体育祭 午後の部
さて、昼食の時間は終わり午後の競技が始まる。
午後の大取りが騎馬戦ではあるのだが、その前に一つ注目の集まっている競技があった。
それが借り人競争。カトレアの出場する競技である。
これまで圧倒的な実力さで勝利してきたカトレアではあるが、借り人競争には運の要素も必要。どれだけ簡単なお題を引くことができるのかによって、探す人は大きく変化する。
それ故にカトレアに勝てる可能性のある競技でもあるのだ。
常勝のカトレアに勝利できるかもしれないというのは、ヴァイス王子以外にとってもやはり魅力的なものなのだろう。これまではネタ枠としてクラスから一人か二人が出場する競技であったのだが、今年に限ってはほぼ全てのクラスから三人が選出されている。
一学年七クラスなので、二十一人がスタート位置に並んでいた。そして見守る観客たちも他の競技の比ではない数が集まっていた。
彼らの大半は見物気分であろうが、中には違う心持で観客として最前列に陣取っているものたちがいる。
お題次第では自分が選ばれるかもしれないという淡い希望を持った者たちだ。
毎年お題の中には少々下世話なものが混じっている。代表的なものと言えば好きな人や大切な人といったものだろう。いわば公開告白なので、あこがれる生徒も多いのだ。
まあ中にはすでに付き合っていて、自分を見つけてほしいなんて女子生徒もいるようだが、スタート前からキャーキャー言っているので、ある意味あの子の彼氏がいいお題を引ければ勝ち確だろうな。
ちなみに、俺はこの競技の担当運営だ。あらかじめお題なんかを描いた紙を用意する必要はあったが、逆に言えば準備と言えばそれぐらい。あとは出場者が連れてきた人とお題の確認をするだけなので、準備は比較的楽だったと言えるだろう。
「セラさん、お題箱準備できました」
「了解です。では合図を出しますね」
人数分のお題がテーブルに並べられたことを確認し、セラさんに合図を頼む。振り上げられた旗で完了の合図がスタート地点へと伝えられた。
するとにわかに観客席が活気だち、同時にパンっと空砲が放たれた。
一斉に走り出した競技者の中で、やはり飛び出したのはカトレアだ。
スススっと前に躍り出ると、そのまま一番にテーブルへと到着しお題をめくる。その眉がわずかに顰められた。
このお題は完全にランダムだ。俺も一切関与していない。内容も人数分の倍以上ある中から適当に選ばれているので、どれの確率とかそういうのも全く分からない状態だった。
カトレアの様子を見るに、あまり嬉しいものではなかったようだな。
「悩むわねぇ」
カトレアがお題を見て悩んでいる間にも、他の生徒たちが追い付きお題の内容に一喜一憂している。しかし、一部の生徒は即座に観客席へと向かって駆けだした。
「カトレア様はなかなか難しいお題を引かれたようですね」
「そうなのよねぇ。まあ探すのは一瞬なんだけど、これ私が選ぶと色々問題出そうな気もするのよ」
そういって見せてきたお題の内容は、運命の相手と書かれた札だった。
確かにこれは問題だ。
ここでだれを選んでも、カトレアの想い人という噂が立つのは間違いないし、貴族ならばそれをもとに婚約などの動きが始まる。
派閥内の勢力争いもあるし、簡単に選ぶことは難しいかもしれない。だが解決策もあるにはある。女性徒を選んでしまえばいいのだ。
運命の相手。恋人とも想い人とも書かれていないので、何かしらの運命を感じている相手であれば、女生徒であっても可能だろう。その場合、俺たちに納得させるだけの理由が必要になるが。
「セラでもありな気はするけど、それだとこれだけの観客が納得しないだろうし、私も一貴族としてここはしっかり盛り上がる選択肢をプレゼントしてあげないといけないと思うのよ」
「そう言っていただけると嬉しいですね。側近になった甲斐があったというものです。ですがそろそろ選ばないと危ないですよ?」
一人の男子が女子生徒の手を引っ張ってゴールへと向かっている。
恋人か告白か、まあ最高のお題を引いたということだろう。
カトレアは一瞬チラリと視線を向けた後、こちらを見てニヤリと笑みを浮かべた。
「エーリアちゃんには悪いけど、ちょっとお借りしましょうか」
「なっ」
「貴族から選ぶと面倒だからね。平民で優秀で、私との噂もある。ヴァイスも理解している相手。面倒ごとを押さえ込むには最適の相手じゃない。来てくれるわよね? ノクト君」
