自殺保険
はじめに
読んでいただきありがとうございます。
この小説には
・自殺
・家族の死
の表現が含まれています。
うつ病や辛い過去、死に対してトラウマを持つ方はこの小説を読むべきではないかもしれません。
上城しおりは、作者の癖により描かれています。スーツカワイイヤッター
何か辛い過去を持っている上城しおり、現在に生を望まない女子高校生谷原彩。
この二人のストーリー、どうか最後までお付き合い頂けると幸いです。
今日もまた、一人の命と引き換えに金銭が動く。
別に怪しい事でも危ない事でもない。
ただ、仕事をしているだけ。
私は上城しおり。K県の都心部から少し外れた寂れた雑居ビルの中で上城保険という保険会社を経営している者だ。
従業員は他にいない。
私の会社は世間からは『自殺保険屋』などと言われているそうだ。
確かに聞こえはあまり良くないかもしれないが、私はこの仕事に誇りを持っている。
別に誰がどこで自殺をしようが関係ない。ただ、依頼人からの依頼を完遂させるだけ。
自分の命をどう終わらせようが、私に止める権利はない。
私自身、何度も死のうとした経験がある。
仕事内容は至って簡単。自殺した人の親族や指定された人に金を渡すこと。最期の言葉を伝えること。遺書を渡すこと。なぜ自殺をしたのか、本人の意思を伝えること。
単純で簡単な事。それでもこの保険会社を訪れる人は少なくない。
【この仕事で初めてのお客様との話である】
一月
この会社を立ち上げてから二週間。どうやら今日、初めてのお客様が来るらしい。
初めての客、緊張はあまりしていないが不安はある。
十六時を過ぎた時、扉が開かれ、カランというドアにつけたベルの音が鳴る。
私が気がつき扉の前に行くより早くに向こうから声が聞こえた。
「すみません、本日予約をしていた谷原という者です。」
まだ顔は見えていないが随分と若く、可愛らしい声だ。
駆け足気味で扉へと向かい、私の初めてのお客様と顔を合わせる。
そこに居たのは、黒髪ロング、学生服、学生鞄、白い肌。女の子が憧れるであろう、容姿端麗な女学生だった。
「あ、上城さんですか?」という声が目の前から聞こえる。
「お待ちしておりました、谷原様。私、上城と申します。どうぞこちらへ」
と不慣れな口調で応接室に通す。
上城保険は完全予約制、ワンツーマンを徹底している。
応接室に置かれた小洒落た白椅子にクロスをかけた網棚付きの机。
白椅子に谷原が腰を降ろす。
私は給湯室と名前のついた流しに向かい、紅茶を入れ、応接室に戻る。
応接室に戻ると谷原が緊張し、落ち着かなさそうにしていたので何か話をして緊張を解いてあげなければ、と思い口を開いた。
「紅茶で大丈夫でしょうか?」
大丈夫か、と聞いて駄目と返ってきた事はないが・・・
「あ、はい、ありがとうございます。」
礼儀正しく会釈をする谷原。
紅茶を机に置き、本題を切り出そうとした時、谷原が先に口を開く。
「ここって、本人が来て大丈夫なんですよね?お母さんにはずっと黙っているので保護者が必要とか言われるとどうにもならなくて・・・」
「問題ありませんよ。保護者様の同意は必要ありません。依頼してくださる方のお気持ち一つで問題ありません。」
こちらから笑顔で切り出さなければならないのに、先を越された。
しかし、これで話しを切り出しやすい。
私は机の網棚から書類を取り出し、ペンを持ち、話を始める。
「とりあえず、軽い自己紹介と、どういった経緯でこちらへ来たのか、教えていただけますか?」
「はい、私、谷原彩と言います。今は高校2年生で・・・あ、ネットを見て存在を知り、電車でここまで来ました・・・あの、私、死にたいんです。もう早くこの人生を辞めたくて・・・甘えてますかね?」
「全く甘えてなんていませんよ。むしろ、今までよく頑張って来れたと思います。それで、インターネットを見たという事ですね。希死念慮もあり、ということで、とりあえず、自殺をしたいという理由と、自殺の方法、それと私に依頼する仕事内容を教えていただけますか?」
