栄華世代の集結
「この素晴らしき日に、多くの友人たちとこの場に立つことができたことを嬉しく思います――」
壇上でそんなどこか聞き飽きたスピーチを行っているのは、ヴァイス・レーヴ・シェンディカ第二王子である。カトレアの友人の一人であり、物語のキーマンの一人だ。
他にも中等部の新入生として並んでいる面々の中には、最高の花のカトレア、シュヴァルツの婚約者のセラ、辺境伯子息ブラウ、軍部名門の子息ロッド、伝統の魔術師の家系の子息リラとそうそうたる面々がそろっている。
そこに一つ上の先輩であるシュヴァルツを含めた六人の男子生徒が栄華世代などと呼ばれて優秀とされる小説での主要人物たちである。
ブラウ、ロッド、リラの三人はまだカトレアと面識を持っていない。今後のストーリでカトレアから接触し、それぞれの抱えている問題に対して解決策を提示していきながら、カトレアのハチャメチャな行動に巻き込んでいくというのが大まかな展開だ。
そして俺が注目する人物がもう一人。
あの昇天ペガサスMIX盛りな髪型を見るだけで苛立ちがこみ上げてくる。
リユール・フォン・リッテンベルト。俺とイーレンを誘拐させ、あまつさえ殺そうとしやがった張本人。
今はヴァイスにお熱で俺たちにしたことなどすっかり忘れているのだろう。
つかあの盛りに盛った髪型のせいで後ろの奴なにも見えてねぇじゃないか!
にしても、主要人物が一同に揃った姿を目にすると、やはりここはあの小説の世界なのだと今更ながらに実感する。カトレアの存在やシュヴァルツの子供のころの姿をチラリと見た以外は名前でしか聞かなかったからな。
俺の役目はカトレアの取り巻きや栄華世代のガードを潜り抜けてカトレア嬢と既知になることだ。それもなるべく目立つことなく、あくまでも裏方の存在、一MOBとしてだ。なんせ俺が転生者だとわかれば、カトレアは必ず俺をいろんなことに巻き込もうとするだろう。んなことはごめんだ。あいつの尻拭いは栄華世代の役目だからな。
俺はあいつから甘い汁だけを啜らせてもらわなくては。
長ったらしい入学式が終了すれば、それぞれのクラスで顔合わせだ。
新入生は校舎の入口に掲示してあったクラス割りを確認して教室へと入る。俺の入ったクラスは、カトレアとは離れてしまっていた。クラスメイトの仲から始める作戦は無理だな。
俺のクラスで同じ栄華世代はセラ嬢と辺境伯子息のブラウだ。彼らのそばにはすでにお近づきになりたいものたちが集まっており、簡単に入り込めそうにない。
そもそも立場が違う。向こうから声をかける方向で進めなければ、確実に取り巻き立ちから妨害を受けるだろう。それに、平民が貴族に取り入ろうとしていると変な噂が立ちかねない。
貴族への対応というのは意外と面倒なのだ。特に俺のような貧民街出身の孤児なら尚更。
誰と親しくなるかという問題はビーレストも苦労したと言っていた。現在は養子として貴族の一員になっていても、やはり生まれを気にするものも多い。そのあたりを気にする人物なのかどうか、しっかりと見極めて付き合わなければリユールのおこした事件と同じことが起こりかねないからな。
だからまず始めることは、俺の顔を覚えてもらうこと。違うクラスになってしまったが、幸いにもその方法は中等部ならば確保されている。選択授業だ。
中等部では午前中の授業は固定だが、午後の授業は自由に選択する方式になっている。この時は選択した教科の教室へと移動するので、クラスは関係ない。
そして俺はカトレアが選択する授業を知っている。それを選択すればいいだけだ。
次に部活。
午後の授業の後、希望者は部活へと所属することができる。学園には数多くの部活が存在し、その中には存在意義を疑うようなものや、名前だけが違っており内容は全く同じなんてものもある。
なんでこんなことになってしまったかと言えば、派閥争いのせいだ。
この部活には入りたいが、部長が家の敵派閥。そんな時に要望を出して別の名前の部活を作ってしまうのである。
部員がゼロになれば自動消滅するシステムらしいが、一人でも在籍していれば部活は存続される。部費なんてものは出ないが、貴族が在籍しているのならば金はポケットからいくらでも出てくるという寸法だ。
まあそんなわけで、俺の作戦は主に午後に行われるわけだな。
だが、今大事なのはそこではない。午後に作戦を行うからと言って午前をないがしろにしていいわけではない。
友人を作り、平穏に生活するのは悪目立ちするのを避けるために重要なことだ。
