殺し屋の悲願
別サイトでは書いたことはありますがなろうだと初投稿です♪それでも良かったら読んでください♪
地面に伏し、血溜まりに横たわる男性、彼は物言わぬ骸と成り果てた。その前に立つ俺、そう、俺が彼を殺した。
別に彼に怨みがあったわけではない。ただ彼を殺すのが今日の俺の仕事だった…ただ、それだけのことだ。
一仕事終えた俺はいつも通りマンションの一室に向かう
「ただいま」
彼女に会うために。
「おかえりなさい!あれ?今日はいつもより早いわね?」
そう、彼女…俺の最愛の人である、歩美に会うために…
「衛、ご飯作るから少し待っててね♪」
衛…俺の偽名の一つだ。本名は…知らない。俺の職業は殺し屋。ロッカーの中に放置されていた赤子の俺を、俺の所属している組織が発見、保護して以来、俺は殺し屋になるための技術と知識をずっと叩き込まれて育ってきた。
当然のことながら歩美はそのことは伝えていない。彼女にはプログラマーをしていると伝えている。
「衛、今日のお仕事はどうだったの?すごく機嫌がいいみたいだけど」
今日はね!沢山の人から金を騙し取ってブクブク肥えた豚野郎を殺してやったよ!いやぁ、今回の標的はテンプレのお手本みたいな悪人だったから、気分が晴れやかで飯うまうまですわ!…なんてことは伝えるわけにもいかないので、任された仕事がうまく行ったんだと言った。うん…嘘は言っていない。
それを聞いた歩美は花のような笑顔を浮かべ、自分のことのように喜んでくれる。
俺は彼女のその表情がとても好きだった。
とても、幸せだ。だが偽りの元で成り立つ幸せだ。少なくとも今は。
「い、いつか…報いを受け…る…時…が…くる…ぞ」
ナイフで心臓を一突きした俺の服を掴み、男はそう言った。息も絶え絶えで間も無く死ぬだろう。だが俺を睨む眼光はそれを感じさせないものであった。
「お、お父さん…?」
若い女の声、それを聞いた俺は…
「ハッ!」
そこで俺は目を覚ました。また、あの時の夢だ。
殺し屋として活動し始めて、まだルーキーだった頃の夢。
俺が初めて失敗した時の話だ。標的は記者だった。所謂知りすぎたと言うやつだ。別に俺の仕事は悪人だけを殺すわけではない。依頼があれば善悪や老若男女は問わない。
金さえ払えば誰でも殺すのがうちの組織の方針だった。
だから殺した、あの記者も。そこまではよかった。
問題は恐らくその記者の娘と思われる人物に俺を見られたこと。顔は見られてないと思う。
本来であれば殺害現場を見たその娘も殺すはずだった。今の俺なら間違いなくそうする。
だが、当時の俺は焦って服を掴んだその男を突き飛ばし、あろうことかその場から逃げてしまった。
殺し屋人生最初にして最大の汚点だ。
よほど気がかりなのか今でもよく見る夢だ。
あまり良い気分ではないな、自分の失策を毎度見るのは。
しかし…報い…か。ハハッ!笑える。この稼業にいるとよーくわかるよ。報いなんてのはこの世に存在しない。
依頼者は全員金持ちの政治家や、裏組織、財閥のボンボンって例もあったっけかなぁ。
例外なく欲望剥き出しで、自分の利益のために邪魔者を排除する目的で来てたよ。そこに正義なんてものはない。
たまたま、殺しの対象が悪党だったりするだけさ。
そうさ…もし報いなんてものがあるなら俺の親も誰かに殺されてることだろうさ。
「いってきます」
俺は歩美にそう言う。仕事に行く束の間の別れ、ただ今回は少し事情が違うけど。
「衛、いってらっしゃい!一週間の出張がんばってね!」
そう、今回は長期なんだ。だけどこれが終わればしばらくは一緒にいられる。
「よせ!や、やめろ!誰がお、お前をここま…」
パーンと言う破裂音、眉間に風穴を空ける男性。彼は最期の言葉を発する途中で事切れた。
「さよならボス」
主犯は俺、そう俺は組織を裏切った。組織の人間は全員殺した。もちろん俺の死体も偽装済み。