割と落ち着いて接しているかな。あれもこれも聞いていいのかな。なんて頭の中で思いながら書類を書き始める。
「はい。私、色々お母さんに期待されすぎて、その、期待が苦しいんです。
好きでもない勉強を土日はずーっとやらされたり、テストの点が悪いと怒鳴られたり、罰としてその
テストを満点取るまでご飯がなかったり、ひどいときは殴られたりして、なんか、嫌になっちゃった
んですよね。人生が全て。別にいじめられている訳でもないし、ただ、プレッシャーに耐えられない
んですよ。」
段々と彼女の目から涙が溢れてくる。
「それで・・・もう死にたいって思って・・・自殺方法を調べてたら偶然ここのサイトを見つけて・・・家からもそんなに遠くなかったので行ってみようと思い・・・来ちゃい・・・ました。死ぬ方法は・・・自分の部屋で首を吊って死のうかなとか・・・考えています。」
話を聞きながら、親からのプレッシャーに耐えられなくて、自殺を考えた。と、書類のメモ欄に書き込む。
「なるほど、それで、依頼というのは何をご依頼で?当社は以下の選択肢があります。どれもご自由に選べますよ。」
そう言って下の網棚からラミネート加工された紙を彼女の前に差し出す。
その紙に書かれている事。
「:依頼主自殺後に指定の方へ保険金を渡す。
:依頼主自殺後に指定の方へ最期の言葉を伝える。又は遺書を渡す。
:依頼主自殺後になぜ自殺を決意したのか、本人の意思を伝える。」
綺麗に加工された紙には、自殺という文字がこれでもかというくらい書かれている。
それを上から順に確認した後、少し落ち着いた谷原が用件を伝える。
「私が依頼したいのは、遺書と・・・意思も伝えて欲しいです。」
「なるほど、保険金以外という事ですね。」
「はい、そうですね。」
自殺は止めない、本人の意思を尊重することがこの仕事の在り方だ。
「わかりました。それでは料金の方の計算をさせていただきます。」
一旦席を離れ作業机に戻る。
まさか初めての人があんなに可愛い学生だなんて、自分が男でもう少し若かったら告白したかった、
なんて少し思ったりしながらパソコンにデータを打ち込み、それをノートパソコンに転送した。
ノートパソコン、初めての事務仕事だ。
その後ノートパソコンを手に取り応接室に戻る。
「お待たせして申し訳ありません。こちら、今回のご依頼の試算結果です。保険金の契約が無いので
お安くなっております。谷原様はまだ17歳なので、計5万円です。分割でしたら1万円づつ、来週
の日曜日から毎月保険料をお支払い頂いた場合、4ヶ月後の5月末に遂行可能に。一括で5万円お支
払い頂ければ、お支払い頂いた日の翌々日から依頼の遂行が可能です。
自殺の期限ですか、お支払いが完了した日から5カ月です。期間内に自殺が確認できなかった場合、
作成した物は破棄され、必要になった時は再度契約が必要です。
契約して、料金が未払の状態で逃亡する、先に自殺してしまう、又は事故等で死んでしまった場合は
違約金が発生いたします。違約金はご遺族の方や保証人の方へ請求が行くのであらかじめご了承くだ
さい。」
決して安くはない。しかし自分の気持ちを直接伝えるのが嫌だったり、それすらも嫌なくらい病んでしまうと、こういう物に縋りたくなる。私だってそうだった。
「はい、一括で大丈夫です。明日学校帰りに持ってきます。逃げるつもりもないですし。」
嘘はつかないだろう、別に疑ってないし、ここで逃げられても紅茶代くらいしか損はない。
「かしこまりました。それでは、遺書の方は明日こちらで書いていただきます。もし既に書き終えていましたらお手数ですがお持ち下さい。伝言の方も明日、お伝えください。」
「あの、よろしくお願いします。」
谷原が深々とお辞儀をする。
すかさず私も立ち上がりお辞儀をする。
そのまま応接室を出て、扉の前まで送る。
応接室を出た時既に、私の分の紅茶はすっかり覚めていた。
私が入口の扉を開き、ストッパーをかけ、
「今日はありがとうございました。また明日、お待ちしております。」
と、挨拶をする。
