伝説のエスパー
ベルンではついに秒読みが始まった。
透視能力者が爆弾のデジタルカウンターを読み取り、テレパスがそれを全関係者に中継する。
「20秒前。19、18・・・・」
全員が緊張した面持ちで、それぞれの役割に意識を集中している。
予定では、エネルギー吸収バリアは5秒前に形成する。
エネルギー吸収バリアで守れない残り13人に対する対物・対エネルギーバリアを張る3人のエスパーチームは、まず10秒前に、そのうちの1人が弱い対エネルギーバリアを予定座標面に張る。
これで子どもたちに、バリア面と身体の位置関係を最終確認してもらう。
同時に、これは本番のバリアを重ねるためのマーカーになる。
3秒前になったら、一気にこのマーカーバリアに強力な対物・対エネルギーバリアを正確に重ね合わせ、子どもたちの身体と爆弾を切り離す。
全ては、犯人のジグ・ダハマに気づかせないための、たとえ気づかれても対処時間を与えないためのギリギリのタイムプランだ。
もしも、ジグ・ダハマが何かの気まぐれで少し早く起爆ボタンを押してしまったりしたら・・・
すべては水の泡だ。
「13、12、11・・・」
頼むぞ!
司令本部の誰もが、知らず知らずのうちに拳を握りしめている。
弱いバリアが張られた。ジグ・ダハマは一心不乱に呪文を唱えている。どうやら気づかれていない。
ここまでは上手くいった。
「9、8、7・・・」
異変は5秒前に起こった。
それは、何と表現したらいいのだろう。
軍のエスパーの誰もが、未経験の状況だった。ESPの磁場嵐? あるいは何か巨大な力による念場の歪み?
個々のエスパーは、初め、緊張のあまり自分の精神集中が途切れたのではないか、と疑った。
が、すぐにそれが全てのエスパーに対して起きていることだと分かった途端、あたりはパニックになった。
まるで嵐の中の小さな船の甲板にでもいるみたいに平衡感覚がおかしくなり、あらゆるESPが方向性を失って流れ、何か空間の中にできた穴の中にでも吸い込まれるようにして消えてゆく。
3秒・・・2秒・・・1秒!
神様———!
ゼロ!
・・・・・・・・
何も起きない。
突然、念場の揺らぎも収まった。
「テレポーター! 医師を連れて跳べ! 突入部隊! 突入して制圧!」
ノックス司令官が、間髪を容れずに指示を出した。
「状況を報告しろ!」
突入部隊の報告を待つまでもなく、能力を回復したテレパスと透視能力者によって現状のあらましは伝わってきた。
誰も怪我ひとつしていない。
爆弾が不発だった?
いや、そうではない。くくり付けられていた爆弾は跡形もなく、ただその破片のようなものだけが子どもたちの前に落ちている。
子どもたちだけではない。犯人のものもそうだ。
エネルギー吸収バリア・・・?
それが・・・、29個、完璧に出来た? なぜ? 誰が・・・どうやって——?
本部のスタッフが、次々に入ってくる信じられないような報告(朗報ではあるが)に呆然としている中、ノックス司令官だけが、体育館の屋根の上の奇妙な人影に気がついた。
(子ども?)
ロースクールのではない。ミドルスクールくらいの年恰好の少年・・・いや、少女か?
裸足でフード付きのマントのようなものを着ているが、フードは被っていない。髪が燃えるように紅い。目が・・・黄金色に光っている?
あれは、何だ?
「子どもたちは全員無事です! 容疑者のジグ・ダハマも無傷で確保しました! これで!・・・これで、取り調べもできます!」
喜んでいるんだか怒っているんだか、よくわからないような顔つきで報告に来た部下の方に目をやり、「うむ」とひとつうなずいてから、司令官がもう一度体育館の方に目をやると、そこにはもう、あの人影はなかった。
連邦軍長官室。
デスクに座ったフォー・クセス長官が、TR9エリアのフィブ・リル総司令の立体映像を前に渋面を作っている。
「何だね、君ィ。これは?」
「な・・・何、と仰せられましても・・・・」
「正体不明の未登録エスパーによる助力の可能性・・・?」
フィブ・リル総司令は哀れなほどに口ごもった。
「あ・・・ですから、その・・・。ちょ、長官はお聞きになったことはございませんでしょうか? 巷間で噂される・・・その・・・伝説の・・・・」
「君ィ。」
フォー・クセス長官は、露骨に呆れた顔をした。
「これは、軍の正式の報告書だよ? そんなオカルトメディアの記事みたいな話を大真面目で載せるつもりかね?」
長官はデスク上のモニターに映し出された報告書に目を落とし、指をさした。
「ここにもあるように、直前に念場の乱れが起こったのだろう? それが自然現象か、あるいは極度の緊張の中で複数のエスパーのESPが干渉して起こったのかは分からんが、エネルギー吸収バリアを作る能力を持ったエスパーが、その事象の中で周りのESPを収集して複数のエネルギー吸収バリアを作ることに成功した、という可能性はないのかね?」
「か・・・可能性としては・・・」
「変なお伽話など持ち出すより、そちらの方がより現実的な推論だとは思わんかね? まあ、実際のメカニズムについては、今後の科学的研究を待たねばならんが。」
そう言って一呼吸置いてから、フォー・クセス長官はフィブ・リル総司令の目を意味ありげに覗き込んだ。
「君だって、そこでずっとくすぶっているつもりでもないんだろう?」
「か・・・! 書き直させます!」
通信が切れてフィブ・・リル総司令の立体映像が消えると、傍にいたサラが、ぷっと吹き出した。
「長官、みごとな石頭官僚ぶりでしたこと!」
「ははは・・・、綱渡りだな・・・。」
デイヴィもつられて笑ったが、元気がない。
「はあ〜・・・。これから、大統領に事後報告に行って、叱られてくるよ。」
「ご愁傷さまです。(笑)」
「いいよねぇ〜、副長官は気楽で・・・。『たった13人の子どもの命と引き替えに、連邦中の何億という子どもの命を危険に晒すつもりだったのかね?』とか、言われそうだよな〜・・・。」
サラは苦笑いしているしかない。こればっかりは長官のお仕事なのだ。
だけど。 とサラは思う。
また同じようなことが起こったら、この人はきっと自分の立場なんかは顧みず、やっぱり同じように子どもを救いに行くだろう。
サラは話題を変えてみた。
「MR2は近くに置いておいた方が良さそうですけど、どこに隠しましょうね?」
デイヴィは椅子から立ち上がった。
「そうだな。——こういうものを隠す最高の方法はね・・・」
大統領に叱られに行くために、サラの傍をすり抜けて扉へと向かいながら片方の眉をちょいと上げた。
「そこらへんに、うっちゃっておくことさ。」
「なるほど!」
中央司令室でサラの見送りを受けながら、デイヴィはふり返って気を取り直したように眉を開いた。
「まあ『イツミ』も都市伝説として広まった方が、かえって真相からは離れてゆくのさ。
うん。このセンで言い訳してみるか——。」
メンテナンス・クライシス 了
お付き合いありがとうございました。
まだ、シリーズは続きます。
次は「戦争」だ。