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B-RAISE  作者: REN SIKIMIYA
1/1

1st GAME

【TODAY’S MATCH MEMBERS】

〈ACCELERATE BEETERS〉

●ヒート……………………(Male/20 years old/WASP)

●アギト……………………(Male/20 years old/HORNET)

●バズ………………………(Female/20 years old/HORNET)

●スティング………………(Male/17 years old/WASP)

●スウィフト………………(Female/17 years old/WASP)

●ラヴァガード……………(Male/22 years old/WASP)

●ファシット………………(Female/20 years old/WASP)

●アサルト…………………(Male/26 years old/HORNET)


〈Vespa Regina〉

●イエロー・ジャケット…(Female/24 years old/HORNET)

●フォーレイ………………(Male/23 years old/HORNET)

●トキシック………………(Male/23 years old/HORNET)

●イグニス…………………(Male/19 years old/WASP)

●メナス……………………(Male/17 years old/WASP)

●サザンアイ………………(Female/18 years old/WASP)

●キラ………………………(Female/13 years old/WASP)

●ピアース…………………(Male/16 years old/WASP)


〈OTHERS〉

●飛垣志恩…………………(Female/16 years old/UNKNOWN)


●飛垣忠嗣…………………(Male/50 years old/SION’s Father)

●飛垣恵実…………………(Female/47 years old/SION’s Mother)


●深山誠司…………………(Male/54 years old/The ANNOUNCER)

「――続いてのニュースです。消費税を18%に増税する方針を掲げる新羽(にっぱ)総理は、本日行われた衆議院予算委員会にて、ヨーロッパ諸国を参考にした高福祉の社会体制について言及し、『国民の安心を確保する社会』への考えを改めて提示しました。」

私の名前は深山誠司(みやませいじ)。首都圏テレビジョンという放送局に務めるこの道32年のアナウンサーだ。東都大学社会学部を卒業後、新卒での入社を果たし、今に至る。


「――スタジオには、首都圏テレビジョン・政治部の佐藤光雄(さとうみつお)記者にお越しいただいております。佐藤さん、今回の増税政策に対する市民調査では、反対意見が7割強を占めていた6月期の調査と比較して、6割弱に減少しているという結果となりました。この変化について、どのようにお考えでしょうか?」

「はい。まず挙げられることとして、古井(ふるい)前内閣との方針の違いが挙げられます。こちらのグラフにありますように……」

 主に担当しているのは、御覧の様な政治・経済の話題を主軸とした夕方にかけての報道番組だ。メインキャスターに就任して約20年。平日の14時から17時までの時間、私はカメラの前に腰掛け、最新の情報をお茶の間に発信し続けている。


「――では最後に、為替と株の値動きです。東京外国為替市場、円相場は前日と比較して32銭円安ドル高の1ドル=118円86銭~88銭で推移しています……」

 日々目まぐるしく変化していく社会情勢だが、私のやることは何も変わらない。与えられた原稿に沿って、ただ淡々と、正確に文章を読み上げていくことだ。

そこに私情が入り込む余地など一切なく、至って中立的な存在として振る舞うのみ。


「――『アフターニュース2to5』、今日はこれにて失礼します。」

 その文言と締めの礼を最後に、本日分の業務は終了する。スタッフが撤収作業を急ぐ中で私は手帳に目を通し、次の仕事を確認した上で、スタジオを後にする。




 人生の大半を捧げて来たと言っても過言ではない、何の変哲もない私の日常。




「どちらまで?」

「新国立競技場前までお願いします。」

 放送局の下で待ち構えていたタクシーに乗り込み、私は次の仕事先へと向かっていく。

 当たり前の様に過ごしていた毎日だが、振り返れば途方もなく長い道のりだったのかもしれない。当然ながら、平坦な道ばかりを歩んできた訳ではない。時には上長からの厳しい指摘にあうこともあり、未熟だと思い知らされ挫折を経験したことはごまんとある。

 来月で四捨五入すれば還暦に達する私であるが、それでもこのアナウンサー人生を病むことなく続けられていることは、実にありがたいことだと言えるだろう。多忙極まる日々の中で、私は様々な「出会い」を経験してきた。

 生涯を約束した妻子に恵まれ、温かい家庭を築くことが出来た。

 自らを「先生」と慕ってくれる後輩たちも、今や報道の最前線でその手腕を振るう頼もしい同胞と化している。


「今夜の仕事は、それほどまでに重要なものなのですか?」

 車内の後部座席でネクタイを解いていた私に、運転手がふと声を掛けて来た。バックミラーに視線を向けると、微笑みに細まった目元が映る。

「いやね、こうして毎日の様に深山さんをお送りしている訳ですが、時折感じるのですよ。『あ、今日の深山さんはいつもとは違うのでは?』ってね。」

「……そうですか。」

 そうとだけ返しながら、私は紺一色のネクタイを黒と黄色のものに変える。

 こうして送迎係を担ってくれる運転手も、その「出会い」の一つなのだろう。


「2400円になります。」

「カード一括で。」

 手早く支払いを済ませた私は夜の帳に包まれた新国立競技場の裏口に降り立つ。背中合わせにしてタクシーが去っていくのと交代するかの様に、関係者専用口で待ち受けていた若手のADが駆け寄って来た。

「お疲れ様です、深山アナ。どうぞこちらを。」

 元気のよいハキハキとした声音でそう言いながら、彼女は原稿と金髪のオールバックをしたウィッグを手渡しつつ、控え室へと誘導していく。道中では、耳にインカムを当てたTシャツ姿のスタッフが忙しなく右往左往していた。


「定刻通り開始出来そうかね?」

「はい、問題ありません。予定通りあと20分で開始します。」

 そうとだけ残した新人ADはインカムに手を当てると、何らかの指示を受けたのか、「分かりました」とだけ口にし、私に一つ礼をするとそそくさとその場を後にした。

 一通り原稿に目を通した私は卓上に鞄を置き、上着を脱いで鏡の前に腰を下ろす。定刻通り開始とは言うものの、やや切羽詰まっている状況なのだろう。今回は、私一人で準備を整えねばならないらしい。

 とは言え、何ら問題などない。本番開始5分前に原稿を渡され、その場で丸暗記するように指示されたこともあったぐらいだ。プロ…というには烏滸がましいが、ベテランの域には達しているだろう私にとって、この程度は日常茶飯事だ。

 先刻手渡された金髪ウィッグを被り、ハンガーにかけられた黒と金に半々に彩られた革ジャンを身に纏う。


「――本番開始5分前です。各所スタンバイをお願いします。」

 次の仕事に取り掛かる時が刻一刻と近づいて来た。水を一口含んだ私は、眼鏡を外して鏡の先にある自らの瞳を見つめる。

 やる事は変わらない。ただ少し状況が違っているだけだ。己に与えられた責務を、ただひたすら熟していくだけで良い。


「2分前です。ミスター、こちらにお願いします。」

 スタッフに案内され、誘導灯が薄く照らすステージ下に歩みを進めていく。直上からは、その時を待ちわびるオーディエンスの歓声が微かに降り落ちていた。

 やがて誘導員の男が立ち止まってこちらを振り返るとその先の道を明け渡す。行き止まりに見える六角形の小空間は、その頭上にポッカリと穴が開けられていた。その中心に立って周囲に目を走らせると、暗闇の中に薄っすらとワイヤーの束があることが見て取れる。

 なるほど、今回は射出装置の様なものを用いるらしい。今となって知ったことではあるが、問題と言えば精々衝撃でウィッグがズレないかということぐらいだろう。


「開演まで残り30秒です。よろしくお願いします」

 さて、こんな時に何だが、私の人生譚について、少しだけ補足を入れたい。

 このアナウンサー人生32年を病まずに続けることが出来た理由に関してだ。

 確かに数多くの出会いが私を支えてくれたことは事実だ。だが、同じような日常を何百・何千と繰り返していれば、流石に飽きは来てしまう。仕事を頂いている以上、この言い草は無礼千万も良い所だが、人間というものはどうしても己の欲求や衝動に駆られてしまうものである。それは私とて例外ではない。

 淡々と伝え続ける日々に嫌気を覚えてしまった私は一つ、「出会い」を求めて当てもなく放浪したことがあった。国内、海外問わず、何か自分を駆り立ててくれるような、「刺激」への出会いを求めて。


「開演まであと10秒……」

 鼓膜を震わせる歓声を感じつつ、私は目尻が鋭くつり上がったサングラスをかける。


「行きます!3……2……1……」




















 その放浪の最中で出会った「それ」は、余りにも鮮烈に、俺の心を刺激した―






















『ンrrrrrrrrレイディース&ジェントゥルメン!!!!!ボォーーーーーイズ&ガァーーーーールズ!!!!!』

「「「「「WaHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」」


『長らく待たせたなてめぇら!!!!!調子はどうだァ!!??』

「「「「「Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!」」」」」


『聞こえねぇなァ!!待ちくたびれて居眠りこいてたんじゃねぇだろォ!?調子はどうだってんだあァ!!??』

「「「「「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」」


『オールライィィ!!!最後までそのボルテージで頼むぜてめぇら!!何せ今夜は歴史に刻まれること間違いなしの大一番!!この漆黒の闇夜に火花散らす蜂どもの戦いの終着点!!B-RAISE(ブレイズ)ジャパンリーグ・ファイナルトーナメント決勝戦なんだからよおォ!!!!!』

「「「「「WAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」」






 この刺激だ!!俺はこの刺激を求めてたんだ!!!!!






 おおっと、すまねぇ!驚かせちまったよな!突然気でも触れちまったんじゃねぇかって思ったろ!?安心してくれ!大体みんな最初その反応だからよ!まぁ、トラロープみてぇな柄のネクタイにブロンドのカツラって、多少の「やべぇヤツ感」は出しちまってかもしんねぇがな!


 ぶっちゃけた話をしちまえば、お堅い政治経済について毎日クソ真面目に伝えることには飽き飽きしちまってんのよ。(いやでも家庭があるからそんなクビ発言なんざ口が裂けても上には言えねぇけどな!?)

元々俺はスポーツ実況がやりてぇ一心でアナウンサーを志したんだ。ただ、学歴と適性を買われて今の仕事に充てられちまってな。重要かもしれねぇが、必要とされるばっかりで面白味の薄い今の仕事にはどーにも慣れなくってよぉ。

 何とか異動出来ねぇもんかって毎日悶々として、有給使ってブラブラほっつき歩いてた時に見つけたのが、この新感覚団体競技・『B-RAISE』だったってわけだ!


『さぁ、てめぇら!!これ以上ウダウダ待つのはもうやめにしようぜ!!てめぇらが愛してやまねぇ蜂の戦士たちの登場だ!!まさかとは思うが、この歴史的一戦を繰り広げる軍勢の名前を知らねぇなんてこたぁねぇよなぁ!!??』

「「「「「Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!」」」」」

 何でもこいつは、日本の某私立大学で生物学を専攻していた学生がアメリカから来たスポーツ学専攻の留学生と共同して開発したスポーツらしい!未だ発展途上の域は出ねぇが、全世界での競技人口は2000万人を超えて尚も拡大中!正式競技と認められりゃあ、オリンピック競技入りも夢じゃねぇとされるって話もあるって代物だ!

 俺もこいつを一目見た時には興奮が抑えられなかったぜ!そしてこいつを見た時に思い至ったんだ!俺の本当にやりてぇことは、この『B-RAISE』の実況中継なんだってことをよ!


『オールライィィ!!ならその名前を声高らかに叫びやがれ!!連中の燃え滾る魂をさらに掻き立てるぐらいによおォ!!!!!』

「「「「「Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!」」」」」

 …とまぁ、いくら口で言ったところで今回が初観戦のあんたにゃ伝わらねぇだろ?こっからは実際の試合に沿って、その魅力を余すとこなく教えてやる!耳の穴かっぽじって、瞬きしねぇように目をかっ開いたまま、一音一瞬たりとも逃すんじゃねぇぞ!


『Now, the time has come for the battle!!Guys, BLAZE your soul here!!』

(さぁ、闘いの時だ!!野郎ども、その命燃やし尽くしやがれ!!)

 スタジアム全体が暗転に包まれた。いよいよ連中のお出ましだ!


『Defeat the Queen with your pride!!『ACCELERATE BEETERS』!!!!!』

(誇りに懸けて女王を討て!!『アクセラレイト・ビーターズ』!!!!!)

 火炎が燃え盛る映像がフィールドに投影された直後、編隊を組んだ8つの影が外周のハーフパイプに飛び出した!

「「「「「Wahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!」」」」」

 割れんばかりの大歓声を受ける中、赤のユニフォームに黒のボディプロテクターを纏った連中はその肩から伸ばした真紅の羽をはためかせ、ローラーブレードの滑走に任せて飛ぶように外周を駆け抜けていく!

 フィールドのハーフコートに8人が降り立つとその周りで火花が爆ぜ、照明が一斉に注がれた!戦士たちの顔が露わになった瞬間、割れんばかりの大歓声は大地を揺るがすかの様に音量を増した!


『No.1!!ポジション「WASP」!!TACネーム『ヒート』!!!!!』

 編隊の先頭に立つ、黒髪に真紅の毛先をしたリーダーの男が拳を天に突き上げた!ニッと笑ったその顔の中、燃え盛る炎のような色の瞳をオーディエンスへと走らせる!


『No.2!!ポジション「HORNET」!!TACネーム『アギト』!!!!!』

 その傍らに立つ男が手にした競技用槍を振り翳した!パフォーマンスに沸き立つ観客に、その男も自信に満ちた笑みを返していく!