裏切った理由?とても簡単さ。ただ歩美と過ごす偽りの幸せを本物にしたいから、そのためには組織や殺し屋の肩書は邪魔でしかない。だからやった。正直殺し屋稼業自体は嫌いではなかったよ。むしろスリルがあって楽しかったと言っていい。
けどそれよりも大切なものができた。ただそれだけのことさ。
「衛、本当に良かったの?」
歩美は心配そうに俺にそう聞いた。全く、心配なんて要らないのに。
「大丈夫だよ、心配いらない」
今、俺たちは引っ越しの準備を行っている。彼女には仕事を辞めて新しく家を買ったと伝えた。組織を抜けてから一年が経過していた。
金には困っていない、むしろ一生遊んで暮らせるくらいの金額はある。組織からも失敬したからね。
死人に口なし、金も別にいらんだろ、死んでるんだから。
一番苦労したことは彼女にどうやって説明するかだった。
流石に殺し屋辞めるついでに、組織の奴全員殺してついでに金パクったぜイェーイ!フゥー!!なんて伝えるわけにはいかないので偽装に偽装を重ねまくって納得できる理由を作った。
俺が歩美につく最後の嘘だ。
これからは衛として生きていこう。
「コーヒー作ったわよ。飲む?」
彼女と…あゆみと一緒に…
「ああ、いただくよ」
本当の人生を、幸せな人生を…
チクッと痛む首筋
「え」
俺はカップを落とし倒れた。体が痙攣する。意識が朦朧としてくる。
「フフ、驚いた?」
俺は声の聞こえるほうに目を向けた、歩美…?
「なんで、どうしてってところかしらね?教えてあげるわ。私…ずっとこの時を待ってたのよ?父の復讐のために」
父の復讐…?浮かぶある日の光景、まさか…
「気付いた?あなたが殺した父の娘よ、嗚呼、やっと終わる、フフ、アハハハハハハ!」
「なん…どう…し」
言葉にならない声、でも言わずにはいられない。なんで、どうして?どうして歩美は…そんなにも辛そうに泣きながら笑ってるの?俺を怨んでたんだろ?復讐を果たしたんだろ?
なのに…なんで?
別に死ぬことが怖いとは思わない。いつ殺されてもおかしくないようなことをやっていたのだから。でも…!?
俺が見たいのはそんな笑顔じゃない…花のように美しい君の…なのに、なんで…どうして…
俺はただ幸せになりたかっただけなのに…
彼女と歩美と一緒に…
ただ、普通に笑って泣いて、時に喧嘩をして、結婚して、子供ができて、成長を喜んで、そんな、誰もが願うような普通の生活が欲しかった…だけなのに…
なのに、なんでこんな目に…俺が、俺が見たかったのはこんな光景なんかじゃない!!
こんな、辛そうな表情を見るために俺は…
ああ、そっか、これが、これこそが報い…か…
私は、事切れた彼の開いたままの眼を手で下ろした。
衛、馬鹿な人、最後の最後まで私が彼の娘だなんて気づかなかっただなんて。
その名前、偽名でしょ?私も偽名なのよ。名前でバレる可能性もあったからね。
私たちの関係は偽りだった。偽りの生活、偽りの愛、偽りの幸せ、偽りの人生。すべては偽物だった。
でも…これで全部、終わり。
あとは私も逃げないとね…元の幸せを取り戻さなくっちゃ。
私は最後に衛を見た。私の父の仇、憎むべき男。
「衛、さよなら」
ほんとに、本当に終わり。
「本当に、偽りだけの愛のはずだったのに…!」
彼は、衛は憎むべき相手だった。でも…でも私は本当にこの人を愛してしまった…!
なんで、どうして…まとまらない思考、止まることなく膨れ上がる悲しみ、私はただただ泣き崩れた。
…この話は殺し屋の悲願を描いた話だ。
男は束の間の幸せを掴んだ。女は仇を討ち復讐を果たした。それは彼や彼女が望んで止まないものだった。
そしてこれは悲劇の物語だ。
男は報いの意味を本当の意味で知り、絶望の中生き絶えた。
女は愛する人を自ら殺め、絶望の闇に再び飲まれた。
彼や彼女が、衛と歩美が最も幸福な時間は偽りの中にしかなかったのかもしれない…
最後まで読んでいただきありがとうございました♪