じけんのきじ(三十と一夜の短篇第66回)
※ 毎朝新聞朝刊 昭和5X年8月26日の記事
S区で女性の遺体発見
東京都S区のアパートで女性の遺体が発見された。発見者は同じアパートの住人。居住者のいない部屋の扉が開いていたので、不審に思い声掛けして中を覗き、遺体を発見、警察に通報した。
警察は残された所持品から女性はS区在住の佐藤直子さん(24)と身元を断定し、事件として捜査を開始した。
※ 毎朝新聞朝刊 昭和5X年8月28日の記事
佐藤直子さんの死因判明
今月26日に遺体で発見された佐藤直子さん(24)の死因は、解剖の結果紐のようなもので首を絞められての窒息死と判明。直子さんの所持品のバッグなどがそのまま残され、着衣の乱れのないことから強盗や暴行目的での犯行ではないとみられ、殺人事件として捜査は依然続いている。
◎ 週刊文宝 昭和5X年9月10日号
S区アパート空室での謎の凶行!
美人OLはなぜ襲われたのか、その真相は?
去る昭和5X年8月26日、東京都S区のアパートで女性の遺体が発見された。発見者はそのアパートの同じ階に住むTさん(仮名)だ。Tさんはいつもより早めに大学に行こうと部屋を出て、廊下を進むと空室のはずの部屋の扉が開いている。以前この部屋に小学生が集まって遊んでいたことがあり、大家に連絡しなければならないだろうかと扉を叩いて、大きな声で「誰かいるんですか?」と声を掛けた。返事がないので半開きの扉を開けて中を覗くと、女性が一人、部屋に倒れていた。
「気分が悪いんですか? どうしたんですか?」と問いかけてみても返事がなく、どうも様子がおかしいと、Tさんは警察と救急に通報し、すぐ近くの大家宅に駆け込んだ。
通報を受けて駆け付けた救急は部屋の女性は既に亡くなっており、首に絞められたような跡があることから警察は事件と判断、捜査を開始した。
女性の持ち物と思われるバッグが遺体の側に残されており、その中にあった社員証などから、家族、会社に連絡、遺体は佐藤直子さん(24)と身元が特定された。佐藤直子さんは昨晩会社を退社してから自宅に戻らず、両親は警察に相談しようかと考えていた矢先の報せであった。
佐藤直子さんの父は、「夜遊びなどしない真面目な娘だったのに、もっと早く見つけていれば」と涙を堪えた。
佐藤直子さんの勤め先の上司、同僚も、「優しくて恨みを買うような人ではなかったのに」と驚きを隠せないようだ。
◎ 週刊微熱 昭和5X年9月16日号
大企業に勤める優秀なOLは何故狙われたのか?
昭和5X年8月26日に発覚したS区での殺人事件の犠牲者佐藤直子さん(24)は、日本で誰でも知っているH社に勤めていた。佐藤直子さんには両親と兄二人の五人家族で育ち、大学卒業後H社に入社し、勤務を続けていた。会社の上司、同僚は直子さんの勤務態度はいたって真面目で、内勤なので外部とのトラブルはなく、社内でも評判がよい。
「先輩とぶつかることもないし、上司から気が利くと重宝がられていました」と同僚は話す。「浮いた噂も聞きませんでした」「24歳になると、結婚して退社していく同期や後輩も出てくるんですが、カノジョに焦る様子はなかったです。でも誰かと交際しているなんて話は少しもなかったと思います」
社内で直子さんの恋愛話は一切なかったという。近所でも礼儀正しい女性と評判がいい。素行の面でなんらマイナス要素は聞かない。ご近所の奥様方も口を揃えて証言する。
「年頃だし、いいお話があるのかとお母さんに訊いてみましたが、そんな相手はいないと笑って返されました。直子さんならよい男性を紹介できるという方は一人二人ではありませんでしたよ。小姑が実家にいたらお兄さんたちが結婚した時にお嫁さんたちが遠慮するでしょうからって冗談交じりに言っていましたが、お母さんは大分気にしていた様子でしたねえ。花嫁姿を楽しみにしていたでしょうに」
