表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

淫獣の|聖職者《クレリック》に愛される美姦獣それは、貴方/貴女!

貴方/貴女と私そして、神と獣。他に何が要るというのか?

要るものがあるとすれば、淫と姦の精神それから未完の魂……何だそりゃ。


 サイレンを鳴らしたパトカーが午前二時の貧民街を走り過ぎていく。ロールスクリーンを透かして映る赤ランプが完全に消えるまでの間、私は神に祈りを捧げていた。警察車両が疾走する先には犯罪の犠牲者がいて、神の救いを待ち望んでいる……そう思うと、祈りの言葉が自然と口に出てくるのだ。穢れなき聖職者(クレリック)だったのは遠い昔のことなのに、体に染みついた習慣は消えていないらしい。私は苦い笑みを浮かべ窓から離れた。薄暗い廊下を進み、突き当りの鉄製扉を開ける。下水道の悪臭が鼻腔を貫く。聖なる香水を純白の法衣に振り撒き、穢れから身を守る。裸電球に照らされた短い階段を降り、二つ目の鉄扉を開く。水に濡れた床を大きな鼠が数匹かなり慌てて走る姿が目に映った。先程より明るい照明のおかげだが、鼠を目撃したのは別に喜ばしい話でもない。部屋の隅に身を屈めている数体の食屍鬼(グール)も思いは同じようだ。一様に元気がない。闇の中に棲む奴らには、ここは眩し過ぎるのだ。役目を終えても術者の私の命令が無ければグールらは光の中にとどまり続けるほかになかった。私は手でグールに退去を命じた。奴らは人間よりよっぽど素直に動く働き者だ。命じられるまま、この部屋へ入ってきた穴に戻り、下水道の方へ消えて行った。網の目のように街の地下を走る下水道や地下鉄から、さらに深部にある奴らの巣窟へ帰っていくのだ。死んでもこき使われる奴らに神の恩寵があらんことを。

 私は地下室の中央に置かれたテーブルに近付いた。テーブルの上にはグールに運ばせた大きな袋が置いてある。袋の口は厳重に縛られていた。きつく縛られたロープを解くのに苦戦した私は、呪文で袋を引き裂こうとして、止めた。呪文の詠唱は長い時間と集中力を必要とする。ロープを解くのに精神を集中したうえに貴重な時間を浪費するのは愚かなことだ。真夏の夜と人生は短い。朝が来る前に死体を処理しなければならないとしたら、一刻の猶予もないだろう。

 結局、私はナイフで布を切り裂いて袋を開けた。ナイフの刃を汚れた布で汚したくなかったのだが。袋を開くと裸の子供が出てきた。グールの臭い息を浴びて気を失っているようだ。その股間を見る。なるほど、神のお告げに間違いはなかった。股間には何も無い。男性器も女性器も無いのだ。性別が男女どちらにでも変化可能な生命体が街に現れたので、グールどもを使って捕らえろ! との神託に誤りはなかった。多くのクレリックは神の真実の声を大衆に伝える私を異端者と決めつけているが、あいつらは間違っている。神の声を無視しない人間を狂人と断じる社会に災いがもたらされんことを。

 性別不明の裸ん坊を前にして、私は神の声を待った。普段なら神の命令が聞こえるのだ。いつも神は私に命じる。麻薬密売人、連続殺人鬼、性犯罪常習者、汚職官僚に極悪政治家その他、地上の屑どもを密殺せよ! と。私はグールどもを呪文で操り、神が指名した罪人を捕らえて、この地下室で処刑している。死体は細切れにして、美味しい食事に変え、文字通り骨まで利用するのだ。貧民街にある宗教施設の一番の役割は、貧しい人たちの糧を与えることであり、肉の入った滋養のあるスープは皆に喜ばれている。咎人どもよ、もって瞑すべし……それはともかく、神の言葉である。いつもと違って命令が聞こえてこないのだ。処刑命令はまだか、と私は不遜にも苛立った。早く処理に掛からないと、朝食の時間に間に合わないというのに。子供の骨から濃厚なスープを作るのは手間が掛かるから、急がないと――と焦っていたら性別未確定の子供が目覚めた。テーブルの上で体を起こす。血に飢えた殺人者の私を、汚れなき瞳で真っすぐに見つめる。そして宣告した。

