入学試験と友との出会い
慌ただしかった日々はあっという間に流れ、季節は四回ほど廻った。
俺たちは十四歳となり、肉体的にも精神的にも、そして環境的にも大きな変化を見せている。
一番の変化はイーレンが去年から学園に通い始めたことだろう。
シスターと俺から勉強を学んだイーレンは、トップに近い成績で学園の中等部入学試験に合格。奨学金制度を利用して、ほぼ無料で学園に通っている。
今年から中等部へと上がるビーレストとしては頭の痛い問題だろうな。これまでは一つ下だと思って接していた相手が、学園では先輩となるのだ。わかるだろうか、この心の葛藤が。
そしてそれは、俺の問題でもある。
なにせ俺も今年から中等部へと入学する予定なのだ。まあ、今日試験日なので、入学できるかどうかはまだわかっていないのだが、まあ大丈夫だろう。
中等部からの入学にするか、それとも高等部に入ってからの入学にするかは悩んだところだが、思ったよりも早く下準備が完了したので、接触を図ることにしたのだ。高等部からの入学にすると、聖女と入学が被る問題もあるしな。
人から信頼を得るにはやはり時間が必要だ。余裕をもって計画は進めるべきだろう。
「ノクト、行ってらっしゃい。これお弁当のサンドイッチ。お昼に食べて」
「ありがと」
エーリアからサンドイッチの入ったバスケットを受け取る。
「頑張ってきてくださいね」
「ノクトならできるよ。先輩の私が保証してあげる」
「兄ちゃん、頑張れよ!」
「お兄ちゃん、頑張ってくださいね!」
そんな感じで見送られつつ、俺は試験会場へと向かった。
試験会場はそのまま学園だ。貴族区画と平民区画のちょうど間に存在する学園は、区画を隔てる壁の一部が取り外され、その一帯を敷地として運用されている。
どちらの区画からも通える場所であり、唯一貴族と平民が同じ並んで座る特別な敷地だ。
学園内では皆平等という一文が校則に記されているが、まあ形骸化してるよな。貴族は貴族だし、平民は平民だよ。まあ魔術師だけはその枠から離れることもあるが。
つまりイーレンはこの学園の中でも特別な存在というわけだ。そしてカトレアもな。
学園の校門へと到着すると、そこにはすでに多くの受験生が集まっている。
大店の息子に没落貴族、巷の神童や村の希望など、その人材は様々だが、入学できるのはここにいる全体の三割にも満たないだろう。そして平民は当然奨学金を当てにしている場合もある。
それが受けられてないとわかれば、そこからさらに入学者は減ることとなる。
と言っても分母が分母だけに、入学後のクラス割りは貴族二割、平民八割程度に落ち着くらしいが。
あらかじめ郵送されていた受験票を受付に見せ、試験を受ける教室の場所と学園の地図を受け取る。それを頼りに校舎の中を進み、俺が試験を受ける教室へと辿りついた。
席は半分ぐらいがすでに埋まっており、教科書を使って最後の確認を行っている。
俺も席を確認した後は、周りの例にもれず教科書を使って歴史の最終確認を行っていた。周囲からクスクスと笑い声が聞こえてくるのは、きっと俺の使っている教科書が古いものだからだろう。
古い教科書では、今の受験内容と食い違いが生まれる場合がある。だから受験生たちは常に最新の教科書を買って勉強しているのだが、うちにはそんな余裕はないからな。
けど、学園が休みの日にはイーレンから教科書を借りて相違点を洗い出し、古い方の教科書に書き足してある。なので、ここ習ってない!?なんて状態にはならないので安心なわけだな。
しばらくすると、予鈴が鳴る。そして試験監が入ってくると教室の緊張感が一気に高まった。
「ではこれより入学試験第一科目を始める! 問題は黒板に書き出すので、回答のみを用紙に記入するように。それと分かっているとは思うが、不正行為の類は一切を認めない。もし見つけた場合は即座に試験資格を失い学園から去ってもらう。では問題を提示するぞ」
おお、普通の紙だ。羊皮紙でも木板でもない普通の紙だ。貴族の間では普通に使われるようになっているだったな。平民にはまだまだ高価なもので、日常使いには厳しいからな。俺たちの間で日常的に使っているのは、ハオラ商会で働いているディアスぐらいだ。まあ貴族のビーレストや教会に所属しているシークも使っているとは思うが、孤児院には持ってこないし見る機会がない。
さて、いつまでも紙の感触に浸ってないで、ちゃんと回答を進めていかねば――
