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野球唄  作者: 菊池 一心
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背番号1

兄がつけた背番号1は今では他の人が背負っている。




 兄は野球を愛していた。生活の中心に野球があった。生きる時間のほとんどを野球に費やしたから高校球児の憧れる舞台に立てたのかもしれない。案外、そういったところを野球の神様は見ていてくれたのかもしれない。それほどの思いがあったから野球の神様に愛されたのかもしれない。



 「楓はどこのチームが好き? 赤ヘル?」

 高校でこんな会話が増えたのは、赤ヘル軍団が活躍したおかげか、それともうちの野球部の活躍のおかげか。

 どっちにしてもありがたい。こんな会話が出来る友達が増えるなんて思ってもみなかったから。

 「何言ってんの。楓が好きなのはお兄ちゃんのチームだもんね」

 楓は昔っからブラコンだしねと、もう一人の友達がからかうようにそう言う。

 私の兄はプロ野球選手だ。

 紅色のユニフォームの一軍の中継ぎピッチャーとして活躍する選手。

 一公立でしかなかった私の高校を数年前に甲子園まで導いたエースピッチャーだった。




 野球と兄。

 その言葉の組み合わせから涙がいつも浮かんだ。

 私が見た兄の野球をする姿にはいつも涙が付いて回った。幼いころは負けて泣く姿を思い出す。だけど強烈に覚えているのは、甲子園予選決勝で勝って、マウンドで泣き崩れる姿だった。

 今年はうちの高校は強い、らしい。

 エースピッチャーの子が随分といい球を投げると同じクラスの野球部員が言っていた。

 そうか、お兄ちゃんの背番号1はもう誰かが背負っているのかとなんとなく寂しくなる。



 「決勝までまた来れるとはね」

 学校応援の席で私に声を掛ける人がいた。

 浅黒い肌に、鍛えられた身体。その人は私のよく知る人だった。

 「来てたんですね、田中さん」

 「田中さんなんて、他人みたいに言わないで、さ。昔みたいに啓兄ちゃんって呼んでくれ」

 「分かりました。啓兄さん」

 兄と小学校から一緒で、高校でもバッテリーを組んでいた啓兄さん、その人だった。



 「今年のエースは随分と小さいな。彼のこと知っている?」

 「同じクラスになったことないですし、分からない」

 そっか、と言いながらもその目はいま、投げているエースピッチャーの子から離れない。

 「うーんやっぱ似てるな」

 不意にそう言われて気になった。

 「何が似ているんですか?」

 「いや、聡とさ、なんか被るんだよね」

 聡というのは私の兄の名前だ。私よりも頭一個分も大きい兄と私と十センチほどしか変わらないであろう彼が似ている。

 「どこがですか?」

 「いや、フォームとかは全然違うんだ。だけど、彼の姿が甲子園とかで楽しんで投げてた聡の姿と被って見えたんだよね。まあ、この球場だったからかもしれない」

 この球場だったから、とそう言われた。

 そうだ、この球場は。

 兄と啓兄さんが甲子園行きを掴んだ場所で、あるプロチームの本拠地のため、年に何回か兄が投げる球場だ。


 「まあ、こうして受け継がれていくわけか」

 「え? 何がですか?」

 何か意味深に彼はそう言いながら、試合の進行を見守る。どうやら私には教えてくれないみたいだ。だけど、ここで夢を掴んだ彼は知っているのだろう。

夢の偉大さというものを。


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