その言葉を聞くなり、谷原は入口の扉の前で私の方を向き、深いお辞儀をして去っていった。
私は出したティーカップを給湯室まで持って行き、水に浸して作業机に戻る。
今日するべき事は、遺書作成と誓約書、契約書など難しい書類を制作する。
私は昔の癖で作業する時は必ずコーヒーを飲む。コーヒーであれば何でもいい、缶でも、インスタントでも。
21時に全て終わり、職場の戸締りをして帰路へつく。
誰か待っている人が居ればこんな仕事してなかったのにな、とふとネガティブな感情になっていたが、コンビニで売っていたおでんを見かけて少し元気が出た。
鍵のかかっていない玄関のドアを開く。盗まれて困る物や無くなると困る物が無いので鍵はかけていない。
一人で生活するには少し広いワンルーム。
座卓の正面にはテレビ、座卓の上にはパソコン、床には空き缶、ゴミ袋、煙草、灰一つ付いていない、奇麗な灰皿。
部屋は汚いとは思うが、しおりは掃除できないでいた。
そんな汚い部屋とは対照的なバスルーム。
シャワーを浴び、タオルを巻いて風呂から出る。
帰りにコンビニで買ったおでんがあったなと思い出し、家に常備してある缶ビールと共に流し込む。
あまりおいしいと感じない。
数年前から自分の好きな食べ物や飲み物が美味しく感じなく、一度医者にかかるも異常なしの診断。
治す気は、無い。その後、いつものように無気力にスマホで動画を見ながら寝落ちをした。
翌朝、というよりも翌昼。
今日もしっかりと寝坊をした。
「夕方まであの子来ないし、もう少し寝てても良かったな」
なんてぼそりと呟きながらも身支度を終えた。
スーツを着ると、まるで別人の様に気持ちが変わり、いかにも働けるOLっぽくなる。
まるでキャラクターの着ぐるみの様な。このスーツは、言わばしおりの着ぐるみなのである。
持ち物も確認して、家を後にする。
持ち物と言っても、業務用のUSBメモリ、スマホ、イヤホン、その程度なのだ。
15時を少し回った辺りに事務所に着いた。こんな適当な営業時間だと新規のお客様も来ないよな、と少し反省する。
鍵を開け、窓を開け、軽く掃除をして、今日の仕事を確認する。
今日の仕事内容は
・遺書作成
・伝言のメモ、保存
と事務室のシフトボード的なホワイトボードに書き込む。
しばらく経ち、依頼人を待っていると、依頼人である谷原が事務所の前に来ていた。
谷原が見えた途端、切れかけていた仕事モードのスイッチがONになり、駆け足で扉へ向かう。
「申し訳ありません。どうぞお入りください」
「あ、すみません、ありがとうございます」
相変わらず敬語は慣れないが、じきに慣れていくだろうと思い、接する。
席に座らせ、飲み物を出す。
いつも通り紅茶を出すと、谷原がカバンの中から何かを出した。
「これ、お土産です。昨日の紅茶がすごい美味しくて、合うんじゃないかなぁって思って買ってきました。オレンジとか果物大丈夫ですか?」
そう言って谷原が出してきたのはオレンジのパウンドケーキだった。
しかし昨日の印象とは大分違う、年相応の高校生に見える。
緊張が解けたのか、ゴールが見えたからなのか。
死を考える者の感情には波がある。
今すぐにでも死んでしまいたい、早く楽になりたい、という時。
死んでしまいたい、消えたいなんてほんの少しも思わない時。
恐らく彼女は後者であろうと推理する。
「もしよければ今一緒に食べませんか?」
「えぇ。それじゃあ頂きますね」
一人分のサイズに切り分け、席へ運ぶ。
とてもいい香りのする、柔らかいケーキ。
「ん~、やっぱり合うと思ったんです!すごい美味しい~!」
もの凄い嬉しそうな谷原を見ていると、何か胸の奥が刺されるような痛みに襲われる。泣き出してしまいそうな、消えてしまいたいような。
そんな感情をぐっと堪え、別の感情で塗り替え、自分を制御する。
「ふふっ、すごい美味しそうに食べますね。今日は何か良い事でもありましたか?」
谷原は表情を変えずに笑顔で話し始めた。
「あと数日で私死ぬんですよ?やっぱり最期は、好きな物を安心できる人と食べて少しでも楽しい思い出を作りたくなるじゃないですか」