『No.3!!ポジション「HORNET」!!TACネーム『バズ』!!!!!』

 次に名を呼ばれたのはオレンジに染まったショートヘアをした女だ!両腕を大きく広げてゆっくりと回転し、全方位を取り囲む視線を一身に受けている!


『No.4&5!!ポジション「WASP」!!TACネーム『スティング』&『スウィフト』!!!!!』

 お次は双子の姉弟の登場だ!名を呼ばれるや二人は滑走し、観戦用ドローンの前で姉が前宙、弟がスライディングのパフォーマンスを披露する!


『No.6!!ポジション「WASP」!!TACネーム『ラヴァガード』!!!!!』

「ウオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 歓声を押し退けるほどの咆哮を上げたのは2m近い身長の大男だ!緋色のツーブロックヘアの右側頭部には、針を突き出す蜂の剃り込みが刻まれている!


『No.7!!ポジション「WASP」!!TACネーム『ファシット』!!!!!』

 その大男の反対側、競技用眼鏡をかけた長い黒髪を持つ女が満面の笑みで両手をひらひらと振って見せた!心なしか、野郎どもの歓声がデカくなっちゃいねぇか?


『No.8!!ポジション「HORNET」!!TACネーム『アサルト』!!!!!』

 最後に名を呼ばれたのは、チーム最古参の男だ!スピアを振るった短髪頭のそいつは、じっと目を瞑って精神を集中させている!






 と言った風に、1チームは8人。「WASP(ワスプ)」5人と「HORNET(ホーネット)」3人で構成されている。何やら訳の分かんねぇ単語が並んでいると思うが、一先ず今は聞き流してくれ!後でちゃんと解説すっからよ!


 さて、「競技」である以上、当然ながら相手もいる。それも、今回連中が相手するのはとんでもねぇ実力者揃い!現B-RAISEジャパンリーグの頂点に立つ最強軍団だ!


 再びフィールドが暗転し、今度は金色の鱗粉が煌めく映像が投影される!

『Show us your overwhelming strength!!『Vespa Regina』!!!!!』

(圧倒的な強さを示してくれ!!『ヴェスパ・レジーナ』!!!!!)


 コーリングに応じた影が連中の飛び出した反対側より姿を現した!しかし、その数は7つだけだ!

 黒ずくめのユニフォームとプロテクターには、照明を受けて黄金に輝くラインが走っている。ハーフパイプを滑走した軍勢は、そのシルエットを相対する真紅の軍勢の前に見せつけた!

「「「「「WAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」」

 『ACCELERATE BEETERS』に注がれたものとはまるで違う大歓声!大気が震えてるんじゃねぇかと思うほどの大音量の中には、興奮のあまり失神する輩も出始めてる始末だ!


『No.2!!ポジション「HORNET」!!TACネーム『フォーレイ』!!!!!』

 まず名を呼びあげたのはチームの副将を務める男だ!長い銀髪を靡かせる甘いマスクの男の視線に、オーディエンスの女連中が沸き立っていく!


『No.3!!ポジション「HORNET」!!TACネーム『トキシック』!!!!!』

 「猛毒」の異名を持つ紫髪のそいつは眼前の相手を不敵に睨み付けていた!力なくダランと垂らした腕には毒々しい色のスピアが握られている!


『No.4!!ポジション「WASP」!!TACネーム『イグニス』!!!!!』

 相手陣営に正々堂々と立ちはだかる青年の紹介だ!拳を握り締めるそいつは真っ直ぐに正面を見据え、闘争心を滾らせている!


『No.5!!ポジション「WASP」!!TACネーム『メナス』!!!!!』

 荒々しく灰色の髪を逆立てたその男は、今にも飛び掛かって行きそうに体勢を低くして敵を睨み付けていた!蜂と言うよりかは獰猛な野獣を思わせる有様だな!


『No.6!!ポジション「WASP」!!TACネーム『サザンアイ』!!!!!』

 その隣に立つピンク髪の女はまじまじと相手の軍勢を見渡していた!ニヤリと微笑を見せるその脳裏にはどれだけの作戦を仕込んでやがんだ!?


『No.7!!ポジション「WASP」!!TACネーム『キラ』!!!!!』

 次に名を呼んだのは一際小せぇ女のガキだ!雪の様な真っ白な髪と肌をしたそいつは観客にも相手にも視線を送らず、手首に装着した競技用刺突具を見つめている!


『No.8!!ポジション「WASP」!!TACネーム『ピアース』!!!!!』

 拳を掌に打ち付ける男は最近このチームに採用された新参者だ!指をパキパキ鳴らす様は臨戦態勢万端と言ったところか!






 …ところであんた、どっか一つ気になることはねぇか?何で俺は1番から連中の名を呼び上げなかったと思う?そいつはな、この軍勢を束ねる一匹の「女王蜂」の存在があるからなんだ。


 そいつは現『B-RAISE』ジャパンリーグにおける最強のプレイヤー。3年前の大会に突如として現れたかと思えば、その圧倒的な強さで優勝を果たし、競技経験1年目にしてチームリーダーに就任したバケモンだ。




 ただの一人も、試合中に彼女に()()()()()()()()()()()()()()




 この『B-RAISE』に限らず、サッカーでもバスケでも適当なスポーツを思い浮かべてくれ。どんなスタープレイヤーを想像してくれても構わねぇ。その中に、こんなことを実現出来る奴はいると思うか?

 そいつは、それを実現した。いや、実現し続けている!最強の称号を欲しいままにする絶対の女王!


 奴らのチーム名『Vespa Regina』は直訳すると『女王雀蜂』。複数形の語もつけず、団体競技でありながらたった一人の女を表す名前だ。


「「「「「YJ!!YJ!!YJ!!YJ!!YJ!!YJ!!YJ!!YJ!!YJ!!」」」」」

 聞こえてきたろ?その名前が。

 感じてきたろ?その降臨を待ちわびるオーディエンスどもの昂りを!

 スタジアム全体が暗転に包まれる!フィールドに投影された光の鱗粉が、中心に向かって収束されていく!






 さて…焦らすのもここまでにしねぇとな!刮目しやがれ!







『No.1!!ポジション「HORNET」!!TACネーム『イエロー・ジャケット』!!!!!』

 火花が派手な音を立てて爆ぜ、フィールドの中心に金髪のロングヘアを後頭部で一つに結んだ女が姿を現した!右手にスピアを握るそいつは襟の立った黄金のジャケットを身に纏い、連中の前に立っている!

 俯いた顔を上げ、ゆっくりと瞼を開く。大空の様な水色の瞳が真正面に立つ男の真紅の瞳を捉えると、女は僅かに口角を上げて男を見据えた!

「「「「「WAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」」
















                  ◆


 気に入らねぇ。


「随分壮大な死亡フラグ立てやがるなぁ、イエロー・ジャケット。」

 とにかくこの女は気に入らねぇ。早ぇとこその澄ました面をこの地面に叩きつけてやらねぇと気が済まねぇ。

 溢れ出そうな衝動を笑みで隠して、オレは目の前のアマを侮蔑する。


「ようやくてめぇが赤っ恥かく姿を拝めんのか。ここまで長かったぜ。」

「…お前か。予想はしていたよ。どうチームを束ね上げたのか知らないが、いずれしつこく付き纏って来るだろうとね。」

 はっ、これだ。どっかの国のお貴族様でも気取ってるつもりか?相変わらず癪に障る物言いしやがる。


「あぁ、てめぇの言う通りだ。オレたちはてめぇに付き纏いに来た。そのニヤケ面を叩き潰して、泥水たらふく啜らせてやるためにな。てめぇの最強伝説とやらも今夜で終いだ。一応聞いとくが、引退会見の準備はして来たんだろうな?」

「ふふっ……面白いことを言うな、お前。良いぞ?もっと言ってみろ。一度完膚なきまでに叩きのめされた負け犬の吠え面は、見ていて気持ちがいい。」

 右のこめかみ辺りの血管が浮き出る感覚がした。

 いけねぇいけねぇ、お楽しみの時間までこの感情は取っとけ。


「言ってろクソアマ。今度はてめぇがその負け犬に成り下がる番だからよ。お望み通りどん底まで墜としてやる。覚悟しとけ。」

 腕を突き出して親指を下にし、地面を指す。言って分からねぇなら身をもって教えてやるまでだ。


「あぁ、精々頑張ってみろ。失望させてくれるなよ?」

 それだけ残して奴は俺に背を向けた。


 何だよ、煽り文句はそれだけか?張り合いのねぇ。それとも何だ?これが強者の余裕って言うもんか?ご苦労なこった。そうでもしねぇとてめぇの面子は保てねぇもんなぁ。これだけの大観衆を沸かせるには嫌でもそう振舞わなきゃなんねぇんだろ。


 面白れぇ。ますますてめぇを潰したくなってきた。


「ヒート、その辺にしておけ。ブリーフィングを始めよう。」

 アギトがオレの左肩に手を置いて呼びかけてきた。しばらく奴の背中を睨み付けて、それから振り返って仲間のもとへ向かう。

 今夜こそ絶対に、あの女王蜂を墜としてみせる。

















                  ◆


 さぁて!連中がブリーフィングに向かい出したな!いよいよ試合開始の時が近づいてきた!

 あぁ、「ブリーフィング」ってのは作戦会議のことな!このB-RAISEでは要所要所に軍隊みてぇな言い回しがあんのよ。奴らに与えられたタクティカルネーム、略してTAC(タック)ネームもその一つ!何でも、試合中は互いのことを本名で呼び合うことはご法度で、一発退場になるらしい。

 何でそんなことすんのかって?さぁな?まぁかっけぇんだからそれでいいだろ!?


 さて、そろそろ『B-RAISE』の試合やルールについて説明しねぇとだな!

 連中が死闘を繰り広げるフィールド、その名は「ネスト()」って言うんだ。縦幅70m×横幅100mの広さで、その周囲はスケートボードで使われるようなハーフパイプに囲まれてる。いまいちフィールドの大きさがピンと来ねぇなら、芝のねぇラグビーコートを思い浮かべてくれれば構わねぇ。


 「ネスト」は真ん中50mの地点で二分割され、それぞれのチームの領域となる。それぞれの端には「コクーン()」と称されるホログラム体が計7つ、蜂の巣の様なハニカム構造状に並べられている。こいつが得点源だ。


 チームメンバーはそれぞれ「ワスプ(蜜蜂)」「ホーネット(雀蜂)」という二つの役職に分けられる。簡単に言えば、「ワスプ」はディフェンスで「ホーネット」はオフェンスだ。

 ネスト内にいる「ワスプ」は、自分たちの子孫であり繁栄の象徴である「コクーン」を襲い来る「ホーネット」から身を挺して守らなきゃならねぇ!


 こいつは、人間を「蜂」と見立てた食物連鎖の生存競争を体現した競技なのよ!


 中学校か高校の体育祭で、「棒倒し」って競技あったりしたか?半裸の男子生徒がクラス対抗で、お互いの陣地に建てられたポールに突っ込んで行って、頂上にある旗を奪い合うっていうアレだ。

ざっくりと言っちまえば、それをローラーブレード履いて、プロテクター付けて、競技用装備を持ってやるって思ってくれればいい!







『Briefing is over. HOTNET, Ready for attack.』

(ブリーフィング終了。ホーネット、攻撃態勢に入れ。)


 …っと、場内アナウンスが掛かったな!長らく待たせちまった。いよいよゲーム開始だ!

 ホーネットの連中はネスト外周で待機するんだ。そんでもって一人ずつ、交代制で相手陣地に攻め込んでいく!それを交互に8分間、合計4クオーターで繰り返すんだ!


 『ACCELERATE BEATERS』からはアギト、バズ、アサルト。

 『Vespa Regina』からはフォーレイ、トキシック、そしてイエロー・ジャケットが待機している。

 それ以外の連中はネスト上に散らばり、「コクーン」の前で防御陣営を構築する。







『B-RAISE JAPAN REAGUE Final Match, ACCELERATE BEETERS vs Vespa Regina…』

 アナウンスと同時に先攻のアギトが射出装置にローラーブレードをはめ込み、滑走体勢を整える。











 さっきも言ったが、こっからは瞬き厳禁で頼むぜ?











『3……2……1……Combat Start!!』


 合図と同時に射出装置が勢いよくアギトの体を弾き飛ばした!時速50㎞を越えて滑走する男は相手陣営の外周を半周し、やがてハーフラインからネストへと降りる!

 それを待ち構えていたかの様に、ワスプ・ピアースが奴に向かって突進していった!

「おらぁっ!!」

 右手を突き出したピアースの手首から刃渡り20㎝ほどのゴム製ナイフ「ニードル」が飛び出した!狙いは男のボディプロテクターの胸部中心!

 対するホーネット・アギトは手にした全長120㎝、刃渡り25㎝の競技用槍「スピア」の柄でそれを受け止める!

「くっ……!!」

 鍔迫り合いを押し返したアギトが素早く右回転し、スピアをその胴体目掛けて振り払った!

 紙一重で飛び退いたピアースは体勢を低くし、地面を蹴りつけるとその懐目掛けて突っ込んでいく!

『イグニス、メナス、それぞれ6時、3時の方向へ追撃。』

『『了解!』』

 サザンアイが耳元の通信機に手を当てるとイグニスとメナスが奴の真後ろと右側面を目掛けて突進する!アギトのヘッドプロテクターのモニターに二つのターゲットマーカーが表示され、警告音がその耳を(ろう)する!

