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その蜜、まだ幼く

よろしくお願いいたします。

 大通りから一本道を外れれば、途端に人通りはなくなり建物の影が周囲の目を覆い隠す。

 そんなところに身なりのいい子供が二人迷い込めばどうなるか。誰でもわかる簡単な図式だ。

 俺はそんな少年少女が今まさに誘拐されようとしている様を、物陰から窺っていた。


「セラ!」

「助けてシュヴァルツ!」

「大人しくしろ!」


 やせ細っているとはいえ、大人数人に取り押さえられてしまえば子供の力など無力に等しい。

 このまま哀れにも二人の子供は攫われてしまうのか。そんな状況の中、俺の待っていた足音が聞こえてきた。


「そこ! 何をしているの!」


 声は甲高い少女の物だった。物陰から声の主を確認すれば、金髪のロールが嫌でも目に付く。

 身長も攫われようとしている子供たちと大差なく、真っ赤なドレスも上等なものだ。

 大人たちから見れば、新たな獲物が現れたようにしか見えなかっただろう。声にこそ驚いた大人たちは、少女の姿を見て笑みを深める。

 今日の自分たちはラッキーだ。そう思ったのかもしれない。だがそれは間違いだ。


「二人を放して去りなさい。そうすれば見逃してあげる」

「嬢ちゃん、正義の味方ごっこならおうちの中だけにするべきだったな!」


 一人の男が少女めがけて襲い掛かる。少女におびえる様子はなく、あきれたように一つため息を吐くと掌を前にして詠唱を唱えた。


「爆ぜよ、気高き灼熱の鳳仙花!」


 少女の掌から目がくらむほどの激しい光と炎があふれ出し、薄暗かった路地を照らす。

 光が収まった後には、焦げ臭さとハラハラと散る男の髪。そして真っ黒に焦げた路地の壁が残されていた。


「さて、ごっこ遊びかどうか試してみますか? 今度はあなたの体があの壁と同化するかもしれませんが」


 そう言って再びパチリと光を灯すと、男たちは捕まえていた子供たちを投げ出し、堰を切ったように方々へと逃げ出す。

 その逃げっぷりは惚れ惚れするものだった。貧民街の男たちは、無理だとわかればさっさと逃げ出す。意地なんてものが残ってるならこんなところで生活なんてできないだろうしな。

 少女は男たちが逃げたのを確かめると、倒れている子供たちの元に駆け寄る。そして優しく手を差し伸べた。


「二人とも、大丈夫だったかしら?」

「あ、ありがとうございます」

「怖かったよ」


 少年は何とか感謝を述べるが、少女はその場で泣き出してしまった。まあ、裕福なところのお嬢様が貧民街のみすぼらしい男たちに組み伏せられれば怖くないわけもない。

 少年がぼろぼろと涙をこぼす少女を慰めているうちに、お嬢様がメイドを呼んだ。お嬢様付きのメイドたちは誰もが武闘派ぞろいだったはずだ。となると、ここに隠れているのも見つかるか。

 そう思っていた矢先、まるで最初から分かっていたかのようにメイドの視線がこちらへと向けられる。

 気づかれていた!? あわてて隠れ場所から飛び出し、路地の奥へと逃げ込む。追ってくる気配はない。無関係と思われたか、それともお嬢様の警護を優先したか。どちらにせよ助かった。

 軽く息を吐いて深呼吸。


「やっぱりここはあの小説の世界だ」


 今の一連の誘拐未遂。それは俺の知る物語のイベントそのものだ。

 攫われる少年少女の幼馴染に、それを助けるご令嬢。ご令嬢は見たこともないような鮮やかな魔法を放ち、あっという間に誘拐犯たちを撃退。きっと今頃は、お嬢様を探していたメイドたちに事情を説明しそろって屋敷へと向かっているだろう。

 ここまで確認できればもう十分だ。


 どうやら俺は、悪役令嬢に転生した少女が頑張る小説の世界で、まったくストーリーとは関係ない貧民街の孤児として転生してしまったらしい。


   ◇


 俺が俺としての記憶を取り戻したのは今から約半年前。特に何かきっかげがあったわけではないので、もしかしたらその日が何歳かの誕生日だったのかもしれない。

 俺の生い立ちは不明であり、捨て子として貧民街にあるボロボロの孤児院の前に置かれていたようだ。わかっているのはノクトという名前だけ。身長的には五歳は過ぎているだろうと思う。まあ、この世界確かな年齢を聞かれることなんてないから気にする必要もない。