前向きに終活を進めている様だ。
さらに谷原は続けて言う。
「そうだ、今遺言として動画を撮ってくれませんか?この動画を遺言にしたいです」
と、何とも楽な方法で私も助かる所だ。
「わかりました。では三脚を…」
「三脚より手振れがあった方がいいんです!だからそのままスマホで撮ってください!」
「わ、分かりました」
そういう物なのか。まぁどうあれ本人の意向に沿うべきだ。
遺書作成が、まさか動画で済むとは。
「それでは撮りますね…」
ピコンという電子音が鳴り、録画がスタートする。
「お母さん、お父さん、こんにちは。
私は今、家なんかよりもっと居心地の良い所にいます。
ここには優しい人が居て、私に文句を言って勉強させてくる人もいない、叩いたり殴ったりしてくる人もいない。
クールなお姉さんと私だけの空間。美味しい紅茶とケーキを食べながら、いろんなお話をしているんだ。
(谷川がケーキと紅茶を口に運ぶ)
お父さん、長期海外出張でなかなか家にいないよね、そんな時に、ごめんなさい。でも私。お父さんが帰ってきたら辛いって事、打ち明けようと思ったんだけど、ごめん。ちょっとだけ遅かった……私はもう限界になっちゃった。
お父さんの娘で良かったよ。いつもありがとう、お父さん。大好きだよ。
あ、そういえばなんで死のうと思ったか分かる?お母さん。
私にスパルタ教育ばっかりしてきてあなたのせいで全部嫌になったんだ。だって、昔、好きな科目を100点取った時あったよね。
その時私に何て言ったか覚えてる?『100点ね、当然じゃない、お前は頭が良いって何度も言ってるでしょ?その良い頭で覚えなさい』って、一語一句、間違いない、私の心に一番深い傷を遺したはこの一言だった。勉強勉強勉強勉強、お前は勉強させて私に何を求めているんだ?一流企業就職?公務員?無理だよ。お前の求めていた私の履歴書に書き込める最終職歴は無いんだからね。
家では点数以外にも言葉使いが悪いとか、誠実に女性らしく生きていけるようにとか言ってマナー教室とか、なんか勝手に契約して無理やり拉致られて、ちゃんとできる迄家に帰ってくるなよとか、厳しいというか、小学生の私にいきなりやらせて駄目だと叩いたり蹴ったりしてきたよね。
知ってる?お母さんに叩かれたり殴られた記憶って消えないんだよ。ずっと、ずぅぅぅぅぅっと残るんだから。今でも、お母さんの事、大好きなのに。どうして?なんで叩いてくるの?大好きなんだよ?…………辛いんだよ?だって、お母さんが私を産まなければ、大好きなお母さんに逢えなかったのに、大好きなお母さんに逢えなかったのに…大好きなお母さんに逢えなかったのに!!!あの優しくて、料理が上手で、幼稚園で男児にいじめられた時は優しく抱きしめてくれた、あのお母さんはどこ行ったの?おかしいじゃん、なんで?私、そんなにダメな人間だったかなぁ。お母さんの言う通りな子に成りたかったから一生懸命努力してるんだけど、それでもダメなの?もうこれ以上耐えられないんだ……大好きなお母さんから、辛い事されるの、だから、さようなら。大好きなお母さんへ」
途中感情が爆発して泣いてしまっていたが、これなら思いが全て伝わるのではないかと思い、むしろ好都合だ。
嗚咽が聞こえる中
「もう、止めても大丈夫ですか?」
泣き疲れて言いきって、完全燃焼した谷原に声をかける。
「はい、言いたい事は全部言えました。なんか、あと、あの、あと数時間、いや死にに行くまで一緒に生活しても、いいですか?」
どうやら谷原は上城と一緒にいて終活を終えたいらしい。
「実はこの事務所の規則として、我々が依頼人の目的を変える目的ではない場合、終活のサポート等であれば同行が許可されます」
「だから同行が認められますね。私しかいませんけど私で大丈夫ですか?」
「はい!是非お姉さんと二人でどこか行きたいです!」
「わかりました。じゃあ、今日の業務が終わり次第、お付き合いいたしますよ」
包み隠さない谷原の笑顔。本当に嬉しかったのだろうか、表情から読み取れる。