クラスメイトの様子を観察しながら少し待つと、教師が入ってきた。生徒たちは慌てて自分の席へと戻っていく。そして教師の合図でホームルームが始まった。
基本的な説明のあと、恒例の行事が始まる。
「では順番に自己紹介をしてもらおう。少なくともクラスの半分は顔も名前も知らない相手のはずだからな」
端から順番に自己紹介が進み、俺の番がやってくる。
「次、ノクト」
「はい。ノクトです。苗字はありません。出身は第四周三区の孤児院です」
四周三区と聞いて生徒たちの間にざわめきが走る。当然だろう。そこは通称貧民街と呼ばれる場所の正式名称なのだから。つまりみんなは貧民街からここのテストに合格した者がいることに驚いているのだろう。
その中でもあまり驚いていないものたちは、ビーレストやイーレンのことを知っている生徒ということか。友人として狙うならそのあたりだな。
「基本的に得意不得意な科目というのはありませんが、歴史は少し苦手です。四周三区出身ということで、礼儀作法に疎いところがありますが、ご指導いただけると幸いです。よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、礼儀的に疎らな拍手が返ってくる。まあこんなもんだろうと思っていると、思わぬところから援護があった。
「あー、一応お前たちにいっておくぞ。得意不得意な科目がないというが、こいつの学力は学年でもトップ10には入っているからな。甘く見ていると一瞬で置いてかれるぞ。ついでに謙遜が過ぎるようだな」
教師の補足にクラス内がざわつく。
ふむ、トップテンに入っていたか。俺のテストは入試時だけしか受けていないし、となるとあれは初等部の最終テストと同じだったということか。
「ありがとうございます」
俺は終了を告げるように着席する。先生は先を促すように次の名前を呼び、再び自己紹介が進み始めた。
ホームルームを終えると、いくつかのグループが自然と結成される。
一つはブラウを中心とした貴族男子グループ。もう一つはセラを中心とする貴族女子グループだ。
平民たちの中では初等部からの進級組ができている。外部組はまだグループと言えるほどの規模ではなく、隣の席などで会話をしていた。
そして俺のところにも一人の客人がやってくる。
「よ。まさかトップ10の成績だとは思わなかったぜ」
「俺はお前が合格しているとは思わなかったよ」
それは試験の際に後ろの席にいたあのロリコンだ。まさか合格していたとは。本格的にイーレンに注意を促さなければならないようだ。
自己紹介で聞いた名前は確か――
「ウルバだったか」
「おう、ウルバ・スミスだ。よろしくなノクト」
「先輩は紹介しないけどな」
差し出された手を握るが、しっかりと断りは入れておく。どう考えてもイーレン目当てだし。
「ぐっ、まあいい。ここにはいい子もいっぱいいるしな」
「初等部の校舎を見てそれを言うな……」
せっかくの知り合いが衛兵にしょっ引かれるのは勘弁だぞ。
俺は話を変えるために話題をふる。
「ウルバの知り合いは誰もいないのか?」
「ああ。他のクラスにはいるんだけどな。ノクトも見た感じ一人だよな? 成績いいみたいだし、囲まれるかと思ったらボッチで驚いたわ」
「まだ距離を測りかねてるんだろ。成績は良くても貧民街の出身だ。簡単に根付いた感情は変えられないさ」
あそこの連中は基本的に犯罪者だからな。まあやったことは恐喝や窃盗などの小悪党ばかりだが、一般人からしたら鼻つまみ者の存在。そこで生まれ育った俺は、そいつらの血を引いている可能性も高い。
人となりを知らない以上、不安に思うのも当然だ。
「そんなもんか。まあ、気にしてる連中はいるみたいだが」
「俺――というか孤児院を知ってる連中だろうな」
「なんだそれ?」
こいつは知らない立場か。
「俺の育った孤児院からは、貴族の養子も出てるし、魔法使いも出てる。二人ともここに通ってるから進級組の奴や、上に知り合いがいる奴の中には情報を持ってるのもいるってことだろ」
「なるほど、そんなヤバい孤児院の出身なわけか。そりゃ納得だわ」
「言い方……」
ヤバい孤児院って暗殺者でも育ててそうな雰囲気じゃねぇか。
現実は貧民街でひと際異彩を放つ健全な空気に包まれてるってのに。
「まあ人となりもわかれば平民どうしでもつるめるだろうし、さほど気にしてねぇよ」
「そのきっかけはきっと俺だな」
「かもな」
一人でも話す奴がいれば雰囲気を知ることはできる。
それに関しては、このロリコンにも一抹程度の感謝の気持ちを持っておいてやろうかね。