「お兄さん二人が就職と共に実家を離れられましたけれど、直子さんはずっとご両親と暮らしています。町内での行事にもお母さまと参加されて、親子の仲が良くて、羨ましいと思っておりました。それがこんなことになるなんて……」
誰しもが褒める女性で、仕事もできるOLは何故狙われたのだろう? 警察は目下捜査中だ。
◎ 週刊文宝 昭和5X年9月24日号
S区OL殺人事件 犠牲者佐藤直子さんの素顔とは⁉
先月26日にS区のアパートで起きた殺人事件の犯人はいまだ捕まっていない。犠牲となった佐藤直子さん(24)は職場では真面目な勤務態度を評価されていおり、飲み会やレクリエーションで破目を外したことのない物静かな女性と見られていた。オカタイと一部煙たがられもしていたらしいが、おしとやかだと、おおむね皆から気に入られていた。
「遅刻や無断欠勤なんてなかったし、早く出てきてお湯を沸かして机を拭いて、率先してやってくれてました。仕事は丁寧すぎるくらいでしたね。手早くはないけど、ミスがない。仕事中に男性が変な冗談で盛り上がったりするとものすごい嫌な顔をする、そういうお嬢さんっぽい所がありました」「花見や暑気払いなど、幹事を手伝ってくれて、飲み過ぎないし、ニコニコしていていい子でしたよ。カラオケも勧められれば歌うって感じで照れ屋だったかな。調子に乗ってデュエットしようと言い出すのがいると、隅っこに隠れちゃうような内気でした」「庶務の担当で、職員たち職務をきちんと把握していました。物品、備品の管理なんかそれに合わせて納入の決済を上げたり、とにかく急な不足が出て慌てることなんてないようにしてくれていました。佐藤さんがいなくなってからちょっと滞って、営業から苦情が出て、ああ、彼の女は気配りしてたんだなあって実感してます」
一方私生活ではどうだったのだろう? 佐藤直子さんの中学時代の同級生Nさんは語る。
「直子さんは上にお兄さんが二人いて、末っ子だったからお母さんに可愛がられていた印象があります。わたしたちが学校から帰る時、お喋りしたり、あちこちゆっくりと歩きながらで遅くなりがちだったんですけど、それですっかり暗くなっちゃって。彼の女の家の前に差し掛かると、お母さんが立って待っていて、彼の女の顔を見るなり遅かったじゃないと寄ってきて、見ていて驚きました。ウチの親なんて、晩ご飯までに席に着いていれば何も言わないのに、ずいぶん心配性なんだなあって。小学生の頃にそろばんやお習字を習っていたとか、英会話やバレエをやっていたとか聞いて、羨ましいと感じましたけど、今思えばお母さんがそういった習い事に熱心だったんじゃないかと思います。わたしは雑に育って、高校も直子さんみたいないい所に進んでないですから」
また大学時代の友人Yさんにも話を聞けた。「佐藤(直子)さんは東大への進学率の高いH高から入ったと記憶しています。本当は別の大学にも進める成績だったけれど、親が反対して、やっとここで妥協したとか言っていました。本当かどうか知りません。小中高、お兄さんより勉強ができて、お兄さんが不合格だったH高にも入学できたのに、大学進学を反対された。大学に入るなら栄養士や教員の資格が取れる所にしなさい、そうでなければ認めないと。女子ならよく言われるじゃないですか? 彼の女も言われた訳です。大学に行ったら婚期が遅れるんじゃないかとか、親も大学に行っていないのにとか。親の期待にも応える、自分の興味のある学問も学ぶ、とにかく直子さんは熱心に取り組んでいました。アルバイトする暇なんてないし、長期の休みにもとにかく勉強と、大学生は遊んでばかりいるなんて偏見のある世の中の人に見せてやりたかったですよ」
直子さんの父Tさん(56)はI商事で管理職、温厚で部下の面倒見もよく、取引先とも信頼されている。特にトラブルもない。母のRさん(52)はTさんとお見合いで結婚後、専業主婦、ご近所や親戚との関係も良好で、裁縫が得意な優しい女性だ。二人とも自慢の娘の死に耐えられない様子だ。一方きょうだいはまた違った意見があるようだ。高校卒業後就職して以来実家に寄り付かなくなった二男には取材できなかったが、上の兄のDさん(28)と話ができた。
