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気づいたときには掌の上に

 旅――というよりは規模の大きなお使いという気分の小旅行は大事なく四日目の昼を迎えていた。

 当初の予定よりも一日遅れてしまったが、なんとか目的の町へと到着できた俺たちは、宿をとり一息ついている。


「こっから薬草採取して帰るのか。思ってたよりもキツイな」

「荷物が多すぎたかもな。けど割と全部使ってたよな?」

「ああ。野営は二回だけだったけど、休憩は結構多かったからな」


 そのたびに水を飲み、体力回復のために何かを齧っていた。食料も結構減ってしまったし、衣類も汗なんかでベトベトだ。あとで宿の井戸を借りて洗濯しておかないと。

 それよりもだ。


「とりあえず今日はここで一泊。昼の間に情報を集めて、明日の朝薬草の採取に向かおう」

「了解。じゃあ俺は雑事やっとくから、ノクトは買い物がてら情報収集頼むわ。どうも俺そのあたりは苦手だし」

「ま、露店やってた俺の得意分野だしな」


 自分から言い出してくれたので、俺は素直にシークへと洗濯などを任し宿を出る。

 この町は王都と比べればはるかに小さい。王都の一区画に満たない面積の町だが、初めて見る町はなぜか数字以上に大きく見える。

 市場を探し歩き回ってみるが、この町でもあまり子供が出歩いている様子は見られない。この辺りは流行している地域からは離れているが、情報だけは回ってきているのだろう。

 そのまま人の流れに合わせて適当に歩き回っていると、市場らしき一角を見つけた。

 広場のようなところに露天が集まり、市場を形成している。露天の商品は王都とさほど変わらない。ここなら十分物資の補給が可能だろう。


「さて、どの店にするか」


 保存食を扱っていそうな店はいくつかある。その中でも情報を教えてくれそうな店主を探していく。

 あっちの店主は頑固おやじだな。むこうのは軽薄だけど情報は出し渋りそうだ。できればおばちゃんを狙いたい。おばちゃんの口は拡声器だからな。


「お」


 よさそうな店を見つけた。

 露店の中ではあまり目立たない風体だが、しっかりとお客さんの足が絶えない。

 昔からここに店を構えて常連をしっかりゲットしている店は信用できる。それにこの町や近隣に詳しい可能性も高い。そこにおばちゃんとくれば役満だろう。


「すみません」

「いらっしゃい。おや、ここらじゃ見ない顔だね」

「王都から来たんだ。ほら、あの病気とかあるから避難みたいな」

「ははぁ、かなり流行しちまってるみたいだねぇ。ここらはまだ大丈夫だけど、ちょっと心配だよ」


 おや、買い物をする前にダイレクトに本題に入れてしまった。


「薬は足りてないの?」

「薬草は全部王都やほかの町に送っちまってるよ。一応ここの分は確保してるらしいけど、あれあんまり保存きかないからねぇ」

「そっか。この辺りで採れるって聞いたんだけど、厳しいかな?」

「探せばあるかもしれないけど、数はないだろうね。薬草の値上がりでみんな探してるよ」

「こりゃ一苦労しそうだ。自己防衛用に持っておきたいんだよね」

「確かにそうだねぇ。西の森の奥まで行けばまだあるかもしれないけど、あっちはオオカミみたいな結構危ない動物も多いからね。探すなら北の森のほうがいいよ」

「そっか。しばらくこの町にいる予定だし、探してみるよ。あ、保存のできる食料って何がいいかな?」


 情報に感謝しつつ、俺は消費した分の保存食と栄養のありそうな果物をいくつか買っておいた。

 安全だが見つけにくい北にいくか、危険だが確率の高い西に行くか。さて、どうしたもんかな。

 とりあえず明日は北だな。それで見つかる気配がなければ明後日西に切り替えよう。こっちは必ず手に入れなければいけないのだ。多少の危険は承知の上。

 宿へと戻ると、部屋にシークはいなかった。おそらく洗濯の途中なのだろうと井戸のある裏庭へ回る。


「シーク」

「ノクト、お帰り。どうだった?」

「ありそうな場所は聞いてきた。けどやっぱりいろんなやつが採りに行ってるらしい。探すのは少し骨が折れそうだ」

「やっぱりそうか。けど覚悟の上だしね」

「まあな。洗濯はあとこれだけ? 早いな」

「そ、まあ二人分だし慣れてるからね」


 そっか。シークは精肉所に勤め始めたころはエプソンやタオルの洗濯なんかをやらされていたんだっけ。それで慣れているようだ。


「んじゃ洗ったもの半分持ってくわ」

「うん、部屋に干しておいて」

「あいよ」


 洗い終えた衣類をもって部屋へと戻る。そして室内にロープを張ってそこに洗濯物を干していく。干している途中にシークも戻ってきて、すべての洗濯ものが室内へと吊るされていく。

 二人分とはいえ、三日分だ。小さな部屋はすぐに洗濯物まみれになってしまった。

 

