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アルブスの回想

自分がおかしいことに気が付いたのはいつのことだっただろうか。それは真っ白な雪の原にぽたりと垂れた鮮血のようと言われたことのあるこの見た目のようにはっきりとした気づきではなく、例えるなら透き通った水に墨を一滴ずつ垂らしていくような気付きだった。


 私が生まれたとき母は悲鳴を上げて私を見るのを拒んだという。父、ルクシスは私を普通の王族の子供として幼い頃かろ社交界へと出した。王の前で王家の子供の悪口を言えるわけもなく私は己の見た目に対するあの恐ろしい童話を聞かなくてすんでいた。しかし幼心に貴族たちの、兵たちの、民たちの、あの冷たくて恐怖に染まった瞳がひどく恐ろしかった。父は私によくこういった。「お前は王家の一人娘、強くなくてはいけない。」そう言う時はいつも父のあの節くれた手が私の肩を強く掴んでいた。父は強く愛情深い人だった。父の目はいつも澄んでおりまるで空のようだと私はよく思っていた。


 四歳の時母が死んだ。その時父の震える肩を始めてみた。その時震えている父を見るのがひどく怖くなって私は庭へと逃げだした。白い野花が一面に咲いている母の好きだった場所まで来ると私は声を殺して泣いた。母は私を産んでから父ともめることも多くなった。それは教育方針の違いだったと大きくなってから女中たちの噂話で知った。母は私をなるべく人目につかないように隠して育てたかったらしい。しかし父がそれを許さなかった。母が私を隠そうとしたのは自分のためでもあるがわが子が人々の冷たい視線によって傷つかないようにするためでもあったのだろう。とにかくこうして父ともめることも多くなったためもともと病弱だった体質にストレスでますます拍車がかかりとうとう最後は不治の病にかかってはかなくこの世を去った。

 一度だけ母は私と父を連れてこの野花の花畑に来たことがある。そのときこの白い野花をあの美しい白い手で一本ずつ抜き私のためにお花の冠を作ってくれた。真っ白な野花に囲まれた私を見て母は初めて幸せそうに私に微笑んでくれた。「綺麗ね。」そう言って私の頭を撫でてくれたのを今もはっきりと覚えている。日の光に照らされたあの美しい金髪と細められた美しい灰色の瞳。その隣で父も幸せそうに微笑んでいた。私は母のあの微笑みを、あの幸せな時間を思い出しながら母がそうしてくれたように白い花で冠を作ろうとした。しかしうまくできずに摘んだだけの野花が散らばった。散らばった白い野花はもう取り戻せない思い出の象徴のようだった。


 父はやはり強い人だった。母の葬儀では既に泣いていなかった。いつもの強い父だった。その大きなピンと伸ばされた背中を見て私は安心した。強い父でないと私の中の何かも一緒に壊れてしまうような気がしていたのだ。 


 四歳のころから私は祖母の部屋によく行くようになった。祖母は父によく似ていた。(いや正しくは父が祖母によく似ていたのだが)ピンと伸びた背筋、美しい金髪、澄んだ青色の瞳、引き結ばれた口。祖母は若いころ軍神として恐れられる槍の使い手だった。そして私の父も槍の使い手だった。祖母は私をよくかわいがってくれた。槍の訓練にもよく付き合ってくれた。しかし私にはその才能がなかったらしい。五歳の時にヴィス国の子供たちは国一番の武道家たちにそれぞれむいている戦道具を決められる。私は槍の師範に首を振られ弓の師範に見初めれた。どれか一つの師範に認められるだけでも喜ぶべきことなのだが私は祖母や父の期待を裏切ったようでひどく悔しかった。


 八歳の時父が再婚した。相手も早くに旦那と死別した再婚者で茶色の髪に黒色の瞳の女性だった。容姿はぱっとしない人だったが雰囲気美人であった。彼女は私を実の娘のようにかわいがってくれた。そして彼女はこの国屈指の弓の使い手でもあった。よく彼女と馬に乗り森へと狩りに出かけた。弓の扱い方を教えるのは私の師範よりも上手だった。強く賢い女性だった。しかしその人も父との子供を出産したあとそのまま亡くなってしまった。私は彼女の葬儀の時、貴族が集まってその死が私のせいだと噂しているのを聞いてしまった。私はその真意をわからなかったが大好きだった彼女の死が私が原因だと言われているのに言いようのない胸の痛みを感じた。


