想いと感謝の形たち
眠気覚ましとして効果的なのはカフェインとカプサイシンといわれている。この世界、唐辛子もコーヒー豆も存在するし、すでに食品としても実用化されている。
ただ眠気覚ましという明確な目的を持ったものは作られていなかった。そもそもそんなものが必要になるほど、この世界の人間は追い詰められていないし。
それは悪役令嬢も変わらない。小説の中でも、あのお嬢様は眠いけど頑張るというような場面が極端に少なかったし、そんな場面もコーヒーなどでやり過ごしていた。
だから眠気覚まし用のアイテムを作る。錠剤は難しいだろう。カプセルの用意も無理だ。
となればミックスした粉末を瓶詰めにして渡すのがベストか。
多少味の調整もしておかないと、舐めることすら苦になってはいけない。
「おばちゃん、それとそれくれ」
「まいど」
「おっちゃん、そっちのを一袋」
「ありがとよ」
「ねえちゃん、それ一枝もらえる?」
「はい。落とすんじゃないよ」
俺は道を駆け回り、眠気覚ましに使えそうな食品を片っ端から集めていく。
袋一杯になったそれを担いで、孤児院へと戻ってきた。
「ノクトお帰り」
「エーリアただいま。ちょっと調理場使うよ」
「なにするの?」
「ビーレストへとプレゼント作りだ」
エーリアは俺のプレゼントが気になったのか、調理場へと顔を覗かせる。
「料理?」
「いや、どっちかっていうと調薬?」
「手伝えることあったら言ってね」
「ああ、ありがと」
さて、時間は限られている。手早く実験を始めようか。
一口に目を覚ますといっても種類がある。その場で眠気を覚ますもの、じっくりと眠気を覚ますもの、そもそも眠気を起こさないようにするものなのだ。
今回必要なのは授業中にちょっと使うもの。だからその場で目が覚めて授業中の一時間しない程度の間だけ目が覚めていればいい。
そこで使うのは即効性に優れているトウガラシを主軸に、茶葉や大豆などを混ぜてトウガラシの効果が切れたころには眠気が来にくい状態にすることを目標に配合していく。
やることは包丁で細かく切り、すりこ木を使って粉状にしていくだけ。
買ってきたものはすべて乾燥済みのものだから、粉にするのも楽である。
ゴリゴリと一通りの食材を粉にし終えたところで、一種類ずつ味を確かめる。まずはトウガラシから――
「辛!?」
下に乗せた瞬間、ぶわっと口内に広がる刺激。それは鼻へと抜け、顔中の毛穴を強制的に押し開く。
トウガラシってこんなに辛いものだったか? これじゃほかの材料を入れてもトウガラシの辛味が強く出すぎる。辛すぎて授業にも集中できなくなってしまう。
料理に関しては素人の俺である。さっそく助っ人を呼ぶこととなった。
「エーリア、ちょっといいか?」
「どうしたの?」
「トウガラシってこんな辛かったっけ?」
「ん……うわ、これもしかして種も粉にしたの?」
「種? 抜くのか?」
「種まで入れると辛すぎるんだよ。だから普通使う場合は種を抜いて皮の部分だけ使うの」
「そうだったのか」
と、いうことで残っていたトウガラシを今度は種を抜いて粉末に。そして舐めてみると、確かにさっきよりも刺激が少ない。これなら上手く中和させられるかも。
だが俺は素人。こんな間違いが何度も起こっていたら多分今日中には完成しない。
「エーリア。味の配合の相談に乗ってくれ」
「ふふ、いいよ。どんな味を目指してるの?」
俺は自分の作りたいものを説明し、エーリアと共に眠気覚ましの配合を行っていった。
試作第一号が完成したのは、シスターが食材を買い込んで帰って来た時だった。慌てて散らかっていた調理場を片付け、シスターのために場所を開ける。
完成した試作品は小瓶へと詰めて食堂に持っていく。
「これであとは本当に目が覚めるかだよね」
「食材的には目は覚めるはず。ただこればかりは実際に試してみないとな」
「あ、この時間ならちょうどいいのがいるじゃん」
エーリアはいいことを思いついたと言わんばかりに手をポンとうち、小瓶をもって二階へと上がっていく。
もしかしてあいつ――
俺がその可能性に気づいた直後、イーレンの悲鳴が孤児院の響いた。
「やりやがった」
夕方のこの時間、イーレンは体力が尽きて眠っているはずだ。エーリアの奴、寝てるイーレンの口に粉入れたな。
そしてどたどたという足音と共に笑顔のエーリアと涙目でぽかぽかとエーリアを叩くイーレンが現れた。
「ノクト、効果ばっちりだよ!」
「ばかばかばかばか!」
「あはは、ごめんねぇ。でもこれもノクトのためだから」
「やっていいこととやっちゃいけないことがあるの! これは悪! とんでもない悪ぅ!」
いつもはあまりしゃべらないイーレンがここまで饒舌に――効果はかなりあるみたいだな。あとは持続性の問題か。それはイーレンの怒りが収まった後に確認として、そろそろ助け船を出すか。
「悪かったなイーレン。どうしてもすぐに実証する必要があったんだ。ビーレストへのプレゼントだからなるべく早く完成を確認しておきたかったんだよ」
「うぅぅ……酷いよぉ。気持ちよく寝てたのに」
「眠気は吹っ飛んだ?」
「もう夜も眠れる気がしない」
