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プレゼントの雛形

 孤児院へと戻ってくれば、すでにビーレストとシスターも帰宅していた。

 結果が気になるところだ。


「ただいま。今日は結構な収入になったよ」


 売れたものの数を報告し売り上げをシスターへと渡す。


「こんなにもですか?」

「エフクルスの皿を全部買ってくれた人がいたんだ。多分あれ貴族だと思うけど、シスターは何か知ってる?」

「ああ、もしかしたらカトレア様かもしれませんね」

「カトレア様?」


 ああ、そういえばあの悪役令嬢そんな名前だったな。


「カトレア・フォン・レヴァリエ様です。レヴァリエ侯爵のご息女で社交界でも神童と呼ばれているそうですよ。時々市場を散策しては、新しいお菓子や流行の元を探しているのだとか。王太子の婚約者なのではないかという噂もあるぐらいです」

「へー、そんなすごい人だったのか」


 まあ知ってるけど。ついでに今だともう初等部に入学しているはずだ。イベントのパーティーは秋の社交界のはずだから、今は学校でちやほやされている時期だろう。

 まあこっちの貴族様の話はどうでもいいのだ。気になるのは今日の顔合わせの方である。


「そっちの貴族様とはどうだったの? 話は上手くまとまりそう?」

「そうですね、驚くこともありましたが、先方は乗り気のようですしおかしな話も無いように感じましたよ。私としてはお受けしてもいい話だとは思いますね。あとはビーレストの気持ち次第になるとおもいますが」

「驚くこと?」

「養子をとるお宅の貴族位ですね。男爵からの紹介でしたので、同じ男爵家だと思っていたのですが、伯爵家との養子縁組の話だったんです」

「伯爵!?」


 この世界の貴族は五爵位制を使っている。王の下から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵だ。数だけ見れば下から三番目。しかし伯爵と子爵の間の壁はかなり大きい。子爵までならば一代での陞爵も可能だが、伯爵になるのならば確実に数世代は必要になる。侯爵からは建国由来の功績が必要になるため、通常は後から爵位を手に入れることは不可能に等しい。

 そして子爵ぐらいならば平民から養子を受けることもあるが、伯爵ともなれば普通は同じ貴族から養子を受ける。それなのにわざわざ素性の分からない孤児を養子にしようとするなんて異常なことだ。


「本当に大丈夫なの? 普通ありえないでしょ」

「そうですね。私たちもそれは確認したのですが、どうやら消去法に近い形でビーレストを選んだようなのですよ」


 シスターが語ってくれた理由としてはこうだ。

 まず現状として伯爵にはご息女が一人いる。今年五歳になるそうで、普通ならば新たに子供ができない場合でもご息女に婿養子を向かえることで家の存続を行う。しかしここで例の悪役令嬢カトレアの存在が問題になった。

 彼女と第二王子が同年代にいるため、その年代の子供たちはみな様子見で婚約を控えるか、もしくは先手を取って年の近い子供を養子にしてこの二人に取り入ろうとしているらしい。

 おかげで養子を探してもほとんどが先約済みであり、この際平民でもいいから養子として家に向かえ、同学年に送り込もうということになったのだとか。

 養子が二人のどちらかに引き立てられれば家の名は上がるし、子供は娘の子が生まれたらその子に家督を継がせればいい。これで家としての血を絶やさずに名を上げる機会を得られるということだった。


 まあつまりが第二王子か悪役令嬢の取り巻きに自分たちも混ざりたいということである。

 話を聞いみれば確かに納得のいく理由だ。そういうことならば話を受けてもいいと俺も思える。ただビーレストの立場としては少し複雑なものになるな。

 養子であっても家督を継ぐのは難しい。むしろ二人と繋ぎを作れなければ無能といわれかねない立場になってしまう。それに関してはさほど心配していないけどな。なにせ中等部になれば俺も同学年になる。サポートすることは十分に可能だ。