 そして十二歳、父が死んだ。突然死だった。私は世界が終わった気がした。息をするのもしんどくもはや涙も出なかった。青い空が陽の光が青々とした緑が憎かった。父が死んだら世界も同じように死ぬものだと心のどこかでそう思っていた。変わらない世界が明日が来る世界が言いようもなく憎かった。私は父の姿をぼんやりと見つめた。顔は青ざめていたものの寝ているようにも見えた。ただぼんやり見つめる私を貴族たちやメイドたち執事たちが気味悪がってこう言った。「悪魔の子の呪いだ」「あいつのせいで国王様が死んだのだ」「見ろ、泣きもしない」と。私を守っていたあの大きな背中はもうなかった。私は父の横にただ座っていた。もしかしたら目を覚ますかもしれない。そう天に願いながら私は夜の間もずっと父のそばで父の顔を見つめていた。

 次の日父の棺が王家の墓へとしまわれた。父の姿が見えなくなっても私は墓の前に立ち尽くした。雨が降って私の体が濡れても誰も心配はしなかった。私を心配する人はもういなかった。部屋においで濡れてしまう、タオルで拭こう、そういって私の肩を抱くあの節ばった手はあの野太い声はもうなかった。私は誰もいなくなった王家の墓の前でその時父が亡くなってから始めて泣いた。初めて声をあげて泣いた。その声さえも雨音に消されて消えていった。


 私は父が死んでから二日後、祖母に呼び出され祖母の部屋に行った。祖母はこの数年ベットから出れていない。足が弱って上手く立てないらしい。祖母の目は赤かった。きっと息子の死を悲しんでいたのだろう。祖母は私を横に座らせると話し始めた。「ひとつおまえに話しておかねばならぬ童話がある。古くからこの大陸に伝わるほとんどの者が知っている童話だ。昔この城の裏にある山の洞穴から白い肌に白い髪、血のように赤い瞳をもつ男が現れ多くの子供をさらっていったという話だ。その後しばらく冷害や病気など色々な厄災が降りかかり大陸が混乱したという。それからこの大陸の人々は白い肌と白い髪、赤い瞳を持つものを厄災をもたらすもの、悪魔の子として恐れるようになった。」幼い頃から浴びせられたあの冷たい目線は、継母の死の時に聞いた私が彼女が死んだ原因という言葉は、父の横で聞いた悪魔の子の呪いというのはそういうことだったのかとすべてが腑に落ちた。「良いか、アルブス。これは童話、いわば迷信だ。」祖母は私の手を握る。「おまえは一人の人間だ。悪魔でも天使でもない。迷信に囚われて道を踏み外すことだけはあってはいけない。」そういうと祖母は私の頬をつたう涙をそっと拭った。「泣くな、アルブス。おまえは王になる者、いつもピンと前を向いているのだ。弱さを他人に見せてはならぬ。」祖母は私の顔を見て懐かしそうに目を細めると微笑んだ。「…おまえは幼い頃のルクシスによく似ている。」


 その数か月後祖母もあっけなくこの世を去った。


 私には継母が産んだ妹だけが血縁者となった。幼い私の代わりに宰相が政治を切り盛りすることとなった。私はあまり面倒を見てもらえなくなった。毒が盛られることも多々あった。私のせいで失った命もあった。それでも九つ年の離れた妹は私のような人間を好いてくれた。妹は私の心の支えだった。だからこそクーデターが起きたとき言いようのない絶望感に襲われた。レクター達を巻き込んでしまうのはためらわれたがもう一度妹と話すにはレクターというその力がバックにあった方が良い。こざかしい自分の考えに反吐が出そうになりながら私はひとり炎を見ていた。

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