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わたしたちの夏をとりもどしに行こう?

作者: 菜っぱ


「ねえ、私たちの夏ってどこに行ったんだと思う?」

「え?」


 夏休み明け、教室の窓際の席で放たれた青子の唐突な言葉に、恵那は困った表情を見せた。


 親友が何を言っているのかわからない。


 青子は人差し指ででくるくると髪を弄っている。午前の優しい陽射しを浴びて、青子の色素の薄い栗毛色の髪はキラキラと輝いていた。猫っけは青子の一筋縄ではいかない性格を表しているように見えた。

 その様子を見て、恵那はかすかに眉を顰めた。


 クラスメイトからは「青子と恵那はツーカーってやつじゃんっ」なんて言われているけど、実際のところはそうではない。


 大体の場合、青子の素っ頓狂な発言に恵那がフォローを入れるように動いているだけなのだ。

 それがわからない他人には、まるで二人が驚くほど仲がよく心が通いあっているように見えるのだろう。


 ふわふわしていて、つかみどころのない青子の発言は面白くて飽きないのは確かだが、たまに本気で困る。


「いきなり何? 主語が馬鹿デカくて何言ってんのかわかんない」


 恵那がいうと、青子は社会を憂うおじさんのような顔をした。


「いやあ……だってさ。今年って学校始まるのが遅かったから、夏休み秒で終わったじゃん? なんなんあれ。夏休みのやつは私らに未練がないんか?」

「いや、まずさ。夏休みは人じゃないから」

「ものは例えってやつじゃーん! 真面目に取りあわないでよー!」


 いつものように青子はちゃらけた口調で、恵那を振り回す。


 でも、なんだかんだ言って恵那も夏休みが短かったことには不満があった。

 立てていた予定も半分以上残ってしまっているし、消化不良で、なんとなくモヤモヤが残り続けていた。


「だからさ、私たちの夏を取り戻しに行こうよ! 今から!」


 青子はニヤッといたずらっ子の顔をして笑った。嫌な予感しかしない。


「どうやって?」


 恵那は一応礼儀として聞いてみることにした。


「まずはね……。これから始まる、始業式をサボる!」

「えっ!」

「早く! 恵那! 行くよ!」


 恵那は青子に強引に腕を引っ張られてしまった。抵抗しようと思ったが、思いのほか青子の腕力は強い。

 細いくせして、こいつはゴリラか? と思ってしまうくらいには。


 バタバタバタバタ……。


 走り出した足は止まらない。


 あっという間に二人は生徒玄関についてしまった。


 青子はビビットカラーのピンクが眩しい原宿系のスニーカーを、恵那はタッセルのついた茶色いHARUTAのローファーを急いで履いた。


「大丈夫? 先生追いかけてくてない?」

「絶対大丈夫だよ!」


 不安そうな恵那と打って変わって、青子は遠足前の小学生のように嬉しそうだった。







「ねえ! まず何する?」


 学校の門を出て、いつもの通学路まできたところで、のんびりとした口調で青子が聞いてくる。恵那はてっきり、もうこれからの予定が緻密に建てられていると思って大人しくついてきたのに……と拍子抜けをくらってしまう。


「ノープランかよっ!」


 恵那は思わず住宅街に響き渡るほど大きな声でツッコミを入れてしまった。

 その姿を見て青子は、ふふふ、とイタズラに笑う。


「えー! なんでもいいから夏っぽいことしたいな!」

「夏っぽいこと……何かな……。スイカ食べるとか?」

「それだ! 天才じゃん!」


 青子の天才の基準は、驚くほど低い。だけど、恵那はそういう青子の単純で安直なところに救われている。


 だから二人はいつも一緒にいるのだ。


 青子と恵那は学校への通り道にある商店街に入り、青果店を目指す。

 商店街には、まだ夏の気配が残っていた。まだ、撤去されていない七夕祭りの飾り、夏物セールの文字。マスクをしている人たちの姿だけが目新しいが、きっとこれも何年か後にはスタンダードになるんだろう。