『アギト!左サイドに突破!』

『あぁ!』

 ヒートの指示を受けたアギトは、スピアを左に構えると眼前のピアースに向けて突き出した!相手が向かって左側に避けたその隙を縫い、再び右回転するとその勢いに任せた槍を薙ぎ払い、仰け反ったその背中に切っ先を叩き込む!

「がっ……!!」

 苦悶の表情を浮かべたピアースが突き飛ばされ、「撃墜」された!これによって奴は10秒間の行動不能状態に陥る!

 すぐさまアギトは滑走し、追撃をかけてくる二体のワスプどもをその背中につけながらターゲットであるコクーンへの接近を試みる!

『メナス、ドッグファイト続行。イグニス、逆サイド移動警戒。キラ、2時方向へアプローチ。』

『おうよ!』

『了解!』

『はぁい。』

 矢継ぎ早に放たれるサザンアイの指示に応じ、イグニスが追尾から離れ、斜め右方向からニードルを構えたキラが突っ込んでいく!

『ハーフパイプに離脱!滑走してサザンアイを叩け!』

 再びヒートの指示が響き、アギトは一度ネスト内側に軌道を逸らすと、助走をつけて一気に外周ハーフパイプへと疾走した!

 振り抜かれたキラのナイフが空を斬り、アギトは地上4mの高さまで飛び上がった!空中で身を捻った奴はスピアを突き出しつつ、着地と同時に滑走!メナスを押し退けるとその速度に任せて司令塔のサザンアイを狙う!

『イグニス、3時方向から援護を!』

 堪らず後退しながら反対サイドに逃がしていたイグニスに指示を出すサザンアイ!しかし速攻を仕掛けた雀蜂は止まらない!

「…っ!やばっ…!!」

「遅い!!」

 彼女がニードルを構えた瞬間には、アギトはその視界から逃れていた!体勢を低くしたアギトは左足に斬撃を浴びせて転ばせ、彼女を撃墜する!

 次いで迫り来るイグニスの攻撃を受けるとそれを押し返し、それを助走としたままアギトはコクーンへと一気に距離を詰めた!

「貰った!!」

 槍が振り抜かれ、7つあるホログラム体の一つが硝子を割る様な音と共に四散する!




 〈ACB:0(1)- VeR:0(0)〉




 スコアボードにそう表示され、観客どもが沸き立つ!ハーフパイプに乗って加速したアギトは、続けざまにもう一つを破壊した!

 しかし、まだ安心は出来ない!

『イグニス、キラ、メナス!それぞれ10時、12時、2時方向へ追撃!』

『アギト、リターン警戒!イグニス、キラ間を縫って離脱!』

 サザンアイとヒートの指示が同時に飛んだ!ワスプの3人が横並びに迫った瞬間に、アギトは槍を右側面に構えて突進する!

 すれ違いざまにキラに向けて左薙ぎを仕掛けたアギトだが、その小さな体は地面と平行になるかと思われるほどの柔軟な仰け反りを見せた!

「なっ……!?」

 攻撃が空振りに終わったアギトの背後で、キラが即座に体勢を立て直す!思いもよらぬ回避動作に一瞬意識を取られた青年に、イグニスが突っ込んできた!

『「餌食(プレイ)」を仕掛ける!メナス、ピアース、援護を!』

 そう叫ぶや、イグニスはアギトの振り抜いた槍を掴むと自身の胴体に寄せ付け、満身の力を籠めて握り締めた!次いで、もう一方の腕を突き出し、アギトの胸部中心のターゲットにニードルを突き立てる!

「ぐっ!!」

 「餌食(プレイ)」ってのは自分自身が撃墜される代わりにホーネットの動きを抑え込むワスプの戦術の一つだ!

 歯を食い縛ったアギトは地面を蹴りつけて後退しつつ、得点が確定となる20mラインまで下がろうと試みた!左に向けた視界の端からは、ナイフを突き出したメナスと行動不能を解かれたピアースが突っ込んでくる!

(駄目だ…!逃れられない!!)

 アギトの足が20mラインを超えた瞬間、その体にメナスとピアースが取り付いた!左肩と背面のターゲットにナイフが突き立てられ、ホーネットが撃墜される!




 〈ACB:2(0)― VeR:8(0)〉





「「「「「WAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」」

 スコアボードの数字が再度更新され、大歓声がスタジアム中に響き渡った!


 何が起こったか分からなかったろ?これでもたった30秒足らずの出来事なんだぜ!?

 まず、ホーネットはコクーンを破壊するために相手陣地に乗り込んでいく。対するワスプは身を挺してホーネットの攻撃からコクーンを守らなきゃならねぇ。これは分かるよな?


 ただ、ワスプこと蜜蜂どもは天敵の雀蜂に比べると余りにも弱っちくてよ。1対1でぶつかり合ったところで、まず勝ち目はねぇ。


 だからこそ、連中は数で攻め立てる!

 自然界では、蜜蜂の巣に雀蜂が侵入した時、連中は一丸となって雀蜂を取り囲み、腹筋を振動させて発生させた熱で蒸し殺すらしい!熱に耐性のねぇ雀蜂は丸焼きになってお陀仏って訳だ。


 この『B-RAISE』においても、その生存競争の様子が忠実に再現されている!

 ホーネットは一体のワスプ相手なら圧倒的に強い!何せ奴らはボディプロテクター上のターゲット(胸部中心、左肩、右肩、背面中心の4カ所)のうち3カ所を同時に攻撃しないと「撃墜」判定にならねぇからな。体のどこかに一度でも攻撃を喰らったらアウトのワスプとは比べ物になんねぇのよ。


 だが、それじゃあ一方的な虐殺になっちまうだろ?それじゃつまらねぇ!

 だから、ホーネットにはローリスク・ローリターンの得点設定を、ワスプにはハイリスク・ハイリターンの得点設定が設けられてんだ!

 ホーネットはいくらコクーンを破壊したところで、1個1点の加算しかされねぇ。全部壊せりゃ7点+ボーナスの1点で8点になるが、それも3秒以内に20mラインまで戻れないと獲得出来ねぇのさ。


 対してワスプは危険ではあるが、ホーネットを墜とすことが出来りゃその時点で問答無用に8点が加算される!いくらワスプが貧弱とは言え、一度でもホーネットの進行を食い止められれば、大きな対価を得られるって訳よ!


 それ以外にも色々と細けぇルールや戦術があるんだが、今は取り敢えず大雑把に試合の流れを分かってくれりゃあ御の字だ!




さて、ホーネットが全てのコクーンを破壊するか、ワスプがホーネットを撃墜するかによって攻守が入れ替わる。

 次に出撃したのは、Vespa Reginaのホーネット・フォーレイだ!腰まで伸びた長い銀髪を靡かせ、奴はACCLERATE BEETERS陣営の外周を疾走する!

『すまない、撃墜された……!』

『問題ねぇよ。オレらがあのロン毛野郎を墜としゃいいだけの話だ!』

 フォーレイを睨み付けながらヒートがニードルを構える!ハーフパイプを滑走し、雀蜂がネストに降り立った瞬間、大地を蹴りつけたヒートが迫る!

 スピアとニードルの刃がぶつかり合い、両者は至近距離で睨み合った!

「よぉ、久しぶりだな。」

「……あぁ。」

 短く交わし合い、ヒートがスピアを弾き飛ばすと同時にフォーレイが一歩跳び退いた!

 次いでフォーレイが素早く突きを繰り出すも、紙一重で攻撃を躱したヒートは一瞬でその背後に回り込む!

『ヒートはドッグファイトを仕掛けて!スティング、スウィフトは2時方向、10時方向から挟撃!』

『おう!!』

『『了解!!』』

 ファシットの指示に沿い、3人のワスプがフォーレイを取り囲む様に迫っていく!同時にフォーレイは連中の隙間を縫うようにして駆け始めた!

「逃がすかよ!!」

 背後にピッタリとついたヒートがその距離を徐々に詰めていく!「ドッグファイト」とは空軍用語で戦闘機が敵機の背後について追いかけ回す戦法のことだ!

 ハーフパイプに向かって疾走するフォーレイは背後から迫る男に一瞥を向ける!その隙を狙うかの様に、双子の姉弟の片割れが斜め右側から突っ込んだ!

「おりゃあっ!!」

 突進を仕掛けたスティングの切っ先だが、フォーレイの振るった槍がそれを阻んだ!次いで背後から迫ったヒートの刺突を身を捻って回避する!

「……ふん。」

 回避の勢いに任せてフォーレイが左薙ぎを仕掛け、ヒートはそれを刃で受けた!一瞬だけ動きが止まった瞬間を逃さず、ヒートと入れ替わりで背後に回ったスティング、斜め左方向から迫ったスウィフトが挟み撃ちを掛ける!

「「取った!!」」

「……単純過ぎだ。」

 息の合った同時攻撃だが、男は一歩退くと同時に槍を逆手に構え、背後には目もくれずスティングを一突きにした!

「うっ!!」

 腹部に痛烈な一撃を喰らったスティングが顔を歪める!次いでスウィフトの攻撃を体勢を低くして躱したフォーレイは逆手に持った槍を背中越しに突き出してきた!咄嗟に身を捻ったスウィフトだが、右肩を切っ先が掠め、倒されてしまう!

「あぁっ!!」

 瞬く間に二人を撃墜した男が一気に加速した!コクーンに狙いを定め、みるみるその距離を縮めていく!

「野郎っ!!」

 それに続いてヒートも走り出し、フォーレイの右側面にピッタリと張り付いた!縦横無尽に襲い来る乱舞を弾き返しながら、バック走状態での並走を見せる!

 時を同じくしてファシットもその行方を追いながら耳の通信機に手を当てた!

『挟撃をかけます!ラヴァ!コクーン破壊後を狙って「餌食(プレイ)」を仕掛けて!』

『おうよ!!』

 黒髪を靡かせたファシットがフォーレイの内側に入り込んで牽制!コクーン側への侵入を阻むようにして並走を始める!

 それを視認するや、鍔迫り合いを解いたヒートが後方に飛び退いた!直後にニードルを突き出したファシットが詰め寄る!

「やぁっ!!」

 左肩のターゲットを狙った突きだったが、フォーレイは素早く彼女に向き合うと柄でそれを受け止めた!勢いが削がれたファシットの隙だらけの左肩に、スピアの刃が振り下ろされる!

「あぅっ…!!」

「……悪く思うな。」

 崩れ落ちるファシットにそう吐き捨て、男はコクーンへと迫った!

 槍を振るって一気に3つの繭を破壊する!しかし、その前で待ち構えていた男が黙っちゃいない!

「うおらぁあぁぁぁっ!!」

 雄叫びを上げて迫ったラヴァガードがフォーレイの槍に掴みかかった!万力の如きその握力が男の動きを阻んでいく!

「――!」

『へへっ!捕らえたぜ!!ヒート!!』

 肩越しに振り返ったフォーレイの瞳に猛スピードで突っ込んでくる男の姿が映る!すると奴は再び体制を低くし、ラヴァガードの右足の内側に自身の右足を引っかけた!

「うぉおおぉっ!?」

 足払いを喰らった男の巨体が転がされる!それを飛び越えて迫るヒートにフォーレイは後退しつつ槍を構えた!

「っらぁ!!」

 ガギッという鈍い音が響き、鍔迫り合いになった両者の足元から火花が散る!




 〈ACB:2(0)― VeR:11(0)〉




 20mラインを突破した二人の元へ、行動不能を解かれたスティングとスウィフトが再度攻め込んでいく!

『スティング、12方向から接敵!スウィフト、4時方向に回り込んで!』

『『了解!!』』

 ファシットからの指示を受け、先に飛び出したのはスウィフトだ!ヒートが鍔迫り合いを解いたその隙を目掛けて彼と入れ替わり、胸部のターゲットを狙う!

 右半身を捻る様にして躱されたが、それは想定通りだった!直後にスティングが男の真正面に攻撃を仕掛け、スウィフトは後方に回り込むことに成功する!

((よし!今度こそ取る!!))

 スティングが鍔迫り合いの状態に持ち込み、スウィフトが背面のターゲットに狙いを定めた!しかし―

「……単純過ぎると言ったはずだ。」

 横一文字の柄を傾けたフォーレイはスティングの刃を向かって右に滑らせた!勢い余ってつまづくその背中に一撃を叩き込むや、正面に向き直ったスウィフトに突きを放つ!

「――っ!!」

 間一髪飛び退いて避けるも、その瞬間にはフォーレイはコクーンへの再攻撃に走り出していた!それと同時に、姉弟の攻防の隙に距離を取っていたヒートが今一度迫っていく!

「待ちやがれ!!」

 ハーフパイプの加速に任せた突進がフォーレイの体を突き飛ばした!突き出されたスピアを左手で握り締め、返す右腕は男の右肩を貫いている!

『ファシット!スウィフト!狙え!!』

 膠着状態に陥った男の前後から二人が迫る!拘束を振りほどこうとフォーレイが急旋回を繰り返すも、スピア全体が軋む程に固く握られた腕はびくともしない!

「……煩わしい……!」

 僅かに苛立ちを見せたフォーレイは右手に握っていた槍を左手に持ち替え、そのまま右に回転した!ヒートのニードルが右肩のターゲットから外れるや、遠心力に任せてヒートの体を振り回し、ファシットの前へと放り出す!

