表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/52

夜分遅くに失礼いたします

 どうも皆さんこんにちわ。セネラと申しますわ。

 わたくしただいま、お嬢様からの命を受けて密偵の真似事中ですの。

 目標はハシュマ家及び、貧民街にある名もなき孤児院。ビーレスト様の出自や、その周辺に関する調査ということでございますが、いったい何があるのでございましょうか。

 個人的にはそんなに面白いものはポロポロと出てこないとは思いますが、お嬢様の直感というのは幼いころからなかなか侮れないものがございましたからね。

 少し期待をしてしまうのも仕方がないかもしれませんわ。


 ではまずはハシュマ家へとお宅訪問。漂ってくる香りはお夕食でしょうか。なかなか香しい食欲をそそるバターの香りですわね。今夜はソテーでしょうか。

 おっと、そちらに気を取られてはいけませんね。

 まずは確認です。ハシュマ家の家族構成は祖父母はどちらも存命ですが別荘で引退暮らし。当主はウォーロック・フォン・ハシュマ伯爵。妻は正妻がお一人のみ。子供は養子のビーレスト様と実子のルクリア様。家族関係は良好ですか。兄妹間での仲が良好なのは、養子となったビーレスト様がルヴ、つまり継承権を持たない養子として登録されているからでしょうね。フォンであるルクリア様のお子様がハシュマ家を継ぐことが決まっているので焦りはないということでしょう。この辺り、ウォーロック様もしっかりと考えられておられるようです。

 では潜入開始です。夕食に合わせて二階の窓より潜入。ピッキングによる開錠でササっと中にお邪魔します。


「ポークソテー。美味しそうですね」


 一階の食堂を覗けば家族全員がそろって夕食中。ビーレスト様もすっかり貴族としてのテーブルマナーが板についたご様子で、ほかの方と違和感ありませんね。

 ルクリア様との談笑も行われ、仲の良さが窺われます。

 いつまでも家族の団欒を眺めているわけにもいきませんね。

 そそっと食堂から離れて本命のウォーロック様の書斎へ。適当に棚を漁ってみますが、怪しいものは見つかりません。というか私は何を目標として探しているのでしょうか?

 お嬢様的には今回の権利譲渡に関して裏がないかを確認したいところでしょうし、その辺を重点的に探すとしましょう。

 机の引き出しを探してみると、比較的わかりやすい場所に契約書はありました。

 眠気覚ましの製造権利を所有する証明書と、その製造を許可する契約書ですね。どちらも特におかしな点は見受けられません。念のため内容を暗記して後で写しをお嬢様に提出しておきましょうか。

 次はビーレスト様の私室ですね。

 足音を殺して部屋を移動する。この歩き方、癖になってるせいでシェスに良く怒られるんですよ。メイドはそんな歩き方しないって。見る人が見ればバレちゃいますからね。

 今はそんな歩き方が大活躍するわけですが――


「おじゃましまーす」


 ビーレスト様の部屋は、いたってシンプル。というよりも少しもの寂しく感じますね。物が少ないというか調度品が少ないというか。あまり貴族らしくない部屋と言い換えてもいいかもしれません。この辺り、意外と孤児としての生活の感性がまだ残っているのかも。

 ですがこれはやりやすいですよ。物がなければ調べる場所も少ないですからね。

 ではでは失礼して――

 床に伏せベッドの下へと手を伸ばす。すると指先に触れる感触。ヒットですね。

 取り出せばなかなかに刺激的な表紙が。彩色までされていて、情熱の高さがうかがえます。

 え? エロ本ですよ?