 坊主頭の青果店の店主は「いらっしゃい」と小さな声で迎え入れてくれた。

 前に来たときはもっと大きな声で叫んでいるイメージだったけれど、今は少しだけ控えめなのかも。


 そして残念ながら店頭にはカットされているスイカはなかった。


「カットスイカないね……。やっぱりスーパーじゃないとないか」

「えー! 今、食べたかったのにな……」


 青子は小学生がくずるように、残念そうに眉を下げた。


「でもさ……。この小玉スイカ、この時期にしては安くない? 500円だって!」


 たまには家族のために買い出しも行うしっかりものの恵那はめざとくそれを見つけた。


「おっ! 嬢ちゃん! いいところに目をつけたね! これは今年最後のスイカだよ!」


 どうやら店主もおすすめの逸品らしい。


「え……。どうする? 買っちゃう?」

「包丁ないけど……」

「それはさ……あとで考えよっ! おっちゃん、これちょうだい!」

「はいよ! 悪いんだけど、今年からうちもビニール袋有料になっちゃったんだけど、エコバッグ持ってる?」


 あ、どうしよう。恵那は焦ってしまう。恵那のカバンは教科書と今日提出予定だった宿題の束で、もうどこにもスイカを入れる隙間なんてない。


 というか。今日カバンにスイカを入れる予定なんてなかった。

 思考停止する恵那を傍目に、青子は二こーっと猫のように笑った。


「大丈夫! カバンに入れる!」

「え⁉︎ 大丈夫? 入る?」

「入るって〜! ほら! チャックは閉まらないけどはいった!」


 青子は肩にかけていたスクールカバンにスイカを無理やりパズルのようにはめ込んだ。


 それにしても、いつもぎゅうぎゅうの青子のスクールカバンに隙間がある気がする。


「嘘……。もしかしたら青子、宿題持って来てないの?」

「えへ! バレた?」

「あんただからサボるっていたの⁉︎」

「違うよ? 学生の思い出作りだよ?」


 それが事の発端か……。と恵那は深いため息をついてしまった。







 会計を終えた二人はダラダラと歩き始める。


「ねえ、これからどこ行く?」


 二人はあてもないが、とりあえず駅まで来てみた。


「どうしよっか……」


 恵那はぼんやりと辺りを見渡す。

 すると、一つのバス停が目に入る。


「ねえ、青子。知ってる? あのバス、たまに買い物行く時に使うじゃん? 終点まで行くと海に行けるんだよね」

「え、最&高かよ」


 目的は安易に決まった。

 恵那と青子はPASMOに2000円をチャージしてバスに乗った


 バスはどんどん進んでいく。


 窓の外を見ると、だんだん知らない風景に変化していく。いつもと違う場所へ連れて行かれる高揚感。それが二人にはたまらなく面白かった。


 終点まで着くと、二人はコンビニに走る。


「もう包丁ないしスイカは食べられそうにないから、なんか夏っぽいもん買お?」

「じゃあ、ラムネ一択じゃん」

「恵那……。天才か?」


 二人はテープだけ貼ってもらったラムネ瓶を手で持って、ふらふらと浜辺を歩く。

 寄せて返す波に近づくたび、塩の匂いが、強くなる。


 浜辺に座り、ラムネを開け口に入れるとそこは濃厚な夏の匂いに包まれていた。


「わあ……、最高だ。最高に夏」

「完全に同意だわ」


 二人は何も話さずにぼんやりと海を眺めていた。


 寄せて返す波の音が体に染み込んでいく感じがとても心地いい。

 学校をサボって、自分たちは何をやっているんだろうと思わなくもない。

 全然生産的でもないし、真面目でもないし、褒められたものでもない。


 でも、この脳みそがとろけるようにゆるやかで、心地よい時間を楽しむことをやめたくなかった。


 しばらくぼうっとしていると、恵那は呟くように言った。


「きっと大人になっても、今日のこと、思い出すんだろうな」

「ね。最高に夏だよ。私たち、夏を取り戻せてるもん」





 その後、スイカは食べられなかったので持ち帰った。


 始業式をサボったことで、先生たちにはしこたま怒られたけど、なぜかそれすら清々しく感じてしまう。


 学校生活は楽しいし、いろんなイベントが目白押しでいつだって忙しい。


 エネルギーに満ちていて、刺激的だけど、大人になったとき、ふと思い出すのは何一つ変わったことは話していないあの海での時間なのかもしれない。







 十年後、ちゃらけていた青子も真面目な恵那も、立派な社会人になった。


 青子はイベントプロデューサーとして忙しく、日本全国を駆け回っているし、恵那も元来の真面目な気質を生かして、公務員として働いている。


 今あったって、二人は正反対で、なぜ自分たちが高校の時に仲良くできていたのか全くわからない。


 でも、二人で過ごした三年間は宝石箱をひっくり返したみたいにキラキラとしていて、思い出すだけで笑みが溢れてしまうのだ。


 二人で会うと今でもあの日のことを話し合う。

 あの頃とうってかわって、目の前に置かれるのは透き通るラムネではなく、琥珀色の酒だ。

 話す内容は、勉強のことではなく、お得な助成金の話なんかだし、内容の瑞々しさのなさに「ああ、大人になったんだな」とお互いに感じずにはいられない。


 けれども、あの美しい夏は、二人の記憶の中でいまだに綺麗な光を放っている。


「青子」

「何?」


 大人になった青子は猫目に綺麗なアイラインが引かれている。


「あの日、夏を取り戻しに行ってくれてありがとね」


 青子は昔と変わらぬ、いたずらな顔で笑った。




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