「ぐっ…!クソが……!!」

 行動不能になったヒートを避け、ファシットが追撃を仕掛けていく!槍を持ち直したフォーレイが正面から乱舞を繰り出しながら前進するも、少女は右へ左へと攻撃を避けながら男の行方を阻んでいる!

『ファシット!!』

 その背後に迫るスウィフトだが、ターゲットまであと一歩のところで攻めあぐねていた!と言うのも、奴はファシットへの攻撃と同時に背後に槍を回し、スウィフトの追撃を妨害していたのだ!表情を窺えないが故、全くの予測がつかない乱舞の中に迂闊に飛び込んでいくことは至難の業!

『スウィフト!ドッグファイトは禁止!ラヴァと一緒にコクーン前に回って!』

 切っ先を弾きながら苦し紛れにファシットが叫ぶ!言葉通りにその背後から外れ、男の右側面を通り抜けようとするも―

「……素直にさせると思うか。」

 右薙ぎを繰り出したフォーレイが瞬間的に右に距離を詰め、その切っ先でスウィフトの左足を払った!

「うわわっ!?」

 前方につんのめったスウィフトは転がされ、撃墜判定になる!再び男はファシットの眼前に詰め寄り、再度乱舞を繰り出していく!

「うっ…!!あぁ、もう…!!」

 悉く作戦が崩される苛立ちに平静さを失った瞬間を、男は見逃さない!彼女が刺突を喰らわせようと体勢を低くした矢先、急加速した男はすれ違いざまにその背中に斬撃を喰らわせた!

「あぐっ……!!」

 小さく悲鳴を上げた女を後目に、フォーレイは目標に向けて一気に距離を縮めていく!

「この野郎が!!これ以上好き勝手されてたまるかよぉ!!」

 声を上げたラヴァガードが真正面から突っ込んでいく!対するフォーレイもやる気満々と言わんばかりに槍を構えた…と思った瞬間だった!

 槍を地面に打ち付けたフォーレイは、それを起点にさながら棒高跳びをするかのように2m近い男の頭上を飛び越えて見せた!

「なぁっ!?」

 前宙して降り立った男は、女性オーディエンスの黄色い歓声を一身に浴びつつ、がら空きのコクーンへと疾駆する!

「てめぇコラァ!!シカトこいてんじゃねぇえぇぇ!!」

 激昂に任せてその行方を追跡する男の前で、またしてもコクーンが3つ叩き割られた!




 〈ACB:2(0)― VeR:11(3)〉




 ハーフパイプ経由で20mラインまで引き下がり、得点が確定する!もはやこいつを止める手立てはありゃしねぇのか!?

 だが、奴らもただやられっ放しで黙ってる連中じゃねぇ!行動不能から立ち直ったスティングが速攻を仕掛けに走った!槍を振りかざして迎撃するフォーレイの薙ぎ払いをスライディングで躱し、その背後に回り込む!

「……また同じか。」

 追撃を警戒し、即座に振り返るフォーレイ!しかし、その先にいるべきはずの男の姿がない!

「どこ見てんだ?」

 男の左後方から声が飛んだ!すかさずその先に突きを繰り出すも、スティングは再度奴の死角に回り込む!

 当然、野郎も同じ手に何度も引っかかるようなタマじゃねぇ!敢えてもう一度同じ様に声の先へと振り返った奴だが、右回転の最中に左手に槍を持ち替え、薙ぎ払いを仕掛ける!

「ぐっ!!」

 確かな手応えがあった!だが、その手応えを伝らせた槍に異様な重みが圧し掛かっている!

「…………!」

 ようやく捉えたスティングは体勢を低くした状態でその槍先を握り締めていた!荒い呼吸を見せる中で、奴は不敵な笑みをフォーレイに向けて見せる!

「…お前さ、俺に何て言ったか覚えてるか?」

 その視界の奥に、奴の元へ疾走する影が映る!

「単純なのはてめぇも同じなんだよ!!」

 しゃがみ込んだスティングを飛び越え、ヒートが躍り出た!スピアの間合いの内側に入り込むや、強烈な突きを野郎の胸に叩き込む!

「がっ――!?」

「おらぁあああぁぁぁぁぁっ!!」

 スティングが槍先から手を離すや、突進したヒートがフォーレイをハーフパイプの壁に叩きつけた!

 その瞬間にスウィフトとラヴァガードが両肩のターゲット目掛けて疾走する!槍を振るおうとするも、ヒートの左手がそれを掴んで放さない!

「……ちっ……!」

 小さく舌打ちをした男の両肩に、蜂の針が深々と突き刺さった!




 〈ACB:10(0)― VeR:14(0)〉




『っしゃあ!!フォーレイ撃墜!!』

「「「「「Wahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!」」」」」

 雄叫びを上げたヒートに続いてオーディエンスの歓声が沸き上がる!


 ホーネット撃墜で連中が喜びを交わし合う中、フォーレイはその場に立ち尽くしたまま耳の通信機に手を当てていた。

『……申し訳ありません、YJ。しくじりました。』

『らしくないな。まぁ、連中に多少の華を持たせてやったと思えばそれでも良いが。』

『へっ、こりゃ傑作だな。こいつぁ暫くてめぇを馬鹿にするネタに出来そうだ。』

 イエロー・ジャケットの傍らで状況を眺めていたホーネット・トキシックはガラ悪そうにしゃがみ込んで嘲笑を見せている。


 その一方、ACCELERATE BEETERSホーネット・バズはチーム連中に向けてサムズアップを突き出していた!

『ナイスみんな!!よくやったよ!!』

 笑顔を振りまく彼女に向けて、仲間たちも親指を上げて応じる!

『バズ、連中はイグニスが「餌食(プレイ)」後の行動不能状態で4人しかいない。速攻で仕掛けた後は、じっくり時間をかけて攻め立てるんだ。』

 チーム最古参のアサルトからのアドバイスを受けつつ、橙色の髪をした女が射出装置にローラーブレードをはめ込む!

『オッケー!任せて!』

 短く言い放った直後、射出装置が彼女の体を突き飛ばし、再び雀蜂が標的のネストへと滑走していった!

『わたしがいくよ。』

 ゆらりと動いたワスプ・キラがバズのハーフパイプ滑走に合わせて接近していく!ネストに降り立った直後に接敵した両者は、スピアとニードルを激しくぶつけ合いながら並走を始めた!

『メナス、ピアース、それぞれ2時、6時方向から追撃。』

『『了解!』』

 サザンアイの指示が飛び、繭を守る蜜蜂が群がっていく!

「さてと、とことん付き合ってやろうじゃない!!」

 キラとの鍔迫り合い状態に持ち込んだバズが威勢よく言い放つ!対する少女は涼し気な顔をしたまま、拮抗状態を突き飛ばして離脱!バズの前方右側と後方からワスプがニードルを構えて突っ込んでくる!




 第1クオーター、試合時間は残り6分を切ったばかりだ!






 さて!いい所に水を差して悪ぃが、ここで『B-RAISE』について補足の説明をさせてくれ!

 なぁに、ちょっとで終わるからよ!片耳だけ貸してくれや!


 世界各地で実施されているこの『B-RAISE』なんだが、サッカーのワールドカップや野球のWBCみてぇな「シーズン」ってもんが存在する!

 つっても、まだまだ発展途上スポーツだからそんな大層な規模じゃねぇがな。世界的に人気のスポーツではあるが、その大会の多くは国内で完結しちまう場合がほとんどだ。


 今行われている『B-RAISE』ジャパンリーグ、いわゆる公式戦は1年サイクルで実施されててよ。7月から8月にかけての2ヵ月間で、その年の最強チームを決定するんだ!


 シーズンは9月から始まって、それから10月にかけては「編成期」って呼ばれててな。この期間に多くのチームが再編成や世代交代をして公式戦に出場するメンバーを絞り込むことになる。

 この時にそのシーズンを「ワスプ」でやるか「ホーネット」でやるかを決めるんだが、一度決めちまったら1年経つまで変更することが出来ねぇようになってな!どちらで闘うか、本格的な練習も出来てない新人を抱えたチームにとっちゃ、この選択はそのシーズンのチームの運命を左右すると言っても過言じゃねぇ!


 「編成期」を経た11月から3月にかけては「準備期」と呼ばれてる。文字通り、この期間でチームが頂点に辿り着くための準備を行うんだ!新人育成や非公式での練習試合、公式開催のエキシビションマッチなんかを通して、連中は今のチームがどれほどのスキルを有しているのか、敵対するチームの実力はどれほどかを推し量る!


 それを越えた4月から6月にかけてが「予選期」!日本全国に点在する100以上のチームの中から、夏季に行われる本戦に出場するチームを厳選していく!最終的な出場チームは16チームに絞られ、そこに駒を進めたチームが二ヵ月間の本戦へと名乗りを上げることになる!


 そして迎えた7月から8月末にかけての「本戦期」!負ければ一発アウトの緊張感が走る中、厳選された16の精鋭部隊が、その1年で培ってきた全てを懸けてぶつかり合う!

 丁度学生の夏休み期間やお盆なんかも相まって、この期間は大抵の人間はこぞってスタジアムに足を運ぶか、テレビの前に釘付けになって世間中の注目を浴びることになるんだ!


 このサイクルも、自然界に生息する蜂の生態を元にして定められたものらしい!どこまでも凝ってやがるよなぁ!


 っと、あんまり長くなってもいけねぇ!まぁ大体の規模感は分かってくれたろ?

 観戦に戻るとしようぜ!現在のスコア状況はっと……




 〈ACB:85(1)― VeR:104(0)〉




 げぇっ!?第2クオーター終了1分前!?っつーか点差19点ないし18点って、超大接戦じゃねぇか!

 あぁ~っ!しくった!説明に夢中になるばっかりにこの歴史的一戦を見逃しちまうとは!

 すまねぇあんた!悪ぃことをした!この試合なんだが、来週の夜8時から首都圏テレビジョンで再放送されるからそいつをチェックしてくれ!


「ハァッ…!ハァッ…!これで…3つ目…!!」

 さて、気を取り直して実況に戻らねぇとな!現状はACCELERATE BEETERSの攻撃か!ホーネット・バズが20mラインを越えて得点を確定させたところだ!

 随分と苦しそうにしてやがるな。何せ1対5の状況で絶えず走り回りながら長い槍を振るって闘い続けるんだ。そこには人並外れた体力が要求される!

 俺も一度番組の取材で試合を体験してみたことがあったんだが、ありゃ堪んなかったぜ。年のせいでもあるだろうが、たった2分間動き回っただけで眩暈が起こってな!次いで酸欠が原因の頭痛が襲い、最終的には吐き気まで催しちまった。中・高と陸上部に所属していたことから体力には自信があったんだが、その日の仕事はまるで手につかなかったぜ!


 だが、連中はそんな極限環境下で死闘を繰り広げ続ける!どんなにキツいと音を上げようとも、敵は無慈悲に襲い掛かっていく!

『キラ、12時方向より要撃。イグニス、メナス、それぞれ5時、7時方向から挟撃。』

 指示を受けた少女がバズの懐へ一気に距離を詰めた!無気力にバズを見つめるその表情には、疲労の色は欠片も見当たらない!

「辛そうだね。大丈夫?」

 穏やかな声音で問い掛けるが、その動作はそんな生優しいもんじゃねぇ!右手のニードルを四方八方から振り回し、スピアを弾いた僅かな隙に距離を詰め、バズの胸部ターゲットを貫こうと連撃を仕掛け続けている!

「くっ…!!心配ご無用……よっ!!」

 キラの突きを弾き返したバズが、返す槍で素早い刺突を繰り出した!左に身を反らして躱した隙を狙い、彼女の足元目掛けて刃を薙ぎ払う!

 …が、その攻撃に13歳の天才少女は即座に反応して見せた!片足に重心を乗せるとスピアが脛に触れる瞬間に跳躍し、前宙を披露して何事もなかったかの様に降り立ったのだ!

「はぁっ…!?」

『バズ!後方に二人!!回避しろ!!』

 驚愕に意識を持っていかれたのも束の間、彼女の後ろに回り込んだイグニスとメナスが突っ込んでくる!

「―っ!!」

 振り向きざまに右薙ぎを放つが、攻撃は虚しく空を斬ってしまう!

 体勢を低くして懐に潜り込んだメナスが胸部ターゲットを貫き、次いで彼女の左側面に回り込んだイグニスが左肩のターゲットに針を突き刺した!

「はい、おしまい。」

 最後に背後より疾駆したキラの刺突が彼女を仰け反らせる!バズが撃墜されると共に第2クオーター終了のブザーが鳴り響いた!




 〈ACB:86(0)― VeR:112(0)〉




「「「「「WAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」」

 大歓声の中、ワスプの拘束から解かれたバズは膝をついて四つん這いになっていた。苦し気に肩で息をしながら、通信機に手を当てて仲間に通信する。

『ハァッ…!!ハァッ…!!ごめん…みんな…!!大して…取れなかった…!!』

『気にすんな、よくやった。一先ず中間デブリーフィングだ、戻って来い。』

 ヒートが彼女の元へと近寄りながら声を掛ける。差し出された手を取り、バズはよろめきながらも立ち上がった。

「ハァ…ハァ…ありがと…。行きましょう…。」


 その一方、Vespa Reginaのイエロー・ジャケットも、従者たちの元へと歩を進めていた。キラの前に立ち止まった彼女が小さく口を開く。

「まずまずだ。この調子で続けろ。」

「うん。」

 顔を見上げて一つ頷いたのを見届けると、女王は踵を返して自陣のロッカールームへと引き返していった。その背中を、ヒートは真紅の瞳で睨み付けている。


「存外やるな。だが、どれも高が知れている。」

「…………あ?」

 ふと立ち止まったイエロー・ジャケットがそう発した。肩越しに彼女を見つめていたヒートの体が奴に向き直っている。

 時を同じくして、その女も肩越しに男を嘲りに満ちた視線で見つめていた。

「そういうことは一度でも俺たちとやり合ってから言いやがれ……!!」

「ちょっと、ヒート!」

 喧嘩腰に構えるヒートをバズが制する。微笑を浮かべた女王は再び正面に向き直った。

「あぁ、そうさせてもらおう。」

 そうとだけ言い残し、奴はフィールドを後にしていった。






 いやぁ、それにしてもACCELERATE BEETERS!強くなったもんだぜ!

