元婚約者のその後なんて気にしてませんが、風の噂が矛盾だらけなのは気になりますわ。
「…あの人がいないと平和ですわ」
卒業パーティから1ヶ月が過ぎた日の昼下がり、私はカフェで紅茶を飲みながら元婚約者のトール様の事を思い返していた。
「トール様は卒業パーティ中に婚約破棄を私に突き付けた後、衛兵に引きずられてそれっきり音沙汰がありませんが、今頃どうしてるかしら。別に気になる訳ではありませんけど」
私の呟きを聞きつけ、四十代から五十代ぐらいの婦人数人が近づいて来ました。彼女達は『風の噂屋』。婚約破棄した女性の前に現れ、元婚約者のその後を伝える事で報酬を得ている方々だ。私が前世で読んでいた、なろう系異世界恋愛物で屈強な衛兵と並び大活躍していたご存知あのオバハン軍団である。
まあ、トール様のその後に興味無い私には無縁の人々なのだが。
「興味ありませんわー!先月婚約破棄したトール様の現状なんてー!全然興味ナッシンですわー!」
私は紅茶を飲み終えると立ち上がり、その拍子に財布を四つ落としてその場を去ろうとする。
「あら、あらら。お財布が有りませんわー!今日カバンに入れてきたお財布が四つとも無いですわー!」
私が財布を探してキョロキョロしていると、先程の風の噂軍団が財布を持ってこちらに近づいて来た。
「これ、貴女の財布じゃない?」
「あ、ありがとうございますわ!革細工ギルドに通う私の今の婚約者が作ってくれた財布なのですわ!お金は入って無かったけど、私にとって凄く価値のある財布なのですわ!」
私の今の婚約者は隣国の皇帝だが、革細工が趣味でたまの休みにはギルド協力の下で財布やカバン作りに挑戦している。
「皆さんにはそれぞれお礼をしたいですわ!執事に用意をさせますので、三十分ばかりかかりますわ!その間、ここでお話でもしましょうですわ!」
「お礼だなんて、嬉しいねえ」
「でもアタシらみたいなオバちゃんが若い子とお話なんて、何を話せばいいのやら」
「いつも話てる事なんて、婚約破棄した馬鹿男の末路ぐらいさねえ」
「そんな話しか出来ないけど、いいかい?」
私は婚約破棄した男のその後なんて全く興味が無い。しかし、大事な財布を拾ってくれた恩人達の話だ。例え好きな話題で無くでも聞くのが貴族の嗜み。
「オッケーですわ!私は婚約破棄後のざまぁでご飯何杯でもいける令嬢なのですわ!私の元婚約者でこの国の王太子だったトール様の話があったら是非聞きたいですわあああ!!!」
興味は無い。だが、興味津々に振る舞い耳を肥大化させると、風の噂屋の四人は席に着き、リーダー格と思われる方が語りだした。
「それじゃ、私から時計回りでいいかしら?貴女の婚約者だったトール王太子って、あの卒業パーティで集団自殺を提案した男で合っている?」
「はい」
「そのトール様だけど、婚約破棄した後に宇宙に飛び立って自力で帰る事が出来なくて心を閉ざしてしまったみたいよ」
「はい?」
意味が分からなかった。確かにトール様は私の理解の及ばない理屈で婚約破棄をし、国民を死に追いやろうとしていたが、宇宙葬になるというのは私の理解を超えていた。というか、さっきの発言はトール様が宇宙に飛ばされて死んだという解釈で合っているのだろうか?
なんて事を考えている内に、二人目の噂屋さんが話を始めた。
「アタシの聞いた話じゃ、トール様は太陽にじりじりと焼かれて死んだってさ」
そうか、トール様は磔とかにされて日光責めにされて無くなったのか。興味無いけど。しかし、興味は無いが気になる。一人目の宇宙に投げ出された話とまるで違うではないか。さては、一人目はトール様の情報仕入れて無くて適当な嘘を付いたのだろう。残り二人の話で答え合わせをしたら、一人目の嘘を追求し、二度と噂屋を出来ない様にしなければ。そう思いながら私は三人目の話に耳を傾けた。
「次は私の番かい。トール様は今まで犠牲にしてきた人の手によってあの世へと送られたらしいね。おー怖い怖い」
うん、わがんね!
三人目の話はフワフワしすぎて、一人目と二人目のどちらの話と繋がっているかサッパリだった。つーか、噂話レベルの話もってくんなし!お前、プロだろ。いや、興味無いけど。
「最後は私ね。トール様はこことは別の世界で延々と死に続けて、次に来る死に方に恐怖する日を送っているわ」
このババアは何をほざいてやがる。そんなホイホイ異世界転生する奴おりゅ?こんな与太話に金払えるかボケ!
