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焦りに夢を重ねて

 入院しながら仕返しの方法ゆっくり考えるかぁなんて思ってたのに、翌日にはベッドからたたき出されてしまった。この辺り異世界は優しくない。

 まあ、もともと貧民街の孤児のなんかに治療をしてくれるような世界ではないのだが、ビーレストやディアス達が結構高めの医療費を払ってくれたおかげで入院させていてもらったようなものだ。意識が戻り、怪我の状態が確認できれば早々に退院するのがいいだろう。

 後は通院して傷の経過を確認するぐらいだろうし。

 そんなこともあって孤児院へと戻された俺は、天国なのか地獄なのか分からない状況に置かれていた。


「ノクト、はいあーん」

「いやあーんって、俺普通に右手は使えるぞ?」

「けが人なんだから安静にしておかなきゃいけないの!」

「いや、だが」

「ダメ」


 帰ってきたら、エーリアが尋常じゃないほど過保護になってる。しかもシスターも特に止めようとしないし、イーレンも特に何も言ってくれない。というかイーレンもエーリアに続いてやや過保護気味な様子。シークからは視線をそらされたし、エフクルスは言わずもがなほとんど部屋から出てこないので、そもそも助けてくれない。

 いや、心配かけたのは分かるよ? 三日も眠りっぱなしだったみたいだし。けどこれは俺の羞恥心が……


 あーん――美味しいです。新玉ねぎは生に限るね!

 いや、そうじゃなくて。


「とにかく普通に食べさせてくれ。さすがにこれは恥ずかしい。というか俺がダメになる」

「むぅ……」


 やや強引にフォークを取り上げ玉ねぎサラダをもう一口。うん、美味い。

 これもしっかり売り物になるだろう。

 そしてようやく落ち着いた食事を取り戻した俺は、本題へと入る。


「んで、シークは治療院に入りたいんだって?」

「ああ。今の精肉店をやめて、治療院で勉強したいって思ってる」

「結構突然な気がするが、前から考えてたのか?」


 まあ俺としては医療関係に人を入れられる絶好の機会ではあるのだが、シークが突然そんなことを言い出したことに若干驚きを隠せないでいた。

 今日の昼に突然そのことをシークから相談され、とりあえず教会に絡むことだからシスターの意見も欲しいと夕食時に相談ということになったのだ。


「前は正直そこまでだった。いきものの仕組みには興味があったけど、動物の解体をしていれば何となくわかってたし」


 まあ配置が違うだけで、まったく違う器官とかが存在するわけじゃないからな。


「ただノクトやイーレンが病院に運び込まれて、そこで倒れているのに何もできない自分が悔しかった。ビーレストやディアスは犯人についていろんな人と協力して調べていたし、エーリアはシスターと二人の面倒を見てた。エフクルスだってその間は孤児院の管理をしていてくれたんだ。けど俺だけは何もできなかった。エーリアに言われた通りに軽く手伝いをしてたけど、指示されなければ何もできずに立ってることしかできなかった。それが凄く嫌だったんだ。俺も何か仲間のためにできることをしたいって思って、それで俺が力になれるとしたら治療院かと思ったんだ」


 なるほど、シークなりに今回のことはいろいろと思うことがあったってことか。

 他の人の医者になる決意ってのがどんなものかは知らないが、身近な人の病気や怪我ってのは意外と大きな理由なのかもしれないな。

 俺としては特に否定する理由はないと思う。ただそれは教会の中の事情を知らないからだ。シスターからするとどう感じただろうか。

 俺が視線をシスターに向けると、こちらを見ていたシスターが口を開く。


「シーク君、治療院に行く、ひいては教会に所属するということはここを出て寮生活をすることになります。見習いの内は寮から出ることは許されず、外との会話は手紙だけに限定されます。その手紙に書ける内容も医療機密に触れる部分を書くことは許されないと聞いたことがあります。それに治療院で学び、働くということは多くの病気と触れ合うということ。当然自分の命すら危険にさらす行為であることは理解していますか?」


