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雪猫

 刹那がいなくなってしまった後、彼の手掛かりを掴むためクラスメイトに刹那のことを尋ねて回った。だけど皆、そんな人物は知らないと首をひねるばかりだった。


 クラスメイトに頼るのを諦めた私は、刹那の最後の言葉を手掛かりに

『雪に触れると猫になってしまう』事象について調べることにした。


 スマホを使って調べた。普段は行かない図書館にも足を運んだ。それでも何も分からなかったから、色々なSNSでアカウントを作って聞き回ってみた。


 何かに夢中になっていると、時は案外速く流れるもので。通知が来ていないかスマホを確認しては落胆する日々を過ごすうち、いつのまにか春休みに入ってしまっていた。


 もう全て忘れて諦めてしまおうかと思ったとき、スマホが鳴った。


 こんな内容だった。


雪猫ゆきねこを知っているんですか』


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「では、あなたは最近生まれたばかりということですか」


「ええ·····まあ、そうなりますね。生活習慣とか言葉とかは分かるし、自分が雪猫という種族だと認識もできるんですけど。どうにも今まで自分がどう生きてきたか思い出せない。僕という存在は今誕生した、ということでいいんじゃないでしょうか」


 私は、SNSで『雪猫』について知っているという人と実際に会い、カフェでお茶をしていた。アカウント名は「スノー」なのでそう読んでいる。ちなみに私は「せつにゃん」。


 彼の記憶がみんなから失われてしまったことへの、せめてもの反抗のつもりだ。


 実は、スノーさんも雪猫なのだそうだ。私もさっき知ったんだけど、雪猫というのは普段は人間の姿をしていて、《《雪に触れると猫になり、春になると元の人間の姿に戻る》》生き物らしい。


「でも·····猫になると全てのことを忘れてしまって、春が来るともう何も覚えていないんです。自分が、以前はどこで何をしていたのか。何も思い出せないんです。何だか·····空っぽの気分ですよ」


 そういうスノーさんの表情は、どこかスッキリして見えた。だから思わず尋ねてしまった。


「辛い·····ですか?」


 口に出してしまった瞬間、しまったと思った。そんなの、辛くないはずがない。大切な人のことも、何もかも忘れてしまうなんて。


「いえいえ、そんな。むしろ便利なんです。雪猫って」


「え·····なんで、ですか?」


「だって、好きなときに人生をリセットできるんですよ。生きてられなくなるくらい辛いことがあれば、寒い地域に行って雪に当たればいい。今の生活を大事にしていたいならずっと暑いところで生活すればいい。ほんとにね、猫みたいに気まぐれに生きられる。何も背負わなくていいんです、雪猫は」


「·····」


「だから、前の僕もきっと望んで雪猫になった。全てを捨てて、リセットした。僕はその選択が正しかったと信じています」


 私は、相槌すら打つことができなかった。

寒くもないのに、身体がブルブル震える。


 だって、そしたら、刹那が冬になれば絶対に雪が降る、こんなところに引っ越してきたってことは。


「どれだけ、辛かったの」


 猫にならなきゃいけないくらい、辛い、何かを抱えていたってことだ。あのとき、なんでもない顔して、刹那は。


「なんで相談してくれなかったの·····」


 だって、私、彼女なのに。もしかしたら、二人で相談したら、なにか解決したかもしれないのに。


「私じゃダメだったのかな·····」


 今はきっと、私のことなんて忘れて、全部忘れて。新しい世界で、少し不安でも、楽しくやってるんだろうな。


 そう思うと嬉しかった。でも悔しくもあった。二人で、ずっと支えあって生きていく選択肢だってあったはずなのに。なのに、なのに·····。


「せつにゃんさん·····」


 スノーさんは、優しい人だった。独り言にも耳を傾けてくれていた。


「きっと、また会えます。あなたの彼氏さんは、この世界からいなくなったわけじゃない。地球上の、どこかにいます」


 私は、ハッと顔を上げた。


「でも、刹那は私のこと覚えてない·····」


「大丈夫です」


 心臓に直接響くような、強い言葉だった。


「例え彼が何も覚えていなくても、きっと彼は変わっていません。絶対、大丈夫です。あなたが一度、愛した人なんでしょう?」


 この人に言われると、なんだか本当に大丈夫な気がしてきた。きっとまた、どこかで会えるかもしれないと。


 少し心が落ち着いて、手をつけていなかったコーヒーを飲むことができた。


「それと」


 私がホッと息を吐くと、スノーさんは付け加えるように言う。


「余計なお世話かもしれませんが、猫になってしまった雪猫のことを、周りの人は普通は忘れてしまうんです」


 なるほど。それならクラスのみんなが刹那のことを覚えていなかったのにも納得がいく。


「確かに、急に人がいなくなったりしたら普通に事件ですもんね」


「そうそう。だから、なんでしょう。安っぽい言葉になっちゃいますけど、あなたが彼氏さんのことを忘れていないっていうのは運命ってやつなんだと僕は思います」


 そっか、運命ってやつか。そう心の中で繰り返すと、愛する人と離れ離れになってしまったことが誇らしく思えた。だって、運命の恋に困難はつきものなのだから。



───────あれから五年。


 私はまだ、刹那を見つけ出せていなかった。でも、全然諦めてなんていない。いつか会えるって、根拠なんてないけど信じている。


 だって、刹那といたのは一年にも満たない短い時間。もっと刹那のことを知りたいし、一緒にいたい。まあ、刹那は私のこと覚えてないだろうけどさ。


 もうすでに女がいるかもとか、不安になることだってある。一生探し続けても結局会えなくて、寂しい人生を終える想像をしてしまうこともある。

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