深夜の密談、バーンヴェル帝国の滅亡
楽しいリトルプラム楽団の歓迎会も終わり、リトルプラム楽団のメンバーは宿屋の部屋で眠りにつく中、カケルは一人眠りにつけなかった。少し夜風に当たるかと思い、静かに宿屋の部屋から出て宿屋の外をぶらぶらしようとしていた。真夜中の村は静まり返っていた。カケルはこの静けさを不気味に感じた。まるで何者かが秘密裏に陰謀の糸を張り巡らされているような感覚を覚えていた。
「たぶん、気のせいだよな」
妙な胸騒ぎを無理やり否定しながら歩き、噴水広場にたどり着いた。
「こんな小さな村にも立派な噴水があるとは思わなかったな」
噴水を眺めてカケルは感慨にふける。恐らく魔術か何かで動かしているのだろう。噴水広場近くのベンチに座り一息つく。
「やれやれ、どうして異世界に飛ばされてしまったんだろう……俺には理由がさっぱりわからん」
訳の分からないまま異世界に放り出されてしまったのだ。こんな経験生まれて初めてだった。何とか当面の仕事にありつけたもののいつまで続くかわからないし、仲間がこの異世界にいる保証もないのだ。先行きは依然として不透明なままであった。
「異世界で生活していけば何かわかるのか……そもそもわかるようなものなのか」
考えたところで堂々巡りの無限ループに突入する。
「異世界に来たばかりでこんな考えばかりになっていけないな」
何度目の無限ループ思考を振り払おうとしたときに金髪の影が揺らめいた。レミィだ。
「カケル? 深夜にこんなとこで一体何してるの?」
レミィはきさくにカケルに話しかけてきた。
「なんだレミィか……いや、眠れなくて深夜の外気にあたろうかと思ってな」
その言葉を聞くとレミィはケラケラ笑い出した。
「ひょっとしてなぜあんなに危険なアシュタロス草原に放置されたんだろうと思っていたの? そんなこと気にしてもしょうがないよ……だって世界はいつだって理不尽なものだからね」
レミィは笑顔でカケルに問いかけた。
「世界は理不尽? レミィってそんなことを言うんだ」
思わずカケルはレミィの顔を見つめていた。
「むかしむかし、昔と言っても数百年前のことだけどね……バーンヴェル帝国という強大な武力を持って大陸を統一寸前までいった帝国があったの」
カケルはこの世界の事情が分かるかもと思い少し真面目に聞くことにした。
「ある時、バーンヴェル帝国の第三皇太子とガリバルディ王国のお姫様が結婚することになったの……もちろんその結婚は政略結婚だったの」
「ほうほうそれで」
カケルは相槌を打ち、続きを語ることを促した。
「そして結婚式の日に悲劇が起きたの……狂った魔導師ヴラドベインが突如として結婚式場に現れその場にいたバーンウェル帝国の皇族とガリバルディ王国の王族、そして貴族を魔術で皆殺しにしたわ」
その言葉を聞いてカケルは戦慄した。
――狂った魔導師が結婚式場に乱入して大量虐殺を行っただなんて、そんな恐ろしい事をするなんて……ヴラドベイン、なんて奴だ!
「それでバーンヴェル帝国はどうなったんだ?」
カケルは激情を抑えながら続きをレミィに聞いた。
「帝国のトップがみんないなくなったからバーンヴェル帝国はあっという間に崩壊してしまったわ……世界はたちまち大混乱に陥ってしまったわ」
カケルは開いた口がふさがらなかった。一度は大陸統一寸前までいったバーンヴェル帝国があっけなく滅亡してしまうとはヴラドベインは恐ろしい魔導士だ。
「その後、ヴラドベインは次々と大陸諸国を魔導で侵略し始めたの……相手はバーンヴェル帝国を崩壊させた狂える魔導師、諸国は瞬く間に滅ぼされていったわ」
「みんなヴラドベインを恐れていたのか?」
カケルは思わず頭の中で浮かべた疑問を口に出した。
「そう……みんなヴラドベインを恐れた。でも世界にはヴラドベインに勇気をもって立ち向かおうとした人たちもいたの……その人たちは伝承ではカシオペアと呼ばれたわ」
「カシオペア?」
「彼らカシオペアの活躍でじわりじわりとヴラドベインを追い詰めて、ついに狂った魔導師、ヴラドベインは滅びたの……しかしその悪しき魂は今もこの世界に彷徨い復活の時を待っているらしいわ」
「そうか……この世界にもヒーローはいたんだな」
カケルは感慨にふけった。するとレミィはこらえきれなかったように笑いだした。
「ごめんごめん、ちょっと真面目に話しすぎちゃったわ……まぁ、この世界にはこんなことがあったよぐらいの話よ……あまり深刻に受け止めないで!」
「いや、レミィの話に聞き込んでしまったよ……レミィ、悪かったな」
カケルも笑い出した。そして二人は仲良く宿屋に戻った。