「お嬢様、お礼の用意が出来ました」
金貨の袋を持った執事が話の終了ピッタリで現れると、私は袋から三枚だけ金貨を取り出してテーブルに置いた。
「皆さんでご自由に分けて下さいわ。では、さようならですわ」
困惑する四人を無視して帝国キャッスルに帰宅した私は、今の婚約者である皇帝陛下に今日の事を話した。
「で、どう考えても話が矛盾していたから四人に金貨三枚渡して帰ってきましたわ」
「やっぱりあの男の事が気になるのだな」
「違いますわ!風の噂で金を貰っているプロが嘘や適当な情報を出してきた事への怒りですわ!」
「ふむ、ならば真実を確かめないか?」
そう言えば、陛下は時空魔法の達人だった。私はトール様のその後なんて興味無いが、皇帝陛下が提案してくれたのなら乗るのが礼儀だろう。
「過去の現象を映像化する魔法を使うのですわ?よろしくお願いいたしますわ」
「うむ、あの日に向かってショータイム!」
陛下が指を鳴らすと、モニターが目の前に現れ、卒業パーティの日の様子が映された。
「公爵令嬢にして聖女よ!貴様との婚約を破棄する!なぜなら、お前がいるからこの国が保たれているからだー!」
モニターの中でトール様が私に暴言とツバを飛ばしていた。そうそう、この頭の悪さ。正に卒業パーティ時のトール様だ。
「私が居ると国が保たれる?ならば、トール様は自国を滅ぼされたいのですか?」
「そうだ!」
モニターの中の私の質問に力強い返事をするトール様。
「この星の総人口は遂に五百万人を突破してしまった。このままではいずれ人間同士の最終戦争が始まる!だから、どこかの国には滅んで貰わねばならないのだ!幸い、この王国はお前を追い出せば簡単に滅びる!だから、やる!他の誰も数千年後を考えず人間を間引かないなら俺がここでやるしか、おい!まだ話の途中だー!」
トール様は顔を真っ赤にして演説していたが、後ろから屈強な衛兵に捕まり引きずられて行った。
本当に愚かな人だ。たかが五百万人の人間の存在にテンパッて国ごと自死を宣言し賛同を得ようとするなんて。私が前世で暮らしていた星はここと同じぐらいのサイズだったが、七十億人が余裕で暮らしていたのに。
まあ、もう終わった人の事なんてどうでもいいのだが、この後どうなったのかを陛下が教えてくれるのだから目を離さず最後までガン見しよう。
場面が切り替わり、どこかの海岸らしき場所が映された。画面の中央では、トール様が膝を抱えて震えながら焚き火にあたっていた。
「あの卒業パーティから一週間、俺の意見は無視されこの無人島に送られてしまった。これからどうすればいいんだ…」
トール様の独り言のおかげで状況を把握した私は、モニター内で送られる彼の無人島生活を観察していく。そして、見つけてしまった。
「あっ、あのオバハンは!?」
思わず私は声を上げた。木に登ってバナナを取ろうとするトール様を影から見つめる小太りの女性。服装こそジャージだが、間違いなく今日私が会った風の噂屋の一人目のオバハンだ。あの人、本当に調査していたのか。しかし、だとしたら何故トール様が宇宙に旅立ったなんて事を?その答えは数分後に明らかになった。
噂屋の存在に気付かず無人島生活を送り続けたトール様はある日突然丸太を切り出した。
「ウオオオオ!」
雄叫びを上げながら拾った石で作った斧で大木を切るトール様。
「ウオオオオ!!」
その隣で叫びながら大木を切る噂屋一号。トール様、気付け。そう心の中でツッコむが、トール様は噂屋の存在に気付かぬまま、完成した丸太を担ぎ海岸に向かった。
「いずれこの星に人間が住めなくなる。王国の自滅が叶わないなら、人が住める新たな惑星を探すしかあるまい!ハアーッ!」
トール様は気合と共に丸太を投げてその上に飛び乗り無人島生活に別れを告げた。
「ハアーツ!」
噂屋一号も後に続き丸太で島を脱出。二人と二本はぐんぐん加速し上昇していく。
そして、宇宙に辿り着いた時トール様に異変が起こった。
「しまった!この丸太では宇宙に飛び出す事は出来るが呼吸が出来ん!俺のデータが正しければ、人間は呼吸が出来ないと…死ぬ!それに宇宙は寒い!」
みるみる内にトール様の全身が凍っていく。その後ろでは、噂屋一号が必要な情報は得たとばかりにUターンして地上に帰還して行った。
一号さんごめんなさい。貴女の話本当だった。あ、でもそうなると他の三人がウソついてた事になるの?そう思った時、私はまだ映像が終わってない事に気付いた。
「まだだ!ここで俺が死んだら誰が人類を救うのだ!」
トール様の見た目が岩の様に変化していく。そうか、鉱物と生物の中間の存在となれば生き続けられる訳か。やがて、表面が完全に岩と化した時、背の高いオバハンがジャージ姿で追迫る。