 やや劣勢気味ではあるものの、あのVespa Reginaから先制点を挙げ、ここまで張り合うとは大したもんだ!

 予選会、セミファイナルトーナメントと全勝を上げてのし上がって来た時には、「今年のこいつらは何か違うんじゃねぇか」って思ってたが、その予想は今確信に変わった!


 奴らは間違いなく「転生」を成功させてやがる!!


 ここまでどれだけの苦労があったか知らねぇが、たった3年でここまで強固なチームを作り上げ、スタジアムを埋め尽くす程のサポーターを味方につけるには相当な努力があったはずだ!


 …ん?あぁ、すまねぇすまねぇ!またあんたを置き去りにして熱く語っちまってたな!

 実はあいつらな、ちょっと「訳ありチーム」なんだよ。

 っつーのも、奴らには前身のチームがあってだな。そこには今出場してるチームリーダーのヒートに加えて、アギト、バズ、アサルトが所属してたんだが、3年前にとある不祥事でチームは出場停止処分になって解散しちまったことがあってよ。それ以来1年間、4人はどこか別のチームに所属することもなく、完全に音沙汰ない状態にあったんだ。


 だが、そのさらに1年後のことだ!連中が設立した新チーム『ACCELERATE BEETERS』が公式戦への出場を果たしたんだ!

 と言っても、奴らの初陣はなかなかに酷ぇもんだったぜ?どんなスポーツにもあり得ることだが、一度問題を起こした連中が作り上げたチームってのは、とっつきにくいもんでよ。予選第一試合は開場全体からブーイングの嵐。試合が始まってねぇのにも関わらず帰り出す輩も出る始末だった。


 …が!奴らはそれに屈することはなかった!第一試合を大金星で飾るや、途端にオーディエンスの見る目が変わり出してな!残念ながらその当時は最終試合で敗れて予選敗退になっちまった訳だが、以来連中へは期待の眼差しが送られるようになっていったんだ!


 本来なら、かつて連中の起こした問題がどんなものだったのかとか、当時の試合の様子なんかを事細かに語りてぇところだが、今はそれよりも目の前の試合が気になるだろ!?そのことについてはまた後日語ることにするからよ!楽しみにしといてくれや!


 さて!第2クオーターが終了して連中は中間デブリーフィングに向かったようだな!これはいわゆるハーフタイムって奴だ!20分間の時間を設けられ、その間に体力の回復とここまでの戦況の振り返りを行い、次の2クオーター分の闘いに備えるのさ!

 ちょいと、その様子を覗いて見ちまおうか!




                  ◆


「これまでにないぐらい善戦出来てる……気がするだけで奴らはまだまだ全力じゃないんだろうな。未だYJは一度も攻撃に加わってないし、ワスプもホーネットも本気だとは思えない。『実質8対7でもリード出来る』試合を見せつけられてる。」

 奴ら相手に妙な期待を持つことは禁物だ。前半で様子見をして、後半に一気にまくし立てて来るのは連中の常套手段。俺たちはその術中にまんまと嵌められているに違いない。


「へっ!!それがどうしたよ、アギト!!現に奴らをここまで追い詰められてんだ!!どんな舐めプして来ようが、俺たちゃこのチャンスに乗ってひたすら攻めまくるだけだろうが!!」

 色々と作戦はあるだろうが、結論はそれで変わらねぇはずだ!!細けぇことをいちいち考えたところで所詮は出たとこ勝負!!このラヴァガード様率いるワスプの軍勢で墜としまくればいい!!


「そうしたい気持ちは分かるけど、このチャンスだからこそ、今は冷静に状況を見ないとだよ。今までと同じ様に戦っただけじゃ、相手に簡単に読まれちゃうかもしれないからね。」

 彼がチームの精神的支柱であるなら、私はチームの戦術的支柱でなくちゃいけない。前半だけでも数えきれないくらい判断を間違えてしまってる…。これからYJが攻めて来たら、状況が悪化するのは必至。なるべく撃墜されずに相手を追い込める布陣を組まないと…!


「ありがとね、ファシット。脳筋一辺倒のバカの相手は疲れるでしょ?いちいち相手してくれて本当ありがたいわ~。」

「あぁっ!?何だとバズ!!」

「ちょっとは頭使いなさいってことよ!」

 場を和ませるために言ってみたけど、それはあたしも同じね。もっと考えないと、あのワスプの波状攻撃を突破することは難しい。特にキラの動きが異次元だわ。アギトもあたしも、その動きに惑わされて撃墜されてる。全体の動きだけじゃなく、もっと個人の動きにも注目して……


「そこまでにしておけ、話を始めるぞ。ホーネットの主観として、相手はイグニス、キラの動きを主体に陽動を仕掛けてから残りの面子で仕掛けて来ている印象だ。これは後半になっても変わらないムーブだと思うが、どうだ?」

 いくら相手が最強の軍勢だろうと、癖のついたルーチンワークや穴の一つや二つは存在する。まずはそこを突くことからだ。アギトもバズも、これ以上の撃墜は避けたいだろう。チームで一番の古株の俺が、あいつらの軸にならないでどうする。


「それは有り得るかもね。ワスプとしては、やっぱり1対1の対人スキルを軸にしたいのは確かだよ。そこに速攻力のある奴を向かわせる。応用利かせてくることだろうけど、基本スタイルは変に崩したくないはず。」

 アタシが相手の立場なら、間違いなくそうするって思うからね。こっちはヒートと弟のスティングが陽動で残り3人が隙を狙うようにしてるけど、きっと向こうのホーネットの奴らはそれを察してる。


「突破口はピアースじゃないか?勿論多用は出来ないし、奴にサシの技能がどれだけあるか未知数だけど、下手にイグニスやキラとかを起点するのに比べりゃ幾らか攻め易くはないか?」

 Vespa Reginaにいる以上、マルチプレイヤーであるかもしれないが、奴は一番の新参者。それにアイツは先手のアギトに競り負けてたしな!姉ちゃんの説明で言う「速攻力のある奴」は長期戦に向かないことがほとんどだ。そいつを突ければ…!


「…狙えるかもしれねぇな。それにサシ技能のねぇサザンアイを経由すれば、コクーンまで叩ける活路が開ける。奴は中央に立ってることがほとんどだからな。内側に潜ることが簡単なのはアギトが証明してる。」

 あのクソアマがその突破口をわざとひけらかしてる可能性はあるが、得点に繋がる以上は攻め込む他に選択肢はねぇ。何もかも、オレが奴らを手っ取り早く墜としてこっちの攻撃機会を増やせばいいだけの話だがな。

「いけそうか?」


「……可能性がある以上、それを無碍にはしたくない。やってみせるさ。」

 敵がどう出てくるかは分からないけど、かと言って初めから懸けないのなら勝利はない。次はもっと上手く立ち回ってみせる……!


「ヒート、第3クオーターからは俺に先陣を切らせてくれ。今立てた作戦が機能するか確かめたい。」

 アギトの思う不安は分かる。だからこそ俺が士気の高揚を担う実験台として後続二人に繋いでいく。功を奏すか否か、一番経験のある俺が試せば幾らかあいつらも肩の荷が下りることだろう。キャリアを自慢するつもりはないが、今回ばかりはそれも武器として利用しない手はない。

「おう。任せたぜ、アサルト。」

 皆まで言わずとも理解してくれたか。あぁ、任せておけ。必ず価値のある結果にする。


「ホーネットは後で独自に作戦を考えるわ。それよりも、今一番の問題はYJよ。」

 どれだけ遅くなろうとも、彼女は絶対に攻め込んで来る。何の対策もなしに挑むのは自殺行為だわ。個人戦主体のホーネットの作戦立案にちんたらと時間を使ってる場合じゃない。あの女の度肝を抜く作戦を立てないと。


「そうだね。多分彼女には、前半分の陣形は完全に読まれてしまってるはずだよ。それに、これから私が言う作戦も、彼女にはもう勘づかれてるかもしれない……」

 彼女はまだ試合に出てはいないけど、何もしてなかった訳じゃない。自陣営が攻撃されている間も、彼女はずっと私たちワスプのサイドを見つめてた。きっと、私たちが思いもしない突破方法をいくつもイメージしてたんだろう。

 そう思うと、どの作戦も自信が持てない…。一瞬で見破られて、返り討ちにされてしまう未来しか……


「心配すんなファシット!!勘づかれたから何だってんだ!!そうなったら俺たちがカバーすりゃいい!!そうだろ!?」

 こんな時に、チームの司令塔に暗い顔をさせちゃいけねぇ!!今まで勝ちを上げ続けて、やっとこさ漕ぎ着けた最後の大舞台なんだ!!だったらもう前を向くしかねぇんだ!!相手がどれだけ凄腕だろうが知ったことか!!気持ちで負けなけりゃ、俺たちゃ幾らでも戦っていけるはずだ!!


「その通りだぜ、ラヴァ!ファシットの作戦あってこそオレらが動けるんだ。今までだってずっとトライ&リカバーの繰り返しだっただろ?オレたちがついてるから大丈夫だって!」

「スティング……」

 根拠なんてない。ただの根性論さ。だから何だってんだ!未来が信じられなくても仲間の言葉は信じられる!

「何だ、カッコいいこと言ってくれるじゃねぇか。」

「へへっ、だろだろ~?」


「ファシット。」

「ヒート……?」

 野望を掲げたのはオレでも、こいつらはついて来てくれた。途方もねぇ闘いに、最後まで付き合ってやると言って共に立ち向かってきた。

 もう、間違えたりしねぇ。

「言ってくれ。オレたちは信じるぜ、お前をよ」

「……ありがとう。まず陣形なんだけど、決まった形はなくていいって思ってるの――」




                  ◆


 なるほどねぇ。奴らの強さの理由、何となくだが分かった気がするな!


 さて!そんなこんなでいよいよこっから後半戦だ!残り16分間の試合だが、さっきと全く同じ攻防が行われると思ったら大間違い!


 こっからはフィールドのネスト自体が大幅に変化する!具体的に言えば、地面が隆起と陥没を繰り返して、坂道や壁なんかが出たり引っ込んだりするんだ!連中は完全ランダムで変化するネストに応じながら、死闘を繰り広げることになる!


 自然界でも地震や台風といった予期せぬ災害があるのと同じ様に、より過酷な環境を強いられるんだ!地の利を活かすも、思いもよらない天変地異に翻弄されるも、全ては連中の培ってきた技量次第!


 だが、ここまで勝ち上がってきた百戦錬磨の蜂の軍勢どもにとっちゃ、そんなのは気にも留めねぇ些事に過ぎねぇ!

 ちょいと時間は飛ぶが、こっからは第4クオーターの攻防の様子から観てもらうことにするか!




 〈ACB:174(0)― VeR:181(3)〉




 状況はVespa Reginaのホーネット・トキシックの攻撃だ!ワスプの防御壁を掻い潜った奴は既に6つのコクーンを破壊し、今まさに得点を確定しようとしている訳だが、その表情には先刻YJの隣で浮かべていた薄ら笑いは窺えない!

『ラヴァ、12時方向から接敵!スティング、スウィフトはそれぞれ3時、9時方向から挟撃を仕掛けて!』

『『『了解!!』』』

 何故なら奴はこの攻撃回において、一人のワスプも墜とせずにいたからだ!地形が変動し続けることの煩わしさは勿論だが、幾度となく交わされ続けた攻防の中で、連中は徐々に男の動きに対応出来るようになっていたのだ!

 隆起した坂道の頂上に追い詰められた男に向かい、正面と左右の三方向から蜜蜂の戦士どもが迫っていく!

「鬱陶しい……!!」

 苛立ち荒れるトキシックが槍を右目の横に構え、坂道を下る加速に乗って眼前のラヴァガードを一突きにしようと走り出した!一本道の最中で退路を失った大男は、その眼前で腕を交差させ、防御の構えを取る!

「いい加減……死ねぇっ!!」

 右腕が突き出され、唸りを上げた槍が男の腹部を貫こうとした、その瞬間だった!

 奴の切っ先は突如として真横から飛び掛かってきた男のニードルによって突き飛ばされた!軌道を逸らされたスピアはラヴァガードの右側の虚空を貫いていく!

「なっ……!?」

「へっ!!まんまとかかりやがったな!!」

 そう叫ぶラヴァガードの前にはヒートの姿がある!奴は防御の構えを見せることで相手の注意を引き、仲間が攻め込む隙を作るための囮となっていたんだ!

 坂道の中腹に奴を追い込むや、ニードルを構えたヒートがその懐目掛けて突っ込んだ!対するトキシックが槍を振るって応じるも、奴は右腕の刃で切っ先を弾き返しながら追い詰めていく!