「母は直子を可愛がっていました。やっと出来た女の子と大喜びで、ピアノをさせたい、バレエを習わせたいと、自分がしたくても叶えられなかったことを、直子を通じて実現させたいと頑張っていましたよ。父も末娘には甘くてね、こちらは野郎で悪うございましたって扱いです。こちらも親に褒めてもらいたい気持ちはあったし、自分の為でもありますからそろばんだって、学校の勉強だって頑張ってました。それでも自分はこれくらいできて当然だ程度で、直子は天才かも知れないと母が小躍りするような褒めようで、いい気はしなかった。弟はそれが嫌だったんじゃないですかね。独り立ちしたから実家に寄り付きもしない。
滅多に兄妹喧嘩しなかった。どうせこちらがお兄ちゃんでしょうとたしなめられるに決まっているのだから、莫迦らしくて、腹を立てるだけ損だと思ってました。直子が高校生で、自分が大学生の時ですか、あの時は本気になって直子と口論したかな。直子が両親、主に母親から大学進学を反対された、志望先の変更しろと言われたと突っかかってきたんですよ。お兄さんが大学進学するときにはどこにするのか反対されなかった。むしろ志望大学を含め、第二志望や滑り止めやら幾つも試験を受けさせたし、もし不合格になったら予備校に通ってでもなんて話をしていたのに、自分の番になったら、短大にしろだの、浪人は許さない、女がそんな大学に行ってどうするとか言われる、不公平だと言うんです。こちらも脛かじりの身分は同じだったから、はじめは優しく言ってやりましたよ。いずれ直子だって結婚したら仕事を辞めるかも知れないじゃないか、頭でっかちになるなよと。そうしたらお兄さんまで古臭いこと言ってと言い返してきて、こちらもカッとなって大騒ぎしてしまいました。末っ子の要領の良さだけで立ち回ってきたんじゃないと判っていますが。とにかく今はこれ以上のことは」と妹の死に肩を落とした。
おしとやかなOLには努力家の顔があり、これからの可能性もあった。事件の早期解決を望む。
※ 毎朝新聞朝刊 昭和5X年9月26日の記事
容疑者逮捕 中学時代の同級生
今年年8月26日にS区アパートで起きた殺人事件での被害者の死体遺棄容疑で容疑者を昨日逮捕した。容疑者は被害者佐藤直子さん(24)の中学時代の同級生で高橋誠(24)。警察は余罪を追及する見込み。
警察は佐藤直子さんの死体遺棄容疑で高橋容疑者を逮捕したと発表。高橋容疑者は佐藤直子さんと中学校の同級で、卒業後もしばしば連絡を取り合っていた。そこで何らかのトラブルを抱え、今回の事件になったとみている。(後略)
◎ 週刊ウェンズデー 昭和5X年10月3日号
S区OL殺人事件 高橋容疑者の所業
今年8月にS区で起こったOL殺人事件、先月25日に容疑者が逮捕された。容疑者は高橋誠(24)、被害者佐藤直子さん(24)の中学校の同級生と発表された。H高校を卒業後N女子大に進学した直子さんと違い、高橋容疑者は中学卒業後に就職と、進路が全く違い、その後二人に接点はないと思われた。しかし、余人にはうかがい知れない事情があるのかも知れない。
中学時代の高橋容疑者の同級生W氏(24)は語る。
「佐藤直子さんは何というのか、クラスでは大人しくて目立たない感じでしたが、成績が良かったからか教師からの受けが良かったのを覚えています。中学生の男子なんて、大人に反抗するのが恰好いいと信じているようなものだから、そんな子にはイジメってほどじゃないが、からかいのタネでしたね。大声上げてやり返してくるような女子じゃなかったし。弱虫に構って内申に響いたら損だろうと、言って白けさせたのが高橋でした。ヒーローぶってと言うのもいましたが、それで動じる奴じゃなかった。高橋は小さい頃から喧嘩っ早くて、怒らせると怖い奴だと皆知っていたから、こちらも強く出られない。そのうち高橋は煙草を吸っていただの、他校の生徒をのしただの噂が出て、触らぬなんとかでした。