「え? あ、いや俺は仕事があるから」
「ノクト君、ここは私一人でも大丈夫ですから行ってください。カトレア様が二位になるなんてこと、ありえませんから」
くっ、いつも穏やかなセラだが、カトレアの側近だけあってカトレアの足を引っ張ることは絶対に許せないタイプだ。笑顔の中にこれまでには見たこともない圧力を感じる。
「火消はちゃんとしろよ」
「当たり前よ。というか私がバックにいることを宣言するんだからむしろ安全よ?」
「それ正面から手出しできないだけで暗殺に走るパターンじゃねぇか!」
「もう、わがままね。少しは影の護衛を付けてあげるわよ。もちろん孤児院の子たちにもね」
「絶対だからな」
「じゃあ急ぐわよ」
カトレアが俺の手を引っ張りゴールへと駆け抜ける。
俺の速度に合わせての走りではあったが、ほかの選手よりもゴールまでの距離が近く、先頭でゴールする。
すると、ゴールを担当していた実行委員が近寄ってくる。その手にはマイクが握られていた。
「カトレア様、一位ゴールおめでとうございます! では借り人のお題を確認しましょう!」
「ええ、私のお題はこれよ」
「運命の人! これはいきなりビッグな話題になりそうなお題です!」
委員の声に、観客からも動揺が走った。
普通に考えれば運命の人なんて恋人と直結するぐらいの意味でしかないからな。
「そして借り人はノクト君ですか。個人的にはヴァイス王子を応援していたのですが、これは結果が出てしまったということでしょうか。カトレア様、そのあたり詳しくお聞かせ願えますか?」
「別に恋人とかそういう意味の運命の人じゃないわよ。私の婚約なんて国のためになるところとするのが決まってるんだし、恋愛は二の次。ノクト君との運命は、どっちかって言うと一蓮托生的な意味が強いかしら。もし私が破滅するのなら、その時はノクト君もきっと一緒よね」
「おい、俺は破滅するつもりはないぞ。勝手に巻き込むな」
「あら、色々と協力してくれてるじゃない。色々と利益共有してるわけだし、嫌でも引っ張られるわよ? それに、私を叩きたい貴族って結構沢山いるしね」
否定できない。
現状、ハオラ商会の利益の大半はカトレアの活動によって保障されているようなものだ。眠気覚ましは熟成期に入って安定した売り上げの計上を続け、開発中の化粧品はカトレアの宣伝が前提とされている。それに紐づけられた大規模な土地の確保もあるので、カトレアが破滅した場合その損益をすべてハオラ商会が被ることになってしまう。俺がカトレアとハオラ商会を結び付けたようなものなので、当然責任の追及には俺とディアスの名前が上がるだろうな。
貴族としてレヴァリエの派閥に属しているビーレストのハシュマ家も厳しい立場になるだろうし、教会に所属しているシークには助けを求めることはできない。
残るは孤児院とエーリアとイーレンだが、この三人じゃ本気の悪意には対処できないだろうしな。安全が保障できないのは確かだ。
想定よりもカトレアと深く係りすぎてしまっている弊害が出ている。悪役令嬢という華から蜜だけを啜る予定だったのだが、とんだ共生関係だ。
「そんな感じで運命の相手よ。ある意味婚約者よりも長い関係になりそうよね。で、判定はいかがかしら?」
「これはなかなか難しい判定を求められている気がしますね。我々としては恋人だと宣言してもらった方が楽だったのですが、なにやら理由を聞いてみればそれ以上に深いような気もしてしまう。観客の皆さんの反応はどうでしょうか?」
委員は個人での判断を無理と判断したのか、観客にも話題を振る。
観客の間でも判定は分かれているようだが、どちらかというとOK派が優勢か。単純に恋人として俺が呼ばれなかったことに安堵している声も聞こえてくる。
そして観客の様子を確認した委員は、チラリと本部の方へ目配せをする。そして頷いた。
「では判定を発表します! カトレア様の運命の相手。合格!! 一位通過おめでとうございます!」
やや忖度されたような結果だった気がしないでもないが、まあ観客たちの歓声が納得しているようなので良しとしよう。
そのまま一位の旗を受け取り、後ろに並んでいた借り人の審査が行われていく。
俺たちの後ろに並んでいたのは、やはり恋人だったようだ。その場でキスをして恋人だと証明していた。
さらにお題で子爵を連れてきた平民の猛者や、特定の部活の部員など探すのが難しそうな課題をクリアしたものたちもいた。