「ちっ……!!」

 奥歯を噛み締める男の背後から、台地に飛び乗ったスティングが速攻を仕掛けた!肩越しにその姿を一瞥したトキシックは、さらに苛立ちを募らせていく!

「うざってぇんだよ!!」

 ヒートの攻撃を弾いて飛び退くと、素早く身を翻して右薙ぎを繰り出した!それに合わせたスティングはスライディングで躱すと同時に槍の間合いの内側に潜り込む!

 胸部ターゲットへの突き上げを食らわせ、それと同時にヒートの刃が背面ターゲットを一突きにした!

「ぐっ……!!があぁっ!!」

 釘付けにされたトキシックが咆哮と共に槍先を上げる!

『姉ちゃん!!』

『えぇ!!』

 それを一瞥したスティングが叫んだ瞬間、ハーフパイプ上で加速したスウィフトが隣で隆起した台地から飛び出した!針先がトキシックの右肩を突き飛ばすや、その衝撃で男は坂道の側面から投げ出され、固い地面に転がされる!

「ぐはぁっ……!!」

 苦悶と憎悪に満ちた表情を浮かべる男の前で、スコアが更新される!




 〈ACB:182(0)― VeR:184(0)〉




『トキシック撃墜!!』

「「「「「Wahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!」」」」」

 スウィフトが声高らかに告げるや、会場が大歓声に包まれる!

 あと2点!ついに連中は女王の軍勢をここまで追い詰めた!おまけに次に攻撃を仕掛けるのは、ACCELERATE BEETERSきってのエースプレイヤー!

『アサルト!!コクーン破壊後、出来るだけ時間を稼げ!!』

『了解した!!』

 勢いよく出撃したアサルトが敵陣営のネスト上に降り立つや、即座にワスプの騎兵隊が奴へ向かって突っ込んでいく!

『僕が相手する!サザンアイは状況に応じて指示を!』

 そう叫んだイグニスが右手首にニードルを展開した!アサルトと接敵した瞬間、両者は並走状態になりながら浮き沈みを繰り返す台地の上で打ち合いを始める!

「退いてもらおうか……!」

「通すわけにはいかない!!」

 右薙ぎを刃で受け止め、イグニスとアサルトは至近距離で睨み合う!瞬間的に鍔迫り合いを解いたアサルトがコクーンへと急ぐも、脱兎の如き俊足で滑走した男がその眼前に回り込み、ホーネットの行く手を遮る!

『メナス、イグニスの後ろについて援護を!ピアース、キラ、それぞれ6時、3時方向より追撃!』

『アサルト!2時方向に離脱しろ!サザンアイ経由でコクーンに突っ込め!』

 サザンアイとヒートの指示が当時に飛んだ!イグニスに牽制の刺突を放ったアサルトが指示通りに向かって右斜め前へと突破するも、その右側面からキラ、背後からピアースが迫る!

「もう少し……!」

「させるかよぉっ!!」

 疾走する男の左方向から雄叫びが上がった!隆起した台地から飛び降りたメナスが滑空を仕掛けたのだ!即座にスピアを左に振るって攻撃を弾き返すも、僅かに速度が削がれた瞬間を「殺し屋」のTACネームの少女が見逃さない!

「――っ!!」

 危険を感じて槍を左に薙ぐが、空中で錐もみ回転を見せたキラは斬撃を飛び越えて回避し、地面に降り立つなり刺突を繰り出した!

「くっ!!」

 反射的に身を捻り、キラの攻撃は微かに男の胸元を掠めただけで留まった!

次いで視界の右端に捉えたピアースに唐竹割の斬撃を放って突進を遮り、その隙にアサルトは四面楚歌の状況から離脱!地面からせり上がった三日月型の台地の傾斜面を利用して加速するや、コクーンに向かって一気に突っ込んでいく!

『イグニス!ガードを!』

『了解!!』

 ホーネットの槍が繭を2つ破壊した瞬間、男の左側面から突進を仕掛けたイグニスがそれ以上の破壊を阻止した!追突を受け流してハーフパイプへ逃れたアサルトは、その勢いに任せて20mラインへと滑走する!

『「餌食プレイ」をかけるわ!キラとメナスは追撃準備を!』

『リターン警戒!回避優先で下がれ!』

 真っ直ぐに引き返すアサルトの前に相対したサザンアイがニードルを構えて接近していく!槍を横一文字に構えた男にその切っ先が届くかに思った瞬間、アサルトは右に回転しつつ彼女の突進を受け流した!

「――ッ!クソッ!!」

「墜とす……!!」

 すれ違いざまに、がら空きになった背中を目掛けて男が槍を構え直す!その時だった!

「うらぁあああぁぁぁっ!!」

 咆哮に振り返った瞬間、メナスが背面ターゲットにニードルを突き刺した!急激に速度が削がれたアサルトは歯を食い縛って体勢を維持しようと右足に満身の力を籠める!

「……ッ!?ぐあぁあぁあぁあぁあぁッ!!!!!」

 その瞬間、男は突然悲鳴にも近しい叫び声を響かせた!20mラインを突破して得点が確定するも、苦悶に歪んだ表情を見せたアサルトは膝から崩れ落ちる!

『っ!?アサルト!!』

 異変に気付いたヒートが声を上げるも、隙を見せた雀蜂に蜜蜂どもが一斉に群がっていく!瞬く間にターゲットが貫かれ、ホーネット撃墜の得点がVespa Reginaに加算された!




 〈ACB:184(0)― VeR:192(0)〉




「うっ…!!ぐっ…!!うぅっ……!!」

 ワスプが離れると、そこには右足を握り締めて縮こまったアサルトの姿が露わになった!激痛に悶える男は歯を食い縛り、小刻みに震えている!

『まさか……腱が切れた!?』

『嘘だろ……!?おい!!アサルト!!』

 バズの発言に続いてヒートが声を上げ、その元へ駆け寄ろうとする!しかし―

『ヒート!!』

 耳の通信に手を当てたアサルトが苦し紛れに叫んだ!もう一方の掌を彼の前に突き出し、奴の接近を制する!

『構うな……!!来るぞ……!!』

 それを耳にした瞬間、ヒートがパッと顔を上げた!その視線の先で、金色の髪を靡かせた女が出撃体勢を整えている!

「「「「「WAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」」

『終いだ。私自ら引導を渡す。』

 大歓声が巻き上がる中、女王雀蜂イエロー・ジャケットが射出装置より飛び出した!外周を滑走する中、空色の瞳を捉えた男の真紅の瞳がその行方を追っていく!

『迎撃用意!!ここで必ず奴を墜とす!!』

『『『『了解!!!!』』』』

 ヒートの号令に応じたワスプたちが臨戦態勢を取る!

 女王が大地に降り立った瞬間、己の「熱」を刃に宿した蜜蜂が滑走した!

「イエロー・ジャケット!!」

 名を叫びながら、渾身の力で切っ先を振り下ろす!女は大地を蹴って飛び退いたかと思うと、瞬時に男の懐へと詰め寄り、強烈な刺突を放った!

「ぐぅっ!!」

 衝撃のあまり、攻撃をニードルで受け止めたヒートの体が僅かに空を舞った!足元に火花を散らして後退りした男が顔を上げた先、女は薄っすらと笑みを浮かべて佇んでいる!

「さぁ、腕の見せ所だぞ?」

 試合終了4分前、遂に女王との闘いの火蓋が切って落とされた!

 先陣を切ったヒートに次いでラヴァガードが飛び出し、その両脇からスティング・スウィフトの姉弟が攻め込んでいく!

『ラヴァは「餌食(プレイ)」を狙い続けて!スティング、ヒートで遊撃!スウィフトは回避後の隙に追撃を!』

 ファシットの指示が飛ぶ中、YJは微動だにせず連中を静観している!彼女が動きを見せたのは、真正面から迫ったラヴァガードの刺突が繰り出された直後だった!

 流れる様に身を右に捻って躱すと、右手にした槍先で男の足を払い、転ばせた!

次いで攻め込んで来たスティングのニードルを右回転して避けたかと思えば、同時に右薙ぎを放ってその背中に斬撃を叩き込む!

 瞬く間に二人を墜としたYJに、再びヒートが向かっていった!速攻を仕掛け、胸部ターゲットを狙った刺突を放つも、女はしなやかな身のこなしで回避!糸も容易くその背後を取った!

 無防備な背後にすかさず槍が振り下ろされる!が、肩越しに女を睨み付けたヒートは右腕を頭上に上げると刃を受け止め、弾き返すと同時に振り返った!

「……ほう?」

「おらぁああぁぁぁっ!!」

 YJに向き直ったヒートがもう一度胸部のターゲットに突っ込んでいく!斬撃の乱舞を浴びせ続けるが、標的の女は風に舞う紙の様にひらひらと身を捻るだけで攻撃を躱していった!

『ヒート!深追いし過ぎないで!援護するよ!』

 彼の後方から走り寄ってきたスウィフトが声を上げる!それと同時に、隆起した台地の影を縫ってファシットがYJの背後を取った!

 背面ターゲットにニードルが狙いを定め、ファシットは加速してその距離を詰める!

 がら開きの背中にその切っ先が突き出された――その瞬間に、彼女は左肩越しに見つめる空色の瞳と目が合った。

「――えっ」

 槍を振り上げてヒートの攻撃を弾いたYJが、その勢いに任せてバック宙をして見せた!頭上を通り越した女は、一瞬の内にファシットの背後を取る!

 即座に振り返ったファシットだったが、その左胸には既に女の槍先が触れていた!これで3人目の撃墜となる!

「悪くはない。物足りなかったが。」

 コクーンに走る素振りも見せず、スピアを突き刺したまま彼女は薄ら笑いを見せて立ち止まっている!

 女の舐めた態度に憤ったヒートとスウィフトが、その槍を弾いて迫った!両脇の地面がせり上がって峡谷を形成する中、女王は二人の蜜蜂の猛攻を捌きつつ、一本道と化した大地を逆走状態で進んでいく!

『スティング!彼女の進行方向に回り込んで!』

『おう!!』

 三人の攻防を眼下に見ながら、行動不能から解かれたスティングが崖上より滑走した!一方通行の出口に降り立ち、逃げ道を断つ!

「心躍らせてくれる。次の策は上手くやれよ?」

 楽し気に笑うYJに、三人が一斉に迫った!体勢を低くしたヒートが胸部に、峡谷の壁を蹴ったスウィフトが左肩に、背後から接近したスティングが背面のターゲットにそれぞれ狙いを定める!

 それを視認するや、女は静かに槍を逆手に構えた!その動作を一瞥したファシットが咄嗟に耳元の通信機に手を当てる!

『――っ!!ダメ!!みんな避けて!!』

 声が飛んだ時には、もう三人の勢いは止められなかった!力強く右足を踏み込んだYJは二回転半の高速回転を繰り出し、三人の攻撃を一挙に弾き返すや、その身に強烈な斬撃を叩き込んでいった!

「ぐぁっ!!」

「きゃっ!!」

「がはっ!!」

 竜巻に吹き飛ばされたかの様に、三人の体が宙を舞い、地面に叩きつけられた!

火花を散らしながら着地したYJは、大地に墜とされた蜜蜂どもを見つめ、目を細めている!


 『Dアクセル』。奴が十八番とするムーブの筆頭に出て来るであろう名前だ!スピアを逆手に構えた状態で跳躍し、高速回転することで攻防を一体にして相手を蹴散らす彼女だけが成せる戦術!

 この動きで察しがついたかもしれねぇが、一つだけ補足しておく。


 あの女は元フィギュアスケーターなんだ!


 それも生半可なもんじゃねぇ。全日本選手権に出場した実績も持つ正真正銘のプロだ!

 オリンピック出場も期待されていた選手だったらしいんだが、ある日突然現役の引退を宣言して姿をくらましたらしくてな。その後にこの『B-RAISE』のプレイヤーとして表舞台に再び現れたんだ!


 引退を決めた事情なんかは俺も詳しくは知らねぇが、奴がそこで培った技能を駆使してトップまで登り詰めた事実は確かだ!誰も奴に触れることすら出来ない理由の一端が分かったろ?


 三人のワスプを一蹴したYJは守りの失せたコクーンへと余力に乗って滑走していった!繭の前で立ち止まった彼女は、目の前の一つだけを破壊し、優雅に滑りながら引き返そうとする!

「てめぇ!!舐めてんじゃねぇぞこらぁあああぁぁぁっ!!」

 激昂したラヴァガードが突っ込んでいく!

対するYJは、酷くつまらなそうに溜息を吐いていた。

「……一つ覚えも出来ないのか、馬鹿が。」

 正面から突き出されたニードルを上体を逸らして回避する!その背中が地面につくかと思える程に体勢を低くした彼女は、男の腹部にスピアを突き立て、股下を通り抜けると体勢を直した!

「ぐふっ……!!」

 振り返った先で、刺された部分を手で押さえたラヴァガードがうつ伏せになって苦悶している!女はそのまま20mラインを歩いて越え、得点を確定させた!




 〈ACB:184(0)― VeR:193(0)〉




「どうした?時間がないぞ?早く私を墜として反撃しなければ。」

 歓声が沸き上がる中、スコアボードを一瞥したYJは相変わらずの嘲笑を連中に向けている!腰に手を当てて佇む女は、奴らが再起する時を待っていた!

「言われるまでもねぇんだよ、そんなこと……!!四の五の言ってねぇでそこにいやがれ……!!今すぐぶっ殺してやる……!!」

 よろめきながらも立ち上がったヒートが殺意を滾らせた視線を突き刺した!それに続いて仲間たちも起き上がり、憎き女王を睨み付ける!