 ビーレストの評価が高まれば自然と情報も集まるだろうし、俺としても計画を進めやすくなる。


「確かによさそうですね。ビーレストが養子になるというなら、俺も全力でサポートしますよ」

「お願いしますね。ノクト君はみんなの導師のような存在ですから」

「導師って」


 思わず苦笑してしまう。確かにみんなの指導とかはしてきたが、導くような存在じゃない。

 むしろズルをして得を得ようとしているのだから詐欺師だ。


「ビーレスト君が養子になることを選択すれば、きっとこの孤児院の周りも騒がしくなります。その時はノクト君がしっかりとみんなを導いてあげてください。あなたならきっと、あの子たちが才能を生かせる場所へ送り出すことができると思いますから」

「それ本来はシスターの役目では?」

「適材適所というものですよ。私は今を助けることはできますが、将来を導いてあげられるほどの学がありません。その点ノクト君は将来というものがしっかりと見えているように思えましたから」


 さすがシスター。孤児院の子供たちをよく見ている。俺が計画的にあいつらにいろいろなことを教えていることも気づいているのだろう。

 普通ならこんな気味の悪いほど頭の回る子供なんて避けたいだろうに。心の底からシスターは聖職者だ。


「そんな風に期待されると頑張りたくなっちゃうじゃないですか」

「褒めて伸ばすのも親の仕事ですから」


 それじゃあ期待に応えて、もうひと頑張りするとしましょうかね。


   ◇


 貴族との面会を終えたその日の夜。ビーレストはみんなの前で養子として孤児院を出ていく決意を告げた。

 俺やシスターが何か後押しすることもなく、ビーレストは自分の意志でそれを決めたのだ。

 正確な日取りはまだわからないが、先方にこちらの意志を伝えればすぐにでも養子縁組をすることになるだろう。ビーレストは優秀ではあるが貴族としての生き方を知らない。作法なんかも最低限は俺が教えているが、それは俺の世界での最低限だ。

 悪役令嬢も小説の中でマナーなんかに苦労したと書かれていたことから考えても、貴族としてのマナーにはいくつか違いがあるだろう。それを覚え社交界に参加できるようになるためには時間がかかる。

 一年程度の教育期間を設けるとすれば、ビーレストの学園への入学はもしかすると三年生からの中途入学になるかもしれないな。勉強だけならば教科書を参考に歴史以外はほぼ教えているし、歴史さえ学べれば編入しても授業が全くわからないということもないはずだ。


 ビーレストの養子縁組を祝って、明日は小さなパーティーをすることに決定した。

 ちょうどいいタイミングで芋と皿の売り上げがあったため、シスターも料理を奮発すると張り切っている。みんなも何かプレゼントを用意するつもりのようだ。

 当然俺も何か役に立つものを渡したいと思うのだが、いかんせん俺にはそのような伝手がない。というか、俺はそもそもあいつらに繋ぎを作るためにサポートに徹していた。だからあいつらとは違い何かに特化したものがないのだ。

 じゃあどうするか。俺の強みは転生者としてのわずかな知識である。それを利用してビーレストが貴族入りした後に功績となるものを教えてやることぐらいがいいだろう。レシピとか道具の制作方法とかを書いたものを渡してもいいかもしれない。ただ転生令嬢とは違って細かいところまで覚えているものは少ない。すぐに実用段階に持っていけるものと考えるとレシピが妥当か?

 なんだか悪役令嬢みたいなことをしているなと思いつつ、俺は午前中に市場を散策する。


「なにか役立てそうなものはないか」


 そもそも貴族の暮らしを俺は知らない。いや、知識としては知っているのだが、実際に経験したことがないものを知識で知っていてもさほど役に立たないことを俺は知っている。

 だから市場で手に入るもの程度で作った道具に意味はあるのだろうか?

