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死とは甘美也  作者: あゆやか
死との出会い
3/34

死にもう一度

「………海馬?……大丈夫?………なんか最近変だよ?…」

 母に初めてちゃんと心配された気がする。


 俺はホワイトの集会に度々出席し、あの赦しの空間に、快楽に、浸っていた。

 髪は根本から、少しずつ白くなっていった。

 学校は休みがちになっていた。光の中にいる方が楽しいから。

 白くなっていく髪を心配されたのか、学校のことなどの日々の言動、を心配されたのかは分からないが確かに心配された。

 父(斉藤海斗)にも、

「……なんか最近、おかしいと思っていたんだよな。……大丈夫なのか?」

 心配しないだろうと思っていた、父さんにも、心配された。

 こんなに心配されると思っていなかった。

「……大丈夫。」って言った。

 つい、そっけない返答をしてしまう。

「……一度、本気で話し合った方がいいかしらね。」

 母が言った。

「そうかもな。」

 父が、まるでしたくなかったかのような口振りで言った。

 そこから、親と真剣に話す時がやってきた。


「まず、なんで髪が白くなっていっているの?」

 母が聞いてきた。

「俺も気になってた。」

 父が、同調した。

「なんでもいいだろ。」

 話そうか迷ったが、否定されそうな気がして、やめた。

 母が言った。

「……じゃあ何で、学校を休みがちになったの?」

「……つまんないからだよ。」

 俺はぶっきらぼうに答えた。

「……………なんで、つまんなくなったんだ?」

 父が、 ゆっくりと口を開いた。

 その答えが出てこない。

 アネンのことは言ってはいけないしどうしようか考えていたとき、昔の記憶が、昔の自分が、顔を出した。

「……………………昔、二分の一成人式で、発表する、予定だった夢を、笑われたんだ。」

 そのあとは、途切れ途切れになりながら、自分の心にしたがって言葉を繋いだ。

 話し始めたときに少し、チョークの匂いや、あの時の笑い声がした気がした。

「宇宙飛行士の、夢。本当はそう発表したかったんだ。」

「友達に、宇宙飛行士の、夢を、打ち明けた。そしたら、何て返されたと思う?」

 母は、自分の息子の初めての告白を、真剣に慰めようとしていることが伝わってきた。

 父は、何を考えているかわからない。あまり話して来なかったから。

 俺はゆっくりと話し始めた。

「幼稚園児みたいな夢みてんじゃねーよ。」

「そう、言われたんだ。」

「そこから、怖くなった。自分の心を信じて生きることが。」

 父が息を飲んだのがわかった。

 それから一瞬の沈黙のあと。

 母が、言葉を紡ぎ終わったのか、話し始めた。

 その言葉は、期待していた言葉とは違っていた。

「……でも、海馬。」

 母は何かを探すように目を泳がせている。

 声が震えてる。言葉を選びかねている。

「……貴方みたいに悩んでいる子供は、きっと……いっぱい……いるの。……貴方だけじゃないの。だから……」

 母は、大丈夫だよ、そう言いたかったのかもしれない。

 少し目を伏せながら母は、言葉を伝えようとしていた。

 その言葉は優しさの仮面を被った、逃げに聞こえた。

 俺はそんな言葉に、一気に冷めてしまった。

 今さら一般論なんて聞きたくなかった。

「それ、皆言うよね。"一人じゃない"って。」

 母と父が、ビックリした顔でこちらを見ている。

 母の口が少し震えているのがわかった。

「でも、俺の痛みは俺しかわからないんだよ。他の人が同じような痛みを知っているからって、それは俺の痛みじゃない。そうでしょ?」

「……結局、俺の本当の気持ちなんて、誰も見てないんだよ。」

 まるで壁に話しているようだった。

 誰も、俺の心の奥には踏み込んでこなかった。

 母は、ただ表情を固めたままこちらをみていた。

 父は、目を見開いていたが、焦点は合っていなかった。

 少し言いすぎたかも知れない。

 でも、そんな気持ちもすぐに途切れてしまった。

 この言葉は、俺の本心だ。


 俺も、両親も、何も言わなかった。いや、言えなかった。

 母は、目を泳がせ、なにかを探すように俯いた。

 父は、言葉が見つからないように、視線を落とした。

 言葉の代わりに壁の時計の針の音だけがこの部屋に響いていた。

 その音が、妙に大きく感じた。

 空気が重く、呼吸が浅くなる。

 この沈黙が、なぜか一番、苦しかった。

 このままここにいたら、俺が壊れてしまう気がした。

 俺は家を飛び出して、ホワイトの集会場へ向かう。

 この苦しさを紛らわすためには、白に身を委ねるしかない、そう思った。

 でも、どうしてだろう。

 白に染まったはずの心が小さな声で、この選択は本当に正しいのか?