「なんというか、視界の邪魔だな」

「仕方ないよ。明日の朝には乾いてるだろうし、それまでの我慢じゃない?」

「明日は明日で洗濯物は出るけどな」

「りょ、量は減るから……」


 とりあえずやるべきことは終えた。後は腹ごなしだな。せっかく町に来ているのだ。美味いものを食いに行こう。


「シーク、飯行こうぜ」

「だな」


 宿のおかみさんに紹介してもらった食堂に向かう。夕食にはまだ早い時間だが、店の中からはなかなか賑やかな声が漏れ聞こえてきていた。

 店内に入れば、すぐに壁際にある二人席へと案内される。


「おすすめを二つ。あとパンを」

「はい、少々お待ちください」


 笑顔で注文を受けた給仕が厨房へと注文を伝え、すぐにパンとバターが届けられた。

 どうやらお替りは自由らしい。

 さらに続けざまに料理も届けられる。おすすめは牛すじのシチューらしい。トロトロに煮込まれているすじ肉は確かに美味い。


「そういえばさ」

「ん?」

「ノクトは孤児院出たらエーリアと暮らすのか?」

「ブフッ!!!! ――え、なに、どういうこと?」

「いやだってノクト、エーリアとずっと一緒だって約束したんだろ?」


 したか? いや、した気がする。慰めているときとか、将来を不安視していた時とか、俺が道を示すとか、ずっと一緒にいてやるとか言ってしまった気がする。

 え、でもそれはあれじゃん。言葉のあやというか、その場でそれ以外の選択肢が存在しなかったというか。

 そもそもエーリアのいう家族ってそっちじゃないだろ? もっと兄妹的な――え、違うの?


「エーリアが言ってたのか?」

「嬉しそうに話してたぞ。ずっと家族でいてくれるってウキウキだった。あの笑顔はあれだ、野菜の収穫を終えた後の笑顔に似ていたな」

「あ、俺収穫されたってことなのか……」


 もう逃げ道ふさがれてるじゃん。これで俺が普通に一人暮らしする予定とか言ったら、完全に悪者じゃん。


「あいつ孤児院の畑はどうするつもりなんだ? 俺孤児院からは出る気満々だし、そのことはあいつにも言ってたはずだけど」

「さあ。エイチェにでも渡すんじゃない。それにノクトが孤児院を出るのってまだ五年以上あるでしょ? その間に孤児だってまた増えるだろうし、教え方さえちゃんとしておけば管理は問題ないでしょ。ノクトが王都から出ないなら、畑に通うことだって可能だろうし」


 あー、そういうことか。俺は特に王都から出るつもりはなかったし、通うことも十分可能なのか。


「んで、どうするつもりなんだ? つうかエーリアのことどう思ってるん? ノクトって恋愛絡みの感情があんま見えてこないんだよね。誰か彼女がいるってわけでもないみたいだし」

「それはお前もだろ」

「え?」

「ん?」


 あれ、俺おかしなこと言ったか?


「俺彼女いるぞ?」

「はぁ!?」


 驚きのあまり思わず立ち上がる。

 そしてすぐに周囲から注目を集めていることに気づいてそっと席に戻った。


「誰だよ。詳しく教えろ。名前は? どこの子なんだ?」

「名前はメルリア。仕事場の仲間の娘さんだよ。たまたま弁当届けてきてたメルに会って仲良くなったんだ」

「マジかよ……え、じゃあ親公認?」

「付き合ってることは知ってる程度かな。結婚とかはまだ考えてないし」

「ほぼ公認じゃねぇか」


 こちとら孤児だぞ。そこと付き合ってること認めてる時点でほぼ公認だし、そもそも同僚が自分の娘と付き合ってるって時点で、認めてなきゃ普通に仕事できねぇわ。


「で、ノクトは?」

「ぐっ」

「話そらそうとしても無駄だよ。時間はたっぷりあるからな」


 これは逃げられないか。


「恋愛感情は正直無い。あくまでも家族だと思ってるし」

「やっぱりそうか。じゃあ結婚とかは考えられない感じ?」

「別にエーリアが恋愛感情を持たれてなくても結婚したいっていうなら、別に結婚してもいいとは思ってるぞ。あいつのことは嫌いじゃないし、拒否する理由もない。付き合ってから好きになることだってあると思うしな」


 ほかに好きな人がいるわけでもないし、ハーレムエンドを目指しているわけでもない。


「ドライだなぁ。けど結婚もありってことか。言質とったからな!」

「え、もしかしてエーリアから何か頼まれてたのか?」

「まあな。探りは入れて欲しいって言われてたわけだ。これで俺も怒られずに済むわ」

「マジかぁ」

「けど俺個人としても、すこしはエーリアの気持ちに向き合ってやってもいいとは思うけどな。エーリアのやつ、もう五年近く片思いしてるんだからさ」

「五年って」


 俺が俺として動き始めてからすぐじゃねぇか。じゃあもしかして昔からやけにマセたことをしてきたと思ってたのは、全部アピールだったのか? だとしたら俺とんでもないクソガキだろ。

 けどそれを嬉しく思っている俺もいるし、外堀はすでに埋められ退路は断たれているわけだ。

 まあそれもいいか。俺がエーリアのことを意識できないのは、家族のような存在ということもあるが、まだお互いに十歳ってことも大きいだろうし。

 二次成長途中の体じゃ色気もへったくれもない。肉体が熟してくれば、俺だって自然と異性を気にするようになるはずだ。その場合は、エーリアからのアピールに耐えられるかという問題もあるけど――いや、耐えなくていいのか? とりあえず俺の計画が落ち着くまでは今の関係のままでいたいし、耐えなくては。頑張ろう……


「さて、憂いも取れたところでそろそろ戻ろうぜ。明日は日の出から動くんだろ?」

「はぁ……だな」


 料理を平らげた俺たちは、支払いを済ませ宿へと戻るのだった。

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[一言] エーリア、恐ろしい子・・・!
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