ここで本来の仕事を思い出すしおり。
「と、本日は遺書と遺言の作成でしたが、もう一つお作りしますか?」
今有るのは録画した映像のみである。
「うーん。どっちもこの一本で済みますよね、じゃあこれで大丈夫です!でもこれから死ぬまで付き合ってもらいますよ~?」
悪魔的な笑い方をする谷原。
「覚悟できてます。あ、それと今回の料金なのですが、前回は5万とお伝えしたと思うんですけど、制作物は1つだけになりますなので2万円になります。」
制作物量によって値段が変わる様だ。今回だけ。
「え、良いんですか?では、えっと、何も入れる物が無くて封筒とか無くて、裸なんですけど大丈夫ですか?」
構いませんよ、と笑いながら受け取る
「はい、確認いたしました。それでは、どうしましょうか」
上城は人付き合いが苦手で、更にこの仕事の口調で過ごさなければいけないのかと思うと、少し先が見えなくなり気合を入れなおす。
「それじゃあ、お姉さんの家で過ごしたいな。お姉さん、仕事口調下手だし、すぐ分かっちゃった。だから、私が死ぬまでタメ口ね?」
即バレしてたのか。ならまあいい、いっそこっちの方が楽だろう。
「バレてましたか。私もああいう口調苦手で、元が喋らないほうだから何とかやれてるけどね」
10歳も離れてない子と喋りながら事務所を後にする。
他愛のない話をしていると、見慣れたコンビニが見えてきた。
「谷原さん、何か買っていきます?」
「んー。お酒とたばこ?後カルピス。」
「谷原さんまだその年齢じゃないでしょう?」
にへらと笑う谷原。
谷原に買うんじゃない部屋に置いておくんだ。そういうものだ。
とりあえず、必要な物を一通り買って出てきた。
「上城さん、なんだかんだ買ってくれるんだ。ちょっと意外」
「これは貴方の為じゃないですからね?部屋に置いておくだけです。あ、そうだ、部屋の中の物は勝手に使っていいですよ」
「やり方が汚いのか賢いのかわからないや」
久しぶりだ、このコンビニから出て人と話しながら歩いて帰るの。
何か懐かしさ、苦しさを感じながら歩いていると、左腕に重力を感じた。
「へへー、私ね、年上のお姉さんとこうやって手を組んで歩くの憧れてたんだー、お姉さんスタイルいいし。ちょっと、アリ、ふふふ」
「可愛く言ってもスタイルも良くないし、私はそっちの気はないですよ?」
「ちぇ」
そんな感じで親睦を深めて家に帰る。
「ごめんね、マジですっごい汚れてるけど。」
「いえいえ、大丈夫です!生活感のある家、お姉さん好き!」
「ど~も」
この部屋に人を入れるのも何年ぶりだろうか。
荷物を端の方へよせる。
二人でちょうどいいサイズの部屋。
買ってきた煙草と酒を机の上に置く。
灰皿は、きれいなままだった。
「貰ってもいい?」
無言でうなずく。
好奇心が強いのか、親からの圧力に対しての反抗なのか分からないが、器用にタバコを吸い始める。
むせた。
「そりゃそうもなるよ、一旦口の中だけで吸うのよ、ジュースみたいに吸わないで口の中で貯めるの。それを深呼吸する時みたいに吸ってゆっくり吐くのよ。」
涙目になりつつももう一度チャレンジする谷原。
「ッ----スゥー・・・・はぁ………なんかすっごいクラクラする…」
「ヤニクラって言って慣れてない人が吸ったり、いきなり脳内にニコチンが流れると起きる現象だね、朝起きてすぐとかヤニクラ起こすんだって」
「へー。っていうか意外でした、お姉さん、吸わないものかと。」
確かに部屋には灰皿も煙草もある。
「いや、最近はほとんど吸わないんだ。たまに、すこしだけ」
「そうなんですね。あ、お風呂お借りしても大丈夫ですか?」
「いいよ。その玄関向かって右側。そうそこ、タオルが下の棚にあるから、うん。」
「ありがとー!」
遠くから聞こえてくるシャワーの音。
自分以外に人が部屋にいるのが久しぶりな上城。
「そういえば、吸ってたなぁ……」
テーブルの上にはいつのか分からない煙草と、真新しいパッケージが奇麗なままの煙草。
どちらも同じ銘柄だが、私はいつのか分からない煙草を手に取り火を点ける。