「ふふっ……あぁ、来い。もっと私を酔わせてみろ。」

 その殺気すら心地良いと言うかの様に、女はニヤリと笑みを浮かべる!試合終了まで残り2分半!真紅の蜜蜂どもは最後の反撃を仕掛けに滑走を始めた!

『スティング!スウィフト!それぞれ2時、10時の方向から接敵!』

 ファシットの指示を耳にした双子が同時に疾走を始める!それを見るやYJも大地を蹴りつけ、両者に迫った!

 すれ違いざまに双子のニードルと女のスピアがぶつかり合う!一足早く振り返ったスティングが再度攻め寄ろうとするが、それよりさらに早く動いたYJは既に男の懐に潜り込んでいた!

「――!!」

 切っ先がせり上がる中、スティングが咄嗟に腕を交差させる!しかし、その槍先は男の体を大きく逸れ、向かって左側に突き出された!

「うっ……!!」

 瞳を動かした先でスウィフトが攻撃を仕掛けていたが、肩のターゲットを狙った彼女のニードルは槍先に阻まれていた!標的を変えたYJは鍔迫り合いの状態でスウィフトの体を押し、コクーンの方向へと向かっていく!

『スウィフト!!』

『ヒート!スティング!ドッグファイトを!!』

 そう叫んだスウィフトから競り合いを解いた瞬間、急加速したスティングとヒートが後方から近づいていった!

 僅かに口角を上げてその姿を捉えたYJは前方に現れた台地の奇岩地帯に潜り込み、右へ左へと疾走して追跡を振りほどこうとする!

『スティング!奴の側面に回り込め!』

『了解!!』

 指示に応じたスティングが女の背後から外れ、ヒートが速度を上げて距離を詰め始めた!無数の石柱が立ち並ぶ中を駆け抜ける両者のスピードは時速60㎞に達し、火花を散らしたその轍は黒く焦げた曲線を描いている!

「貰った!!」

 奇岩地帯の外から隙を窺っていたスティングが攻勢に出た!石柱の影から姿を見せた瞬間、右肩のターゲットに切っ先を突き出す!

 が、女の方が一枚上手だった!右に体を回転させて奇襲を躱したかと思えば、その最中に逆手に持った槍で背中を一突きにしたのだ!

 地面に倒されたスティングを飛び越えて迫るヒートに向き合ったYJは石柱を背に立ち止まる!

「うらぁっ!!」

 刺突が繰り出されると同時に、女は石柱を蹴りつけて前宙した!ヒートの一撃が壁に突き刺さるのと同時に、着地したYJが逆手にした槍先で彼の背を串刺しにした!

 苦痛に顔を歪め、前方に躓いた男を後目に、女王は奇岩地帯を抜けてコクーンへと距離を詰めていく!

『ラヴァ!彼女の右側面について!これ以上は行かせない!!』

 そう声を上げたのはファシットだ!坂道の台地を利用して加速した彼女はYJの左側面に接近し、並走を始める!

 瞳だけを動かしてファシットを見つめたYJだが、攻撃を仕掛ける素振りはまるでない!微笑を浮かべ続ける女の真横につけたファシットは肩のターゲット目掛けて刺突を繰り出した!

 その瞬間に左に半回転したYJは振り上げた槍で刺突を弾き返す!次いでハーフパイプから加速したラヴァガードを視認するや、バック走状態で二人の攻撃に応じ出した!

「ふっ!!はっ!!」

「おらっ!!せやぁっ!!」

 代わる代わる襲い来る切っ先を片手にした槍で捌きつつ、女はコクーンの眼前へと差し掛かる!

「名残惜しいが、せめてきり良く終わらせようか。」

 そう呟くと、彼女は二人の刺突を同時に弾き返した!隙を晒した二人の前で、女は左手で槍を逆手に握り、右足に力を籠める!

『っ!!ファシット!!危ねぇっ!!』

「きゃっ!?」

 咄嗟にファシットを突き飛ばしたラヴァガードの体に、竜巻の如き斬撃が叩き込まれた!100㎏を超える体重の男が宙を舞い、派手な音を立ててその背中が地面に叩きつけられる!

『ラヴァ!!』

 着地したYJがコクーンを一気に3つ叩き割った!ハーフパイプを疾走した彼女はその遠心力を推進に変え、凄まじい速度で20mラインを突っ切っていく!




 〈ACB:184(0)― VeR:196(0)〉




 試合時間は残り1分を切った!既にVespa Reginaのサポーターは勝利の歓声を上げている!

 しかし、その女は追撃の手を緩めない!ハーフラインで踵を返すや、再びコクーンに向けて疾走し始める!

「きり良く終わらせる」。口走ったその言葉通り、奴は全てのコクーンを破壊し、全てのワスプを墜とした上で試合を締め括ろうとしているのだろう!

「させるかよぉっ!!」

 怒号を上げたヒートが走り出す!敗北は必至でも、奴を撃墜するという信念は揺らいでいない!

 彼に続き、スウィフトとスティングも追撃に出た!真正面からYJを迎え撃とうとするヒートの後ろにつき、V字の編隊を組んだ3人と女王雀蜂が互いの距離を縮めていく!

『お前ら、合わせろ!!』

 両者が接した瞬間、YJの刺突に合わせて先頭のヒートがその頭上目掛けて跳躍した!

 虚しく空を突いた女の背後に降り立つと同時に、双子の蜜蜂がその無防備の一瞬を目掛けて針を突き出す!

 すかさず振り返ったヒートが背中のターゲットに狙いを定め、走り出した!

 前方でせり上がる坂道の上からは、彼らの援護に回らんとするファシットの姿がある!

 四方を取り囲まれた女王は、未だ回避動作に移れていない!

「墜とした!!」

 双子の切っ先がその両肩に迫った瞬間、ヒートは確信の声を上げた!

 しかし――

「及第点だ。期待外れではあったが。」

 彼女は、槍を逆手に握っていた!

 地面を蹴りつけると同時に前方へ錐もみ回転を見せ、すれ違いざまに双子の体を斬りつけた!その勢いのまま坂道を駆け上がり、順手に持ち替えた槍でファシットを突き飛ばし、坂の上から地面に墜とす!

「――ッ……!!」

 下り坂の加速で一気にコクーンに迫るや、残る3つの繭を破壊し、ハーフパイプ上に舞い上がっていく!

「てめぇえええええぇぇぇぇえええええぇぇぇぇぇっ!!」

 激昂に叫んだヒートがその後を追い、坂道を駆け下りた!

 それと同時に、舞い降りた女王が一陣の疾風と化して迫る!

 突き出した腕の真下に、女の突き出した槍の柄が通り、男の心臓を貫いた!

 そのまま滑走した女が20mラインを突破した瞬間、突き飛ばされた男の体が宙に放り出される!




 〈ACB:184(0)― VeR:200(0)〉




 その体が地面に倒れ込んだ直後、試合終了を告げるブザーが鳴り響いた!

 仰向けに倒れ込んだヒートの姿を見つめつつ、女王は静かに槍を下ろす!

 その表情には、最後まで相手を嘲る冷笑が浮かんでいた!


『B-RAISE JAPAN REAGUE Final Match, the Winner is……!!』

 さぁて……今宵の死闘を制した勝者の名を声高らかに叫ぼうか!!


『Vespa Reginaァアアアアアァァァァァァァァァァァッ!!』

「「「「「WAHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」」」

















                  ◆

  

「ハァッ……!ハァッ……!」

 全身が痛みを訴えてる。

 壁に身を預けないと倒れちまいそうだ。

 ふらつく足は、オレの意思から切り離されたみてぇに小さい歩幅で進んでいく。


「ぐっ…!!うぅっ……!!」

 あの女に貫かれたみぞおちが一際痛んで、思わず手を当てる。

 脈拍は落ち着く気配がねぇ。

 俯いて目を瞑ると、それがより一層強く感じられた。


「…………ッ…………!!」

 今度こそ、いけると思った。

 確信すらあった。

 屈辱を乗り越えて、仲間を信じ、これ以上ない立ち回りで闘った。

 十分過ぎたはずだ。

 足りないものなんてなかった。

 心の底から勝てると信じてた。




 その結果が、このザマだと?




「うぅあぁぁぁっ!!」

 もう一方の手で拳を握って、壁に叩きつける。

 鈍い音と痺れる様な痛みが走っただけで、それ以外は何もない。


「…………ク…………ソ…………!!」

 じゃあこれ以上何が要るってんだ?

 あの女を打ち負かすには何が必要だ?

 仲間の技量か?誰にも読まれねぇ連携か?徹底的な相手の分析か?諦めねぇ気持ちか?

 どれも極限まで高めたんだよ…!

 誰にも文句を言われる筋合いはねぇほどにな…!

 この日を勝利で飾るために、オレたちは全てを捧げてきた…!

 なのに勝利どころか、あの女を墜とせすらしねぇのか…!?

「……ざっ……けん…な……!!」




 憎い。

 何もかもが、全部憎い。




「……ヒート?」

 顔を上げるとバズがいた。こいつも疲れ切ってんのか、微かに体がふらついてる。

「インタビュー終わった?大丈夫……?」

 大丈夫なはずがねぇ。

 一歩間違えれば気が違いそうになってた。


「……あぁ。お前らは?」

「あたしは大丈夫。だけど…アサルトが……」

 視線を落とした仕草に、鼓動が際立つ感覚が走った。

「どうした……!?」

「……こっち。ついて来て。」

 それだけ言ったバズが速足で奥へと進んでいく。

 妙な胸騒ぎを感じながら、オレもその後に続いた。


 案内された医務室に駆け込むと、仲間たちの視線がこっちに向いていた。

 一つの寝台を取り囲む奴らは、総じて言葉を失っている。

「お前ら……?」


「……ヒート…か……?」

 そいつのそんな弱々しい声は聞いたことがねぇ。

 だが、声を発したのは間違いなくアサルトだった。


「……うっ……うぅ……っ!」

 涙交じりの声が聞こえる。

 オレは頭ん中が真っ白になったまま、その傍に歩みを寄せていた。


「………すまねぇ………!」

 その右足は、包帯が巻かれて台の上に持ち上げられていた。

 顔を掌で覆いながら、奴は止め処なく涙を流してる。


「……右足の、靭帯断裂だって。」

 微かにバズが呟いた気がしたが、オレの耳は真面に聞けちゃいなかった。

 こいつとは6年以上の付き合いになるが、こんな姿を見せたことは一度だってない。


「すまねぇ……!これで……最後、だってのに……!本当にすまねぇっ……!!」

 声量を増して、小さく嗚咽しながら、アサルトは謝罪の言葉を並べて来る。

「そんな……!もういいってば!」

「そうだぜ!!仕方ねぇことなんだ!!あんたは精一杯戦ってたろ!!」

 仲間たちがしきりに励ましの声を掛けているが、アサルトの表情は晴れない。

 オレはただ、見つめるしか出来ていない。


「うぅっ……!!すまねぇ……お前ら……!!何も……何も…出来なくて……!!」

 その一言で、止まっていた思考がようやく動き出した。

 真っ白になったオレの脳内を染め出したのは、怒りの色だった。

 どうしてこの時に限って?

 こいつが万全の状態なら、結果は違っていたはずだ。

 時間一杯まで粘って、あの女が出る間もなく決着がつけられたに違いない。

 当然、オレたちの勝利という結果で……


「……ヒート……?」

 過ぎたことを憎んでも仕方ねぇってんなら、こいつにぶちまければいいのか?

 何やってんだよって罵声を浴びせれば、この怒りは治まんのか?

