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気丈に空元気

 僕が、ノクトとイーレンがいなくなったという情報を聞いたのは、二人の失踪から二日目のことだった。

 森に出かけた二人が夜になっても帰ってこなかったらしい。あの森は町の子供たちでも時々遊びに行くような安全な場所だ。そこで二人そろって事故にあったとは考えにくい。となると、人為的な何かがあったと考えるべきだろう。

 その情報を持ってきたのは、ディアスの務めているハオラ商会からの緊急連絡で、すでにハオラの主人とシスターが捜索の依頼を出しているそうだ。

 伯爵家からの依頼であれば、動きも少しは良くなるだろう。

 ハオラの商会が衛兵に依頼しているのであればすぐにでも動いてくれるとは思うが、僕も念のため衛兵の詰所に使いの者を送ることにした。

 森の中の捜索はすでに行われているが、二人の死体や痕跡が見つかったという情報はなかったようだ。

 誘拐……なのだろうか。最近の孤児院は僕たちやハオラ商会と組んでいろいろと目立つ存在だった。そのことに妬みや恨みを持つ者がいてもおかしくはない。

 ただ、シスターがいる以上貧民街の人たちが動くとは思えない。となれば実行犯には外部の傭兵を雇ったはず。それを調べれば何か分かるかもしれない。

 

「お兄様、そろそろ学園に行きませんと」

「うん、大丈夫。僕も自分の役目はわかっているよ」


 義妹のルクリアが心配そうに声をかけてくるが、僕は気丈に立ち上がる。

 僕の役目は貴族としてこのハシュマ家を支えること。そして孤児院の皆の後ろ盾になることだ。その役目を果たせないようでは、ノクト達に笑われてしまう。


 学園へは馬車で向かう。徒歩の生徒もいるようだが、伯爵家以上は基本的に威厳を保つために馬車を使うのだとか。義父様が言うには、貴族は常に金を使わなければならないと。貯めるだけではなく、それを消費して民に回すからこそ国が潤うのだと言っていた。

 以前ノクトが言っていた経済学の考えだ。金の循環。それが適切に行われない国はいろいろな問題が浮上しやすいと言っていたが、それと同じことだろう。

 学園の勉強は基本的に退屈だ。シスターの使っていた教科書の内容とは一部違うところがあるものの、基本的に学ぶ量は同じである。だから学園での主な仕事は顔つなぎ。貴族どうしの関係の構築である。

 あいにく僕は孤児からの養子ということで、二年経った今でも上級貴族との関係は上手く築けていないが、眠気覚ましのおかげで同じ伯爵家や子爵男爵などの下の家の子供たちとは上手くいっている。

 今後の目標としては爵位が上の、いわゆる上級貴族たちとの関係構築だ。そのとっかかりはほんの爪の先程度だが眠気覚ましによって一応できている。

 まさか最高の花(フィオレミリオ)と呼ばれるカトレアさんが眠気覚ましを便利だなんて言うとは思わなかったけど。

 けど上級貴族なら当然授業の内容は家庭教師で入学前までに終わらせているだろうし、特に彼女の成績は常にトップクラスだ。きっと授業は退屈だったのだろう。

 そんなおかげで眠気覚ましの発注が上級貴族から集中して一時期は大変だったけど、ハオラ商会をはじめ他の商会の協力もあって今はなんとか安定した供給を行えている。


「ルクリアは友達作りは大丈夫? 眠気覚ましの件でいろいろとバタバタさせちゃったけど」

「はい、私はもともと入学前からいくらか付き合いがありましたから。学園に入った途端眠気覚ましを分けてくれないかと言われた時はさすがに驚きましたが」

「ごめんね。まさかここまで大ごとになるとは思ってなかったんだ」

「いいえ、お兄様の才覚が認められたのですからむしろ誇るべきことです」

「凄いのは僕じゃなくて、この事態まで予想して動いていた導師なんだけどね」

「またその導師ですか」


 ルクリアはぷくっと頬を膨らませる。

 僕がハシュマ家に養子として引き取られる前日、ノクトから僕たちにとある頼みをされた。

 それは今後誰がその知識を教えたのかや、誰がその道具を与えたのかなどの情報に自分の名前を出さないでほしいというものだった。

 なんでも、今後の予定でノクトは一般人を装って学園に入学するつもりらしい。その時にあまりに自分の名前が広まってしまっていると、一般人として周りに溶け込めない可能性があるからと言っていた。

 なぜそんな計画を立てているのか知らないが、まあそれがノクトの人生設計なのだろう。僕たちの人生を考えていろいろと動いてくれたノクトの頼みということもあり、僕たちはそのお願いを受け入れることにしたのだ。

 だが、眠気覚ましや野菜の量や味の向上、ディアスの知識など、どう考えてもシスターだけでは考えられないような知識を僕たちは有している。そこの出どころを聞かれた際にどうするかという問題に対して、僕たちは一つの結論を出した。

 架空の人物「導師」を生み出そうということだ。

 シスターが以前、ふざけてノクトのことを導師と呼んでいたのをエーリアが聞いたことがあり、そのまま導師という存在が孤児院に来て、僕たちに知識を与えてくれたということにしたのだ。