出てくる問題は、基本的なものばかり。初等部で習うものがほとんどであり、俺が詰まるような問題は一つもなかった。イーレンが平民一位の成績になるわけだ。これだとイーレンも中等部までの試験はほぼノー勉でクリアできるだろう。
そんな簡単な試験は順調に進み、昼の休憩時間をむかえた。
休憩は昼食の時間を含めて二時間ある。なんでそんなにあるのかと言えば、貴族の食事は長いからだ。マナーだなんだといろいろなものに縛られていると、時間がかかるらしい。
結構な時間があるがどうしようか。このまま教室にいても息が詰まる。さっきから隣のやつなんか問題解けなくて泣いちゃってるし……そんな奴の横でのんきにサンドイッチなんかバクバク食えないって。
とりあえず外に出よう。
俺は荷物をまとめ教室を出る。ちょうど廊下の窓から気持ちのよさそうな芝生の広場が見えた。すでに何名かがそこでランチとしゃれ込んでいる。まだベンチも空いている様子なので、俺もそこに行かせてもらうとしよう。
広場は少し肌寒かったが、今日は太陽の日差しが暖かい。ベンチに腰かけていると、体が暖められていくのを感じた。風もなく、穏やかな日だ。
エーリアが作ってくれたサンドイッチをボーっとしながら食べていると、顔に影が差す。
「どうかな後輩」
「先輩、今日は休みでは?」
影の主はイーレンだった。
「応援に来た。暇だったし」
「応援ねぇ。いらないことぐらい分かってるだろ」
「うん。ノクトなら楽勝なテスト。けど応援が誰もいないのも寂しいかと思って。結構来るんだよ? 在校生の応援って」
「そうなのか?」
「平民には狭き門だからね。身内の応援にも力が入るみたい」
「なるほどねぇ。じゃあ去年は寂しかったわけか」
「そ、そんなことないし」
そっぽを向くイーレンの耳が赤くなっている。どうやら図星だったようだ。
けど応援に行きたくても、来れるのはこの学園に所属する在校生だけだからな。そもそも本人以外は関係者であってもこの学園の敷地には入ることができない。貴族と一緒になるため警備はかなり厳重なのだ。
俺は食べ終わったバスケットを片付け立ちあがる。
そして軽くイーレンの頭を撫でてあげた。
「ま、今年からは俺やビーレストも入るんだ。もう寂しくないだろ?」
イーレンの身長は十歳のころで止まってしまっていた。おかげで、頭はなかなか撫でやすい位置にある。
そのせいで、中等部生なのに初等部生と間違えられることが多いと愚痴をこぼしていたけどな。まあ、身長が伸びなくとも、他が膨らめば自然とそういうこともなくなるだろ。栄養はどうやらそっちに回ってしまっているようだし。
「むぅ、私の方が先輩。先輩は敬うべき」
「はいはい。なら先輩らしくアドバイスでもしてくださいよ」
「アドバイス……なら一つ、眠気には気を付けて」
「くくっ、了解」
たしかにそれは気を付けないとな。俺も午前中のテスト時間に何回かうとうとしちゃったし。
基本定にテストは一時間で、問題を解いた後は待つしかない。そのくせ寝ていると評価に直結する。
「これ使う?」
「いや、俺も持ってるから大丈夫だ」
イーレンが差し出してきた小瓶と同じものをポケットから取り出す。
ビーレストに融通してもらった眠気覚ましだ。すでに半分ぐらい使ってしまっているが、午後だけなら半分あれば十分だろう。
「そっか。じゃあ頑張って。私、部室に顔出していくから」
「おう、そっちも頑張れよ」
さて、俺もそろそろ教室に戻りましょうかね。
イーレンを見送り、俺は重い空気が立ち込めている教室へと戻る。席に着くと、後ろから声をかけられた。
「なあ」
「ん?」
振り返ってみるが見知らぬ顔。知人ではない。
ただ一つ言えるとすれば、金髪碧眼のクッソイケメンということだ。この世界のレベルですらイケメンと言えるレベルのこいつは一体なにもの……
「さっき広場で話してたのって先輩だろ? 知り合いなのか?」
「見てたのか? のぞき見は感心しないぞ」
「ばっか、ここの廊下からなら誰だって見える場所だったろうが」
それもそうか。
「まあ知り合いだよ。一つ上の先輩」
「めっちゃ可愛かったよな。彼女なの?」
「違うぞ。さてはお前、幼女趣味か」
「そうだ」
そんな真顔で断言せんでも……何とも返しずらい空気が流れる。
「俺は幼い少女が好きなんだ。紹介してくれないか?」
「それで紹介してもらえるやつはいないと思うぞ?」
「くっ、やはり自分で会いに行くしかないか。何としても合格しなくては」
「まあ頑張れよ」
ヤバいやつが後ろにいたな。テストが終わったらイーレンに注意しておこう。
そう心に誓いつつ、俺は午後のテストへと挑むのだった。




