彼氏は所謂ヤンデレらしい
「ねぇもう、無理なんだ。別れて欲しい…」
2年付き合っている彼氏に、深刻な顔で別れ話を切り出された。
「…理由を聞いてもいいかな」
そう言うと、歯を食いしばって涙が盛り上がり初めた
「だって…だって、だってだって!ちーちゃんまたご飯行ってた!僕知らなかったし、なんで教えてくれなかったの??なんで?僕彼氏だよ?将来は結婚するんだよ?なのになんで隠し事するの?…うそつき、嘘つきうそつき!ねぇなんで?僕の事嫌いになったの?僕はちーちゃんのことすごくすごく好きなのに…」
べそべそ泣く彼氏を見るのもこれで何度目になるだろうか
初めての彼氏で努力してるつもりだったけど、何度も何度も別れ話を切り出されると流石に諦めがつく
いつもは話を聞いて改善を心がけていたけど、今回は流石にもう無理だ、そう思って静かに恋心に折り合いをつける
「そっか、わかった。じゃあ別れよう」
「…え、?」
自分から別れを切り出したくせに何故不思議そうにしているんだろう
「私は不安にさせないように努力してきたつもりだよ。それでもゆうくんの不安を取り除けないなら、私といることで不安定になるなら別れるべきだと思う。努力が足りなくて不安にさせてごめんね。今までありがとう」
そう言って立ち上がり、振り返らずスタスタ歩いていくと急にグイッと後ろに引っ張られた
手首を骨が軋みそうな力で握られていて驚く
…これまでは怒られることはあっても傷つけられることはなかったのにな
もうほんとに終わりなんだなぁと思いながら、振り返ると脳面のように無表情の彼がいた。
泣いていたから目元腫れて痛々しい。自分のせいと思いながらも少しでも癒して上げたくて撫でようとすると、もう片方の指を絡めてしっかり握られた。
「ごめんなさい、私のせいでもう関わらーー」
「関わらないなんて言ったら、今度こそ許さないから。ねぇちひろはどっちがいい?ずっとお部屋に繋がれるのと、足の腱切るの」
いつもふわふわ紡がれる言葉と異なる、冷淡とした言葉に気圧されて要領を得ない言葉しか出てこない。
「あぁ、応えられないなら俺が選んであげようか?とりあえず、片足の腱切って首枷つけようね」
まずい、と冷や汗をかく
思わず1歩仰け反ると逃がさないからね、と睨まれたけどそれどころでは無い
表情を見られないように俯くと心無しか暗い声色でごめんね、と呟かれた
「…へ、?」
「ごめんね、ごめん。俺もこんな事したくないけど、でも、これしか…思い付かなくて嫌だよね…何日かしたら落ち着くと思うから…そしたら、そしたらちゃんと…わかれる、から…」
苦しそうな顔をしながら呟く彼氏の言葉に、バッと顔を上げる
「ーーーは?え、何日かでやめるの??私ってゆうにとってその程度の存在なの?…そもそも、私の事好きなら支配とかせめて盗聴監視くらいしなよやり方がぬる過ぎ。私いつ盗聴器仕掛けたりGPS登録してくれるか楽しみにしてたんだけど。部屋で嫉妬して泣いてるのも可愛かったけど、怒るだけとか甘すぎるし。洗脳くらいしなよ。しかもなに?せっかく監禁すると思ったら数日だけ??ふざけてるの???」
「は、…、?」
ぽかんと口を開けてこちらを凝視する彼氏を睨みつける
「ネトストもしないし。監視もしないし、洗脳も監禁もしないとか全然私のこと好きじゃないじゃん。別れるって毎回脅しのつもりで言ってるのかもだけど、ブチ切れられたらとか考えないわけ?こっちが切れてゆうの周りの人間ぶっ殺した後にゆうのこと監禁する可能性とか考えないわけ??お互い初めて同士だししょうがないかなと思って引き止め方期待してたんだけど…残念だよ。部屋も手錠も首輪も、ドアの警備も甘いし。睡眠薬くらい入手しなよ逃げられるでしょ?逃げて欲しいの??」
「は、いや…えっと、逃げて欲しくない…です」
「だったら本気でやれっつてんの。生ぬるいんだよ、気概も準備も足りない。私のために人殺す勇気もないんでしょどうせ…」
やばい言ってて悲しくなってきた。
束縛しないようにしてたのは私だけどここまで好かれてないと辛い
「口の悪い女でガッカリしたでしょ…重いしネガティブだからめんどくさくなったの…?もうヤダ……私だって、私だって重たくて重くなった訳じゃないし……ちゃんとわきまえてたのになんでぇ」
めんどくさいよなと思いながらもボロボロ涙が溢れてくる。
そう。私はちゃんと分かってた
昔から愛が人より行き過ぎてて異常だって
だから、ちゃんと制限して我慢して我慢してた
ゆうくんは優しいから私の事を愛してくれてて、それで満足だった
束縛酷いから別れたらいいよとか言う謎の忠告を貰ったりもしたけど、正直全然足りなかった
ゆうくんは愛想がいい
店員さんとか他の人にもみんなに優しい
なんで?なんで、私だけでいいのに
そう考える自分にゾッとした
最初は本当に満足だったのに、私をどんどん愛してくれるようになって欲が止まらなくなってきた
だから試し行動とか面倒くさすぎることをした。
してしまった
嫌われた、死ぬしかない
「もう、いいよわたし……やばい女だって分かってるから毎回別れ話するんでしょ…」
別れ話をされる度に周りのヤツら殺して、ゆうくんもとか考えてしまうようになった自分が怖くて恐ろしくてたまらなかった
もうダメだ無理かもしれない
これ以上…
「これ以上別れ話とか離れるとか言われたら、私本気で周りの人も、ゆうくんも…ゆうくんも…」
殺しちゃう
そう零れ落ちた言葉を聞いて、何故かゆうくんは嬉しそうに驚きながら詰め寄ってきた
「ちーちゃん…!俺も大好きだよ!……別れ話とか本当にごめん。俺も不安で…重いと思われてなくて嬉しいよ!ちーちゃんのこと大好きだから、重いなんて思わないよ!」
「ほ、ほんとに?でも私は口とか悪いし、それに重いし…」
「ほんとうだよ!それにちーちゃんは全部可愛いよ!それを言うなら俺も猫かぶっちゃってたし…はぁ、良かったぁ…俺たちお揃いだね!」
そう言って嬉しそうに抱き締めてくるゆうくんに、心底安心してボロボロ泣いてしまった
「ずっと一緒にいようね。死ぬまで、いや死んでもずっと」
「うん…」
激重やば女かもしれないけど、ゆうくんが大切にしてくれるならどうでもいいや