 そうか、医療技術としてはまだまだ未熟なこの世界、ひとたび感染症が発生すれば多くの人が死ぬことになるだろう。そして彼らが助けを求めて駆け込むのが教会だ。当然医師たちは大量の病気の保有者と直接接することとなる。予防接種など存在せず、衛生管理もまだ完璧ではないこの世界では、死亡率が高くなる危険な職業であるというのは間違いない。

 俺もそこまでは想像していなかった。すぐにシークの治療院入りを賛成せず、シスターに聞いておいて正解だった。

 そのあたりをシークがどう考えているか。

 シークの反応は――どうやら俺と同じで想像もしていなかったみたいだな。


「俺としては、シークがそれでも治療院で勉強がしたいっていうなら応援するし、多少なりとも手助けはできると思う。けど自分だけなにもできなくて焦っているという理由だけで無理をしてまで行く必要はないとも考えている」


 悪役令嬢の医療知識が本格的に治療院へと流れるのは、中等部二年時の隣国で発生した感染症の水際防止柵と予防策の時と高等部二年の戦争による怪我が続出したときの二回だ。それまでにはまだかなりの時間があるし、別にそこに絡むためには治療院に人が必要というわけでもない。薬品の注文ならディアスが絡めるし、道具の注文ならそっちに人を入れることもできる。

 むしろ治療院に入って感染症にかかってしまえば本末転倒だ。


「すこし――考えてもいいかな?」

「ええ。自分の将来のことなのです。じっくりと、しっかりと考え悩んでください。そのための時間は沢山あります」

「だな。シークはちゃんと仕事もしている。思い詰める必要はない」

「ありがとう」


 とりあえずシークの将来に関しては保留ということでいいかな。

 んで、将来ついでに気になっていることが一つ。


「そういえばイーレンはどうするんだ? 学園に行くのか? それともこのままシスターに習う感じ?」


 今はシスターから魔力の制御や魔法を学んでいるが、専門的なものを学ぶならば学園の魔術の授業を受けたほうがいいだろう。シスターも中等部までは学園にいたらしいけど、そのあと教会に所属したから高等部の授業は受けていないらしいし。


「シスターと相談した。たぶん中等部からの編入を目指す」

「じゃあ四年後ぐらいか」

「年齢的にはそうかもしれませんが、能力で言えば二年後ぐらいでも大丈夫だとは思いますよ。もともとノクト君がいろいろと教えてあげていましたから、基礎的なものはできていますし、初等部の授業程度であればすぐに覚えてしまうと思います。ある程度魔法を使えるようになったら、入ってしまうのもいいかもしれませんね」

「じゃあビーレストの先輩になれるかもな」

「私がお姉さん?」

「イーレン先輩だな」


 先輩という響きに心打たれたのか、イーレンの瞳が輝き、鼻息が荒くなっていた。かなりやる気のようだ。これはビーレストには災難かもしれないが、まあ頑張ってもら……まて、俺も高等部からは入学予定なんだから、下手するとイーレンを先輩と呼ばなければならなくなるぞ。

 俺は悪役令嬢と接点を持つために同学年に入らないといけない。ほぼ確定じゃないか!?


「ゆ、ゆっくりでもいいんだぞ?」

「大丈夫、頑張れる! シスター、よろしく」

「はい、私も頑張って教えますね」


 ああ、シスター。ほどほどに頼むよ――俺の精神衛生のためにも。


 食後、自室へと戻ってきた俺は、さっそく仕返しの方法を考えるために机の前でうなっていた。

 転生者の代わりの悪役令嬢として配置されたのがリユールだが、現状俺とリユールには接点が皆無といっていい。ビーレストならば多少の接点があるとは思うが、同じ伯爵位の子であってもその立場には大きな違いがある。

 方や王家の血すら入っている歴史ある貴族の子女であり、方や貴族の血すら入っていない孤児の養子だ。同じ立場で考えるのは危険だろう。今回の事件の原因もそれが確執となって現れたようなものだ。

 となればビーレストからかかわらせるのは危険。ハシュマ家自体が貴族社会で孤立しかねない。

 ではどうするか。

 ――今のところ怒りをグッと飲み込むというのがベストな答えだろう。

 強大な権力に対して対抗できる力は俺たちにはない。ならばそれに近づかず、目を付けられないように立ち回るというのが人間社会の生存戦略だ。今回の事件はそれに失敗したから起きたものだし。

