃え上がる炎を消し、宝石をカリタスに見せた。「…これって。」カリタスはアルブスの手の中できらめいている宝石をじっと見つめる。「壁画に描かれてたパトローナスの片目じゃないですか?」「壁画ってこの洞窟の中に描かれた壁画のことだよね。」「ええ。パトローナスの瞳、片目は不死鳥となり、もう片方は炎をもたらす宝石となった。」「これが…パトローナスの瞳。」アルブスは自身の手の中の宝石を見つめる。「つまりパトローナスの瞳を操れるアルブスは…。」私の言葉にスピーヌスが頷く。「使徒の生まれ変わりと確定してよさそうだ。そしてこの大陸にもたらされた宝、それが恐らく…」「この炎を呼び起こす宝石。」アルブスは宝石を握りしめた。「つまり使徒の生まれ変わりも大陸に残された宝も見つけ出せたってことね。」私の言葉にカリタスが頷く。「あとは不死鳥を呼び起こして王位を奪還するのみです。」「神獣三光鳥、それを目覚めさせることさえできれば民衆に認められる。」アルブスは宝石を暖炉に戻して再び燃え上がらせた。パチパチと火花が散り、アルブスの顔を照らす。その美しい赤い瞳は希望に光っていたが、どこか躊躇っているようでもあった。




 カリタスが火傷した指に調合薬を塗ったのだがその調合薬が花のような香りだったからなのだろうか、私は夢の中で花畑にいる夢を見た。そう、子供のころの夢だ。私は大好きなあの人のために花を摘む。今日はあの人の誕生日なのだ。隣でルイナも同じように花を摘んでいる。そうあの人は、彼女は、花が好きなのだ。私もルイナも彼女が大好きだった。花のような可憐な笑み、華奢な体。喜んでくれるだろうかと胸がどきどきと高鳴る。その時向こうから彼女がやってきた。「まだだよ!来ちゃダメ!」私は彼女にすねたように怒る。しかし彼女は私のその言葉を無視して私とルイナのもとに歩いてきた。幼い私はそれが気に入らなくて、「…のバカ!」そういった気がする。彼女はいつになく怖い顔で私を睨む。そうあの時、彼女は見たこともないほど怖い顔をしていた。「…なんて、あなたなんて生まれてこなきゃよかったのよ‼」彼女の言葉にあっけにとられて私は摘んだ花をすべて地面に落としてしまった。そういった彼女は泣いていた。それだけ言うと彼女は私たちを置いて走って行ってしまう。彼女が踏みつけた花たちの花びらが舞う。「…!…!待って!」私は泣きながら彼女の名前を大声で呼んで走って追いかける。あともう少しなのに、あともう少しなのに、伸ばした手は届かない。あなたの…あなたの名前を私は知っているのに。声が…出なくなる。


 


 私ははっと目を覚ました。頬を涙がつたっている。いったい何の夢を見たのだろうか…思い出せない。まだあたりは暗くてみんなの寝息が聞こえる。私は涙をぬぐって再びそっと目を閉じた。すぐに眠気が私を襲い、まるで思い出さなくていいとでもいうかのようなその誘いにのって深い深い夢の国へと私は引きずり込まれていった。

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