 あのお嬢様は実際に貴族の生活をしているうえで必要なものを探している。俺とはアプローチが真逆なのだ。だから俺がマネをしても意味がないんじゃ……

 あれ、これまずいんじゃないか。


「渡せるものが……ない」


 いやいやまてまてまてまて。考えるのをやめるな。思考を巡らせろ。目を凝らせ。きっとこの世界、転生者ならではの気づきはあるはず。

 食料品の露天を抜け、再び来た道を戻る。

 考えること二往復――見るからに怪しい行動をする俺に見かねて、知り合いの露天商が声をかけてきた。


「ノクト、今日はどうしたんだ。変なもんでも食ったか?」

「うるせぇ。孤児院は順風満帆じゃ。ちょっと考え事だよ」

「お前が悩むなんて珍しいじゃねぇか。何に悩んでるか俺にも教えてくれよ」


 まあ一人でずっと考えていてもいい案が思い浮かぶ様子はないし、人の力を借りてみるのもありか。


「プレゼントだ。今度ビーレストが養子縁組をすることが決まってな。出立祝いに何か送りたいと思ってる」

「はー、あのビーレストが養子か! そりゃめでてぇ。誰が引き取ったんだ? 娼婦の誰かか? まさか娼館主か?」

「いや、貴族だ。伯爵家だよ。娼館の姉ちゃんからビーレストの噂を聞いたらしい。貴族社会もいろいろあるみたいでさ。ビーレストの年がちょうどよかったらしいぜ」

「大出世じゃねぇか。――なるほど、貴族様の役立つようなプレゼントが思い浮かばないってことだな」


 露天商とはいえさすがは商人。俺が探しているものに一発で気づいたか。


「養子じゃ立場的には厳しいからな。なにか評価につながるようなものを渡せればと思ったんだけど」

「んなもんこんなところに転がってるとは思えねぇよなぁ」

「そういうこと」

「気持ちがこもってりゃビーレストならなんだって喜ぶだろ」

「それじゃ俺の気が済まない」

「難しい性格してるねぇ」

「なあ、俺の強みって何だと思う?」


 強みを生かせる場ならば何かアイディアが思い浮かぶかもしれない。俺個人としてはあまり持っていないように思えるのだが、他人からの評価を聞くというのも大切だ。


「ノクトの強みねぇ。冷静さ、物怖じしない度胸、将来の計画性じゃないか? いろいろ考えて立ち回ってんだろ?」

「計画性か」


 前者二つに関しては、プレゼントにはどう頑張っても転用できない。

 可能性があるとすれば計画性。俺の将来的な計画を知らせることで、ビーレストに立ち回りしやすくさせることか?

 といっても、今後とも連絡は取りあうつもりだし、時期が来たら教えればいいだけだからなぁ……いや、貴族社会ではなく学園内という限られた場で役に立つものを与えるのも手かもしれない。

 あのお嬢様は貴族の中でも上位に位置し、学園内の行動も取り巻きに囲まれた社交が含まれるものが多い。だがビーレストは普通の生徒として学園生活を謳歌することになるはずだ。

 俺が学校生活で一番欲しいと思ったもの――眠気覚ましか。

 特にビーレストなら初等科の授業の大半はつまらないものになるはずだ。当然のように授業中は睡魔との闘いになるだろう。養子という立場に加え、授業中の睡眠で成績を落としては、他の貴族からの評判が悪くなる可能性がある。それを防ぐためにも、眠気覚ましというのはいいアイディアかもしれない。


「どうだ、なんかいいアイディアが見つかったか?」


 黙って考え込んでいた俺がふと顔を上げると、おっちゃんがニカッと笑みを浮かべた。


「ああ、何とか形になりそうだ」

「そりゃよかった」

「じゃあ急ぐから。ありがとな」

「おう、今度はなんか買ってってくれよ」


 俺はおっちゃんに感謝を述べ、食料品の露天へと急ぐのだった。

明日より21時の投稿になります。

よろしくお願いします。

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