結果としては三位までしかポイントは入らないが、なかなかの盛り上がりを見せ、あっという間にカトレアの話題もほかの噂によって流されていった。
その様子を眺めながら、カトレアがぽつりとつぶやく
「人の興味なんて簡単に変わっちゃうのよね」
「そりゃ、これだけ新しい話題が並べばそうなるのは仕方ないだろ」
「そうね。だから新しいヒロインに悪役令嬢はすぐに大切な人たちを奪われてしまう。本物のカトレアも、奪われまいと必死だったのかもね」
「んで、お前は必死に何をやるんだ?」
「もちろん、破滅の回避よ。私の命も幸せも、誰にも奪わせはしないんだから」
静かに決意を表明するカトレアは、そのまま自分のクラスの席へと戻っていった。
俺は最後までカトレアの人生を知らない。それは、小説が最後まで書かれていなかったからだ。小説の最後、カトレアはパーティー会場で多くの人に囲まれ愛され、幸せそうに笑っていた。きっと小説の世界でならば、カトレアは最後まで幸せな生活を送ることができたと思う。
けど、この世界ではどうだろうか。
俺のかかわったこの世界で、カトレアは物語通りの幸せを手に入れることができるのだろうか。
俺はカトレアをただの登場人物としてしか見ていなかった。
だが、今のカトレアの決意は、俺の考えに一滴のインクをこぼしたのだった。
◇
ささやかなもやもや感を残したまま体育祭のプログラムは順調に消化されていく。
そしてとうとう最終競技の時間がやってきた。
すでに会場となるメイングラウンドには出場者と多くの観客が集まっており、開始を今か今かと待っている状態だ。
俺も参加者の中に混じって進行を待つ。
「ノクト君、本当にあの作戦でやるの?」
不安げに尋ねてきたのはオリゴである。昼食の一件以来なんだかんだと一緒に行動することが多くなったメンバーの一人だ。
他にはいつものウルバに助っ人として読んだウルバの友人であるトルピオがいる。
彼は服飾系の商人の息子であり、彼自身も裁縫に関してはかなりの腕がある。なお、ウルバの友人の時点で不安視していたのだが、案の定というかゴスロリ大好き少年だった。将来の夢はどこかのお嬢様に自分の作ったゴスロリ服を着てもらうことらしい。どんな服を作ろうかと考えながら初等部の少女たちを見ていたところで警備兵に声をかけられ、とっさに逃げてしまったところをウルバに助けられたのだとか。何をしているんだこいつらは……
「もちろん。今回は生き残り戦だからな。敵を倒すのも大切だけど、何より最後まで生き残ってる方が重要だ。漁夫って行こう」
「卑怯だって言われそうだな」
「どうせ最後には戦うことになるんだ。戦略だよ戦略。正面から突っ込むだけの指示しかしない上司とか嫌だろ?」
「そりゃ確かに」
そして委員からの指示に従ってグラウンドの周回に沿って等間隔に並んでいく。
騎馬を組み、全員が上に乗ったところで、準備が完了した。
グラウンドが静寂に包まれ、スタートの合図を待つ。
注目はやはりヴァイスとカトレアだろう。この競技の提案者であり、一番力を入れて練習する姿を多くみられているヴァイスは優勝候補だ。そして全ての競技を一位で通過してきたカトレアも当然優勝候補である。
他にもさりげなく、攻略対象である軍部筆頭家系のロットを始め、騎士系の家系がいくつか出ているので注意が必要だろう。
そしてスターターが銃を高く掲げ、空砲が放たれた。
一斉に動き出す騎馬たち。俺たちはあえてその場から動かず、その様子をじっと観察する。王子とカトレアはまっすぐ突っ込み、そのサイドをお互いのクラスメイトが守っている。
統率が採れているところはやはり動き出しが早い。ロットも同様に騎馬を率いてグラウンドの中央へと向かっている。だが、統率力の低いところはバラバラに動いているようだな。何を隠そう俺たちのクラスも二機はすでに中央へと突っ込んでいる。ヴァイスとカトレアの首を取ると息巻いていたな。絶対に無理だろうけど。
俺は全員の動きをざっと確認して指示を出す。
「よし、予想通り外周が空いた。時計周りに周回しながら、中央の乱戦を避けて動くぞ」
「オリゴ、トルピオ、ちゃんとついて来いよ!」
「頑張るよ」
「最初から疲れないようにほどほどに頼むよ」
俺たちの騎馬が最後に走り出し、ヴァイスのプライドをかけた戦いが今始まった。