 俺が記憶を取り戻して最初に取った行動は、身の回りの確認だ。これまでの記憶は朧げにだがあった。だがそれは子供の感覚で手に入れたあやふやなもの。それを整理するために徹底的に身辺を洗いなおした。

 結果として分かったのは、孤児院には俺を含めて七人の子供がおり、内四人は俺よりも年下、残りの三人も俺と同い年ぐらいだということ。そんな七人が暮らす孤児院を女手一人で支えているシスターが一人いるということ。そして明日の食事すら怪しいほどに貧しいということだ。

 国からの補助などはなく、シスターに支給されるわずかな生活費を使って食事を俺たちに与えてくれている。それが完全な彼女の好意だというのだから、世の中にはすごい人がいるものだと素直に感心してしまった。

 だが感心しているだけでは何も解決しない。まだ子供とはいえ七人の食い扶持。シスター一人の生活費で支えられるはずもなく、俺たちは常に空腹状態。シスターが体調を崩そうものなら、一瞬で個々の孤児たちは餓死するだろう。

 早急な改善策が必要だった。場当たり的でもいい。とにかくまとまった金か食料を用意し、現状を改善するだけの時間を得なければならなかった。

 だが前世の俺は特に優秀だったわけでもなく、何かに秀でた能力があったわけでもない。ただ平凡な人生を送っていた一般人だ。

 転生チートなんてものは持ち合わせていないし、物事の原理を再現できるほど深く理解していたわけではない。

 俺にできることは、シスターの負担を少しでも減らすべく仕事を手伝うことだけだった。

 年下の面倒や料理の準備、水汲みや洗濯など、子供の体でもできることはやれるだけやった。

 その努力は想定とは別方向に状況を好転させた。

 子供たちが俺のマネをしてシスターの手伝いをはじめ、孤児院の中を子供たちだけである程度は維持できるようになったのだ。手の空いたシスターは、その間に内職をはじめ、そのおかげで手持ちが増えた。それはそのまま食費へと変換され俺たちの腹へと収まる。

 ギリギリのところで孤児院は踏みとどまることができたのだ。

 だが油断ができるほどの余裕ができたわけではない。まだわずかな時間を得ただけだ。

 だから次に考えたのは、俺たち自身が稼ぐ方法だ。

 児童労働万歳なこの世界、子供だろうが食い扶持は自分で稼がなきゃ生きていけない。そのために必要なのは間違いなく教養だろう。こんな貧民街にある孤児院の子供でもしっかり挨拶ができれば雇ってくれるところはあるはずだ。

 世の中第一印象。挨拶と敬語ができる子供に嫌悪感を抱く奴はいない。

 幸いシスターの言葉遣いが丁寧だったからそれを参考にして俺の言葉遣いを直した。

 そして最低限の教養を得るためにシスターにどうするべきかと相談したところ、本棚の中から一冊の本を俺に貸してくれたのだ。

 その本はボロボロの教科書だった。聞けば自分が学生だった頃に使っていたものらしい。

 中を見れば小学校低学年で習うような簡単な計算や文法、そして魔法なんて分野まであった。だが俺が注目したのは歴史だった。

 国の名前、王の名前、都市の名前、そしてこの世界の暦。それに聞き覚えがあったのだ。

 なぜか――それは姉から押し付けられた女性向けの小説。その世界観と全く同じだったからだ。

 そこで気づいた。もしかしたら俺は小説の中の世界に転生させられたのではないかと。最初はそんなこと思いもしなかったので自力で何とかする方法を考えていたが、もし小説の中であるのならばもっと楽な方法がある。

 俺には特別な力も知識もない。けど小説の主人公、この場合はヒロインか。それは間違いなく転生チートを備えている。そして俺はそのヒロインが何を欲するのかを知っている。

 小説では、ヒロインの転生者的な考え方についてくることができず周囲が困惑する場面も多かった。そこに俺が上手く滑り込むことができれば、ヒロインの知識を使って大儲けができるかもしれない。

 だがそのためには、この世界が本当に小説の中なのだということを確信する必要がある。今日、この裏路地に隠れたのはそれが理由だ。

 そして小説通りにイベントは発生した。

 ならば俺のやることはただ一つ。

 

 悪役令嬢――あいつの知識から甘い蜜を啜らせてもらうだけだ。

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