箱入り娘そのものの佐藤だって高橋が不良だとかの噂は聞いていたと思う。小学校が一緒だったからと、欠席の多い高橋へ学校からのプリントをまとめてやったり、連絡してやったり、最初は親切にしてやってたが、一学期が終わる頃にはそれを止めてた。やっぱりいい子には荷が重いだろう? 高橋はいい子の佐藤が気になっていたんじゃないかなあ。卒業後、同窓会が二回ばかりあったんだが、その度に佐藤直子は来ないのかと気にしていた」
W氏の話だと、高橋容疑者が同級生の直子さんに好意を持ち、その後も忘れずにいたような印象を与える。しかしまた別の証言がある。直子さんの高校時代の同級生Mさん(24)は直子さんに付き合っている男性がいて、それが高橋容疑者ではないかと語っている。
「共学の高校でしたから交際している男女はいましたけど、気恥ずかしく感じる人たちの方が多かったと思います。休み時間や放課後は男女別々に分かれていました。直子さんは積極的ではなかったです。校内で親しくしていても通学路は違いますから、滅多に一緒になることはないのですが、試験で早い時間に学校を出てお喋りが楽しくて直子さんの家の近くまで一緒についていったことがあったんです。家の近くの公園のベンチにでも掛けようかと。そしたら、作業服を着た男性が直子さんを待っていったように近付いてきたんですよ。こっちは不審者かとびっくりしました。でも直子さんは驚いたふうもなし、紹介してくれました。彼の女には申し訳ないですが、怖い印象しかなかったので、名前も覚えていません。中学まで同じ学校だったとか説明されましたが、こちらはなんでこんな不良っぽい人と平気で話ができるんだとビクビクしていました。後で正直にああいった人とは付き合わない方がいいと伝えました。彼の女は同意してくれました。きっと男の方で離れようとしなかったんだと思います。名前を忘れなければ良かった。でもきっと逮捕された男性に間違いありません」
大人しい直子さんが強く言えないのをいいことに高橋容疑者がつきまとっていたような印象だ。これが真実なら高橋容疑者の罪状は死体遺棄だけでは済まないだろう。
※ 毎朝新聞朝刊 昭和5X年10月4日の記事
中学時代の同級生 殺人容疑で逮捕
今年年8月26日にS区アパートで起きた殺人事件での被害者の死体遺棄容疑で9月25日に逮捕された容疑者を殺人容疑で再逮捕した。佐藤直子さん(24)の死体遺棄容疑で逮捕・拘留していた高橋誠(24)を殺人容疑で再逮捕したことを警察は昨日明らかにした。
警察は高橋容疑者自宅から佐藤直子さんの所持品が発見され、また佐藤直子さんが殺害されたとみられる日時の行動が不明として殺人容疑で逮捕状を裁判所に請求、認められた。
◎ 週刊微熱 昭和5X年11月18日号
あなたも気を付けて 大人しいと狙われやすい
今年8月にS区で起きたOL殺人事件、犯人は無事逮捕された。被害者の佐藤直子さん(24)は犯人である男性から長年つきまとわれていたらしい。犯人は小中学校の同窓であったが、犯人は子どもの頃から素行が悪く、不良と言われていた。好きな女の子をイジメる男子がどこにでもいるように、直子さんは学校で犯人から目を付けられ、何かと関りを持とうとちょっかいをかけられていた。大人しい直子さんはきっぱりと拒絶の態度を示せなかったようだ。中学を卒業後も犯人からの接触は続いた。
いくら好意を見せてくれても、その気のない相手には冷たいと思われてもきっぱりと断ることが大切だ。男性は力で押せば女はなびくと思い込む生き物、気を持たせたと誤解させたままだと直子さんのような目に遭う。
※ 毎朝新聞朝刊 昭和6X年5月4日の記事