 今年で十歳。ビーレスト様もなかなかしっかりと性にお目覚めのようですね。デスクの上に置いておきたい気もしますが、今の私は密偵。ちらっと中を確認したのちそっと元に戻しましょう。

 おお、これはなかなか美しい女性がそろっていますわね。モデルは娼婦でしょうか。おそらくこういうものは裏面に娼館の宣伝が――ありましたね。風俗街の高級店舗ではありませんか。ん、このお店の名前どこかで……ああ、ビーレスト様が昔働いていたお店ですね。そういえばここでの働きが優秀で娼婦から貴族に紹介されたと情報がありましたから、ビーレスト様の性の目覚めはもっと早かったのかも。タイプは私みたいなお姉さん系ですかね。これは玉の輿の可能性も――っと、寄り道はこの辺にして。

 本命であるデスクのチェック。中には多くの手紙が大切に保管されています。

 差出人は書いてありませんね。直接誰かが渡しているのでしょう。秘匿性の高い手紙ではこうすることが多いはずですが、内容を確認させていただきましょう。

 ふむ、孤児院からの手紙ですね。あまり重要性はなさそうな気がしますが、お嬢様はどちらかというと孤児院を気になさっておいででしたね。もしかしたら指示書のようなものがあるかも。

 手早く手紙を確認していく。最近の様子やビーレスト様を心配するような内容が多い中、確かに少し毛色の違うものが見受けられますね。

 指示のようなアドバイスのような内容のものが数枚。一番新しいものですと、今回の権利売却の指示ですね。差出人は案の定なし。他にも貴族のどの層と最初に接触を持つかなども書かれている。明らかに階級というものを理解している人物からの手紙だ。

 これはお嬢様の勘が当たったのかもしれません。例の孤児院、しっかりと調べたほうがいいかもしれませんね。

 私はすべての手紙を元の場所へと戻し、静かに屋敷から脱出した。


 例の孤児院は貧民街の片隅にあります。屋敷からはおおよそ三十分ほど。ただ貴族街は壁に囲われ入口には検問があるので平民の方々はなにか特別な理由がない限りは入ることは許されません。もちろん私はレヴァリエ家が発行した身分証明書をもっているので素通りですが。

 孤児院の周辺はすでに暗闇に閉ざされている。近隣の家からも光が漏れてくることはないが、これは空き家なのではなくただ蝋燭の節約をするためでしょう。その暗闇が私には助かりますが。

 サラっと庭側から潜入。なかなか広い……というか広すぎませんかね? 隣の家の敷地を丸ごと畑にしたような広さの庭ですよ。しかもびっしりと作物が植え付けられ、育ちもよさそうに見えます。

 どういうことでしょうか。この辺りの土地で農業なんて、普通なら雑草ぐらいしか育たないはずですが。

 土を調べてみると、やけにフカフカとしている。これは土自体がこの辺りの物ではありませんね。近くの森から持ってきたのでしょうか? かなりの手間をかけて作っている様子。

 この孤児院には管理者であるシスターが一人と子供が六人のはず。これを孤児たちが管理しているのだとすれば、異常といえますね。

 孤児院の中へと潜入します。鍵もないのでハシュマ家よりもはるかに楽ですね。食堂からは数人の話声。数からして一部は部屋に戻っているのでしょうか。

 とりあえず開いている部屋から調べましょう――


 ――なにもありませんね。

 どの部屋も普通の子供部屋。管理帳簿だったり農業日誌だったりと一部おかしなものもありましたが、事前情報と照らし合わせれば特別異常というほどでもありません。

 残っているのは子供が部屋にいる場所。そこに当たりがあるのでしょうか。これは寝るのを待って行動しましょう。


 ようやく眠ってくれましたか。

 他の子たちが二十時には就寝したというのに、最後の子だけは二十二時近くまで何か作業をしていた。

 子供特融の遊びたくて夜更かしとかそういう感じの印象ではなく、ひたすら机に向かって何かを書いていたようです。

 その間にほかの子たちの部屋も確認しましたが、さほど変わり映えのしない成果しか得られませんでしたね。一番小柄な少年の部屋にある絵にはなかなか感動してしまいましたが――レヴァリエ家のメイドとして芸術に関してもいろいろと覚えのある私ですが、あのモノトーン絵画には思わず見とれてしまいました。あの年であれだけのものを描ける子供は、芸術の家であるアーティース家ぐらいしか知りませんし、すごい才能ですよ!