時間は0時を回り、二人は布団に入る。
「そういえば、上城さんって、どうしてこの仕事をし始めたんですか?」
どうせ話しても彼女は死んでしまうので、隠すことも無いだろうと思い話す。
「私、数年前に家族と恋人が黙っていなくなったんですよね。父は私が幼い頃亡くなって、私の母親と彼氏だけ。数か月後に結婚式だって言うのにね。そのまま彼氏と母親が二人で心中しちゃってさ。なんで私だけ置いて行かれたんだろうって。理由も聞けないまま。だから私は、残された人達へ、死んだ人の気持ちや言えなかったこと、それを代弁しようと思ってこの仕事を始めたんだよね。」
少しの沈黙が流れ、先に谷原が口を開く
「なんか、ごめんなさい、言いにくかったですよね?」
「いいのよ、別に。谷原さんはあれ、いつ実行するの?」
「明日、ここを出た後に電車に飛び込むか、ビルから飛び降りるか、ですね。」
「やっぱその二択だよね、電車よりビルの方が安定らしいよ」
「安定とかあるんですかね?でもじゃあ、駅前のビルにしようかな。近いし」
いつも無駄に広い寝室だが、今日は少し、手狭に感じた。
数分もしないうちに谷原が小さな声で言う。
「あの、上城さん。今日で寝るのも最後。あの、一緒に寝てくれませんか?」
「いいよ、こっちおいで」
狭いベッドに二人。思ったよりも窮屈に感じた。
「ふふ、幸せ。おやすみなさい、上城さん。」
「うん、おやすみ」
「おはよう!上城さん!」
目覚ましが鳴る前に起こされる。
そういえば誰かが居るんだ、と思い出し
「あぁ……おはよう。」
「なんですか?まだ眠そうですね。お寝坊さん?」
「朝はあまり得意じゃないんだよね」
そういいつつも身体を起こし、昨日買ってきたパンを二人で食べる。
その後は二人、テレビを見たりスマホでゲームをしたり。
私にもこんな友人がいたらな、なんて思ってしまう自分。
10時を過ぎた頃、谷原が出発の準備を終わらせた。
「財布と、携帯と、あと忘れ物とか無いかな…?」
谷原が玄関で荷物をまとめている。
「別に、何持ってても変わらないんじゃないの?」
少し笑いながら、ブラックジョークを言う上城。
「ふふ、確かに!よいしょっと……じゃあ、上城さん、伝言とかの動画、お願いします!」
「うん。それは仕事だから約束する。」
「信用してるよ!あ、そうだ、これあげる」
手渡されたのは青色のネクタイピン。
「大事にするわって、これブランド物じゃない、本当に貰っていいの?」
「うん、本当はお父さんにプレゼントとして買ったんだけど、一度も会えなかったから、よかったら使ってね!」
「わかった、大事にするわね」
「宜しく!じゃあ、また今度ね」
「うん、またね」
私は家を出る谷原を見送る。
谷原が出て行った後、ビル前の交差点が見えるライブカメラを付ける。
10数分後、谷原彩が交差点に落下してきた。
原型が残っていないが、落ちていく彼女は喜びと安心に満ちているように見えた。
自殺は成功したようだ。
幸い、他の通行人に当たっていないので二次被害は無かったようだ。
私は、仕事を遂行しなければならない。
契約を果たさなければならない。
スーツに着替え、契約時に貰った住所を頼りに、谷原家に向かう。
谷原家の前に着いた。集合住宅ではない、普通の一軒家だ。
私は、インターホンを押す。右手に端末を抱えて。
インターホンから声がしない、やはりもう少し早くに来るべきだったかと思った矢先、ゆっくりと玄関の扉が開く。
「あの、どちら様ですか。今忙しいんですけど」
チェーン付きでの応答、すぐ閉められると面倒なので、すかさず足をドアの隙間に差し込む
「私、上城保険の上城しおりと申します」
名刺を渡す。
キョトンとした母親が私と名刺を何度も見返す。
「上城保険?セールスなら間に合ってるけど」
「彩様からのご契約です」
「彩?あいつ何勝手な事してんだよ……昨日から彩が居ないと思ったら……」
小言でぼそぼそと文句を垂れ、まるで八つ当たりかの様な言葉使いで質問をしてくる。
「で?貴女は何の用なの?」