S区OL殺人事件裁判 証拠の信用なく
昭和5X年8月に起きた「S区OL殺人事件」、S区アパートで佐藤直子さん(当時24)が殺害された事件の裁判で、昨日東京地方裁判所で判決が下された。証拠不十分で被疑者高橋誠に無罪が言い渡された。検察は控訴を検討中。(中略)
弁護側は物証として挙げられた被害者の私物は警察側が捏造した可能性が高く、自白の強要があったと主張しており、それが裁判所に認められたとコメントしている。
※ 毎朝新聞朝刊 平成1X年10月7日 書評欄
『S区OL殺人事件 真相を追う』 大豆生田尋一著 文藝宝玉舎刊
本書は昭和50年代、世間を大いに騒がせた所謂「S区OL殺人事件」の顛末と真相を丹念に追ったものだ。事件の発覚から犯人逮捕まで、新聞各紙・雑誌、テレビのワイドショーが連日ニュースを流し、被害者の私生活が晒され被害者の自宅周辺の住宅街はマスコミと野次馬で荒らされた。犯人が逮捕されると、今度は被害者と犯人とどのような接点があったのか、憶測を含めて報じられた。
著者は被害者の生い立ちから書き綴っているが、当時の報道と同じと捉えてはいけない。過保護な母親と企業戦士で家庭には無関心な父、二人の兄と、有りがちな家庭環境の中から事件の種子となったものがないかと、丹念な聞き取りを行っている。被害女性は教育熱心な母親の期待の許で成長していくが、自我の芽生えと共に次第に母親との軋轢が生じ、進学や就職、その後結婚を強く勧められ揉め、荒れたと、親戚や近所、周辺から詰めていくように証言を得ている。また、溺愛される妹に複雑な感情を抱く長兄、次兄、それぞれの人生をも追い、読む者に被害者やその家族の精神状況を追体験させるような迫力を生んでいる。
周知の通り、犯人と逮捕された男性は高裁まで争われたが証拠不十分で無罪となり、現在では市井での暮らしに戻っている。今は静かに暮らす男性に著者は丁寧に対し、やがて著者に心を開いていく。被疑者となった男性の弁護士は警察の不当捜査と第三者の暴走した正義感が冤罪を招いたと主張し、著者はそれに同調している。心品行方正な女性にしつこくつきまとい続けた不良青年と偏見を持たれ、警察には当初から犯人と決めつけられたような任意の尋問を受け、その後逮捕、自白を強要された経過には憤りを感じる向きもあるだろう。被害女性が母親自慢の優等生の面ばかりではなかったのと同様に、被疑者となった男性もまた粗暴なだけではない、悩みや弱さを抱えた人間である。
高裁で証拠不十分で無罪となった後は最高裁まで争わず、ほかに有力な手掛かりがないままに時効が成立した。被疑者となった男性の犯行でなければ真犯人は一体誰か? 著者は取材に基づき大胆な考察を述べている。被害女性を溺愛した母親の感情の歪みや長兄の母親や妹に対する悪感情、そして多くを語らぬまま事件の半年後に自殺した次兄が抱いていたであろう家庭への憎悪など、わずかな証言から推察していく。事件の直前次兄は借金を両親と長兄に断られ、そして妹にも頼んだと長兄が記憶している。被害女性は親族で貸し借りは嫌だからと貸すのではなく、少額を与えた。常に妹への劣等感にさいなまれ、両親からも期待されていない次兄は有難いよりも、施しのつもりかと屈辱を感じたのではないか。
著者の仮説に過ぎないが、血はいつでも親愛を容易に憎しみに転換させる。現代の病巣は憩うべき家庭にも宿っている。
評者 岩崎都麻絵
※ 毎朝新聞朝刊 平成31年2月20日の記事
大豆生田尋一 《おおまめうだじんいち》さん(70) ルポライター
大豆生田尋一さんは昨夜新宿駅近くのビルの階段から転落して、全身を強く打って死亡。大豆生田さんは酒に酔っており、事故とみられるが、目撃者がいない為、事件の可能性もあるとみて、警察は捜査している。
『S区OL殺人事件 真相を追う』、『昭和の未解決事件』『つばめ事件の闇』などの著作がある。