 っと、思い出して興奮してしまいました。才能はすごいですが、あの子は芸術に特化した感じでしたね。他の子たちもその才能を認めて伸ばしている様子でしたし、将来が楽しみです。

 スタッと天井裏から降り立ち、黒髪の少年が眠るベッドの横を抜けて机へと向かう。

 ふむ、歴史のお勉強ですか。

 机に出しっぱなしになっていたのは、十年以上前に使われていた学園の教科書。そして木板には歴史の年号と出来事や偉人の名前がびっしりと並んでいる。

 二時間近くひたすら勉強していたということでしょうか? だとすればすごい集中力。厳しい教育を受ける貴族の子供たちでさえ三十分から一時間に一度は休憩を入れるというのに。

 勉強の進み方から、すでに初等部の授業範囲は終えていそうですね。このまま学び続けるのであれば中等部からの入学も可能でしょう。

 この孤児院、確かに異常ですね。

 ビーレスト様ほどの才能が孤児院から出てくるのは非常に稀。いえ奇跡といったほうがいいレベルのはずですが、ここの孤児たちをみているとビーレスト様が平均的な能力に見えてきます。

 つまり全員が貴族レベルの教養を身につけている。

 これが異常と言わずになんと言いましょうか。

 この異常性には何か理由があるはず。それこそお嬢様が話していたブレインの存在。確かにこれだけの異常性を生み出せるブレインであればお嬢様が欲しがるのもわかりますね。

 他の子同様にそのブレインからの手紙がないかと机の棚を物色します。

 出てくるものは羊皮紙や木板。それらを確認していくと、気になるものが見つかりました。


「これはいったい」


 蜜計画と書かれた一枚の羊皮紙。そこには私の知らない、いえ未来の予想が立てられていた。

 化粧品ミリオブランド、アクアリウム、温泉観光地そして戦争。聞いたこともない言葉が含まれているが、この計画書にはそれらにどのように絡むかというものが書かれていた。

 これが事実だとすれば大問題である。


「急いでお嬢様に」

「ん? 誰かいるのか?」


 マズい! 子供が起きた! 動揺から気配が漏れましたか。即座に天井へと飛び上がり、気配を消す。

 起きた子供は首をかしげながらも机へと近づき、そこに広がっている計画書を見た。

 これを見てどのような反応をするのでしょうか?


「ヤバ、導師からの手紙出しっぱなしだったよ」


 導師――それがこの計画書を書いた人物。孤児たちに何かをやらせようとしている人物の正体ですか。

 見つけましたよ、なかなかの手がかり。

 少年は手紙を机の中にしまい直すとベッドへと潜り込む。しばらくして寝息が聞こえてきました。

 私はホッと息を吐き、着地。これ以上の情報は出なさそうですし、撤収するとしましょう。導師という人物に関しては、一度お嬢様の指示を仰いだほうがよさそうですね。

 私は静かに孤児院を出ると、闇に紛れてお屋敷へと戻る道を急ぐのでした。


   ◇


「ビビった……」


 目が覚めたのは偶然だ。勉強しながら飲んでいたお茶でトイレに行きたくなったからだが、まさか俺の部屋に知らない大人がいるとか怖すぎるわ。思わず悲鳴上げそうになったし。

 なにやら机に向かって何かを見ている様子だったので、わざと音を出して寝ぼけながらに起きるフリをした。

 謎の影は即座に消えたため、何を見ているのか確認するため机に近づいたが血の気が引いたね。俺の蜜計画が読まれていたんだから。

 これを知られれば何をされるか分からない。だからとっさに導師という名前を使ってこれが俺のものではないというアピールをしたのだが上手くいっただろうか?

 これで架空の人物「導師」を探してくれればいいのだが。しばらくは孤児院の中でも警戒しておいたほうがいいかもしれないな。俺につながりそうな書類はなるべく燃やしてしまおう。


「邪魔はさせないぞ。俺は甘い蜜だけ啜りたいんだからな」


 計画書を破りながら、暗闇の中俺はそっと呟くのだった。

二章はこれで終了となります。次回からは三章・少年の覚悟が始まります。


ストックが減ってきたので、行進ペースが少し落ちるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