あるキャプテンの独白
暑い夏の日だった。
最高気温32度、湿度52パーセント。多分マウンドの上はもっと暑かったはずだ。
午前九時に始まったその試合は、気が付けば正午を回ろうとしていた。
ライトから見るこの景色はいつも通りでありながら、目新しかった。
背番号1が揺れる。
大きく肩で息をしながら投げ続ける小さなエースの姿をずっとここから見続けてきた。グローブをはめた左腕を胸元まで、見下ろすように打者に相対するその姿を何千回と見てきた。
セットポジションから打者のタイミングを狂わせるクイックモーション。大きく踏み込まれる足。パッと大きく開かれる背中。身長に見合わない、だけど彼にだけ似合う躍動感あるフォーム。
重く響く音が遅れてキャッチャーミットから放たれる。
たったの1,2秒なのに永遠に思えるような時間を経て、審判がストライクとコールする。スリーストライク。バッターアウト。ワンアウト。
「ほんと最高だよ。お前は」
聞こえないであろう独り言をぼそりとつぶやいた。
ボールを受け取ったエースが帽子を被り直して声を上げる。
「さあ、ワンナウト」
声も枯れ枯れな彼はそれでも味方を鼓舞するために吠える。ここで負けてたまるかと、まだまだ終わってないぞと自身を叱咤するように。
「おっしゃー、来い!」
その声に合わせるようにファーストがミットを叩き、セカンドが人差し指を天に突き立てる。
ワンアウトのジェスチャー。
声の波紋は広がるようにして、外野まで伝わる。センターが腕組みをしながら笑う。その一方でレフトはあくまで仏頂面を崩さない。
「さあ、一つ一つアウト取っていくぞ」
気を引き締めるように、それでも笑顔で俺はそう言う。
伝播していくように、それにナインが答えていく。
夏空に広がった俺たちの声はすぐに相手チームの応援団に掻き消される。それでも、このチームで負けるつもりはない。
「そうだろ?」
誰に向かって言ったつもりはなかった。だけど、マウンドの上の小さな、俺らのエースはそれに小さく頷いたように見えた。