ベルンの狂信者
TR9エリアの担当総司令から緊急要請が入ったのは、中央司令本部がある惑星クルトゥスの首都トリオンが午後から夕方へと移ろうとする時間帯だった。
このところ連邦内は概ね平和で、長官室に回ってくる決裁書類には愚にもつかないものが増えてきていて、デイヴィはうんざりしていた。
中には幹部クラスの食堂の椅子をモデルチェンジしたい——なんてものまであった。
「こんなことまで私の決裁がいるのかぁ——?」
「一応、予算執行ですからね。」
と、サラはにべもない。
「サラぁ——、君のところで、めくらサインでいいのとそうでないのに分けてくれないか?」
「あとで何かあっても全部長官の責任になりますが、それでいいのでしたら——。」
「・・・・・・・・」
そんなところに入ってきた久しぶりの緊張感のある要請だっただけに、不謹慎ではあったが2人とも少し生き返ったような気分になった。
内容は、惑星ラルーナの地方都市ベルンで、新銀河救済教系列の狂信者がロースクールに立てこもった——というものだった。
それだけなら、別に軍の出る幕はない。警察の仕事だ。
問題は、28人の児童の胸に時限爆弾が括り付けられているということだった。しかも念の入ったことに、教室に質量センサーが仕掛けられており、誰一人中に入ることも外に出ることもできない状況だというのだ。
それだけでなく爆弾はESPシールドされていて、エスパーが外から解体することもできないのだという。
児童たちの胸に括り付けられた爆弾を、1つ1つエネルギー吸収バリアで包むしかない。
そこで軍に緊急要請があり、連邦中からエネルギー吸収バリアを作ることのできるエスパーをかき集めるために、中央司令部に要請がきたのである。
デイヴィはすぐに書類にサインをし、長官名でこの特殊なエスパーを召集する権限をTR9エリアのフィブ・リル総司令に与えた。
「ありがとうございます!」
デスクのすぐ前で敬礼するフィブ・リル総司令の立体映像に、デイヴィは厳しい表情で質問した。
「連邦中からかき集めても、エネルギー吸収バリアを作ることのできるエスパーは15人しかいない。あとの13人はどうする?」
「今、現地の司令官が作戦を練っていますが・・・、最悪の場合・・・。」
「誰が、それを選ぶ?」
「・・・・・・・・」
「まあ、考えていても時間が過ぎるだけだ。急ぎ、召集をかけたまえ。何か必要なサポートがあれば、遠慮なく言ってきなさい。私はここにいる!」
フィブ・リル総司令の立体映像が消えると、デイヴィとサラは顔を見合わせた。
「これは・・・」
「『イツミ』の出番ですね ♪ 」
たかが一惑星の地方都市の立てこもり事件にすぎない。
全連邦の安全保障を統べる軍中央司令部が、その最高機密の超兵器を使うような話じゃない。そう言ってしまえば、それまでかもしれない。
しかし、今そこに28人の子どもの命が危機にさらされていて、今ここにその子たちを救う手段がある。私たちだけが持っている——。
その状況で「大所高所」などと言ってしらばっくれていられるほど、2人のハートは冷たくできてはいなかった。
「わたしが行きます。」
サラが書棚の「本」に手をかけた。
ベルン現地対策本部。
本部長を務めるノックス司令官は、厳しい表情をしていた。
「整理してみよう。質量センサーはESPシールドされているため、爆弾と同様エスパーによる解体は不可能だ。犯人に気づかれないよう教室に入ることはできない。
起爆ボタンは地雷と同様、押して放すと起動するタイプらしい。犯人を制圧して爆弾の手解体に移るには、起爆ボタンが起動しないよう、一瞬で指先まで拘束しなければならないが、相手が通常人ならともかく、エスパーである以上不可能に近い。
爆弾が起爆装置から一定以上距離が離れてしまうと勝手に爆発する、という犯人の話が本当なら、子どもたちをテレポートしてから解体するのも無理だ。」
司令官は、プロジェクターの上の空間に表示されたデータシートの1ヶ所を指で示した。
「このデータによれば、幸い犯人のラモヒナ・ジグ・ダハマにはテレパスの能力がないらしい。付け入るとすれば、ここだ。」
司令官はスタッフを見回し、データの脇に立ち上げられた学校の図面に別レイヤーの図を重ねた。
「ここにこう、3人の守備型エスパーを配置する。そしてこう、巨大な部分球面バリアを張る。もちろん、爆弾から守るのだから、対物・対エネルギーバリアだ。
犯人に気取られないように、エネルギー吸収バリアで保護できない子どもたちをこのライン上に並ばせ、爆弾だけを外に出して爆発寸前にバリアを張る。
あの手のタイプは自爆攻撃用だ。基本的に爆発物は中心部にあるはずだから、座標どおり子どもたちが並ぶことさえできれば成功するはずだ。・・・・机上の理論としては、だが・・・。」
「それは・・・、かなり難しいのでは?」
「ミリ単位の正確さでバリアが作れないと・・・。それに、どうやって子どもたちを正確にその位置に並ばせるんです?」
「テレパシーで指示を出す。そのためにテレパスと透視能力者でチームを編成した。」
「しかし・・・、だとしても、子どもたちにそんなことが上手くできるでしょうか? もし、爆弾だけを上手くバリア面の外に出せなかった場合・・・」
少しの沈黙のあと、ノックス司令官は沈痛な面持ちで言った。
「バリアが張られた瞬間、子どもたちの身体の一部が切り取られてしまう可能性があるだろうな・・・。対物バリアだからな・・・。」
その場にいた全員が、その凄惨な光景を思い浮かべて言葉を失った。