 そう言った気がした。

 それでも俺は走り続けた。白に溺れることでしか、あの沈黙の苦しさからは逃げられない。

 そう思ったから。


 集会場所に着いた。

 そこはいつもより、少し暗い光が反射している。

 ドアを開けてすぐに中に入る。

 そこには、真白と沙雪が対談をしていた。

「あの子に干渉してしまったら記憶は戻りませんよ。本当にいいのですか?……」

「もちろんそのつもりだ。………」

 ……記憶?……なんのことだ?

 ……俺の記憶に、何かあったのか?

 もしかして、俺に何かしようとしているのか?

 何やら小声で話していたようだが、少し疑念が残っただけだった。

 そしてチラッとこっちを見た。

「おぉ、海馬君じゃないか」

 沙雪が俺に気づいた。

「こんにちは。」

 そう言うと二人は頷いてこう尋ねてきた。

「実験に参加してみるかい?」


 俺は、二人に脇にある小部屋に案内された。

 そこは、心臓の鼓動さえ響くほど、深い静寂に包まれていた。

 そこには、カプセルのような機械がずらっと並んでいた。

 中には恍惚な表情を浮かべている白い髪をした人がいた。

 中の人たちは皆、まるで現実を忘れているような顔をしていた。

 笑っているのか、泣いているのか、判別できない表情をしていた。

 その表情が俺の中の恐れを少し増大させた。


 これがあの装置か。


「さぁ、この装置に入って。」

 そう指示されて、俺はゆっくりと装置の中へ入って行く。

 少しの恐れと、大きな期待を胸に。

 その時、母の顔が浮かんだ。

 その目は、何も言えないような沈黙の奥で、なにかを必死に探しているようだった。

 躊躇いが喉の奥に引っかかった。でも、もう戻れない。そう思うことでしか、息が出来なかった。

 だから、もう遅い。俺は…………この装置に入ると決めたのだから。

 沙雪が、装置について説明をしてくれた。

「この装置は、最新式でね。」

「今までで一番白に近づくことができる。」

「そして、今までで一番安全なんだ。」

「どうだい?少しは安心したかい?」

 ここまで来たら、もう引き返せない。 

 やっぱり止めて欲しかったのかも知れない。


 "それでも"………


 カプセルの蓋が、ゆっくりとしまる音がした。

 内側からみる世界は、全てが柔らかい白に染まっていた。

 まるで胎内のような、温度と、穏やかな空間。

 心臓の鼓動がゆっくりと遅くなっていく。

 代わりに、脳の奧から甘い浮遊感が漂っている。


 ―――"これだ"

 あのときの白にまた触れている。

 痛みも苦しみも、忘れ始めていた。

 名前さえ、遠くなっていく。………

 少しの恐怖さえ心地よかった。

 まるで誰かに手を握られているような感覚。

 動こうと思っても動けなかった。

 動きたくない、そう思っている自分がいた。

 このまま全てを忘れられたら、どれだけ楽なんだろうか。


「お帰りなさい。」

 母の声がふと、俺の頭のなかで静かに響いた。

 その声は唯一色を持っていた。

 淡い桜のような暖かく、懐かしい、そんな気がした。

 俺が学校から帰ってきたときに、母が言った言葉。

 不器用さに暖かさと愛を、確かに感じる言葉。

 心が揺れはじめた。

 白のなかには愛や、暖かさはない。

 そんな気がした。


 ………でも。

 どうしてだろうこの完璧なはずの白が、ほんのわずかに、"怖い"。


 まわりには、誰かの笑い声のような音が、混じっている。

 装置が、与えてくれているはずの心地よさ。

 それが、どこか強制的なものに感じられてきた。

 これが人工的なように感じて仕方がない。

 この白が俺の感情を奪っていく。

 そんな感覚がした。


(…………俺が、望んでいたのは、本当にこれだったのか?)


 さっきの母の顔が、うっすら浮かんだ。

 あの沈黙の後に、どうしても消えなかった感覚。


 ――理解されなかった苦しみと、悔しさ。

 でも、それと同時に。

 "誰かに分かって欲しかった"という叫び。


(…………俺は、………逃げただけ、じゃないのか…?)


 白い空間の中に、一瞬黒いノイズのようなものが走った。

 頭の奧が、少し軋む音がした。

 その瞬間、脳の奧の白が、わずかに薄れた気がした。

 温度が下がっていく。

 世界が静かに、冷たくなっていく。

(…………これが、本当に赦しなんだろうか。)

 甘美の感覚を感じるなかで、自分の声だけが冷たく響いた。

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