「君の神は僕に屈服した。今は魂の牢獄に囚われている。だから、いつまで待っても神の命令は来ない。そして朝食の心配はしなくていい」

 何を言っているんだ? という目で私は裸ん坊を見ていたに違いない。口をぽかんと開けている私に語りかける。

「そんなに驚かないでくれ。僕は、あの神――君や他のクレリックが信じている、あの神より遥かに強く、そして有能だ。貧民街の皆には毎日三度、大手給食会社から食事が提供される手筈になっている。そこの食事は少なくとも、君が作る食事より肉の量は多いよ」

 私は料理の腕を振るう機会が失われてしまったことを嘆いた、じゃなかった、神の不在を嘆いた。

「私の神が囚われ人になった? そんなことがありえるのか! いや、ありえない。神がいない世の中など、ありえるはずがない! 証拠を示せ、証拠を!」

 次の瞬間、私の耳に何者かの絶叫が轟いた。続いて、悲鳴、鳴き声、啜り泣く声が次々に聞こえてくる。私は周囲を見回した。地下室には裸ん坊と私だけだ。苦しみ、悲しみ、無念、憎悪……ありとあらゆる負の感情を含んだ声が、私の心を苛む。もう耐えられない。

 私は叫んだ。

「分かった、分かったから、もう止めてくれ!」

 声は唐突に聞こえなくなった。裸ん坊は気の毒そうな顔をした。

「君の神は、元々パワーが弱まっていたのだよ。神の声を届けようにも電波が弱くて、地上に届かない。グールを使役する君ぐらいの能力があれば別だけど、普通のクレリックでは受信困難だった。ましてや一般人に神の言葉は響かないよ。それは信仰心の減弱につながる。もっとも、世の中が乱れている原因は、それだけではないだろうけど」

 私の掌中にあるナイフを見て、裸ん坊は言った。

「神の命令に従い、世直しに励み、貧しい人たちにその日の糧を与え続けたのは、本当に立派だ。そんな君を配下にしたい。君なら、僕の有能な部下になってくれると信じている」

 私は耳を疑った。

「私に宗旨替えをしろと言っているのか?」

 宗旨替えを強要されるなんて、古代や中世ならいざ知らず、現在社会にはありえない話だ……まあ、グールを呪文で使役する私が言うのも何だが。

 神を虜にしたと称する裸ん坊は真顔で言った。

「違う。僕を崇めろなんて言うつもりはない。虜囚となった君の神を牢獄から出して欲しければ協力しろ、と脅しているだけだ」

 神を囚人にした子供が全裸で大人を脅迫する時代とは、世も末だ。それもこれも神の御心が地表に届いていないからだ……と嘆いたとき、思い至ったことがある。

「主は、主は何と仰せになっているのか?」

 裸ん坊は頷いた。

「早くここから出して欲しい、と言っている」

 さっきの様子では、それ以外の要求はあり得ないだろう。それならば、答えは一つしかない。

「分かった。私の主を救うためなら、致し方あるまい」

 私は恭順の意を示すため、ナイフをテーブルの上に置いた。

「どうすればいいのだ、私は? 協力する、何でもやる、だから命じてくれ。神のために、私は全力で仕事をする」

 感に堪えないといった表情で裸ん坊が語る。

「さすがだ。君ならば、どんな困難も物ともしないだろう」

「お世辞は結構だ。私がやるべきことだけを言え」

 ニヤッと不敵に笑って裸ん坊は言った。

「美姦獣に貪られ恥辱に悶えても決して淫数分解されるな、絶対に」

 反射的に私は大きく頷いて、それから聞き返した。

「びかんじゅうにむさぼられちじょくにもだえてもけっしていんすうぶんかいされるなって、何なの?」

終わってないのに後書きとは、これ如何に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