「あ、あれは噂屋二号ですわ~!」
考える事をやめたトール様の頭の上によっこらせっと腰を掛けた二号は、そのままスムーズにコサックダンスに移行。成歩堂、コサックダンスを続ける事で身体が凍るのを防いてるのか。そのままトール岩の上でコサックダンスする二号が宇宙を行く姿が延々と流れ続ける。
…飽きた。
「陛下、早送りして貰えますか?」
「あ、うんゴメン」
ずっと同じシーンなので映像の早送りをしてもらう。六十四倍速で残像を出しながらコサックダンスする二号。その動きがピタリと止まると、彼女は慌ててトール岩から降り、平泳ぎで去っていった。一体何があったのだろうか?等速に戻し状況を確認すると、太陽が間近に迫っていた。
「うわああああああ!!!」
寸前で意識を取り戻したトール岩が悲鳴を上げる。
「死にたくないっ!死にたくないよおおおお!!」
必死に逃げようとするが、既に遅し。太陽の重力に引かれてトール様は徐々に身体が溶けていった。
「聖女オオオオ!俺が悪かった!助けてくれえええ!」
届くはずも無い私への謝罪を叫びながら、トール様は跡形も無く消滅した。その後、メガネを掛けたジャージ姿のオバハンが画面端から現れる。
「あれは、噂屋三号!そして、彼女が掛けているのは霊視グラス!つまり、トール様劇場はままだ終わってないですわ!?」
私は聖女だから当然霊も見える。目をこらしてモニターを確認すると、肉体を失ったトール様の霊体が留まっているのが確認出来た。
「うわあああ!!!ゆ、許してくれえー!俺が悪かったあー!!」
トール様は何者かに向かって怯えながら謝罪を繰り返していた。注意深く観察すると、無数の手がトール様にしがみつき、どこかへと連れ去ろうとしていた。多分、王子の王国心中計画の過程で犠牲になってきた人の霊だろう。知らんけど。
「やめてくれー!あちこち引っ張るな!裂ける!俺が裂ける、裂けたっ!」
無数の手に引っ張られ、トール様の霊体は裂けるチーズの様になりながら消えて行った。それを見て噂屋三号は満足気な笑みを浮かべて帰っていく。
でも続きがまだあるんだろうな。噂屋は後一人残っているから。私はブラックアウトした画面を見続けていると、再び映像が流れ始めた。しかも、今度は画面が四分割されている。
「痛いいたいイタアい!ここから降ろしてくれー!」
左上の画面でトール様が針山で串刺しになっている。
「アツ!アツウツ!ここ数年で感じたことの無い熱さだあーっ!」
右上の画面でトール様が釜茹でになっている。
「だいじょぶだあ!だいじょぶだあ!だいじょぶしゃねえよ!」
左下の画面でトール様がルーレットに磔にされてダーツを投げられている。
「チチブチブチブチブチチ〜ハイ!チチブチブチブチチブチ〜ハイハイ!聖女!俺の愛するベイベーさフゥ~」
右下の画面で学生時代に作ったラブソングを無理やり歌わされているトール様。
そう、ここは地獄。魂を裂けるチーズにされてここに辿り着いたトール様は四人に分裂し、通常の四倍速でノルマを課されていたのだった。私は四号を探す。ルーレットの横で「パジェロパジェロ」と手拍子するオバハンを発見した。
ここで画面が止まり大きくTheEndの文字か現れた。終わったのだ、今度こそ完全に。トール様の末路なんて興味無かったけれど、陛下が私の為にトール様の行方を追ってくれた事も、あの四人が仕事に本気だった事も知ることが出来て良かった。
「陛下、私の為にありがとうございますわ」
「君を苦しめた奴がどうなったか確認したかっただけだ。だが、これで君が喜んでくれたなら撮影した甲斐があったというものだ」
「あの噂屋の四人にも、改めてお詫びとお礼をしないといけませんわ」
「私の撮影に映り込んでいた、ジャージの女性達か。そうだな、それが良い」
その後、私はあの四人に手紙を送り、疑ったことと報酬をケチった事を謝罪した。彼女達は特に気にしてなかった様で、「縁があったらまたお話しましょう」と言ってきたが、その機会はきっと来ないだろう。
何故なら私は真実の愛を見つけたのだから。皇帝陛下との甘々な日々の前には元婚約者のその後なんてどうでも良い話だ。
「聖女、あの男が四分割されて地獄に落ちてからどうなったかの続きの映像あるけど、見る?」
「見ますわ!!!」
これはたまたま大好きな人との会話の流れでこうなってるだけ。トール様の事は毎晩映像でガン見して、風の噂屋からも最新情報を得てますけれど、興味はありませんから。
補足:聖女が皇帝に嫁ぎ王国を離れた結果、結局王国は衰退し人口は激減しました。