「彩様から預かっている物があります。それをお渡しする為にお伺いしました」
「何よ。それ」
端末に保存されている録画データを開く。
「こちらでございます」
『お母さん、お父さん、こんにちは。
私は今、家なんかよりもっと居心地の良い所にいます。………
……………だから、さようなら。大好きなお母さんへ』
「という、彩様からの伝言、遺言です」
何も理解できず呆然と立ち尽くしている。
泣く訳でも、激昂する訳でも、絶望に打ちひしがれる訳でもなく、この状況を理解できずにいた。
「な…なにを言っているの?遺言?そんなこと彩が言うはずないわ!悪質ないたずらね、信じれる訳ないじゃない。大体何?この保険会社、聞いたことも無いんだけど……」
「落ち着いてください。この動画は、彩さんの希望の元作成されました。本人から、谷原彩様から、家族へ向けての言伝です。」
「いい加減にしてちょうだい!!警察に連絡するわ、彩はそんなこと思ってるはず無いから!大体…」
プルルルルル。
後ろの方から電話の音が聞こえる。
「電話、鳴ってますよ」
「わかってるわよ!とっとと帰ってくれない?」
「わかりました。最後に、このデータ入ったUSBメモリをポストに入れさせて頂きます。これにて契……」
怒鳴りつけて玄関の扉を勢いよく閉めた。
何か言っていたが、どうでもいい事だろう。
私は小走りで電話に向かい、コホンと一息してから受話器を取る。
「はいもしもし谷原です」
警察からだ。
「谷原彩様のご家族様で間違いないでしょうか?…実は………」
「嘘。嘘よ。彩はそんな子じゃない!」
「どうして彩…なんで?私が悪かったの?全部あなたの為を思ってやってあげたのに……」
「心中お察し致します。」
「そんな中大変な事だと思いますが、細かい手続きが有りますので一週間以内に最寄りの警察署にお越しください」
電話が終わる。
さっき来た、上城とか言う人も帰っていた。
ポストにデータを入れたと言っていた事を思い出し、急いで取り出し、再度内容を確認する。
「彩………ごめんね………」
事実は変わらない。
誰も悪くない。ただ、相性が悪かっただけなのだ。
__________________
……
「いい加減にしてちょうだい!!警察に連絡するわ、彩はそんなこと思ってるはず無いから!大体…」
プルルルルル。
玄関の奥の方から電話の音が聞こえる。
「電話、鳴ってますよ」
「わかってるわよ!とっとと帰ってくれない?」
「わかりました。最後に、このデータ入ったUSBメモリをポストに入れさせて頂きます。これにて契約終了とさせて頂きます。それでは、失礼致しました。」
勢いよくドアが閉じられた。
来た道を戻る上城。
そういえば、家族が居なくなった時もこんな感情だったな。と、塞がりかけてた胸の穴が抉られる様な感情になり、歩幅が狭く、速度が遅くなっていく。
だがこれも仕事だ。そう割り切ったのは自分自身だ。
自分が選んだ道だ、心の傷と向き合いながら進まなければならないのだ。
本人が幸せなら、私はその幸せのサポートをする。
止まりかけていた歩は、いつの間にか動き出していた。
交差点が見えてきた。
今朝、人が死んだはずの現場は清掃が終わり、いつものように人々が行き交う道に戻っている。
道の端には、花束が複数置かれている。
私も買ってきた一輪の花を置く。
そして手を合わせ、目を閉じる。
「彩さん。お疲れ様。よく頑張ったね。私はずっと味方だからね」
立ち上がり、帰路に就く。
今朝は曇天だったが、今は雲一つ無い快晴になっていた。
青色のネクタイピンに日光が反射する。
私には、形見のネクタイピンが笑っている様に見えた。
普段より早い帰宅。
玄関の扉を開けると、普段より広く、より静かな空間に圧倒される。
とても静かな、生も死もない無機物的な空間に思えた。
靴を脱ぎ、鞄を置く。
そのまま電気も点けずに机の上に置いてある新しい煙草に火を点けてふかす。
煙草を吸いながら、無気力に天井を見ている。
しおりは、天井の更に上を見ながら、誰かに向かって話し始めた。