 だが我慢するといっても、ずっと続けるわけではない。

 奴は純血主義。必ず転生令嬢カトレアと衝突する時が来る。それはシナリオでも確定している。それを狙ってこちらも仕返しを仕掛けるというのがベストか。

 まあみんなとしては納得できないかもしれないが、同じように堪えてもらうしかない。必ず安全に仕返しのできるタイミングは来ると言っておけばみんななら信じてくれるはずだ。


 それとは別に考えなければならないこともある。眠気覚ましの件だ。

 今回の事件の根本的な問題はこいつの扱いだ。学園内で人気が広がりすぎてしまったためにリユールに目を付けられてしまった。

 ビーレストは俺たちが死んだという演技をしてリユールを表舞台に引っ張り出したようだが、いつまでも俺たちの生存を隠し通せるわけでもない。というかすぐに気づかれるだろう。となればあいつはまたビーレストを含めた俺たちを狙う可能性が高い。

 後ろ盾が必要だ。それもリッテンベルト家が手だしを躊躇しなければならないほどの強い後ろ盾。

 思い浮かぶのは一つである。

 レヴァリエ家。ようはカトレアの派閥につくと宣言することだ。その時の手土産として眠気覚ましの権利を渡せばいい。あの令嬢ならきっと眠気覚ましのタブレット化もしてくれるかもしれないしな。それに権利を渡したからといってビーレストの評価が下がるわけではない。むしろレヴァリエの派閥に入ることができれば家内の評価としては上がるはずだ。もともとそのために養子になったわけだし。

 よし、この作戦で行こう。ビーレストには手紙を書かないとな。

 羊皮紙のストックはあっただろうかと机を漁っていると、扉がノックされた。そしてこちらの返事も待たずに扉が開かれる。


「ノクト! 背中拭いてあげる!」

「エーリア! 別に大丈夫だって! それぐらい自分でできる!」

「遠慮しないの! ほら、ベッドに座って!」


 ぐいぐいと来るエーリアが俺を引っ張ってベッドに座らせる。そのまま服をめくり上げられ、抵抗する間もなく背中をさらされてしまった。

 そのまま絞ったタオルで背中を撫でられる。さすがにこの状態から抵抗するのも意味がないので、俺はそのまま尋ねることにした。


「エーリア、最近どうしたんだ? 本当に少しおかしいぞ」

「そんなことないよ。ノクトが怪我して大変だろうから手伝ってあげるだけ」

「それにしても異常だって。ちょっと左手怪我しただけで、生活に支障はないんだ。それは医者も言ってただろ? なにかあったのか?」


 エーリアの手がピタリと止まる。


「……なにか。なにかあったよ」


 やはりエーリア自身になにかあったのか。将来的な問題か? 手伝えることはあるだろうか。


「ノクトが死にそうになったんだよ? ちょっとどころの問題じゃないよ!」


 そこにイーレンの名前がなかったことを指摘するほど、俺も野暮じゃない。


「私たちは私たちしかいないんだよ!? お父さんもお母さんも、おじいちゃんたちも、親戚も、だれもいないんだよ!? 誰か一人でもかけちゃダメなんだよ! 不安だった。怖かった。すごく寂しかった。もしかしたらもう会えないんじゃないかって思ったら、夜も全然眠れなくて……いやだよ。いなくなっちゃいやだよ…………」

「……悪い。そこまで心配してくれてるとは思ってなかった」


 エーリアがそこまで思いつめていたとは思わなかった。確かに俺たちの家族といえるのはこの孤児院にいる仲間たちしかいない。だが俺としてはここにいるのは友達以上の存在、親友のような考えだったので、エーリアとの考え方の違いに少し驚いた。

 エーリアは俺たちのことを家族として考えていたのか。そりゃ不安にもなるはずだ。もう少しみんなとの関係性を見直さないといけないかもしれないな。


「私たち家族なんだから。ずっと一緒にいなきゃやだよ……」

「そうだな。家族だもんな」


 服を直した俺は、さめざめと泣くエーリアを落ち着かせるため、そっとその頭を撫でるのだった。

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[一言] エーリアちゃんのヒロインムーブが止まらない 家族愛だけなのかな?
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