 おかげで、眠気覚ましもディアスへの入れ知恵も野菜の美味しさも、エフクルスの技術も、全部導師が教えということになっている。

 この導師の正体ばかりはルクリアに教えられないので、この名前が出ると膨れてしまうのだ。


「そんな顔してたら、可愛い顔が台無しだよ」


 膨れた頬をぷすっと突いてやる。


「お兄様のバカ」


 娼婦のお姉さんたちに教え込まれたおだて術は、貴族の初心な子たちには効果テキメンだ。これのおかげで何度も窮地をしのいでいるので、お姉さんたちには感謝しかないね。

 頬を染めて窓の外を向くルクリアを眺めながら、僕はノクト達の情報を何か得られないかと方法を考えるのだった。


   ◇


 今朝デスクの上に積み上げられていた書類と向き合いながらも、俺の頭はどこか上の空だった。


「ディアス、また手が止まってるぞ」

「あ、すみません」

「まあ止まるのも分かるがな」


 直近の上司から注意を受けるも、その上司も今日ばかりはどこかしかたがないといった様子でため息を吐いた。

 ハオラ商会の上層部や、俺の上司なんかはノクトとイーレンが攫われたことを知っている。

 すでに衛兵に依頼を出して付近の捜索をしてもらっているが、進展は見られない。

 ノクト達が失踪してから早二日。孤児院の朝は暗かった。

 シスターは気丈に振舞っていても、その表情の端々に不安がよぎっているのが分かるし、エーリアは隠し切れない動揺で朝からミスを連発していた。

 シークやエフクルスも同様に口数は少なく、まるで五年前の困窮していた孤児院に戻ったような雰囲気だった。

 なんとかしてやりたいとは考えるけど、俺は一社員でしかない。ビーレストは貴族の権限を使って衛兵をせっついてくれているみたいだし、ハオラ商会の会頭たちもいろいろと手をまわしてくれてはいる。

 商会に入っても、何もできない自分がとても悔しかった。


「すみません、ちょっと外の空気吸ってきます」

「おう、ゆっくりでいいぞ」


 一言告げて席を立つ。階段を上り、店の屋上へと出た。

 大きく深呼吸するが、どこか胸の奥にしこりの残ったような感覚がある。

 今回の失踪事件、俺は他の商会が絡んでいると考えている。たぶん会頭たちも同じ考えだろう。

 貴族側からすれば、ビーレストの活躍は目の上のたんこぶかもしれないがその程度。貧民街の連中ならば、シスターのいる教会の孤児に手を出すことはない。

 となれば、考えられるのはうちの商売敵。眠気覚ましの人気や貴族との密接な関係構築によって一気に業績を上げているハオラ商会を恨んでの犯行と考えるのがいいか。

 その起爆剤は間違いなく俺とビーレストだ。ここの繋がりがあるから、うちの商会は順調に回っている。

 なら俺を狙えよ。なんでよりによって俺の家族を狙うんだよ。

 くしゃりと髪をつかむ。気が付けば頬を涙が伝っていた。

 それを袖で乱暴に拭っていると、屋上の扉を開ける音がする。振り返ると、会頭が立っていた。


「ハオラ会頭」

「ここにいると聞いてな」

「すみません、業務中なのに」

「構わんさ。こんな状態じゃまともに仕事なんざできないだろ。ディアスに任せてる仕事は数字が大半だからな。下手な仕事で間違えられるとこっちがまいっちまう。落ち着くまで休んでいてもいいだぞ? それぐらいならほかの連中だけでも回せるからな」


 言い方は乱暴だが、それが会頭のやさしさだ。


「いえ、こんなことで自分がバカやるようなら、仲間に笑われますので。導師が言ってました。自分に任せられたことをしっかりとやり遂げることが、わがままを言う最低条件だって」

「厳しいやつだなぁ。まあ、社会ってのはそんなもんかもしれんが」


 ノクトのやつがよく言うんだ。わがまま言うなら、それと同じぐらい仲間を助けろって。

 じゃないとそいつは嫌な奴になるだけで、困ったときに誰も助けてくれなくなるって。

 それはハオラ商会に入社してから如実に感じている。

 俺が困ったとき、どこかを間違えた時、みんなが俺をフォローしてくれる。だから俺もできるだけ自分の仕事を片付けた後は周りのフォローをしている。

 けど、手伝ってもらってばかりのやつは、いつの間にか別の場所に移されたり、仕事を任せてもらえなくなったりしてる。きっと出世ルートから外されたってやつだろう。


「だから俺もちゃんと仕事はやらせてください」

「ま、そんな覚悟があるなら俺が何か言うのは野暮ってもんだな」

「ありがとうございます」

「っと、そうだった。衛兵から連絡があってな。一応伝えておこうと思ったんだった」

「衛兵からですか?」


 何か進展があったのだろうか。ただ悪い情報じゃなければいいと祈ってしまう。


「近隣の村なんかまで捜索範囲を広げてみたが、子供二人の死体はおろか、痕跡すら見つからなかったそうだ。村でもそれらしき人物や、馬車が通った形跡はない。だから誘拐されたんだとしたら、まだ王都の中にいる可能性が高いそうだ。今後はそっちを重点的に捜査していくと話していた」


 見つかったわけではない。だが、生きている可能性が高いことは分かった。


「俺も他の商会の連中と連絡とりあって、こっちに手を出してきそうな連中のあぶり出しを今やってる。近いうちに何か進展あるだろうし、そこまで気落ちする必要はないかもしれないぞ」

「はい、ありがとうございます」

「んじゃ俺は戻るから」

「お疲れ様です!」


 大丈夫だ。イーレンだけなら不安だったが、ノクトが一緒ならきっと誘拐されてもうまくやっているはず。

 これだけ多くの人たちが俺たちのために動いてくれている。その働きを裏切らないように、助けてもらった分だけしっかりと働いて返さないと。

 こんなところで落ち込んでいる場合ではない。

 パンッ!と屋上に乾いた音が響く。


「よし!」


 頬を真っ赤に染めた俺は、気合を入れて自分のデスクへと戻るのだった。

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