「あのね、彩さん。あなたが私の初めてのお客さんだったの。この仕事をするまでは、とっとと死にたい、消えてなくなりたい、なんて思っていたのに、なんかこの数日、もうちょっとだけ、頑張ってみようって思えたんだ。大丈夫。もし辛くなっても、彩さんが待っていてくれるから。私がそっちに行く頃は彩さんも大きくなっているだろうし、仕事してて起きた出来事で盛り上がれるといいな。ありがとうね。今までお疲れ様」
今日はやけに煙草が美味しい。
既に空っぽで穴が開いているはずの胸の奥に、更に広い穴が開いた気がした。
誰も、悪くない。
私も、あなたも。
煙草の火が消えた。
初仕事が終わり、疲れ切った私も、消えた火の様に眠った。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。
誤字脱字、ありましたら是非お教え頂ければ幸いです。
文章力のない拙い文章ですが、本当にありがとうございます。
後書きでは
・上城しおりのキャラ設定
・谷原彩のキャラ設定
・この小説(SS)を書いた理由
についてお話ししようと思います。
そんなん興味ねーよタコって方はTwitterやその他SNSでこの作品を布教してきてください。
興味あるよタコって方もTwitterやその他SNSで。
純粋にこの作品を好きになって頂けた方は是非Twitterやその他SNSで。
まず、上城しおりについてです。
筆者の性癖からインスピレーションを得ました()
身長:165cm
髪:黒のスーパーロングからロングの間くらい。
ショタをダメにしてそうなお姉さんって言って伝わる?
仕事着は濃い紫のスーツに白ワイシャツ、ジャケットより少し暗めの色のスラックス。
いいね、好き。
喫煙描写がありますが、これは消えてしまった元彼氏が吸っていた事に影響されています。
銘柄はCOOL12mmFK。
話は飛びますが、エンドロール、という楽曲があります。その曲の歌詞が彼女に当てはまるんじゃないかな、と思い(こんで)ます
なんならその楽曲からこの作品全体のインスピレーションが湧いたと言っても嘘じゃないですね。
・谷原彩について
最初の登場人物はJKにしたかった!
清楚で静かなメンヘラJKって好き。
百合要素、欲しい、欲しくない?
身長:154cm
髪型:黒髪ロング
静かなんだけど好奇心があって、駄目って言われることでもやりたくなるような性格?
しおりが煙草を吸う所を見て自分も真似したいとか思っちゃう子
(煙草とお酒は20になってからだよ!)
ぶっちゃけるとマジでどんな子でも良かった、JKなら誰でも良かった。
百合っけ有。良いね、
・このSSを書いた理由
少し長くなります。
私は生まれつき、うつ病っぽい所があります。
診断結果は病気ではない、性格だと、性格なので治す事は困難。向き合っていくしかないと。
死ぬ事が社会的に悪い事、とされていますが産まれる事を意思で拒めない以上、死ぬ事も選択していいのでは?と学生時代に思いました。
所謂反出生主義みたいな考えです。
うつ状態の時に思いました。死ぬ選択ができて、それをサポートしてくれる人が居たら?と
ついでにお姉さんだったら!?と。そうしたら産まれてきたんですよね、自殺保険が……
だから、しおりも彩も、どちらも私の性格に似た、私の分身の様な感じです。
構想自体は数年前から決まっており、着手は2020年。半分くらい書いて忘れてました。
そして約二年後、制作欲求とうつ状態が重なり、自分の思いを吐ける物としてこのSSを完成させました。
正直深い意味はないです。しいて言えば
・死ぬのも選択としていいのでは?
・死ぬときお姉さんに手伝ってほしい
・いい感じのお姉さんが居る作品を創りたい
・お姉さん
という感じです。
(おねショタでも良かったけどショタは自殺しないでほしい)
長くなりましたが後書きは以上となります。
ここまで読んでくださった方には頭が上がりませんし足向けて寝れません。
面白かった、世界観が好きとかなんとか思ってくれる人が居れば、いいかな。