「なら効果はテキメンみたいだな。寝るまで話でもゲームでも付き合ってやるよ。どうせ俺も結構試作品舐めたから、眠れないだろうし」
「やった。約束だからね」
イーレンが小指を出してきたので、軽く指切りする。これも俺が教えた約束方法だ。するとその指にエーリアが指を絡めてきた。
「なら私も付き合うよ。ゲームなら二人より三人のほうが面白いの多いしね」
「むぅ。まあしょうがない。エーリアとも遊んであげる」
「あれ、私わがまま言ったみたいになってる!?」
「さて、そろそろシスターの料理手伝ってやれよ。今日はいろいろ作ってるだろうし」
「「はーい」」
程よく決着がついたところで、俺は二人にシスターの手伝いを任せ小瓶をポケットの中へとしまうのだった。
◇
夜になり、全員が仕事場から戻ってきたところでパーティーが始まった。
テーブルに並ぶのは、いつもならば考えらえないハムや鳥肉、メインは例の芋をたっぷりと使ったグラタンだ。
全員の目がキラキラと輝き、シスターの合図を待つ。さながら待てをする犬のようだが、その中には当然俺も含まれている。
こっちの世界に来てから、ここまで豪華な食事は初めてだからな。冷静になんてしていられない。
「我らが神の御恵みに感謝を。いただきます」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
合図とともに全員のフォークが肉へと伸びた。まあそうだよね。やっぱ子供なら肉が欲しいもんだ。
俺とエフクルスはハムを。他の連中が鶏肉を我先にと自分の皿に確保していく。
その間にシスターはグラタンの大皿から各自の分を取り分けていった。
「美味い!」
「おいしい!」
「こんなの初めてだ」
「すげー!」
「まかないよりうまい!」
「おいしいよぅ」
「これが、ハム」
それぞれに感動を示しながら、食卓に並べられた料理はあっという間に消えていく。
一通りの肉を食べ終え、取り分けられたグラタンを冷ましながら少しずつ食べるころには、ようやく俺たちの感動も一段落してきた。
「さて、それじゃあ落ち着いてきたところで私からビーレスト君にプレゼントです」
切り出したのはシスターだった。
シスターは調理場からリボンのかけられた箱を持ってくる。
「これは? 開けてもいい?」
「もちろん」
ビーレストがわくわくとした様子でリボンをほどき箱を開ける。
そこに入っていたのは一本の万年筆だった。俺たちが普段使っているのは木をエフクルスが細く削ったものや羽ペンだ。それに比べれば、はるかに高級品である。
「貴族になればいろいろと買ってもらえるとは思いますが、よかったら使ってあげてください」
「ありがとうございます」
「じゃあ次私ね。私は畑で育ててたこれ!」
エーリアが持ってきたのはプランターに植えられたハーブだった。鎮静効果のある香りが特徴的なミントのようなこの世界特融のハーブだ。数か月に一度実をつけることもあり、その実を絞った果汁はやけどに効果がある。
かなり珍しいハーブであり、一年ほど前に腐葉土を探して森をさまよっているときに偶然見つけたものだった。それをプランターで育てていたらしい。
「じゃあ次は俺な。俺は店からもらってきた牛黄だ。薬なんかになるらしいから、必要になったら使ってくれよ!」
「俺は算盤だ。最新式のやつだぜ」
「二人ともありがとう。嬉しいよ」
シークとディアスはそれぞれ自分の仕事先でプレゼントを選んできたようだ。牛黄と算盤、どちらも安いものではないし、二人の給料だけで買えるようなものでもない。ということは――
「お前らビーレストが貴族に引き取られるって話したのか?」
「俺の方は養子縁組するってことだけだけど」
「旦那は自分の子供のことみたいにかなり喜んでくれたけど? もしかしてヤバかったか?」
「いや、まあ問題はない。ちょっとバタバタすることになるけどな」
俺が問題はないというとディアスは安心したようにほっと息を吐く。
ただ本当にバタバタすることになるぞ。これまでは孤児の中でまあまあ優秀な子を手伝いとして使っていた程度だったが、今後は貴族になった子と兄弟同然に育てられた子ということになる。
少しでも貴族と繋がりを作りたい商人たちがこれを逃すとは思えない。
つまりディアスの正式な就職だ。場合によっては店主に養子として引き取られる可能性もある。
「シスター。パーティーが続くかもね」
「そうかもしれませんね。けど今はビーレストのお祝いですよ」
「それもそうだ。というわけで次は俺が――」
「僕のプレゼントはこれ」
俺が眠気覚ましを出そうとすると、その前にエフクルスがプレゼントを出してしまった。
「筆箱。シスターが万年筆を渡すって聞いたから、持ち運び用の入れ物を作っておいた」
エフクルスが作った筆箱は、スライド式の物になっておりその表面には丁寧に孤児院の姿が彫り込まれていた。かなりこだわって作ったのか、木彫りとは思えないほど繊細に建物の傷まで再現されている。
もはや芸術品だ。
「これはすごいね。使うのがもったいないぐらいだ」
「使ってもらわないと困る。それを見ればここを思い出すでしょ」
「そうだね。ありがと。シスターのペンと一緒に使わせてもらうよ」
「うん」
さて、改めて最後は俺のプレゼントだな。