突然の結婚
01
「私を借金のあてにするって、どういう事よ!」
薄暗い雲が空を覆う朝、私、ミーナ・リードは、父の書斎で衝撃的な言葉を受け止めていた。
「すまない、ミーナ。 魔道具事業の援助を行っていたのだが、提供した資金が持ち逃げされてしまってね……」
「だからうちは貧乏なのよ! そんな怪しい物に手を出すから!」
「だが、『未来を創る仕事になる』『人々の暮らしが豊かになる』と言われてはなぁ」
「はぁ……」
父の馬鹿な発言に、ため息が出てしまう。 父はいつもそうだった。 人々のため、暮らしのため、そんな言葉に踊らされて、未来が見えないものに手助けをしようとする。
その結果、領地に多少の発展を残して、うちは貧乏になってしまった。 というのに、懲りずに手を出して、そして娘を売り物にするなんて。
「信っじられない! それがリード家の当主だなんて」
「まったく、お前の言うとおりだよ」
「……で、私はどうなるの?」
全てをあきらめて、父にこれからの沙汰を仰ぐと、
「ウェルテクス伯爵の家に嫁ぐことになった。 彼が我々を支援してくれるらしい」
「ウェルテクス伯、ですか?」
聞いたことがない家の名前に、首をかしげる。
しかし、次の一言でその前提は覆された。
「こう言えばわかるだろうか。 ……『キマイラ伯』と」
「キマイラ伯!?」
その名前は、貧乏な家でも伝わっているほど有名だった。
なんでも、奴隷商人から幼い子供の奴隷を買っては、屋敷の地下で手足を切り刻んでいる、と噂されていた。 さらに、最近は手足をコレクションしているという話も聞いた。 噂通りなら、彼は悪魔の生まれ変わりではないだろうか……
「何でそんな怖いところの伯爵が、私たちを支援してくれるんですか!」
「私にもわからんが、ともかく、今我がリード家の借金を解消する手立ては他にない。 最低限の手向けはするから、どうか、この家のためにその身を捧げてくれないだろうか」
「私は伯爵の生贄ですか!?」
「無事は祈っていない。 せめて、ミーナが安らかに天へ旅立ってくれるのなら、私はそれでよい」
「そこは祈ってください、お父様!」
「後は、良いコレクターのところで保管されておればよい」
「何のコレクターなんですか!」
「ともかく、昼前に迎えの馬車が来るそうだから、準備をよろしくな」
「えっ、昼前ですか!? 準備にどれだけかかると、ウワッ」
口答えしようとしたが、お付きのメイドに引っ張られるまま、私は自分の部屋に連れ戻された。
02
それからはあっという間に時が流れた。 予定通り昼前に馬車に乗せられ、ウェルテクス領の近くで宿泊。 そうして次の日には、伯爵との結婚式が行われた。
式は小さな教会で行われ、参列者もなく、私と伯爵、そして神父の三人だけ。
神に誓い、書類にサインを書く。 それだけであっけなく式は終わった。
……伯爵の顔、あまり見てなかったわ。 やけに目が、青く光っていたことだけは覚えてるけど。
そして夕方、私は伯爵の屋敷を訪れていた。
町の中心から外れた丘の上に、立派な邸宅が建てられていた。
「へぇ、のどかでいいところね」
「そうでしょう。 自慢の邸宅ですよ」
「うわっ、誰?」
後ろから呼びかけられて慌てて振り返ると、そこには顔の半分を赤茶色の髪で隠した、髪と同じ色の目を持つ、燕尾服姿の男性がいた。
「あなたは、ウェルテクス伯爵、でしょうか」
「……いえ、私のことは、ジョン、とお呼びください、ミーナ様」
「えぇ、わかったわ。 って、どうして私の名前を?」
「伯爵から聞いてましたから」
伯爵から聞いてる、ってことは、彼の従者の一人かしら。
しかし、周りを見ても、ほかに伯爵らしき男性の姿は見当たらない。
「あの、伯爵は?」
「伯爵ですが、所用でしばらく屋敷には戻られません」
「あら、そうなのね」
形だけでも初夜を過ごすことになるのかと思ったけど、会わなくていいのは楽ね。
「ミーナ、様」
「何かしら?」
「この結婚は、あくまで偽装によるものです。 この屋敷では、ミーナ様は自由にしていてかまいません。 地下室にさえ行かなければ」
「地下室?」
ジョンは念を押すように、声を低くして続ける。
「えぇ、そこには絶対に行かないでください。 少なくとも、伯爵が戻られるまでは」
「わ、わかったわ」
彼の真剣な表情に、少し気圧されてしまう。
それほどまでに立ち入ってはいけない地下室……
それって、あの噂通りのことをしている、ってこと?
…………
屋敷の地下室…… そこに子供たちが閉じ込められて、悪魔に手足を切られているの?
『お兄さん、何するの?』
『これから君は、僕のコレクションの一部になるんだ』
『コレクション?』
『あぁ、君の手足を、僕のコレクションにするんだ』
『ヤダー! 助けてー!』
『フハハハハハハ……』
…………
い、嫌よ! こんなことが本当に行われていたら!
私、子供たちの悲鳴を聞きながら暮らすことになるの!?
「奥さま? どうされましたか?」
「ふぇっ!?」
ジョンに呼びかけられて、私は元の世界に戻された。
「急に暗い表情になったり、体が震えたり。 ……何かお考えでしたか?」
「え、えーと、な、何でもないわ! そう、何でもないから!」
もしかして、さっき考えてたことが、顔に出てたかしら?
……そう考えると、顔が熱くなってきた。
「面白い方ですね、奥様は。
伯爵も、良い人に恵まれたものだ」
「い、良い人じゃないわよ」
私はただ家が貧乏なだけで、借金の返済のために嫁いだだけだもの。
きっと、伯爵は誰でもよかったのだわ。 婚姻していることを証明出来たら。
「では、私も所用がありますので。 先ほど言ったこと、必ず守ってください」
「えぇ、もちろんよ!」
「では、また後日」
そうして、ジョンは馬車に乗り込んで、屋敷の前から去って行ってしまった。
その後、私はメイドたちに連れられて、屋敷の中を案内された。
案内の後、私は自分の部屋に通され、そのまま一人で過ごすことに。
予想通り、初夜に呼ばれることもなく、一人自室で就寝した。
……主が不在の屋敷で、何をしたらいいの?