 けど、そうしたからって何になんだよ。

 また同じことを繰り返すだけじゃねぇか。

 そんなのは、もうごめんだろうが。

 この怒りは、オレが一人で処理しなきゃならねぇ怒りなんだ。

 みんな同じだって思い込んで、押し殺すべき感情なんだ。

 誰一人として、今夜の闘いに非を打てる奴はいねぇ。

 誰もが称えられるべきなんだ。


 だから、もう


「面目ねぇ……!!本当に……本当に…すまなかった……っ!!」




 だから……もう……






「謝んじゃねぇよ!!」

 声を荒げた途端、仲間の視線が集まった。

 アサルトの咽び泣く声が止まり、赤く充血した目が見つめ返してくる。

 いつの間にやら、オレは震えるほど力強く拳を握り締めていた。


「……悪ぃ、驚かせちまって。」

 肩の力を抜き、一度だけ目を瞑って自分に言い聞かせる。

 怒りの矛先は、あのクソアマにだけ向ければいい。

 思いつく限りの罵詈雑言を浴びせて、頭ん中で気が済むまであいつを惨殺すればいい。

 その後で、また一から始めていけばいい。

 だから、誇り高いオレの仲間がこれ以上惨めになるのは、もう見たくない。


「もういいからよ、今は養生してくれや。やっちまったなって開き直って笑っちまえば、それでいいじゃねぇか。この試合、誰も責めを負う必要なんてねぇ。それに、あんたには最後の最後まで世話になっちまった。このチームになる前から指南役を引き受けてくれて、随分と長ぇこと付き合ってくれた。あんたには感謝しかねぇんだ。」

 脈絡なんざねぇ。傍から見れば綺麗事並べてるだけに聞こえるかもしれねぇ。

 けど、思いつく限りに馬鹿正直に言うしか、オレには能がねぇ。


「だから、ここまで来れたってことだけ誇ってくれや。あんたが教えてくれたことを継いで、オレたちはさらに上を目指していく。次こそ必ず奴らを倒して、ACCELERATE BEETERSがジャパンリーグのトップに立ってみせる。だからよ、後ろめたく考えるこたぁねぇ。笑って終わろうぜ。みんなでよ。」

 この面子でやるのは、今夜で最後。

 家族同然に苦楽を共にした仲間を送り出すのに、いつまでもしんみりとした雰囲気は味わわせたくねぇ。

 だからこれ以上、変に言葉は並べない。

 軽く握った拳を、顔の前に向けるだけ。

 こいつなら、それだけで全部察してくれる。


「………おう………!」

 相変わらずの見慣れねぇ泣きっ面だが、腕で顔を拭ったアサルトは無理矢理笑って左の拳を合わせてきた。

「へっ……分かりゃいいんだよ。」

 少しだけ押し返すようにして、オレは拳を離す。

 曇天……とまではいかねぇが、大荒れの面だけは解消出来たろ。

 後は打ち上げの時の笑い話にしちまって、じっくりと晴らしていけば――


「……うぅ~……っ!」

 そんなことを考えてたら、オレの目の前でまた誰かが泣きやがった。

 発信源は、スウィフトか。


「おい、オレの名言パァにすんじゃねぇよ。」

 笑って終わろうっつったばっかだろうが。

「だってぇ……これでアサルトと一緒にやるの最後なんだよ……!?そんなの……寂しいに決まってるじゃぁん……!」

 情けねぇ声を上げて泣きじゃくってやがる。

 おまけにその隣でファシットも釣られてやがった。


「だんだよおめぇら!!めぞめぞしやがっで、びっどもねぇなぁ!!わがれるがぐごぐらいづげどげや!!」

 ラヴァ、取り敢えずてめぇは鼻汁しまえ。


「ふふっ……何言ってんのか分かんないわよ、バカ……」

 かく言うバズも、目尻を指で拭ってやがった。


 さてと、残ってんのは……

「……何だよヒート。」

 泣きじゃくるアサルトも異様だが、こんなに無口なスティングも見たことねぇな。

「ゃ……やめろよ……!そりゃ……か……悲しいに……決まってんだろ……!?」

 黙って見てたら勝手に折れやがった。面白ぇな、こいつ。


「あーあー、揃いも揃って……。」

 視界に入る限り全員泣きっ面かよ。こりゃいよいよヒート様のありがてぇ言葉が形無しだな。


「情けねぇこった。なぁ、相棒――」

「ふーーーーーっ、ふーーーーーっ……!!」

 おぉい、てめぇもか!?

 鼻の穴かっ開いてんぞ!?

 ラマーズ法みてぇな呼吸しやがって!そんなになるならいっそ泣いちまえ!


「はっ……アギト、お前何て面してんだ……。」

 似たような面して寝っ転がってる野郎が言う。途端に全員の目線が注がれた。

「……ふふっ。本当だ、凄い顔。」

「へへっ……何見栄張ってんだよ。」

「あぁ待って待って、あと10秒我慢してくんない?その顔撮りたいからさ……」

「………お前らうるさい………!」

 いつの間にやら、全員笑顔だ。

 結果オーライっつーのかな。まぁ何だっていいが。




 そう言や、怒りがねぇ。

 あれだけ渦巻いてたさっきの感情がどこにもねぇ。

 どうしようもなく悔しかったはずなのに、今はもうどうでもよくなってる。

 ただただスッとしてるだけで、気色悪さは何もねぇ。

 心に風が吹いた感じってか?こんな比喩表現なんざオレのガラじゃねぇが。




 でも、ちょっと前のオレなら、きっと感じることすらなかった感覚だ。




「おいビード!!おめぇなにじでんだよ!!バランズどっでおめぇもなぎやがれ!!」

 理由は分かり切ってる。

 こいつらがいるから、この感じが得られたんだ。

 こうやって同じ様に泣いて、同じ様に笑って、互いに分かり合う。

 チームリーダーのくせに今更そんなことに気付いたのかって笑われそうだが、このオレにとっちゃ、世紀の大発見だった。




 ……悪かねぇ。




 こいつらがいるなら、何度だってやり直せる気がする。

「そうだぜ、何カッコつけてやがんだよ!」

 泣いたり笑ったり、本当忙しねぇ連中だ。

 そんな誇り高き仲間たちを眺めつつ、オレはこう言った。






 「バーカ、やなこった。」





















                  ◆


 午前5時。

 決行の時だ。

 支度は全て整えた。

 後はバレないように出ていくだけ。


 部屋の襖を静かに閉じて、なるべく摺り足で階段まで進む。

 幼児がやるみたいに、一段一段と慎重の限りを尽くして降りていく。

 キャスターの音が目立つスーツケースは、昨日の内に玄関先に移動させといた。


 多少重いけど、走る分には問題ないはず。

 ここから駅まで15分。ノンストップで走り続ければ10分は切れる。

 始発は20分後。ホームで待つ時間を避けるためにもある程度歩行スピードを調整しないといけない。


 だけど、それは万が一見つかったらの話。

 今日は休日。一番早いお母さんでも、起きて来るまでどんなに短く見積もっても1時間の猶予がある。


 その隙に、出来るだけ遠くまで離れる。

 終点まで行くのは当たり前。今日の内に別の県まで移動しておきたい。

 横浜辺りが打倒かな。身を潜めやすいだろうし、物には困らないだろうし。


 そんなことを考えながら、真っ暗な居間の横を通って玄関に向かう。

 予め紐を結んで置いた靴に足を捩じ込む。どんなに小さな時間であっても切り詰める。

 失敗は絶対に許されない。


 この日のために一年間、ボクはひたすら努力して来た。

 年齢を偽ってアルバイトをして、それなりの資金を貯めた。

 従順なフリをするために、寝る間を惜しんであいつの望む高校の受験を突破した。

 僅かな休みも、娯楽も何もかもかなぐり捨てて、自由のために戦った。


 ようやく、それが報われる日が来たんだ。


 引き戸の戸口に手をかける。これが最初の関門。

 喧しく鳴るこいつを、無音で、尚且つスピーディーに抜けなければならない。

 シミュレーションでは、ほぼ無音で人ひとり通れる程度の幅まで開けると証明された。

 後は、練習通りにやるだけ。

 大丈夫、時間はかけていい。音さえ立てなければ、全部上手くいく――






 「………志恩(しおん)?」






  そう思ってた時期が、ボクにもありました。


 「どこか、行くの……?まだ、朝早いわよ……?」

 今会いたくない人ワースト2がボクの真後ろにいた。

 手には居間のテーブルに置いといた絶縁状が握られてる。

 プランB・作戦ZS(全力疾走)に切り替えないといけなくなった。


「……大体分かるでしょ、お母さん。」

 止めたいだろうなぁ……娘の家出なんて。

 当事者が言うのも馬鹿馬鹿しいけど、ボクとあいつの親子喧嘩に巻き込まれたお母さんが本当に可哀想でならない。

 案の定、お母さんはボクを引き留めようと声を掛けて来た。


「……ねぇ、もう一度冷静になって話し合いましょうよ。昨日はお父さんもカッとなっちゃったけど、今だったら分かってくれるかもしれないし……。私からお父さんに口を挟まない様に言っておくから、ね?ちゃんと志恩の想いを伝えれば、きっと分かってくれるはずよ。だから、志恩も早まらないで……!」

 優しい口調やめて。結構刺さるから。

 手が震えてるし、今にも泣き出しそうじゃん。

 後腐れなく消えるつもりだったのに、罪悪感を掻き立てないでくれよ……。


「……話した所で、真面に聞いちゃくれないよ。」

 お母さんには本当に悪いことをするけど、ボクの決断は変わらない。

 出来ることならあいつ一人を置き去りにして一緒に逃げ出したいけど、家族みんなでの幸せを望むお母さんだから、それは無理な話だ。

 それに、これは単なるボク一人の我が儘。誰かを巻き込むなんてしたくない。


「でも……!!」

 でもも何もないんだ。どうせあいつには届きはしない。


「何をやってる。」

 このクソ野郎には、何言ったところで無駄なんだから。


「あなた……」

 お母さんの手にある絶縁状を引っ手繰る。中身も読まずに破き始めた。

「これは一体何の真似だ。」

 目の前で紙片がはらはらと落ちていく。

 ほらね?結局聞く耳持たずでしょ?

「見て分からないかな。もうボケ始まってる?」

「質問に答えろ。何の真似だと聞いている。」

 仕方ないから宣言する。バレずに家を出られた場合でも、こいつとは一生懸けて戦うつもりだからね。


「出ていくんだよ。お前とは縁を切って、赤の他人として一人で生きていくんだ。それ以外に何があるって言うの?」

「お前の遊びに付き合っている暇はない。中に戻れ。」

「戻れって、まだ出てもないけど?状況認識能力ぶっ壊れてんじゃない?頭大丈夫?」

「親に向かって何だその言い草は。何様のつもりだ。」

「他人のつもりだけど?お前が何言ったところで出ていくことに変わりないから。」

 勢いよく引き戸を開け放つ。これ以上ここにいたくない。

 もううんざりなんだ。


「……どこに行くつもりだ。」

「教えるかよ間抜け。何まだボクが帰ってくる気でいると思ってるの?」

 おーおー、怖い怖い。拳握ってわなわなと震わせちゃって。

 いいよ?別にぶん殴っても。そうすればDVクソ野郎ってことでお前を訴えられるからね。次会う時は法廷かな?


「……いつ帰ってくるつもりだ。」

「ははっ、本当におめでたい奴だなお前。一生帰って来る訳ないだろ。ボクは他人なんだよ。た・に・ん。ドゥユーアンダスタン?こんな家知らないんだよ。帰ってくる義理なんかある訳ない。」

 どうしてもここにいて欲しいんだねぇ~。今にも飛び掛かって来そうじゃん。

 ま、仮にそうしたとしても何度だって逃げ出すけどね。ボクを閉じ込めようとするなら、先述に同じくってとこかな。


 もういいや、さっさと行こう。時間の無駄だし。


「一人だけでどう生きるつもりだ。食う物も寝る場所も、働き口すらないお前がたった一人で生きていける保証がどこにある。」

 戸口から半歩足を出した所でそんなことを言って来た。

 馬鹿だなぁ本当に。何にも気付いてなかったんだ。






 ボクが今まで、どれだけ耐えて来たと思ってる……!





「そう言えば引き留められると思ってる?現にボクの貯金は40万以上。お前には塾行ってるってデマ吹き込んでコツコツ貯めてたんだよ。それにお前が行くように指示した高校がありがたいことにバイトOKでね。日雇いでも何でも点々としながら稼いで行こうと思ってる。いずれは就職もするからさ。ってか、そんなに他人の事情に首突っ込んで来んなよ。」

 いけないいけない、つい話し過ぎちゃった。

 もうこいつとは金輪際口をきかないんだ。他人に感情的になるなんて馬鹿馬鹿しい。


「それだけで生きていけると本気で思っているのか。野垂れ死にするのが関の山だ。」

「構わないよ。こんな所で死ぬよりマシだ。」

 気付いた時には、ボクは振り返ってあいつを睨み付けていた。

 視界の左端では、口元に手を当てて涙を流すお母さんの姿もある。

 でも、その姿を見てももうボクは何とも思わない。


「これ以上、お前の言いなりになんかなるもんか。ボクの生き方はボクが決める。ボク一人の力だけで生き抜いてやる。お前が言い張る下らない伝統なんて知ったことか。そんなものに縛られて死ぬぐらいなら、路頭を彷徨って望む姿を叶えてからくたばってやる。」

 もうこれ以上、あいつと言葉を交わしたくない。


 視界の右端に映った江戸切子のグラスを手に取る。

「……これ一個作るの、結構苦労するんだよね?」

 その時点で、あいつはボクが何をしようと思ったのか気付いたみたいだ。目を見開いたと思ったら、もの凄い形相でボクに飛び掛かって来る。


「待て、志恩!!!!!」

「志恩やめて!!!!!」

 二人の絶叫が響いた時には、ボクはその腕を振りかぶっていた。






「これがボクの答えだ!!!!!」






 あいつの体に当たったグラスが派手な音を立てて割れた。

 その体が倒れ込むより速く、ボクはスーツケースを手に取って玄関から飛び出して行く。

 すぐさまあいつは追いかけて来たらしいけど、到底追いつけやしない。

 角という角を曲がりまくって、ボクはその追跡を振り払う。

 最後にあいつは何やら喚き散らしてた。

 風を切るボクの耳には何も入って来ない。元より聞く気もなかったけど。


 体力の限りに、ボクは走り続けた。

 最初の目的地である、駅を目指して。

 きっとあいつも、すぐ追ってくることだろう。

 ボクを連れ戻すために、あらゆる手段を取るに違いない。




 だけど、どうだろうと構わない。






 ボクはようやく、自由な生き方への第一歩を踏み出したのだから――。






                       To Be Continue……

『B-RAISE』1st GAMEをお読みいただき、本当にありがとうございます!!

初めて作品を投稿させて頂きました。

学生時代はド文化部の人間が書いた、語彙力、文章力、表現力皆無のスポーツものです。

我ながら本当舐めた真似してますね(笑)

趣味で始めた執筆活動ですが、ただの自己満足で終わらせたくない一心で今回の作品投稿に踏み切りました!

ご意見やご感想を頂ければ、より励みになります!

更新は不定期になってしまいますが、少しでもこの作品に興味を持っていただければ幸いです!

今後とも、よろしくお願いします!!

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